道中、男の子に出会う
翌日、まだ日も昇らぬうちから、レオンは宿を出た。私は眠いと言って、ごねてみたが、全く聞いてくれる気はなさそうなので諦めた。
レオンは村の端にある店で馬を買った。私の分も買おうとしていたので、私が馬が乗れない事を伝えると、軽く舌打ちされた。
というか、馬も安いはずがないのだけど、2頭買おうとするなんて、意外とレオンは金持ちなのかもしれない。
そう考えると、少しレオンが高貴な人間に思えてきた。高貴な人で舌打ちする人はいないだろうから、きっと気のせいだろうけど。
馬の背に登ることもできなかったので、また舌打ちされながらレオンに馬に乗せてもらった。
はじめはレオンの後ろに私は座っていたが、思った以上に揺れて、動き始めてすぐに私が落馬してしまったから、結局、レオンの前に私が座る形で馬に乗ることになった。
手綱を握るレオンの両腕に挟まれており、まるでレオンに抱き締められてるようで、私は少し気恥ずかしさを覚える。
こんな美青年に長時間接近される日がくるとは、昔の平々凡々な私の毎日じゃ想像さえしなかったことだ。
慣れないことは心臓に悪い。
そして、想像以上に、乗馬は全身運動だった。
馬を走らせて数時間で、私の体は筋肉痛でパンパンになる。
お尻は擦れて、絶対血が滲んでいるだろう。座布団が欲しい。馬の背は硬い。
考えれば私、この世界にきて、痛い思いしかしてないんじゃないだろうか。
あれだけ長いこと草原かポツポツと家があるくらいの村しかなかったのに、馬に乗って数時間立つと、そこそこの町が見え始めた。
道も、日本とは違ってコンクリートで舗装されていることはないが、草を苅っただけの道ではなく、歪みがない平坦な道になってきた。
「レオン。もしかして王都ってもうすぐ着く?」
走る馬に揺られながらレオンを仰ぐと、レオンの端整な顔が見え、その唇が「いや」と形どった。
「馬でも10日はかかるだろうな。邪魔が入れば済もっとかかる」
「邪魔?」
「いずれ分かる」
苦笑して、正面から少し私の方に視線をずらしたレオンと目が合う。
元の瞳に戻っている。
私が魔法?を使ってからしばらくは、レオンは私を、初めて会った時、あるいはそれ以上に警戒した目で見てきていた。
何をしてきてもすぐ対処できるように、気をはり詰めていたように思う。
ようやく、のんびり旅をしていた時のレオンに戻ってくれた。グレーの瞳。ずっと眺めていたい深い色をしていた。
流れていくり景色は、やはりヨーロッパに近かった。家の数が増えるにつれ、強くそう思う。海外に行ったことはないが、ヨーロッパの絵画に出てくるそれを彷彿とさせる。
「あんまり魔物が出なくなってきたね」
「人が増えると防魔の細工をしている場所が増えるからな。その最たる場所が王都だ。あそこで魔物がでたとは殆ど聞いた事がない」
殆ど、ということは、全くないわけではないのか、と思う。
「じゃあ魔石を取りに行くには、かなり遠くに行かなきゃいけないのね」
「そういうことだ。数ヶ月の準備がいる」
そこまでしてあの森に来たのに、私のために街に戻って良かったのだろうか。
そもそも、レオンは何をしにあの場所に行ったのだろう。
「ねぇ、レオン。そろそろ休憩にしない?お尻が痛いんだけど」
「ダメだ」
言うと思った。今日はもう2回休憩している。レオンはできるだけ早く王都につきたいらしい。
王都についたら、占い師のところを紹介してもらって、私とレオンは別れてしまうのだろう。
私はもう、レオンの傍の安心感に慣れてしまって、離れたくない気持ちがどんどん強くなってきていた。この世界の何を聞いても、ちゃんとわかりやすく説明してくれるし、生活面でも頼りになる。
生きていくために必要なことは、道中で少しずつ教えてもらったけど、私にはまだまだレオンが必要だった。
色仕掛けでレオンを留めれるなら留めたい。でも私は、日本でさえ地味めの女の子だった。
