二十三話
ザックを殺し、その足でまた街をぶらついた。殺人に対して、どれほどの後悔もなかった。またその無感動にもどういう反応も示さず、彼にあるのは騎士団を排除するという意思だけであり、順調な滑り出しに満足すらしていた。
(マイラのいうとおり、確かに面倒だな。やってしまおうか)
適当に人目のつかない場所を選び、そこでかたをつけることにした。
甲冑の騎士を選んだ。男の名も聞かず、探し人について話があると呼び込んだのは路地裏の空き地であり、何人かの子どもたちが遊んでいた。
「ここじゃまずいな」
場所を変えようとしたが、太陽のあるうちは屋外に人気がないということがなく、
「おい、早く話せ」
とせっつかれたりした。そのため酒場に招いた。デモン・クラブではなく、初めての場所である。
「まあまずは」
浴びるように飲んだ。娯楽は自分でも驚くようほどのらりくらりと話をはぐらかすことに成功し、その男もリーク同様に潰れた。
「まだ昼なのに」
酒量は同程度なのに、娯楽は顔が赤らんでいるだけだった。揺すって起こそうとするふりをして、甲冑の一番厚そうな部分に針を通した。短い衝突音がしたが、周囲の賑わいに消され娯楽の耳にも届かない。
(肉に達した手応えがある。しかし)
不安に感じたのか、首筋から紐状の形無を滑り込ませ、胸を刺した。
「起きろ、おい」
白々しく観念し、店主に「金はあいつが払う約束だ。騎士だから、金はある。すまんが今日いっぱいはそこに置いておいてくれ」と頼んだ。
(鉄も貫くのかお前は。俺の命は鉄よりかたいのか)
一日に二人を始末すれば、一ヶ月もあればこの街に騎士はいなくなる。と増援を数に入れない計算をした。そうでなくとも騎士が二人も死ねば、何かしらの異常として騎士団は動く。死に方も同様だし、不気味である。
(もう一人くらい、いや、やるなら夜だな)
その精神状況は通常のそれである。そのあとは適当に散歩をした。甲冑をつけたものや、騎士らしき人物にあたり、その素性と顔を覚えた。
「何か知っているのか」
と、娯楽の肩を揺さぶるような真面目な騎士ではなく、卑屈そうに他人の力を信じていないはぐれものを選んだ。
騎士たちは仲間の死をどう受け止めているのか、態度や表情にはまったく現れていない。娯楽はザックの死が広まっていないものとして、どんどん声をかけ続けた。
「おい、あんた」
往来で呼び止められた。声の主はザックの名を口にした騎士リークである。
「どういうつもりだ! なぜ、なぜ殺したのだ」
胸ぐらを掴み、激しく揺さぶられた。娯楽は両手を上げて降参の姿勢のまま、されるがままになっている。
「こ、殺したってなんのことだ。誰か、衛兵はいないのか、助けてくれ」
「とぼけるな!」
激昂し、拳を振り上げた。娯楽の頬に打ち当たり、当然ながら倒れた。
「いきなり掴みかかってきて、その上殴打をくわえるか。これはなんの余興だ、次は白刃を抜くのか」
「黙れ!」
野次馬が歓声をあげた。リークは忘我をたちきり周囲を見渡すと、そこには騎士の仲間が何人もいた。
リークは唇を噛み、娯楽を引き起こすと、そのまま駆け出した。適当な酒場に飛び込んで、
「全員表に出ろ」
と声高に叫んだ。市民の安寧の場所を尋問のための場所に変えるつもりでいる。
文句は多く誰も席を立たない。それどころか酔っ払いがまた増えたと喜びすらあった。
が、上背のある強面が後に続いて入店すると、そうもいかなくなる。今すぐ抜刀してもおかしくない剣幕と、言外の圧力が客も店員も逃げるようにして出て行った。
「貴様、なぜザックを殺した」
娯楽はリークに何をされても、何を言われても平気でいる。適当な椅子に座り、店主がかわいそうじゃないかと恨み言をいった。
「答えろ!」
「俺にはお前が何を言っているのか、まるでわからん。よく見れば飲み明かした騎士じゃないか、何をそう怒っているのだ」
リークが剣を抜いた。「まずは指からだ」
