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異郷戦記  作者: こま
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二十二話

 翌日になっても娯楽が提案した作戦の他にいい意見は出なかった。なし崩しにそれに決まってしまい、騎士団を数人ずつ倒すという気の長い作戦になった。


「無理じゃねえかなあ」


 マイラはそうと決まってからも文句をいった。文句はいうものの「ずる賢いが力はある」ものを探すために奔走した。

 しかし結果は出ない。騎士団はうろついているものの、その誰もが凛々しさと誇りを雰囲気としてもち、誘拐された少女を案じていた。声をかけようものならその雰囲気に圧迫されつい本当のことをいってしまいそうなほどである。


「干し肉、あるだろ。私もお前らも好きなあれだ」


 拠点にしている安宿で、マイラが言う。


「あれは何日かだけ干すんだ。一ヶ月も放って置かない」

「ハムは干したりするだろう」

「私らのことだよ。こんなに成果がないんじゃ干からびちまうってこと」


 金はまだ余裕がある。ダールにもらった金を切り崩して生活しているが、成果があがらないことにマイラは腹を立てている。


「娯楽、面倒だから、やるか。路地にでも引き込んでさ」

「それでは芸がないだろう。もとい、ことが荒立つ。果報は寝て待てというし、俺もようやくあの酒場に馴染んできたから、も少しだけ様子を見ようじゃないか」


 娯楽はあのデモン・クラブに顔を出し、情報を集めた。毎日通っている。腹を突かれた男が翌日に平気な顔で訪れたものだから、店主は恐怖し、客足は多少遠のいた。しかし本人はその分俺が飲んでやると、二時間ばかり酒を飲む。雑談から街の情勢、さらには騎士団についてを根気よく聞き込んでいた。


