十九話
「デモン・クラブ。変わった店名だ」
薄暗い路地、貧民街にほど近い寂れた酒場を前にして娯楽は立ち止まる。詳細な地図をくれたマイラに感謝しつつ外れかかったスイングドアを押し開けた。
ぎい、と軋む音に店内にいた全員がこちらに注目した。酒よりも血の匂いが濃い。客はまばらだが皆なにかに飢えているようである。
「二、三訊ねたいことがある」
店主である壮年の男は娯楽の格好を見て、グラスを磨く手を止めた。
「随分なボロを着ているな」
血まみれの裃は野宿や戦闘によってさらに汚れている。とても飲食店での正装とは言い難い。
「なに、ここの客も似たり寄ったりではないか」
それは本当で、娯楽ほどではないにしろ、薄汚れたものがほとんどだ。
娯楽に悪気はない。だがそんなことを言われては店全体が殺気立つのも無理はなかった。
「あんた、悪いことは言わねえから早く店を出たほうがいい」
店主は声を潜めた。よそ者とはいえ、起こりえるであろう悲劇は防ぎたかった。
「ちっと質問するだけだ」
朗らかに微笑んだ娯楽の肩を誰かが掴んだ。
「おい、優男」
振り向くと娯楽の腹にナイフが突き立った。筋骨隆々のならず者が愛用する大ぶりなナイフが新たな血の染みを作った。
「何やってんだ! ここで殺しはやめろっていつも言ってるだろうが!」
「馬鹿にされたままじゃ面子が立たねえ」
そうだろう、と男は客に投げかけた。同意の乾杯が行われ、ナイフが引き抜かれる。
「なっ……」
引き抜いたその手を掴む岩のような拳。押しても引いても微動だにせず、ならず者は顔を青くして悲鳴をあげた。
「俺の言い方が気に入らなかったのなら謝る。だから邪魔をするな。それともお前が質問に答えてくれるのか」
ゆっくりと娯楽はナイフを捨てた。
表情は穏やかそのものである。それがより不気味さを引き立てた。
腰をぬかす男、赤ん坊のような拙さで後ずさった。
「店主、こいつに酒をやってくれ」
「い、いいけどよ、金はあんのかよ」
「こいつが飲みたそうだからそう言ったまでだ。飲んだものが代金を払う、そういうものだろう」
グラスには匂いがきつい酒が注がれた。娯楽はそれを受け取ると、
「あいつ、俺にも好きなものを飲めと言いたそうだ。茶をくれ。熱いのがいい」
と、大声で笑った。