イリスの街に到着する
旅仲間が増えた。
と、言っていいのかわからないが。
急なリアムからの告白はされたが、レオンは怒るし私は胡散臭いしで、結果、聞かなかった雰囲気を作るに至った。
リアムは私とレオンの旅に、当たり前のように一緒に行動してきた。始めはレオンも追い払う努力をしていたが、次第に諦めてしまったようだ。
リアムが、どう工面したかはわからないが、かなり高価と言われる馬車を持ってきてくれた。乗っていた馬をそれに加え、2頭で馬車をひく。
壊れかけていたお尻も、座布団のおかげで平穏を取り戻した。
三人一緒に馬車に乗ることになるので、レオンは気にくわなさそうにはしているが、私の体の事を考えると拒否はしなかった。
そしてレオン曰く。
魔法に関してはリアムの方が上だと。そのリアムが私を守ると言うのであれば、それは無敵に近いという。
無敵。
ふふ、と笑ってしまった。
無敵ってなんか、子供の発言のようで強そうに思えない。小さい頃、男の子同士が遊びながら無敵ビームとか、無敵バリアーとか遊んでたよね。
絶対という言葉があてにならないように、無敵という言葉もあてにならない気がした。
しかも私より年下だろうこの少年が、レオンより上だなんて。
レオンの自分への過小評価も良いところだ。
レオンは強い。私はこの世界を知らなかったから、レオンの強さを一般的と思っていたけど、この前泊まった町のギルドという冒険者の集まりの場所で一番強いという男の魔法は、小さな火の玉を投げつけるだけだった。
あれで町一番なら、それ以下の人は普通の人間にほぼ近いのかもしれない。
そもそも、魔法は基本、精霊との契約が必要になるため、大半が持っていないらしいのだ。
謙虚なレオンは、その男に自分の力を披露するようなことはしなかったけど、レオンなら、あの火の玉の100倍以上の力は出せると思う。
使える魔法の種類も多い。
レオンこそ、『無敵』な気がする。
馬車では前にレオンが座り、後ろで私とリアムが並んでいる。リアムが私の横から離れないのでそうなった。
馬車の手綱を握るレオンの後ろ姿を眺める。
鍛えられた身体。肩幅が広く、長身ゆえに大きな背中は真っ直ぐに伸びて、逞しさを顕著に表している。どこか高貴さも感じられるのは気のせいだろうか。町のギルドで会った冒険者の人達とは、雰囲気が違って見えた。
輝くオーラとでもいおうか。
最近、特にだが、レオンが眩しすぎて直視できない事が増えた。うっかり笑顔でもされようものなら、私が浄化されそうだった。
「ねぇー。レオン。まだ着かないの?俺、もうお腹すいたぁー」
勝手についてきた同行者は、当たり前のように宿を希望する。
日々野宿だったことを思うと、町と町の間隔が短くなって、宿や食事にありつけやすくなったのは良いことだけど、少し贅沢しているようにも思えた。
「ちょ、ちょっと。リアム。宿をとるのも、食事するのにもお金がかかるのよ?そんな贅沢、、、」
「金ならあるもん」
少しぶりっこして、リアムは頬を膨らませた。
まぁ、そうでしょうね。あっさり馬車を手に入れたくらいだし。でも。
「それでも贅沢はいけないのよ。お金なんてあっという間になくなるんだから」
「アキラ、口うるさい」
「なにをぉーーー」
ポコリと私はリアムの頭を小突いた。
痛くはしていないが、リアムは小突かれたところを手で押さえ、憮然とした顔で私を見る。
「俺を小突くなんて、アキラじゃなきゃ許されないことだからな」
「だって生意気だもん。大体、いくつよ?リアムって何歳なの?」
「俺は、、、ん?何歳だろう?」
指折り数えているリアムに少し呆れる。
リアムってば、賢そうな感じのくせに、ところどころ抜けてる気がする。私に言われたくないと思うけど。
「アキラは何歳?」
「私は16よ」
「じゃあ、それよりは上だな」
「じゃあって何よ。じゃあって」
対抗心とても言おうか。私より年上のはずがないのに、あからさまな嘘を言う。
「アキラも大概、16歳には見えないぞ」
「え?」
リアムに言われて、ふと視線を感じレオンを見ると、レオンも横目でこちらを見ながら苦笑している。リアムの言葉に肯定しているやつだ。
「ほんとに?これでも大人っぽく頑張ってるのに」
「ははは。面白いジョーク」
「ジョークじゃないっての!」
言い合いをしているうちに、見える景色が変わってきた。
今までの簡易的な建物から、二階建て以上の家と、高めの壁が並ぶ。
王都が近い証拠だろう。
小一時間ほど馬車を走らせると、どうやってそこまで高い壁を作ったのかと思うほど高い壁が見えてきた。遠くからでも見上げるレベルだ。
「あそこがイリスの関所だ」
「関所?」
「危険人物が入らないようにするために取り締まってる」
ふと不安が込み上げる。
「私、、、入れるかな?何も身分を証明するものを持っていないけど、、、」
心配する私に、ふ、とレオンは笑った。
「大丈夫だろ」
なぜそんなに自信満々に言えるのかわからず、心臓を高鳴らせながら馬車で関所の門に近づく。
門の手前では、10人ほどの屈強そうな男達が検問しており、一人一人、荷物の中まで調べられていた。