「待てリーク。事情を聞かせろ、お前は頭に血が上ると見境がなくなるからいかん」
「しかしロッド、こいつがやったに決まっている」
「事情を聞かせろというんだ。そうでないと俺たちには判別がつかん。それどころか悪人はお前に見える」
娯楽は怯えてこそいないが、楽観もしていない。敵に囲まれている現状を打破するには、この騎士たちを使う他ないとしている。
皆殺しにしては犯人を自分だと証明するようなものだし、そうなってはマイラたちと合流することも難しくなる。なるべく穏便に逃げ出すためには、形無のしようも躊躇われる。
「まず、あんたは何者なんだ」
「芝位娯楽と申す。傭兵の見習いだ。そこのリークとは酒を酌み交わしただけの繋がりだよ。人探しがどうとか、なにが高潔だとか、正しき行いは、とかそういうのを語ったんだ」
リークがまた何かを叫び出そうとするのを、周囲の騎士に軽く肘打ちをされ注意された。
娯楽は顔を少し伏せた。口元が歪んでいる。いい案が浮かんだのか「あの晩にな」とリークへ茶目っ気のある微笑み投げかけ続ける。
「騎士とはいかに立派か話し込んだのだが、その中にも貴賎はあるとおもい、きいた。ザックというのが金を借りっぱなしで困ると言われ、俺も酔っていたから、多分、気が大きくなっていてやっつけてやるとのたまったのだろうな。それでこの有様よ。ザックは殺されたのか?」
騎士ロッドが頷いた。「おそらくはお前のいうあの晩にな」
「そうか。ならば疑われてもおかしくないな。ひとまず、弔慰を。黙祷を捧げてもいいか」
娯楽は心中で、我ながら白々しいなと自嘲するが、それが騎士たちには、真に迫ったものにみえた。物憂げに目を伏せそっと閉じると、騎士たちの何人かもそうした。
「ザックが泊まっていた宿にフードの男がやってきて、主人に死体があると告げるとどこかに姿を消したそうだが、心当たりはあるか」
ロッドの声音はやさしいものになっていて、この質問も答えを欲していりようにはおもえなかった。
「弁明しても、俺がやっていないということにはならんだろうが、何も知らんよ。正直に言って、快酔したということ以外ほとんど覚えていないんだ」
リークは唇を引き絞り、まだ攫まれている腕を振りほどいた。そして娯楽の前に進み、膝をついた。
「すまん。ザックは小狡いやつだったが、仲間だった。それで頭に血が昇り、犯人はお前に違いないと証拠もなく疑った。許してくれ」
みたか芝位の芝居を。と叫びだしたくなるのを堪えるのに、娯楽は両の拳を痛いほどに握りしめなくてはならばかった。
痛いどころではなく、爪が肌を貫き、少し血が垂れた。黙祷まで捧げた男が小刻みに震えながら血を流すものだから、騎士たちはリークも含め、娯楽を信じきってしまった。
「許すもなにも、リーク、お前はすべきことをしただけだよ。疑われるようなことを言った俺が悪いんだ」
「ああ、お前は本当に、お前ほどに清廉な者がどうして騎士の道を進まなかったのか」
「武士だからさ。道は交わらぬが、隣り合ってはいる。騎士のみなも、面倒をかけてすまなかった」
立ち上がり、全員に頭を下げた。これは彼の素直な行動である。
「情報提供に感謝する。あなたも気をつけた方がいい、この街は物騒ですので」
これから余計にひどくなる。と、微笑の裏に残虐性を隠し、芝居が終わるとその瞳はすでに次の標的を探している。
(この中の誰か、ロッドというのをやってみようか)
「うん。そうするよ。あなた方もご注意を。いやあ、騎士にこんなことを言っては失礼だな、きっと無事だろう。探し人についての進展を祈る」
ほとんど嘘で塗り固められた娯楽の証言は、騎士たちにとって眩しいくらいに品行方正に写った。立ち去るその背を拝むような心地にさえなっている。誰もこの男こそが不気味な無形の刃によって仲間を刺し殺したとは考えもせず、また命を狙われているとは夢にもおもわなかった。