二つの道
その夜ぼくは電子決済でヒロトに4000円を送り、眠りについた。
それから多忙な日々に追われることになった。授業、ゼミ、インターン、目まぐるしく回る日々、日読みはあっという間に過ぎていった。そして、10月半ばのことである。
いつものように大学に向かう地下鉄、今日のスケジュールを閑散とした車内で確認しながら、最寄り駅まで20分ほどの急行であった。駅に着き、ホームに降りるぼく。今日は東門から入るか、そうふと思い、出口へと向かう。K大学には東西南北それぞれに門があった。ガラス張りの建物が構える南が正門、北が主に関係者が用いる門、細い一方通行の道に接する西門、そして赤レンガ風の厳かな建物がそびえる東門である。普段は正門から入っているのだが、この日は気分を変えてみようと東門から入ることにした。
そういえば、この道は柳が教えてくれたんだったよな。駅の階段を上る途中、ぼくがこの道を知ったきっかけ、柳カオル、のことを思い出した。正門に行くには、ぼくが降りたホームの一つ上、違う路線のホームを突っ切って外に出ないといけない。以前まで正門までの道しか知らなかったが、柳に教えてもらって違う通学路を開拓することができた。正直、どちらの道も時間的にはさほど変わりがないが、二つ道があることは選択の自由をもたらすし、気分転換にもなるのでよいのではないか。それに、東門への道はぼくにとって少し特別なものである。柳が教えてくれたものだから。
改札を抜け、A8出口へと向かう。外に出ると見えるのは、大企業のビルである。日本企業の。さらに進んで大きな通りに出れば東門が見える。
周りのビル群にも引けを取らないほどの高さであり、赤レンガ風の作りが往来の中でもひときわ目立つ。凱旋門のような、大きく開いたアーチ状の開口部からはアーケードが続いている。アーケード入口上部には校章が彫られ、建学の精神がラテン語で刻まれている。
柳はこの道を教えてくれた時、屈託のない笑顔で「どう?この道だと文明開化らしさを感じるでしょ?」と自信たっぷりに言っていたっけ。その笑顔がまぶしくて、「でもこの門は平成時代に建てられたんだよな」とは言えなかった。
車の通りは多く、電気自動車が静かに通り過ぎていく。なつかしさ、そして少しやるせなさを感じながらぼくは信号が変わるのを待っていた。その時であった。ぼくの情報端末、いやぼくのだけではない。周りの人たちの情報端末もだ。それらが一斉にブザー音を鳴らし始めた。慌てて左腕を出し、確認すると映し出されていたのは「緊急地震速報」の文字であった。
ほどなくして大きな揺れが東京を襲った。揺れは大きく、また長い時間続いた。周期的な揺れは建物と共振し、次第に見たこともないほどの揺れに変わる。人類の発展とともに硬く、強く、そしていつの日か柔軟性を失ってしまった人工材料は呻きをあげ、ひび割れ、姿勢を保つことができなくなってしまった。
失われていく日常の風景。ぼくが歩いてきた道は数十秒にして切り裂かれ、ぼくがくぐっていた門は音を立てて崩れていった。