ヨーロッパ調のこの世界では、女の人は綺麗な人が多く、またスタイルが良い。普通の田舎にいる人で、だ。王都なんて華やかなところに行けば、もっと沢山綺麗な人がいるだろう。
凹凸の殆どない自分の胸元をみて、ほぅ、と惨めなため息をついてみる。
せめて。
せめて、レオンといれる時間が1分1秒でも長くなればいいのに。
お尻が痛いのは勿論、そんな下心を含めて休憩を誘ってみたが、レオンにはその気持ちは届きそうになかった。
「今日は、鹿肉のソテーにするね」
「おぉー」
にか、とレオンが笑った。
クソ不味いレオンの料理から、レオンは舌がイカれてるのかと思っていたが、ただの健康マニアと料理下手なだけだったらしい。
村で購入した調味料を使って私が料理しだしてからは、私が料理担当になった。
調味料の幅が狭いから、たいした料理はできないけど、それでもレオンの作ったものよりはマシだという自信だけはある。
レオンには内緒にしているが、気を全身には巡らさず、手だけで気を作って「美味しくなーれ」と唱えたら、なんか美味しくなっている気がしている。多分、そういう魔法があるのだと思う。私に精霊はついてないけど、そういう魔法の詠唱と同じ効果があるのだろう。
少しずつ美味しくなっているところから、料理魔法レベルがあがってきているのではないだろうか。ーーーこの世界にレベルとかあれば、だけど。
長いこと馬で走り続けて、また陽が暮れかけ、私の顔も蒼白になりかけた時に、ようやくレオンは休憩を許可してくれた。
傷んだお尻を気にしながら、町と町の間にある湖の畔で夕飯の準備をした。
少し前に仕留めた、鹿のようだけど額から角の生えた魔物を仕留めて、それにレオンが状態保存の魔法をかけてくれた。
それをラップ代わりに、艶のある大きな葉っぱでくるんで周りに氷魔法をかけた石を敷き詰めて保管していた。
粗めの塩と調合されたハーブを振りかけて、肉を火にかける。
この世界にきて、肉の中への菌とか感染症とか気にしていたけど、多少、どうでも良くなった。気にしていたら何も食べれなくなるし、それを除去する方法も知らない。
レオンが食べれるというものは食べるし、食べたらいけないというものは食べない。それだけ。
あとは、それをどう美味しくするかを考えるだけでいいのだ。
レオンが傍から離れた隙を見計らう。
「美味しくなぁーれ♪」
こっそりといつもの言葉を投げかけて、肉がジュウと鳴った時に、後ろから声がかかった。
「美味しそうな肉だなぁー」
レオンにマジナイを見られたかと焦って振り返ったが、見ると数人のオジサン達だった。動きがダランとしており、顔はニヤニヤしていて、とても感じが悪い。ゴロツキというやつだ。
何ですか?何か用ですか?
と、カッコいい女の子なら睨み付けて歯向かうだろうけど、小心者の私はただ黙った。
「さっきまでいた彼氏は強そうだったから声をかけられなかったけど、お嬢ちゃんだけなら、話しやすそうだもんなぁー」
ニヤニヤ。
レオンがいる時から様子を伺ってたんだ。
「その肉、もらっていいかなぁー?」
ニヤニヤ。
大切な食料狙い。
「ついでに、持ってる金銭も渡してくれるかなぁー?」
ニヤニヤニヤ。
本当に感じが悪い。
「、、、金銭なんて、持ってません」
ぷい、とそっぽ向くと、「まさかぁー」と返ってくる。まさかとは何だ。本当に持っていないのに。
「持ってません!」
「そこの小袋。その中にあるでしょ。強いものを感じるんだけど」
スキンヘッドの人が指差した場所には、確かに小袋があった。私の腰にずっと吊り下げてたソレは、あの森で美人のお姉さんにもらったもの。何かの役に立てればといっていた、キラキラの石と数枚のプレート。
「、、、魔力?」
私が聞くと、スキンヘッドの人がハハっと笑った。頭を撫でている。
「そんなのが分かるほど大したもんじゃねーよ。俺がわかるのは、財宝の力だ。そういうスキルを持ってるもんでね。金になるものに反応するようになってる。何が入ってるかまではわからないがね」
