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私がそこにいる理由

異世界ものが好きで、冒険が好きです。

 落ちる。


 と、思うには、それは長い長い道のりだった。


 はじめは飛行機から見下ろすほどの高さにいた。パラシュートもつけず、フリーフォールで安全バーもないやつ。


 体にかかる空気圧だけで気を失うかと思った。


 顔を少しあげると水平線が丸い。

 下を見ると壮大な草原が目一杯広がっていた。何か建物や生き物もいるかもしれないが、全ては米粒のように小さい。


 あぁ。私は死ぬんだ。


 そんなことを思った。


 どうしてこんなことになったのか、私も知らない。気づけば空にいて、ただただ落ちている。


 この高さから地上に叩きつけられたら、地面であれ、水面であれ、即死は免れないだろう。


 思えば短い人生だった。

 気が弱く、人付き合いが苦手で、ろくに友達も作れず、人には愛想笑いばかり。好きな人もいなくて、大した趣味もない。

良いところと言えば、親がいて、衣食住に困っていないことくらい。

 自分は何のために生まれたのかなと昨日考えたばかりの今日、こんなことになるなんて。


 唯一、私を愛してくれていた両親にお別れをいって死にたかったな、、、なんてことをぼんやり考えていたら、草原の中にポツンとあった森に向かって自分が落ちていることに気づいた。


 死ぬのには間違いないが、木に刺さって死にたくないな、、、なんて思っていたら、うまいこと当たらずに進んでいく。

 そこは相当高い木の密集地なのだろう。森の中に入ったのに、まだ私は落ち続けていた。

 ようやく地面が見えたと思ったら、今度は岩と岩の間の空洞にスポンと入る。

 そこは洞窟になっていて、地下に入っても私はまだまだ私は落ち続けた。

 暗い、場所だった。光も当たらず一寸先も見えない。どうせ死ぬなら、どんなところで死ぬかくらい見て死にたかったのだが。


 落ちて落ちて落ちて。


 ーーー私は、数分かかって、ようやく落ち着いた。


 ーーー衝撃もなく。


 心臓は、太鼓を打ち鳴らすように耳に響いていた。

 深呼吸をして、あたりを見ると、さっきまで完全に真っ暗だったのに、ここはぼんやりと明るい。

地下の鉱石が光っているのだろう。小さな星のように輝いて、まるで宇宙空間に漂っているようだった。

 高さ数千メートルから落ちて、普通の人間である私が死なないはずがない。なのに、巨大な低反発クッションのようなものが、私の体をガッチリとキャッチしてくれたのだ。


 それが何かはわからない。

 学校のグラウンドくらいの大きさの球体のクッション。色は白い。

 中に水が入っているようだ、と思った。


 ふとみると、やはり超高度から落ちてきた私を完全に受け止めることはできなかったようで、右足の爪先が、そのクッションに刺さって穴を空けてしまっていた。

 慌てて私は足を引き抜いたが、その穴は塞がることなく、中から水が溢れだしてきてしまった。

「わ!わわっー!」

 水を避けたその先に、私はクッションの中にある黒いものを見つけた。


 真ん丸の黒。水の中に浮かぶ、黒。その周囲は宝石のようなエメラルドグリーン。

「、、、綺麗、、、」

と、呟いた瞬間、『それ』は動いた。

 ギョロリ、という表現が適切だろう。爬虫類の瞳のような動きだった。


 あっ!と息を飲んだ。

 瞳だ。何かの。そう思った時に、私は『それ』と目が合ってしまった。


「あなた、何をしたの???」


 声が聞こえて、私は振り返る。

 20代後半くらいだろうか。スラリとした細長い女性が私の後ろに立っていた。ウェーブのかかった長い髪の人。

 一般に美人と呼べる人だろう。いや、確実に超がつく美人だ。

 ーーー泣いていた。


「え、いや、その。ーー私も、よく、わからなくて、、、」


 私はまだ学生で、そんな酸いも甘いもを経験するようなタイプではないので、正直、大人の人が泣く姿を見慣れていない。

 こんなところで人と会えるとも思っておらず、色んな意味で動揺していた私は、言葉を繋げる事ができず、ただ、じわりと近寄ってくるその女の人を見上げることしかできなかった。


