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ハニーピンクの髪に金色の瞳。
誰もが好む優しい笑顔と穏やかな雰囲気。
彼女を知る者は皆、彼女のことを『春の宝石』と称えた。
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アカリ・サランド
海に面する領土を持ち、輸出入で財を成すサランド伯爵家の2人姉妹の次女として生まれ、前世の記憶が甦ったのは8歳の時だった。
そして記憶が戻ったと同時に、この世界のことを理解した。
ここは、前世でプレイした恋愛シュミレーションゲーム「星の恋人」の世界の中だった。主人公が何人かの攻略対象者と学院生活や社交界での交流を通して恋をし愛を育む、よくある設定のよくある所謂『乙女ゲーム』…
国の名前、よく聞くいくつかの貴族の名前、自分を取り巻く環境、鏡に写る『春の宝石』と称えられる自らの容姿、この世界にしては少し変わった星という名前…どれをとってもそれらが物語っていることはひとつだった…
──── もしかしなくても、私、主人公だわ…
ふと、現世での幼き頃の記憶が舞い戻った。
父の仕事に付いて、とある公爵家へ赴いた時に初めて見かけた少女。
圧巻の薔薇園に佇む緩やかにウェーブした銀糸にアメジストを溶かしたような髪、白磁の肌にブルーサファイアを埋め込んだような瞳、まるでお人形のような美しい微笑みを浮かべる口元、到底同じ年とは思えぬ気品を持つ少女。
──── ローゼリア・リゲル・ベイリー公爵令嬢。彼女がライバル─悪役令嬢なのね…
記憶に甦った圧倒的な公爵令嬢の姿に『勝てるかしら』と不安を覚えた。
─── でも、本当に転生して主人公になったのなら、絶対に彼と結ばれたい…。
前世で彼のルートを何度も何度もやりこんだ。エンドロール直前の、背中がゾクリとするような彼の笑顔のスチルを見るために、何度も何度も…
─── 私なら間違えない。本気でやるわ。絶対にヘマなんかしない!
その日から私は、自分を磨くために努力した。
恋い焦がれる彼に愛してもらえるよう一生懸命頑張った。
──── よくある転生物語のように主人公キャラが勘違いしちゃって逆断罪されちゃう─みたいなヘマなんか、絶対にしないわ。
私が10歳になり、お姉様が結婚され、家督を継ぐのはお姉様の夫だと決まった時には記憶の通りに進むストーリーに胸が躍り、お姉様の花嫁姿を見て益々気合いが入った。
「お姉様のご結婚、誠におめでとうございます。お嬢様も最近ますます励んでおられますね。」
お姉様の結婚式の日、お父様のもとで輸出入や市井のことを学びながら18歳の若さで右腕としても働くルクスが声をかけてくれた。
「ええ!私、王子と結婚して将来は王妃なるのよ!その為に今よりもっともっと沢山のことを学んで、身に付けておきたいの!」
私の言葉を聞いたルクスは、一瞬大きく目を見開いて、『大人びいていらっしゃると思っておりましたが、まだまだ小さな子どものようなことも仰るのですね』と笑った。
そんなルクスを私が熱を込めた目で見つめ返すと、ルクスは小さくふっと笑って言った。
「無理は禁物ですよ。私で力になれることがもしあれば、何なりとお申し付けください。」
「ありがとう!心強いわ!」
そして16歳となり、私はローゼリア・リゲル・ベイリー公爵令嬢と同じ学院へ入学した。
入学をしてから順調にイベントをこなし何人かの攻略対象者とは愛称に敬称を付けて呼べるほど仲良くなった。
もちろん、学業も疎かにすることなく、敵を作らぬよういつも周囲に気を使い、『春の宝石』の名に相応しくあるように勤めた。
全てが私の望む未来へ向かって順調に進んでいた。
「レオ様、アレク様。お待たせして大変申し訳ございません。」
「大丈夫だよアカリ。さぁここへ座って?寒くないか?」
「ありがとうございます、レオ様。ええ、寒くありませんわ。」
学院生活も2年目に入ろうかという季節のある日、学院内にある、カメリアの花に囲まれた東屋でレオニード殿下とイルベル公子と待ち合わせをしていた。