私も、これが何か考えてはいたけど、調べてはいなかった。役に立てれば、ということから、お金にかえられるのかなとも思っていたけど、その価値は私にはわからない。
王都にいってレオンも離れて一人になったら、時間潰しに調べてもいいかなと思っていた程度だ。
そんなに高価なものをもらったんだろうか。
巨大なクッションに穴を空けただけなんだけど。
「これは貰い物なので、渡せません」
言った途端、頬を強く叩かれた。
私は叩かれた方の頬を押さえて呆然としたが、男は表情一つ変えず、にっこりと笑っていた。
「渡せませんじゃなくて、渡すんだよ」
怖くない、といえば、嘘になるだろう。
昔の私なら、怯えて泣いて、早々に小袋を渡していたと思う。ゴロツキとか、絶対関わりたくないし、ただの女の子が勝てると思えない。
貰い物とはいえ、命より大切なはずもないし。
ただーーー。
最近、倒したのがレオンとはいえ、牛よりも大きな魔物ばかり見てきたせいか、あんまり強そうに思えなかった。それよりも怒りが沸いてくる。
「女の子の顔を叩くなんて、、、最低ーーー」
料理のために手に集めていた気を、体に巡らせはじめた時に、また別の声がかかった。
「お兄さん達、死にたくなかったら、逃げた方がいいよ」
今度こそレオンかと思ったら、また違った。
若い男の子の声だ。
少し離れたところから近寄ってきたその子は、声よりは大きな背丈をしていて、私と同じくらいか少し大きかった。私が16歳にして女子の平均くらいの身長なので、外国の男の子としては低く、やはりまだ子供なのかもしれない。えらく綺麗な顔をした少年だ。
「このお姉ちゃん、怖いから」
ちらりと私が気を巡らせ始めた手を見られ、私は慌てて手を背中の方に回す。
「は、バカなこと、、、」
ドンッと音がしたかと思うと、私達がいる横に見える湖の水が、縦に打ちあがった。
水の中に爆発物でもあったのかと思ったら、男の子がその湖に向けて手を開いている。
魔法?
「あるいは、俺があんた達を殺しちゃうかも♪」
湖に向けていた手を、男達の方に向け直す。男の子の手が赤く光だした。
「っひ!」
スキルヘッドが短く悲鳴をあげて後退る。
「おい!大きな音がしたが、何か、、、」
馬に餌をあげるための草を探していたレオンが戻って騒ぎに気付き、駆けつける。
ゴロツキと一緒にいる、見知らぬ少年を見て、レオンも険しい表情になった。
レオンは能力者だ。同じ能力者として、何か感じるものがあったのかもしれない。
「ーーーお前、ーーー誰だ?」
レオンの質問に、少年はまたわざとらしく、にっこりと笑う。
「それは置いといて、とりあえずこの連中をやっつけない?か弱い女の子に暴力なんて、万死に値するでしょ?」
「暴力?」
レオンは私をちらりと見る。
頬が赤くなってるだろう。口に血の味がする。自分で自分が見えないだけに、どんな状態かはわからないが、私の顔を見た瞬間、レオンがすごい表情で激怒したから、私の怪我はものすごいことになっているのかもしれない。
レオンが両手を重ね、下に勢い良く振りかぶる。一瞬にして、ゴロツキの足元の地面が割れた。
バランスを崩して、ゴロツキ達はバラバラと倒れる。
「ぎゃあ!何だコレ!!!」
「助けてアニキ」
割れた地面の下は、2メートルほど裂けている。落ちたら怪我は間違いない。
必死で落ちないように、地面にしがみついた男達は、まだ裂け目に落ちず踏ん張っているスキンヘッドの男に助けを求める。
スキンヘッドも冷静ではいられないようで、部下と私達を交互に見ながら目を白黒させていた。
「あれぇー。お兄さん、やっさしーぃ」
男の子は揶揄するようにレオンに言う。
「直接ぶつけてやらないんだね。魔物を倒すように、あいつら、ぶっとばしてやればいいのに」
手ぬるい、と暗に言っている。
