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二刀物語 第一部『無を切る音』  作者: 伊部 九郎
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第二章 披露 その4

「旦那様、夕飯の用意が整いました」

 その日の午後6時過ぎに、書斎で展示会の出品リストに目を通していた猪ノ介のところに、使用人の上川が部屋の外から声をかけて来た。

 上川は、この別荘の管理を任されている65歳の男性で、この別荘のそばの農家に住んでいた。

 農家としての仕事は息子夫婦にまかせて繁忙期に手伝う程度だったため、若い頃に大下家の本宅で働いていたつてで、ここに別荘を建てた際に猪ノ介が管理人として雇い入れていた。

 別荘が使用されていないときは1週間に1度の頻度で別荘の掃除と点検に来て、大下家の誰かが訪れる際は、料理を含めた家事全般を担当することになっていた。


「わかった。ありがとう」

 猪ノ介は、ドアの方を振り返って言った。この部屋は、貴重品を置いておくことが多いため入り口に鍵がかけられるように洋風のドアになっており、室内も板張りの洋風の作りになっていた。時王は、机の横のテーブルに刀袋に入れられたまま置かれていた。

「刀悟ぼっちゃまにもお伝えしてまいります」

 ドア越しに上川は言った。

「いや、私が呼びに行くよ。上川さんは、すぐに食べられるように用意を頼む」

「かしこまりました」

 上川はそう答えて食堂の方に歩いて行った。


「刀悟、夕飯だ」

 猪ノ介は刀悟の部屋の外からそう声をかけたが、返事がなかったため中に入ると、薄暗くなった部屋の中に敷かれた布団の中で刀悟が寝息を立てていた。猪ノ介は、起こさないように静かに襖を閉めると食堂へ向かった。

「上川さん、刀悟は寝てしまったようだから、あとでおにぎりを二つ、三つ、部屋の前に置いておいてくれないか」

 食堂に着くと、食事用の長テーブルの脇に控えていた上川に向かって猪ノ介は言った。

「かしこまりました」

 上川は答えた。猪ノ介は、自分の席に着くと、

「うん、今日の食事もおいしそうだ」

 と言って、食事を始めた。

「本日の会合はいかがでしたか」

 上川は、傍らに控えたまま猪ノ介に聞いた。

「概ねうまくいったよ。お客をもてなす準備で上川さんには色々と苦労をかけたね。今回は人数が多かったから大変だったでしょう」

「いえ、とんでもございません。それほど大したこともしておりませんし」

「そう。とにかく助かったよ」

「恐れ入ります。ところで、何か面白いお話はありましたかな」

「うーん、面白いというか、少し不思議なことはあったな」

「不思議なこと?」

「今回、私が持ってきた刀なんだが、確実に何か妖気のようなものをはらんでいるようで、あれを最初に見た時には自分が気にし過ぎているせいかとも思ったんだけど、今日来ていたお客のほぼすべてがそれを感じたようだったよ。間違いなく何か因縁のある刀だね」

「そうですか。それはまた興味深いお話ですね」

「うん。特に刀悟はそれを敏感に感じたようで、毒気に中てられたように青い顔をして部屋から出て行ったよ」

「それはまた。刀悟さんは霊感の強い方でしたか」

「うーん、今までそう感じられる場面に出くわしたことがなかったからそれは何とも言えないね。まあ、あの様子からすると、少しそういうところがあるのかもしれないな」

「まあ、あまり毒気に中てられないようにご用心された方が良いかもしれませんね」

「そうかな。まあ、あいつは体だけは頑丈だから大丈夫だろう」

 猪ノ介は、そう言って笑った。

 上川には興味のそそられる話だったが、食事の邪魔をしてはいけないと思い、それ以上は何も聞かなかった。

 猪ノ介も、それからは黙って食事をとった。


 夜中の1時過ぎに、上川は尿意で目覚めてトイレへと立った。

 用を足して自室に戻る際に書斎の前を通ったところ、扉がわずかに開いて中から薄明かりが漏れているのに気がついた。

 何事かと思いその隙間から中を覗いて見ると、机の上の電気スタンドに明かりが灯っており、その光が左手の来客用の4人掛け応接セットのこちら側の椅子に背を向けて座っている人影を映していた。その長身とがっしりとした体つきから、それが刀悟であることは容易に判別できた。