とうとう順番が回ってきて、私とレオンとリアムが馬車から降りる。
屈強そうな男達がぞろりと足を並べて近寄ってきた。何もしていないのに、睨むような目をしている。
そのうちの一人が、レオンの前に止まった。
「レオン、、、お前、、、」
レオンは少し、困った顔をしながら笑った。
「なんて顔をしてるんだ。サーガス。俺が生きてて不服だろうが」
「よく生きてたな。さすがというべきか、、、」
「何度か死にかけた。ここにいるのも運が良かっただけだ」
「運だけじゃあそこからは生きてかえれるものか」
深くため息をつくその男は、レオンの事を悪く思っているようでもなさそうだが、帰ってきたことに何か含みがありそうな話し方をする。
「あぁ」
と、レオンは私を振り返り、サーガスという男を紹介する。
「王宮騎士団のサーガスだ。今はこの門の取締役を任命されている」
そしてサーガスを向き直り、私に並ぶ。
「こっちはアキラ。多分、違う世界から来ている」
「なんだと?」
サーガスの私を見る目が変わった。
「何十年ぶりだ?スキルは?」
「わからない。とりあえず占ってもらおうかと思ってな。連れてきた」
「お前が人を連れてるから、天地がひっくり返るのかと思ったが、本当にひっくり返すつもりか」
「元の世界に帰りたいらしい」
「元の世界に?」
レオンが、私の事をちゃんと異世界の人間だと把握していたとは驚いたけど、それ以上に、異世界の人間が重要人物のように話しているのが気になった。
レオンはそっとサーガスに近寄り小声で話す。
「俺は王宮に行けない。誰か、アキラを王宮につれていき、無事に占いをしてもらえるところまで案内してくれる人物を探している」
「異世界の人間であるなら、先に王に謁見するべきだろう?」
「そうしたら、アキラが帰れなくなる」
「、、、確かにな」
ふう、とサーガスは諦めたようにため息をつく。
「おい、お嬢ちゃん」
サーガスは私を呼んで、パタパタと身体や荷物を調べたふりをして、テーブルにつき、通行許可の木の札に判子を押して私に渡した。
「俺の次の休みが明後日だ。そこしか動けん。それまで、王都を楽しんでな」
ちらりとレオンを見る。
「レオンは?これからどうするの?」
一緒に占いのところまで行ってくれると言ったのに。
「俺は、、、そうだな。とりあえず終わるまで、この街にあるギルドで過ごすから、何かあればそこに来るといい」
そういって、レオンに金貨を3枚握らされた。金貨1枚は日本で換金すると1万円くらいのようだ。
「宿はこれだけあれば何日かは過ごせるだろう」
「、、、、うん、、、、」
レオンは本当に良くしてくれた。これ以上望むのは贅沢というものだろう。
私はそう自分に言い聞かせて、もらった金貨をぎゅっと握りしめる。
レオンは王宮に行けないという。
レオンがそう言うならそうなのだろう。
二度と会えないわけではない。
何かあればギルドに来いって言ってくれている。それだけで充分。
充分だ。
そう思うも、じわりと自分の目の周りが熱くなるのを感じた。
レオンは私の傍で私を見下ろし、少し苦笑した後、一歩下がって踵を返そうとした。
「、、、あ」
無意識に。
動こうとするレオンの服を掴んでしまった。
行かせたくないと言っているようなものだ。
「あ、あの、、、」
慌てて手を離し、言い訳を考えるけど、何も思い付かなかった。
傍に居て欲しいのが事実だから。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「ーーーレオンの傍に、いちゃダメかなぁ」
告白するくらいの勇気を振り絞って、私はレオンに言った。
レオンを見上げた私の視線と、驚いた顔のレオンの視線がぶつかる。
「アキラ、お前、元の世界に帰りたいんだろ?方法がわからないと帰れないんだぞ?」
「ーーーうん。わかってる。わかってるけど、、、」
帰りたい気持ちは全く変わっていない。
でも。
ここでレオンと離れたら、二度と会えないような気がして。
離れたくなかった。
「迷惑、、、かもしれないけど、、、」
言うと、レオンが小さく、笑った。
「、、、いまさら、だろ」
レオンが私の頭に大きな手を乗せ、くしゃくしゃと髪を撫でた。とても優しく。
ぶわっと毛が逆立つように、息の根がとまるかのように、一瞬にして心臓が締め付けられた。
気絶するかと思った。
極上に綺麗な顔の人間が、優しく笑ってはいけない。写真に撮って墓場にもっていきたい表情だった。殺人レベルの笑顔って、怖すぎる。
レオンはサーガスに向かう。
「サーガス。とりあえずアキラは俺と一緒にギルドに行く。明後日、ギルドにきてくれるか?」
今にも吹き出して笑いそうになっているサーガスに気付き、レオンはギロリとサーガスを睨み付けた。
「わかったわかった。ギルドに行けばいいんだろ?」
明らかに可笑しそうに笑っているサーガスを尻目に、レオンは私の腕を掴んで歩き始めた。少し顔が赤くなっている気がするのは、私の気のせいだろうか?
「俺も一緒にいく」
と、リアムも私のあとを追う。
「なんだ、レオンのやつ、ちゃんと人間らしいところもあるじゃねぇか」
と呟いたサーガスの言葉は、本人には届かなかった。