「、、、俺は人は殺さない」
まだ怒りが治まらないレオンは、それでも気持ちを抑え、男の子に呟く。
「ふぅん」
男の子の目が少し据わった。
「どうでもいい持論だね。俺はそんな弱っちぃこと言わないよ」
くるりと少年は私の方を見て、優しく微笑む。
「見ててね。俺があいつら殺してあげるから」
いや、別に殺すまではしなくていいんだけど、、、。
少年が、スキンヘッドの男に向かって手の平を向けると、男がふわりと宙に浮く。
「わっ!な、なんだ???うぁっ」
踏ん張っていた地面から、浮いて湖の上まで運ばれる。
「肉が散らばって、下手したら俺達の服が汚れちゃうからね♪」
ふふ、と笑う男の子は、その手を『ぎゅっ』と握ろうとした、その時。
レオンによって、その手を弾かれた。
術が解けて、スキンヘッドの男は体をささえるものがなくなり、湖にボチャンと落ちる。
「ーーー何するのさ」
憮然、という表情を少年はしてみせる。
「せっかく仕返ししてやろうと思ってたのに」
レオンは少年を睨み付けた。
「今、本気で殺そうとしてただろう」
「あんたが人は殺さないって言うからだよ。この腰抜け野郎」
少年はぴしゃりと言い放った。
だいたい、と少年は続ける。
「あぁやって、か弱い人間が一人になるのを待って襲い、簡単に暴力を振るやつが、今までに人を殺してないわけがないだろ。この先も放っておけば人に害を為す。先に芽を摘んでいた方がいいんじゃないの。自業自得でしょ」
確かに、、、と思わなくはない。
「お前の勝手な正義で、人を裁くな」
レオンが怒りを顕にしている。
激情でない、静かな怒り。
それを、少年はくすりと笑った。
「ーーーお兄さん、何か自分と重ねてるでしょう」
レオンがぴくりと肩を揺らす。
「それは加害者?それとも被害者の方かな?」
レオンの怒りとは反対に、少年は少し、愉しそうにしている。
「辛い経験からくる言葉は重いね。ーーーでも残念
だなぁ」
少年が、じゃり、と足で砂を噛んだ。
「ーー自分の勝手な正義で、間違いを許すなよ」
お兄さんの言葉を借りてみた、と少年ははにかむ。その目は、笑っていなかった。
かなり険悪な雰囲気。
叩かれたのは私なんだけど、私の気持ちをそっちのけで、重苦しいやり取りをしている。
「、、、あのーーー」
挟んではいけないような状況とは知りつつ、私は口を挟んだ。
イケメン二人の視線が私に集まる。
静かなる戦いの中で、その視線が痛かった。
「お取り込み中、申し訳ないんだけども」
私は割れた地面と、湖の方を、そっと指差す。
「あの人達、逃げちゃいましたよ」
「え?ーーあっ!」
数人いたはずのゴロツキ達は、二人がやり取りしてる間に、素早く逃げていってしまった。
私はそれを見ていたが、あえて見ないふりをした。確かに今まで悪いことをしてきたに違いないが、この先はまだわからない。
私にも、まだ『人を殺さず』の精神は残っているから、人が死ぬのは見たくなかった。
欲を言えば、あの人達がこれから心を入れ換えて、良い人になりますように。
少年は悔しそうに顔を歪めた。
「くっそぉ。うまいこと逃げやがって。追いかけて痛め付けてやろうかな」
「もうやめとけ。逃げられたんだから諦めろ」
少年の服を掴み、呆れたようにレオンが少年を留めた。
探せばまだ近くにはいるだろうが、追いかけたら、またこの二人が揉め始めるだろう。
ちょうど良かったのかもしれない。
「ーーーで、改めて聞くが、お前は何なんだ?」
ここは町と町の間にある辺境の土地。
まだ若い少年が散歩するには遠い場所だ。
少し気を取り直した少年は、そうそう、と言いながら自己紹介した。
「俺はリアム」
そして、そっと私の両手を掴んで、優しく微笑んだ。
「お姉さんに一目惚れしたから、我慢できず着いてきたんだ」
な ん で す っ て ?
唖然とした私とレオンに、リアムと名乗る少年は、平然としたまま、冗談だよ!ーーとは言わなかった。