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異郷戦記  作者: こま
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二十一話

「ほら、ちゃんと巣に戻ってる。言っただろう、待つくらいはできるって」


 娯楽はエングースが消えたあと、その身体に在るという型無がざわめく違和感に苛まれ、ねむるに眠れずベッドの上でごろごろとひとりその奇妙な感覚と戦っていた。


「お前の過保護がうつっただけだ。私だって信じていたぞ」


 しかしいつのまにか眠りに落ち、騒々しく戻ってきた連れ合いの声で目が覚めた。


「賭けは私の勝ちだな。荷物持ちをかってでるとは流石だねえ」

「こうだから博打は嫌いだ」


 のそりと起き上がると、マイラがランプに火を灯した。その顔には多少の赤みがあって、酒の臭気もした。


「よう。どうだった」

「敵は」


 と、娯楽は報告しようとしたが「ん、敵はな」と急に渋り出した。敵はスターリアの故郷の騎士団であるという現実は、彼女にとって毒になるとおもった。

 それを悟らないほど、一国の王女候補は他人の機微に鈍感ではないし、受け止められないほど脆くもなく、


「予想も覚悟もできている。言ってくれ」


 小憎たらしい不適さで椅子に腰掛け、娯楽と乱暴に名を呼んだ。


「お前は優しい。が、私についてはそれを捨てて欲しい。お前の情けでここまできた私だが、欲するは情報だ」


 娯楽はマイラに視線を投げかけた。彼女は「私の同意が必要か」と片目を閉じてベッドに身を投げた。


「では。敵は騎士団だそうだ。数は不明だが、自国の姫君を探すという建前で動いている」

「建前ねえ。騎士団の連中は、マジでそう思ってるかもしれないぜ。我が愛しの妹がさらわれた、騎士団よ、是非とも助けてやってくれ、そんな方便でな」


 マイラが懐に手をやると、スターリアが窓を開けた。帰り道で買った煙草に火が灯る。


(手懐けたなあ)


 微笑ましく思う娯楽だったが、すぐにスターリアににやけた顔を指摘された。


「何を笑う」

「ん? ああ、甲斐甲斐しい娘だと思ったのさ」

「世間知らずだが礼儀はあるぜ、実際。貴族ってのが嘘みたいだ」

「あのなあ、私は真面目に話をしようとしていたんだぞ。それをなんだ、部屋が煙に満たされるから窓を開けただけだというのに」


 ふてくされるスターリアだが、マイラがその背後から掻き抱くようにしてベッドへ引き摺り込むと、もがきはするものの大人しくなった。子どもに戯れつかれているようなものなのだろう、離せと軽く抵抗するだけだった。


「真面目ねえ。じゃあ、私もそうしようかなあ」


 赤い火種がスターリアに当たらぬよう、すぐに身を起こし、煙を窓に吐いた。


「ウェステリア騎士団といやあ、鋼のレイクってのが団長だ。熊みてえに体がデカくて、どんな戦にだって先陣を切るアホだ。アホだが、負けなしのアホだ。獲物は剣、幅広で、大木だってへし折るらしい」