淑女の礼をとりながら、待ち合わせに遅れてしまった謝罪を述べると、レオニード殿下が私の手をとり自身の隣の椅子へエスコートしてくれた。
そのあまりの優雅な仕草に思わずほぉ、と溜め息をついてしまいそうになった。
「フィルヴ教授の授業だったのでしょう、アカリ様。あの教授は話が長いですから。」
「よくお分かりですね、アレク様!でもフィル先生のお話は─」
「「フィル先生?─」」
イルベル公子の問いかけに、うっかり教授の愛称を口にしてしまった私は2人の反応を見て、『しまった』と思い慌てて話題を変えた。
「レオ様、次の休暇に開かれる王城でのパーティーへのご招待、ありがとうございます。」
「お礼なんていいさ。アカリが来てくれるなら私も嬉しい。もうアカリのエスコートは誰か決まっているのか?」
「ええ、ルクスにお願いしようかと。」
「?…あぁ、君の家の。しかし、彼は…そう言う訳にはいかぬだろう?」
「あら?でしたらレオ様がエスコートしてくださいますか?」
「…私はローズをエスコートしなければならない…」
「…っ、もちろんです!冗談ですわ!」
「…それならば、私にアカリ様をエスコートさせていたはだけませんか?」
レオニード殿下に、王家主催のパーティーへ出席の際のエスコート役は、ルクスではダメだと否定されたため、冗談めかしてレオニード殿下にエスコートを頼んでみると、ローゼリア・ベイリー公爵令嬢の名前を出して断られてしまった。予想外の返答に一瞬言葉を失ったけれど、急いで取り繕った。
するとレオニード殿下と私の反対側に座っていたイルベル公子が立ち上がり、まるでダンスに誘うかのように礼をとりながら手を差しだしてくれた。
「身に余る光栄ですわ、、アレク様」
レオニード殿下に負けず劣らず美しいイルベル公子のお顔と佇まいに、『でも違うわ』と顔をしかめそうになりながらも努めて明るく微笑み、イルベル公子の手を取った。
──── 違う、違うわ。どうして?どこかで私、間違えたかしら?いいえ、完璧だったはずよ。さっきの言い間違えだって上手く切り替えせたわ。
やっぱり違うのは──
全部私の選択通りのストーリーだったはずなのに、最近少し違和感を感じていた。
攻略対象者とは確実に仲良くなっているのに、何故かそれ以上に進めない。
今回だって、レオニード殿下は私をエスコートすると仰って下さるはずだった。
これは、次のイベントに繋がる大きな選択肢だったのに。
─── 違う。やっぱり彼女だけ違う。
ゲームの中のローゼリア・ベイリーは私がレオニード殿下と交流を持ち始めた時点で、私を敵視し口撃を行ってくる。
でも、現世のローゼリア様はレオニード殿下と私が一緒にいる時、お姿さえお見かけしない。
─── やっぱり彼女は …… 転生者?
もし彼女が純粋にゲームの中のローゼリアだとしたら、婚約者が一伯爵令嬢に『レオ様』と呼ばれているのを知って黙っているはずがない。
気づいていない?
確かに他の貴族や生徒がいる前では『レオ様』なんて呼んだりしていないけれど、婚約者でありレオニード殿下に一番近いはずの彼女が気づかないなんてあり得ない。
そもそも、気づいてもらえるようにタイミングを計っていたつもりなのに。私が愛する彼と運命的に結ばれて王太子妃になるためには、申し訳ないけれどこの学院の卒業式イベントで、嫉妬に目がくらみ私に嫌がらせをしたという理由で、転生系王道の断罪を受けてもらわなければならないのだ。
例え断罪されても、彼女は王都からベイリー公爵家の領地へ下り、いずれ隣国の王子へ嫁ぐのだ。市民落ちしたり、命がなくなる訳ではない。だから、遠慮せずに私は私の信じる選択肢を進んでいたのに…
もし転生者だとして、この世界の理を知った上でレオニード殿下を慕いフラグを折っているのだとしたら…
─── 全て納得がいくわ。
でも、私はもう止まれないわ。前世で恋した彼を、現世ではもう、愛してしまっているから…。
─── 歯車は狂わせたりしないわ!絶対に!