サンデーモーニングディアマイフレンズ
日曜の朝が好きだ。
何故って明日は休みじゃないから、明日の朝になったらまた死んだ目をして会社に向かうから。
言うなればカウントダウン。
その絶望感が限り無く楽しい。
それを友達に言うとみんな「オマエは疲れてんだよ」と言う。
そして少し怯えたような目をして僕を見る。
いいね、悪くない。
そうやって一人ずつ僕の前からいなくなれ。
朝の9時に起き、いつもの習慣でテレビをつけた。
昨日は友達とかなりの酒を飲んだので、日付けが大きく変わって部屋に戻った後にすぐさま寝てしまった。
でもどうせニュースなんていつもと同じ。
何処かの会社の偉い人が謝っていたり、政治家の無能ぶりを高みから批判したり、誰かが死んだり。
そして昨日もまた一人、いや二人死んだらしい。
「へえ」
珍しく声を出してそのニュースに見入ってしまった。
死んだ二人の内の一人は有名なバンドのヴォーカル。
男の僕から見ても綺麗な顔だちで、でも目つきが何とも言えないので印象が深かった。
雪にまつわる歌を歌っていたな。それは好きだった。
何で死んだか、それはライヴのアンコールの時、客席から銃で撃たれたらしい。
日本にも銃が出回り始めているというのは友達から聞いていたけど。
『…撃った犯人の女性は係員が駆けつける前に自分の胸を撃ち、即死の状態でした。捜査当局では彼女の身元、殺された○○さんとの関連を調べていますが、熱狂的なファンによる凶行だとの見方を強めています』
彼の胸を綺麗に撃ち抜いて即死させ、自分で自分も撃って即死。
コレって狂信的なファンの為せる業だろうか。
…って考え過ぎか。
朝から貴重な情報を得た。
やっぱり銃は売っているんだ。僕の側で。
そして万人に死は平等にやってくる。
僕も例外でない。
と、鳴る電話。僕は緩慢な動作で受話器を持ち上げる。
「もしもしカオル?イタル」
下の名前は好きでないが、そう言ってもみんなそう呼ぶ。イヤじゃないので放置だが。
「俺だよ。どうしました、イタルさん」
「何で『さん』付けなんだよ。…まいっか。知ってる?バンドのヴォーカル死んだの」
「今見てた。惜しいなあ、夜家にいたら速報見れたぜ?」
オマエなあ、とイタルは電話の向こうで呆れる。
「サナエ好きだったじゃん。昨日のライヴ行けんかったから朝から半狂乱でよ」
「死にそう?」
「『アタシも死ぬー』つって喚いてるらしいわ。リエがなだめてるらしいけど」
電話の向こうから煙を吐き出す音が聞こえる。
死ぬ、と言ってもまだ僕達の中では他人事なんだろう。イタルもタバコを吸っているし、僕もタバコをもみ消すつもりはない。
「で、俺に何をしろと」
「そうゆう時にクールダウンさせるの得意だろうが」
「…分かった。んじゃサナエに伝えてくれ。カオルがいつもの調子で『俺が代わりに死んでやる』つってたって」
電話の向こうでイタルが苦笑する。
「ラジャ。他の奴が言っても嘘臭えけど、オマエが言うと説得力あるわ」
「だろ?」
「んじゃまた電話するわ。またな」
受話器を所定の位置に戻し、僕の午前中は終わった。
昼下がり、僕は街に出かけた。
少しメインストリートから離れたビルの地下、僕はゆっくりと階段を踏み締めるように降りていった。
ココだ。
ノブを捻ろうとしたがびくともしない。
ノックをしてみたが返事はない。
ガセだったか。 …取り立ててがっかりするコトもなく踵を返す。よくある話だ。
階段を2、3段上がったところで、後ろから耳障りな音が聞こえてきた。
「…待ちな。客だね?」
振り返って見下ろすと、男が一人立っていた。
僕は黙って頷いた。
「俺はココの主人じゃなくてね。まあココの仕入れは俺がやっていたんだが」
「何が売ってる?」
「法に触れるモノでナマモノ以外なら何でもだ」
「銃とかは?」
「得意分野だな」
男はニッと笑う。
嫌味な笑いではなく、どちらかと言えば好感が持てる。
それは全てに於いて覚悟のある笑顔…恐いモノを全て知り、その対処法を知っているといったような。
「ココの主人は何故いなくなった?」
「…話が長くなりそうだな。ちょっと待ってろ。それからだ」
そう言って男は奥へ姿を消し、五分後にカップを二つ持って現れた。
「ありがとう」
僕はそのカップを受け取り、口をつけた。
インスタントコーヒーだが、日本のモノではないらしい。