「ああ、てかお前、酒ばっか飲んでるくせによく体がもつな」

「マイラよ、娯楽は夜中に素振りをしているぞ。あの薄気味悪いニョロニョロも、部屋で放し飼いにしている」

「体が鈍るといけないからな。それにニョロニョロは、あれは動かすのにコツがいるから慣れておきたいんだ」

「なんでもいいけど私が寝ているときにやれよ」


 進展はなく、毎日必死に活動はしているものの、思うようには進まなかった。マイラが護衛としてスターリアにくっつきている多ないでねい、やはり人手が足りていない。

 そんななか、マイラたちが腐肉となる寸前に、酒場にいる娯楽へ騎士の方から接触してきた


「失礼、人を探しているのだが」


 やっとか。娯楽は待った甲斐があったと内心で安堵し、酔いが回った。酒場には斜陽が注ぎ込んで目が痛いほどだった。


「少女を探している。歳は十三、四くらいで」

「人にものを尋ねるのに、名乗りもしないのか」


 娯楽は酔っ払い同然に返事をした。まあ座れと無理にその騎士を隣にならばせ、店主に酒を頼んだ。


「いや、私は結構。それより」

「ここは酒場だ。そうだろう、店主よ」


 強引なくせに気さくである。その騎士は呆気にとられ、店主が持ってきた酒に生唾を飲み込んだ。


「安いけどな、美味いんだ」


 娯楽は自分で飲んでみせ、乾杯とグラスをぶつけた。


「では、一杯だけ。俺はリークという」

「よろしくな」


 騎士甲冑は分厚く、腰には剣がある。動くたびに金属が擦れ、兜こそないもののいつでも戦闘可能な出立である。


「いい鎧だな。手入れが行き届いている」


 打ち解けるためというよりは、娯楽の真実の言葉だった。「リークよ、騎士とは皆そうか」


 リークはこの男を胡散臭い酔っ払いとしてではなく、腕に覚えのある戦士だと決めつけた。グラスを手に取るてのタコや、筋肉の発達からそう確信した。


「なあ、あんたは傭兵か?」

「その見習いだ。仕事をこなすための情報収集すらろくにできてはいない」

「そうか。ああ、騎士についてだったか。いろいろいる、高潔なものばかりだが、まあそこは人間だからな」


 なるほどとうなずき、娯楽は彼の出身をきいた。ウェステリアだとリークはこたえた。


「ウェステリアの騎士団か」

「そうだ。鷹を戴いている」


 店主が娯楽のグラスに酒を注いだ。礼を言おうとすると、彼はそしらぬ顔をしていたが、お前の客だ、なんとかしろと目が言っている。


「うん。俺は幸運だ。ウェステリア騎士団のものと酒が飲めるのだからな」


 娯楽は待ちわびた情報源との接触を喜んだ。リークにはその言葉の意味などもちろんわからなかったが、歓待として受け取り、この妙な男にだんだんと好意が湧いてきた。しばらくは他愛のない話をしながら飲んでいると、娯楽から本題を切り出した。


「そういえば、探し人がいるとか」


 リークは酔った。途中から俺が奢るといってこの店で最も高い酒のボトルを頼んだりもした。


「ああ、そうだとも。俺が一番に探しあて、王女の近衛にしてもらうんだ」

「近衛か」

「王女を直接護衛できるなんて、騎士冥利に尽きる。それが許されくらいに、探している少女は国にとって大切な人物なんだ」


 喋りすぎたかとも思ったが、リークはすでにのぼせ上がっていて、この男と仲良くなればこの町での王女捜索に役立つかもしれないと強引に利を持ち出して自分を納得させた。


「誉れだな」

「そう! お前は話がわかるやつだ」


 リークは騎士の精神とはなんなのかを説き、娯楽も武士であるから通ずるところがあり、その共通項があがるたびに乾杯をした。

 夜半、娯楽は潰れかけのリークの肩を揺すった。


「騎士団にな、ずる賢い奴はいるか」


 客はいない。店主に目配せをして、金も握らせて全員を追い出している。


「んあ? いるわけないだろう」

「千差万別といったじゃないか、俺がな、そいつを懲らしめてやる」

「いないってば」

「じゃあ憎い奴はいるか」


 リークは煩わしそうに言った。


「ザックってのがな、金を返さねえんだ。百フレルだ、端金なんてあいつはいうが、バカを言えってんだ」

「よしきた。店主よ、こいつを朝まで寝かせておいてやてくれ」

「あ、まて、お前の客だろうが」

「寝かせておくだけでいい」


 酒場を飛び出していく娯楽の姿は闇に消えるまで二秒もかからず声だけが昼間のように明るい。夜警の前では怪しまれないようわざとらしい千鳥足で歩いた。猛然と走り砂塵をあげての帰還をマイラとスターリアは首を長くして待っていた。


