十六話
襲撃された後、二人は気絶しているスターリアを馬車にのせ、アザラへと引き返した。ウェステリアにいては危険と判断した。酔っ払いの介護だと偽ってまでダールの死体をも運んだ。そんな言い訳が通用するほど、マイラは人が知れていた。
道中猛烈な勢いで馬車は走り、馬にも娯楽の焦りが、追手が来るのではという不安と共に伝わったようだった。
共同墓地に埋葬するころにはスターリアは目を覚ました。
丁寧に棺におさめ、アザラでは土葬が一般的だったため、そうした。
「昔のウェステリアでは野鳥に啄ませたらしい」
と、スターリアは言って娯楽の肝を冷やした。
生前にダールは契約書にサインをしいていたので、一先ずはそれを解決すべく、一行はデンの酒場に戻った。
「……上に行っていろ」
無愛想なデンはスターリアを見て「ツレか」と、口には出さなかったがマイラを窺う。
「……訳ありだ。誰も上げないでくれよ」
「いつもそうだろう」
皮肉ではなく、マイラはそうした状況にいることが多い。
デンが食事を運び、娯楽が旨いと呟く中で、スターリアは食器の音がでないよう静かに手を休めた。料理は半分も食べていない。
「巻き込んでしまったな」
小鳥に餌付けするようにマイラはパンをちぎって娯楽の皿にいれている。
「スター、私たちが巻き込まれにいったんだ。そこを間違えないでくれよ」
マイラは叱責するように突き放した。それが彼女なりの、気を使わせないための優しさだった。
「勝手に付きまといやがって、いやまてよ、むしろチャンスだ、適当並べて利用してやれ。とまあ、このくらいは言ってくれよ」
そうして笑うマイラはひどく悪人のようだった。
「俺はお前の心を奮わせる言葉を持たんが、事情を聞くだけの耳はある。まあそういうことだ」
娯楽はそれっきり、スターの事情に触れようとはしなかった。マイラも同様で、飯を食いながら談笑した。それはわずかだがスターリアの心を軽くした。
食事が終わったころ、再びスターリアは、
「巻き込んでしまった」
と言った。だがすぐに、吹っ切れたという態度で、
「それを良しとする貴様らを、私は嬉しく思う」
と、あえて尊大な態度をとった。
「全て語ろう。ウェステリアの、我らの浅ましさを」
彼女は何度か深呼吸をした。そうしなければとても落ち着いていられなかった。
娯楽とマイラは黙ってそれを待っている。
「ウェステリアでは後継ぎ問題の真っ最中なのだ。兄たち、第一妃の息子はすでに病没、第三妃の長兄、次兄も同様だ」
兄たちはみな死んだ。スターリアはぞっとする権力争いを平然と言った。
「父は老いているし、息子はいなくなった。だが養子などをとるつもりはないらしくてな。やむなく娘を継がせることにした。母たちは不幸中の幸いで、権力などに興味がない」
しかし。スターリアは語調を強めた。
「いまだ父の座る王座なのにもかかわらず、まるで我が物のような振る舞いをし、さらには座るであろう肉親を手にかけた馬鹿な女がいる」
「手にかけたって、そりゃ本当かよ」
「証拠はない。が、あの黒装束は刺客だろう。そうでなくてはバウトやダールが見えぬ何かを危惧する臆病者となる」
多分に情が含まれている推理だが、娯楽にはなんとなくわかった。家督争いというのはどこでも血なまぐさいものである。
「残っている王の候補は四人だ」
第一妃の娘、エンリナ。第二妃の娘たり、つまりはスターリアの姉のウィナ、レイス。
「わからんのは、私が狙われる筋合いがない。順位を考えれば、私が最後だからな」
「……不穏分子は消してしまおうってか」
マイラはくだらないなと煙草の煙を吐き出した。
「おそらくはエンリナが黒幕だ。姉たちも身を隠している」
娯楽は首をひねる。
「ではエンリナが後を継げばいいではないか。それで丸く収まる」
「そうはいかん」
スターリアは感情の抑制というものを、このとき全く忘れた。
「兄たちを殺し、姉妹すらてにかけようとする者などに国をくれてはやれん!」
我が身の危うさも忘れて叫ぶ姿に、娯楽の脳裏にバウトが浮かんだ。彼はこういうスターリアを理解し、命すら投げたのだ。であれば己は何をすべきなのか、その演目を決めた。
「護国、それも身内の獣を退治するか。題するなら」
娯楽は暴力の影が見え隠れする笑みでいる。この不謹慎にマイラは同調した。
「星のお姫さまってところだな。どうよ」
「悪くない。が、鷹狩りでもいい」
「いやいや、やっぱりここは」
バンと机を叩くスターリアはもういいと頭をふる。
「題目なんぞどうでもいい。お前たちのおふざけは今に始まったことではないが、度が過ぎる」
悪びれもなく平謝りする二人の護衛を睨み付けた。
「私は我が家の悪を誅さねばならん。手を貸せ、厄介好きのお節介ども」
「ほら、利用してやる、が抜けてるぜ?」
スターリアは「どこまでもお前はお前だな」と苦笑した。
「利用してやるとも。骨の髄まで貪ってやるわ」
それでいいのさ、とマイラは薄笑いした。