「ココの主人は昨日死んだよ。人を殺して、自分も殺した」
その言葉に朝のニュースが鮮やかに蘇る。
「あの…?」
「そう、バンドのヴォーカルを撃ったあの子だ」
奇妙な偶然。
警察やマスコミが必死に追っている彼女の足跡はこんなところにあった。
「僕がマスコミにタレ込むかもしれんよ?」
「そんな人間がこんなトコで悠長に俺のコーヒーなんぞ飲んでるもんか」
僕と男は顔を見合わせて、くくく、と陰気な笑い声を上げた。
「で、アンタは何が欲しくてココに来た?」
「僕も大概ミーハーなんでね。銃が欲しくてココに来た」
「ラッキーだったな。今週でこの店は閉めるから」
「何故?」
「俺は仕入れる度胸はあるが、売る度胸はない。それだけさ」
そう言って男はしばらく机の周辺を引っ掻き回し、カタログらしきモノを取り出した。
「この中から選んでくれ」
僕は黙ってページを捲った。
西洋的な装飾のしてある銃の写真が目に止まる。
そのゴテゴテとした装飾に思わず唾を吐きそうになった。不必要なモノは嫌いなんだ。
そして最終的に僕が選んだのは、飾りっ気はないがスレンダーで銀色の銃身が美しい銃だった。
「コレもらえるかな」
「いいよ。ちょっと待ってな」
そして実物を見せられた時、何となくホッとした。
「撃ってみるか?」
「いや結構、慣れてるから」
「そんな気はしたよ」
男はそう言い、金額を提示した。
「…コレって捨て値じゃないのか?大丈夫なんだろうな」
「普通の店でも、店じまいの時は安いだろ?」
僕は頷くと男にその金額を支払った。
さて、誰を殺そうか?
机の上には買ったばかりの銃と弾丸が五発。
弾丸は必要以上買わなかった。
この銃の弾倉には五発の弾丸が入る。ならそれで十分だ。
犯罪者になってみるか?
無差別に人を撃って、気狂いとして精神病院に収監されてみるか。
数週間前に別れた恋人を呼び出して殺し、法廷で何処まで罪を軽減できるか挑戦してみるか。
それとも。
女を作って遊び回り、邪魔になった子供達を殴りまくったあの男。
そしてそんな男と離婚する訳でもなく、子供達をエリートにするコトによって自分の人生に勝利をもたらそうとした女。
そんな母親の期待に押し潰され自分より出来の良かった弟に陰湿な嫌がらせをし続けた男。
…そいつらを僕のこの手で葬り去るべきか?
弾丸は五発。そんな無駄遣いに使うべきか?
一番死ぬべき人物は。
僕は少し笑った。
買ったはいいが、目的が決まってないじゃないか!
ふと視線をさまよわせると帰りに買ったCDが散乱している。
昨日死んだあの男は死の間際にどんな夢を見たのだろうか。
ふとその夢を見たくなった。
僕は銃を手に持ち、こめかみに当てた。
CDは昨日死んだあの男がいたバンドのもの。
遺書を書かずに死ねばきっと後追いだと『誤解』されるに違いない。
誰一人だって僕が死ぬ理由を知るコトはない。
僕だって知らないのだから。
僕が死んで泣く奴はいても困る奴はいないだろう。
いない筈だ。
『カオルはいつもそうじゃん。私らより先に歩いてってさ、何の嫌味もない顔で振り返ってさ。ずるいよ』
サナエ。
『別にいいんじゃん?私は当たり前のようにバッグ持ってくれるオトコよか、アンタのが面白いと思うよ』
リエ。
『何でだろうなあ。オマエ普通じゃん。リーマンやってるし、俺らと飲んだり遊んだりしてるし。オマエのコト嫌いって奴いないぜ?苦手つってる奴はいるけど』
イタル。
親愛なる友人達よ、やっと僕は自分の知りたかった答えが見つかったよ。
僕の日曜日の朝の素敵な思いつき。
この銃で殺すべき人間は、この僕だ。
みんな、僕はちょっと先に行くから。
だから「さよなら」なんて言わない。
悪いこたしてないから天国行きは決まったようなもんか。あ、でも自殺すると天国は行けないのか。
親より先に死んで親不孝?
何なら奴らを殺してから逝ってもいいんだぜ。
でも奴らの血を見たらきっと生き延びるコトが楽しそうに見えてしまうから、それはやめておく。
「オマエはいつもクールだよなあ」
そう言って、それでも僕に手を差しのべてくるみんな。
最後くらいお気に入りの曲を聴こう。
「本当は泣きたいかもしれませんよ?」なんて歌に言われると参ってしまう。
サンデーモーニングディアマイフレンズ。
僕は多分満面の笑みを浮かべている。
僕は笑ったまま、こめかみに当てた銃の引き金を引いた。
ブラックアウト。