「あ、遅えよ。何やってたんだこんな時間まで」

「そうだぞ。もう寝ようかというときに。みろ、今日なんか暇すぎてパッチワークが二つも完成したぞ」

「まあ聞いてくれ」

「おっと、何か掴んだのか?」


 マイラの裁縫は素人目にもうまいとおもえる出来で、スターリアのものと比べると、売り物のように見事だった。モチーフはアザラの花である。


「ザックという騎士が端金だといって金を借りている。百フレルだそうだが」

「金を借りる奴は、借りるときこそペコペコするが、返すときはたったとか、端金とか、そういうもんだよ。それでどうした」


 どうしたときかれても、それ以上の情報はない。娯楽は「明日にザックを探す」と意気込んだ。


「なんだあ、お前、そりゃ進展っつーより、一歩の半分だけ爪先を伸ばした、そんな程度のもんじゃねえか」

「マイラよ、そんなにむくれるな。娯楽が、まあ手柄はとって帰ってきたのだ。我々の成果に比べれば、これは華々しい成果だぞ。褒めてやってもいいじゃないか」

「なにおう、みろこの出来栄えを。露店に置いときゃあそのザックの借りた金なんてすぐに返せらあ」

「お前は器用だな。しかしスターの針だって俺には見事におもえるがな」


 そのあと、娯楽はそれほど酔っているようには見えなかったが、死んだように突然倒れ、マイラたちは口元に手を当てると呼吸はしている。


「酒場での聞き込みとは、こんなに酒を飲まねばいかんのか?」

「んー、まあ、いろいろあるね。ともかくうちらも寝よう。こいつに付き合って起きてたってのに、こいつが真っ先に寝ちまうんじゃたまらねえ」


 早朝に娯楽は起き出し、部屋で銀色の触手を手に遊ばせた。床を這わせ、その触手をつかてドアを開け、表に出た。広場で素振りをし、町中が起き出す頃になると宿に戻りシャワーを浴びた。

 この頃は、どれだけ動いても疲れることがなくなっている。一晩中酒をの飲んでも翌日に酔いが残るということがなかった。食事の量も以前にまして増えている。

 このことを彼は、形無の影響だと思っている。


(こいつがいるから、体力は二人分、食う量も倍なのだ)


 無形の刃、あるいは盾についての説明はされていない。使い方ですら本能に近い直感に頼っている。何もかもを自分で判断するしかなかった。


「ザックとやらにあたってみるか」


 早朝に予定を決めたのはいいが、まずはその人物を探さねばならない。朝食をすませると、マイラからマントを借りてすぐに街へ出た。

 騎士は、甲冑を外しているものとそうでないものがいる。おそらくは昨日のリークのような生真面目な男ならば武装をし、抜け目なく王女を探し当て手柄にするものは身分を偽っているのだろうと考えた。


「そこのお方、そうだ、にしゃのことだ」


 適当に声をかけた理由は街で見かけない顔であるというだけである。


「ザックという騎士を知らんか。リークにきいたのだが」

「貴様は誰だ」

「友人だ。まあ、この街の伝手のひとりだろうが」


 相手は警戒こそ解かないものの、ザックの居所を教えてくれた。町の外れで宿をとっているらしい。


「まったく、ここには五十人もあてがわれているからって、あの野郎は毎日寝そべってばかりいやがる」


 彼は憎しみを隠さず、娯楽ののんびりした雰囲気に口が滑ったのか、今のは聞かなかったことにしてくれと頼んだ。それにうなずき、娯楽は礼を言ってその場所へと向かった。

 安宿である。娯楽たちの拠点よりも格段にぼろい。


「ザックさま、ええ、二階におります」


 友人を名乗るとすぐに通してもらえた。娯楽はそのドアをノックすると、返事はなく、いびきが聞こえた。


「急用がある、ザック、おらぬか」


 叩くようにノックをしていると「うるせえなあ」と髭面の男がドアを開けた。誰だと問いただされるも、娯楽は自然に入室してしまった。


「な、何を、出ていきやがれ」

「急用がある。仲間が腐肉になりそうでな」

「は? ふ、肉? 何を言ってんだ」

「まあいいじゃないか。それでな」


 彼の目的とは、騎士団を少しずつ抹消していくことにある。リークは店主の前だったし、先ほどは路上である。さらに娯楽は帯剣しておらず、このザックを相手にその目的の最初の一歩を踏み出そうとし、かつ形無の試し斬りをしようとした。

 無造作に、腕をザックへと伸ばした。


「うっ」


 ザックがうめいた。彼の左胸を革鎧ごと貫く銀色の針に、娯楽はちょっと感動した。


「一寸五分ほどの革、騎士の肉。これくらいは抜けるか」

「て、てめえ」


 針は犬の尾のように血液を払い、娯楽の袖へと蛇のように戻った。


「次は鎧で試してみよう。これで残りは四十九か、大仕事だな」


 ザックはベッドへと倒れ、シーツを赤く染めた。娯楽は廊下に出ると突然に血相を変えて受付に走った。


「死んでいる。早く医者を」


 宿の店主が確認のために部屋に行くと、やはり死んでいる。事情を聞こうとロビーに戻るも、そこに娯楽の姿はなかった。



 

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