 何をしているのか気になったため、そのまましばらく様子を見ていたが、刀悟の頭越しに日本刀の切っ先が下から現れたので上川は驚いた。

 そして、もっと驚いたのは、弱い光ではあったものの、その瞬間に刀悟の体が妖しい感じのする青白い光に包まれたことだった。

 上川はびっくりして思わず大きく後ずさったが、バランスを崩して少し足音を立ててしまった。

 その足音が聞こえたようで、刀悟が驚いたようにこちらを振り向いた。上川はあわてて刀悟の部屋とは反対側の廊下の角に身を隠した。

 それからすぐに、刀悟が書斎から出て来てドアを閉め、自分の部屋の方に速足で歩いて行く音が聞こえた。

 上川は、そのまましばらくその場に潜んでいたが、刀悟が戻ってくるような気配がなかったため廊下の陰から頭を出して書斎の方を伺って人の姿がないのを確認すると、書斎の前まで戻ってみた。それから、ドアノブをつかんで開けようとしたが、鍵がかかっており開けられなかった。

 そこで、先ほどの刀悟の姿が思い出されて背筋が寒くなったので、速足で自室に戻ると布団に入って丸くなった。



 いつものように朝の5時に目覚めた上川は、そのとたんに書斎で見た刀悟の様子が思い出されて少し背中に悪寒が走った。しかし、それが夢だったような気もしてきたので、いつも通りに身支度を整えて台所に行き、猪ノ介と刀悟の朝食の準備を始めた。

 その準備がほぼ終わったころ、台所に刀悟が現れた。

「おにぎりは上川さんでしょ?おいしかったよ。夕方、疲れたから少し寝るつもりだったのに日付が変わる時間まで寝ちゃって、お腹空いたな~と思って台所に行こうと思ったら、部屋の前におにぎりが3つ置いてあって助かったよ」

 刀悟は微笑みながらそう言って、空になった皿を上川に差し出した。

「いえ、旦那様からそうして欲しいと言われたものですから」

 上川は、そう言って皿を受け取りながら、刀悟の全身に素早く視線を走らせたが、普段通りで特に変わったところは見受けられなかった。

「親父が?案外と俺のことを気にしてくれてるんだな」

 そう言って刀悟は微笑んだ。

 朝食がテーブルに並べられ始めたので、刀悟は自分の席に座り、目の前に置いてあるピッチャーに入っているオレンジジュースを自分のコップにつぎ、半分ほど飲み干した。

「おはよう」

 そこで、台所と続き部屋になっている食堂に猪ノ介が入って来て挨拶をした。

「おはようございます」

 まず、上川が食堂に出て行って挨拶した。

「おはよう。親父、昨日のおにぎりは助かったよ」

 刀悟も続いて食堂に行き、そう猪ノ介に向かって言った。

「礼なら用意してくれた上川さんに言うんだな。それよりお前、体は大丈夫か?大会で疲れた上に時王の毒気にあてられたみたいだったからな」

「俺自身は一晩寝たからすっかり元通りだよ。体は鍛えてあるからね。しかし、毒気ねえ。正直に言うと、もっと何か禍々しいものを感じたかな。それより、あの時王、確実に何かが封じ込まれているって気がするんだけど、親父はどう思う?」

「そのことなら会合の席でも話題になったよ。あの場にいた人たちはみな、少なからず嫌な感じの妖気のようなものを感じたからな。だから、展示会への出品は控えることになった」

「あ、そうなんだ。うーん、確かにそうだね。まだ、あれを公衆の面前にさらす時代じゃないからね」

 刀悟は何げない感じでそう言ったが、その言葉を猪ノ介は不思議に思った。

(時代?今、確かに時代と言ったな。おかしな言葉を使うやつだ)

「それじゃあ、時王はどうするの?」

 刀悟は聞いた。

「今日、家まで持って帰って土蔵にしまうことにしたよ。下手にどこかに預けるより、うちの方が、常時人がいるから安心だろう」

「確かにそうだね。ところで帰りはどうする?俺は、和人と一緒に乗って来た車があるけど、親父も自分の車で来てるでしょ?」

「私は、もう少し展示会の準備作業があるから、それが終わってから帰るよ。お前は先に帰っていろ」

「わかった。そうするよ」

 刀悟は、朝食を食べ終えると、日課にしている木刀を振るった軽い稽古をしてから、自分の車を運転して横浜市の北部にある自宅へと帰って行った。


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