二十四話
「マイラ。スター。ちょっといいか」
「なんだ、面白い話か」
娯楽は先程の顛末を語った。袖から銀色をちらつかせながら語るので、マイラは露骨に嫌厭した。
「それやめろ。気持ち悪い」
「蛇は嫌いか」
「そこらにいるのならなんともないけど、それは気に入らない魔力がある。だから嫌なんだ」
しっしと手ではらうと、娯楽はその蛇を軽く撫でてから袖へと引っ込めた。その仕草もマイラは気に入らないらしく、
「けっ、こんなに可愛い女のコがいるっての、その銀ピカがお気に入りかよ、スターがいじけるのも無理のない話だぜ」
「マイラ、私が言えるのは、早く慣れろということ。それと妙ないいがかりをつけるなということ。まったく、なんで私がいじけなくてはならんのだ。おまえの方こそ」
「で、騎士をヤったのはお手柄だが、まだまだこれからだな」
「うん、それでな、お前の好きなこの蛇の実験が終わったら、も一つ策が欲しいんだ」
「というと」
「五十はいるそうだから、全部やるとさすがに疲れるし、次に兵が送られるときにはもっと大勢で、念入りに捜索するはずだ。だから、今のうちに手をうっておきたい」
しかし具体的な案が出ない。そもそも殲滅しようという作戦を完遂しないうちにこういう方向転換を示されても、マイラは戦闘こそできるものの立案はできないし、スターリアはほとんど役に立たない。
「私にできるのは、殺すこと。それと手芸、植物園の案内。それと、殺すこと。悪いけど当てにしないでくれ」
「寝ることと食うことも含めろ」
マイラは憎まれ口のスターリアの頭を乱暴に撫でつけ、娯楽と呼んだ。わずかに真剣である。
「そんなわけだ。私らのすべきことは大目標として国、小目標に護衛だ。お前がやってんのは、それをしやすくするための手段に過ぎないんだ。護衛をするにしたって、限界はある。早いとこ大本を叩く、そんな方法があれば一番いい」
「マイラよ、ならば騎士と一戦交えるしかないぞ」
それは不可能である。いかにマイラが歴戦の傭兵であっても、娯楽が奇妙な武器を操るとしても、騎士と比べるとその個人の戦力以外は何もかもが劣っている。そもそもひとりひとりの技量差などは、数によって容易に組み敷かれる。
数ではなく、量といった方が正しいくらいの規模が王立騎士団であり、そこに立ち向かうのならば、こちらもそれなりな規模を用意しなければならなかった。
「どこかに助力を乞うか」
娯楽はベッドに仰向けになり、その天井を見つめた。目を閉じると、そのまま寝息がきこえてくる。
「おい、寝たぞ」
「ほっとけよ。なんにせよ、いい案が浮かぶまではここで待機だな。どれ、今日は書評会でもやってみるか」
店主から何冊か本を借りたらしい。大衆向けの小説だった。
「いい案、か。仲間を増やして、騎士を倒し、国を正しいあるべき姿にする。難問だねえ」
マイラはスターリアを膝に乗せ、ページをめくった。
「ところでスター。最近は騎士がやたらと死んでいるけど、それはいいのか? 再建したときに少しくらいは兵士が残っていた方がいいと思うけど」
「案ずるな。全てを新設するつもりでいる。役人から騎士から取引先の商人までを、全て一から選定する。少しでも姉の息のかかったものは排除する」
「過激だ。一歩間違えれば、お前が悪だな」
「国盗りとはそういうものだとおもう。悪とされてもおかしくないが、せねばならん。もっとも知らずのうちに悪行となる場合もあるだろうから、誰かが見張っていてくれていればいいのだがな」
ページをめくるのが早いぞ。スターリアの抗議は、マイラの耳に届いていないようである。彼女の言う誰かとは、それにおもいを馳せていた。
「きいているのか。もう読んだから、次のページに」
「ん、どうだろうなあ。風の向くままってのが好きなんだが、妙な縁ができちまったしなあ」
「はあ? 何を言う、いいから次にいけってば」
マイラは少女の頭に顎を乗せ、ページをめくった。しばしば早いとか遅いとか注意を受けつつ、読むのが遅いとか早いとか文句を言ったりもした。