「ーーーあなた、人間でしょう?」

「え?」

 人間でしょう?そりゃ人間ですが、その聞き方をされると、まるで。

 相手が人間でないような。


「、、、人間、、、です」


 一応。答えた。

 すると、その人は、小さくフフっと笑う。


「違うわね。人間だったら、こんなところに落ちて生きてるはずないもの」

 溢れ出す涙を手ですくいながら、女の人は私に手を伸ばしてきた。この女の人のクッションだったなら、穴を空けてしまい申し訳ない気持ちだったが、女の人は私を責める様子でもなかった。むしろ何か喜んでいるように見えた。


「、、、そう、なんですか、、、」

 自分が死んでいるようにも思えず、しかし生きているはずないと言われてどうしたら良いか悩む。

「でも、生きてます、、、よね?」


 差し出された女の人の手をありがたく繋いで、私はバランスをとりながら立ち上がる。


「もちろん。生きてるみたいよ。」


 女の人は可笑しそうに笑った。

「ただ、ここは人間には毒になるものが漂ってるから、早くでていった方がいいでしょうね、まだ生きたいなら」

 と、恐ろしいことを言う。

「、、、あなたは、大丈夫なんですか?」

 おずおずと聞いた私に、女の人は、顔色一つ変えず、言った。


「私は人ではないから」


「人ではない?」

「そう。ーーー噂が広まってはいけないから、正体まではいえないけど、これは、貴女に合わせて姿を変えてるだけなの。怖がらせてもいけないと思って。ーー恩人の貴女に」


「恩人?」


「そう。ーーーほら、早く行きなさい。ここから上にはさすがに戻れないから、この下にある通路を使うといいわ。特別に、私が出してあげる」

 そう言うと、女の人は見た目からは考えられない力で私を抱き上げ、お姫様抱っこをしてそのグラウンド一つ分もある大きさの球体から飛び降りた。


 地面に着地するときも、相当の高さだったはずなのに「ストン」という軽やかな音しかならなかった。どういう仕組みか全くわからない。


「ここからは一人でいけるわね。私はここから離れる事はできないから。申し訳ないけれど」

 女の人は、そういって、通路と言ったはずの、ただの砂利道を指差す。


 通路とは、補整された道だと思っていたが、価値観が違うようだ。


「そうそう。お礼に、これをあげる。何かの役に立つといいけど、、、」

 言って、彼女から渡された小さな袋には、いくつかの綺麗な石と、キラキラと光るプレートが数枚入っていた。


「ありがとうございます」

 価値はよくわからないが、とりあえず貰った。何かの役に立つかもしれないなら。

「どういたしまして。貴女は、ここから出たら、きっとここの事は忘れてしまうでしょうけど、もしできるなら、また会いたいわ」

 少し、悲しそうに笑って、彼女は私に手をふった。


「さようなら」

と言いながら、彼女は、自身の何百倍とある大きさのクッションに両手を広げて、抱き締めた。愛しそうに。優しく微笑んで。


 私はその様子を見ながら、とぼとぼと歩いて去っていく。地上に出たとしえも、落ちてる時に見る限り、人の気配はなさそうだった。広大な草原のど真ん中。


 ここから出ていって、生きていける気はしていない。しかし、ここに居残ってどうにかなるような雰囲気でもなかった。


 言われた通りに、彼女が指差す方向を道と思って歩いていく。


 言わば山道。


 補整された歩きやすい道に慣れているため、たはだただ真っ直ぐな道でも疲労がハンパない。

 多分まだ1キロも歩いてないのに、マラソン大会で数キロ走った時の倍ほど疲れていた。


 いや、さっき、この場所は毒のようなものが漂っていると言っていた。もしかしたら、それによって体が弱っているのかもしれない。


 元々運動系の部活に入っているわけでもない私には、ウォーキングさえ重労働なのだ。いつたどり着くかもわからない山道を歩く行為には、体力だけでなく精神力もすり減らされていく。


 ぼんやりとした鉱石からの灯りを頼りに、既に、よろよろとしながら私は歩いた。


 喉が乾く。

 おなかがすいた。

 喉がかわく。

 疲れで心臓が張り裂けそう。

 自分が。

 何を目的に歩いているかもわからない。この先、生きていける気もしない。それならば、ここで死んだ方が、いや、むしろ。

 さっき、そのまま落ちて死んだ方が楽だったのでは???


 そう思いながら、、、ようやく。

 ようやく、私は思った。


「大体、なんで私、こんなところにいるの???」

 

 

楽しんでもらえたらと思います。

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