「やけに詳しいな。マイラ、レイクと知り合いなのか?」

「雇われたことがあるのさ。腕利きの傭兵ってのは顔が広いもんなのさ」

「そいつを倒せば終わり、というわけではないのだろうな。騎士団を根こそぎやるか」


 無理だ。と断言した女二人の声が重なった。


「何百いると思ってんだよ。桁がも一つ増えてもおかしくねえんだ。こっちは三人、いや戦力なら二人。かないっこねえさ」

「それにレイクはウェステリアの守護の要、団長という重責にも負けない強さがある。体も、もちろん心もだ。お前たちは、どうなんだ、戦っている姿を見たことはあるが」


 スターリアの懸念の一つにはそれがある。こいつらはどれほどの実力の持ち主なのだろうということである。


「どうだろうね。そこらのやつには負けないつもりだけど、こればっかりは、ほら、その場になってみないとさあ」


 ニタニタと笑むのはマイラの癖で、言外に自信ありと語っている。


「あ、そうだ。俺もな、ちょっと特技があるぞ」


 娯楽は突然に胸元を開いた。腹にはかさぶたの残りがあって、薄気味悪い。そうでなくとも傷が目立つ胸や腹、そして肩と首は、スターリアの顔を歪ませた。


「何をしている。歴戦だということか」

「違うよ。ほれ、よく見てろよ」


 娯楽が意識を集中させると、鳩尾のあたりが不自然に隆起した。左の肩が泡立つように動き、さらには袴に隠れた太腿もさざなみのように蠢いている。


「エングースのことを話したかな。やつの贈り物だ」


 寝る前はあれほど不快だったのにもかかわらず、起きてみると体の調子は良好で、しかもどういうわけかこの蠢く動体の刃「形無」の動かし方を自然と理解していた。


「おえっ、マジで気持ち悪いもんもらったな。目に毒だ、さっさと消せ」

「趣味が悪い神もいたものだな。見ているだけで不快だ」

「ワッハッハ。俺もそうおもったが、便利だぞ」


 植物のつたのような銀色のそれが一本娯楽の裾から這い出し、窓を閉めた。


「気持ち悪いなあ。まだ吸うからあけとけ」

「なんでそれが動くんだ。お前、本当は化物じゃないのか」


 散々な言われようだが、娯楽は笑うだけだった。自分でもそう思っているのだ。


「切れ味もいいんだぞ。それに体に纏わせれば」


 胸板と腕に吸着させると、光沢のある肌が出来上がる。「どうだ」


「言ってんだろ。気持ち悪い」

「不気味そのものだな。切るのなら剣をもて。守るなら鎧を着ろ。なんでそんな不気味なものにたよる。腕に自信がない証拠じゃないか」

「いや、鎧も武器も使うさ。でもせっかくくれたのだから、これだって悪いものじゃないよ」

「それ生きてんの?」

「わからん。でも俺の思う通りに動く」

「尚更怪しいじゃないか。お前それで騎士団とやるのか?」


 もしエングースがこれを聴いていれば、憤慨しただろうか。と娯楽は貶されっぱなしの形無を、心中で慰めた。


(俺の命を貫けなかったくらいだから、一体何を貫けるんだ。やはり、騎士団くらいしか相手にできんか)


 からかいまじりに、彼なりの諧謔はわかりづらいのだが、どうやら慰めと鼓舞を含めたらしい。


「とまあこんな具合だ。実戦はまだだがな、どうだ、俺たちの実力をここで明らかにするというのは」


 娯楽はぽんと膝を叩いた。「騎士団相手にちょっかいを出してみよう」


「なんでもいいけどそれをひっこめろ。色がよくねえよ、なんで銀色なんだ」

「形も悪い。犬とか猫にしろ」

「ワッハッハ。こんなねじ曲がったり真っ直ぐになったりする犬はやだなあ」

「色もだよ」


 するりと銀のつたが娯楽の体内に戻っていく。尻尾を丸めて逃げ帰る犬のようにみえなくもなかった。


「んで? ちょっかいって何をする。アテはあんのかい」

「こんなのはどうだ。まずは、騎士団の誰かを見つける。できるだけずる賢そうで、尚且つ強そうなのがいい」

「なんで」


 娯楽の作戦は、あまりに不出来なものだった。

 スターリアを見つけたという嘘の情報を流し、それにつられた騎士を相手に戦おうというのである。


「あんまり大勢でこられても困るから、手柄を独り占めにしそうな奴がいい。俺たちの実力も確かめたいから、なるべく強くなくてはいかん。どうだスター、該当するものはいるか」

「どうだろうな。みな高潔、と信じたいが、なかにはいるだろう。血を分けた家族ですら邪なものとそうでないものがいるのだし」

「そりゃああれか、お前は高潔、お姉さまが邪、そういうことか。いいねえ、そういうの大好きだから、もっと言ってくんな」

「お前が好きそうだから言ったまで。ただの冗談だ。しかし、すぐには思いつかんな」


 スターリアが悩んでいると、マイラはそれを中断させた。眠い眠いと騒ぎ、彼女を抱くようにして横になった。


「もう窓は閉めていいぜ」

「勝手な奴だな。離れろ、一人で眠ればいいじゃないか」

「おっと、枕は娯楽の腕がよかったかい」


 そうじゃないと否定する前に「一人で寝なさい」と娯楽が言った。スターリアはものも言えず、結局はマイラの胸に顔を埋めた。


「怖い夢を見たら起こしてくれ。妹も、たまにせがんできた」


 彼が父親以外の家族について語るのは、珍しかった。


「へえ、妹がいるのか」

「うん。たまに寝所へきてな、怖い夢を見たというんだ。まあ俺の布団に寝小便をするくらいだから、マイラと寝た方がよほどいいな。わはは」

「湿っぽい話だねえ、まったく」


 二人は声を殺して笑い合っていたが、


(こいつらは本当に馬鹿じゃなかろうか)


 と、スターリアは実力うんぬんの前にその人格を矯正しなければならないと、半ば本心で決意した。





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