終章 抗うもの
第一部の最終回です。
最後は、戦国の未来に戻ります。
笹山次利は話を終えた。
「以上が、当家に伝わる、あの二つの刀にまつわる物語です」
そう言うと、すっかり冷めてしまったお茶の残りを一気に飲み干した。
宗像大二郎は、胡坐を組んだ足の上に右ひじをついてあごを掴み、やや視線を落としてから一つ唸ると、
「なるほどなあ。そういう怨念に近い想念が篭ったことで、あれほどの恐るべき破壊力を生み出したということか。そして、時王の持つ本来の力を発現させているということは、鷹野紫燕が織田家の末裔であるというのはまんざら嘘ではないということだな」
と、眉間にしわを寄せて言った。
「はい、そういうことになりますな」
「そして、橘家の血筋である檜村も、同じく武田家の末裔であると」
「はい」
「徳川家は、今や没落して橘軍の1師団を形成するに過ぎない存在になっているが、徳川の部隊がいるからこそ、時王を手に入れて最初に矛先を向けたのが、地理的には攻めやすいはずの我が方ではなく橘家だったということだな」
「はい。先ほどお話した通りだとすれば、時王がその使用者である鷹野紫燕に何らかを語りかけた可能性がありますから、紫燕がその声に従って橘家を攻撃したというのは十分に考えられます」
笹山はいったん言葉を切ってからさらに続けた。
「ただ、あの二つの刀の力を聞いてから、私には非常に恐れていることがあります」
「なんだそれは」
笹山は、顔面に苦悩の表情を浮かべて答えた。
「今はまだ、二つの刀は戦場で出会っておりませんが、伝え聞くあの恐るべき力が戦場で相見えたとき、その力が合わさることでどれほどの恐ろしいことが起こるのか。両方の刀がそれぞれの力を発揮するということだけで終わるとは到底思えません」
「確かにそれは考えられるな。しかし、それが両軍に大きなダメージを与えるということであれば、こちらとしては好都合だ。逆に、そうなる前に両軍が同盟を結ぼうものなら大いに困ったことになる。あのような恐るべき刀が合わせて襲ってきたら、当家などあっという間にすり潰されてしまうぞ」
大二郎も苦悩の表情を浮かべて言った。
「はい。そうならないことを願うばかりです」
笹山は、そう答えたあと、さらに言葉を続けた。
「ところで、今のお話の中で何か気になることはございませんでしたか?」
「ある。和人の従弟が刀悟のところから持ち帰って来た刀はどうなったのだ」
その質問を待っていたと言わんばかりに、大二郎は即答した。
笹山は軽く会釈をすると、黙って一旦部屋の外に出た。開けられた襖から、すでに、外が明るくなり初めているのがわかった。
笹山は、細長い箱を抱えて戻ってくると大二郎の前に差し出した。
「ま、まさかこれが!?」
「はい。実は、今語った話を告げる条件がもう一つありまして、それが、この刀を使いこなせる者にのみ、というものでした」
「それが俺だと?」
「はい。私はすでに四代のお館様を見守ってまいりましたし、敵も含めて戦場で幾多の武将を見てきましたが、今まで誰にもそんなことを感じたことはありませんでした。ですが、若様からは小さかった頃から強烈にそのオーラを感じていました。また、若様は武田家と並んで織田家最大の対抗勢力でありました上杉家血筋の者でございますから、その意味でも資格があると考えております」
「そうか。では、その刀を出して見せろ」
「それは無理でございます」
「なに!?・・・まさか、この刀も抜けないと!?」
「いいえ、そうではございません。先ほどの話からもお分かりと思いますが、この刀は、橘が手に入れた刀悟が出来上がる過程で生まれた、大下刀悟の攻撃的な部分を表面に宿した刀ですので、私のような者では、そのあまりの妖気に手に取るどころか正視すらしていられません。若様がご自身でどうぞ。この刀の妖気に負けてそれができないのであれば、若様にはこの刀を持つ資格はありません。私の目が曇っていたということです」
「ふっ、はっきり言いおるわ」
苦笑いをしながら大二郎は言った。
大二郎は、ほんの短い間、目の前に置かれた箱を見つめた後、そのふたを開けると刀の入った袋を取り出した。
袋をつかむ瞬間、ゾクリと背筋を冷たいものが走ったが、構わず目の前に持って来た。すでに、袋の口を縛っていたと思われる紐はほどかれていたので、刀を立ててからゆっくりと袋を下げ、刀の姿が半分ほど現れたところで鞘の上部を左手で掴んで袋から取り出した。
笹山は、刀が袋の中から姿を現した瞬間、一瞬ビクリと体を震わせ、反射的に後ろに下がろうとした。しかし、この瞬間を見届けるのだという強烈な意思によって必死にその場に止まっていた。そして、刀ではなく大二郎の顔と体全体の反応に注目した。
大二郎の目は完全に座っていた。それを確認した瞬間、笹山の顔に満足げな表情が浮かんだ。
大二郎は、刀を抜くと、鞘を左に放り投げ、正眼に構えた。
その直後に、刀と大二郎の体から青白い炎が広がったあと、急速に収縮して刀に吸収されていくのを笹山は見た。そして、それと同時に、刀の放つ妖気が弱まったのを感じた。
「わはははは!素晴らしい妖気だ!いいぞ、いいぞ!・・・そうだ、これは間違いなく俺でなくては扱えぬものだ。そう強く感じるぞ!」
そう言うと、刀を右手に下げるように持って立ち上がった。
「よし!試してみるか!」
廊下を横切って庭に出ると、雪駄を履いて石灯籠から3メートルほどの位置に立った。石灯籠の右奥には、一メートルほど離れて直径二十センチほどの桜が植わっており、さらにその後方5メートルほどに、高さ2メール半ほどの本陣を守る塗り壁があった。
大二郎は刀を正眼に構えると、ふうっと一つ息を吐いてから刀を左に倒し、左から右に、振りは大きくはないが力強く素早い速度で水平に薙ぎ払った。
刀の切っ先は、シュン!という鋭い音とともに石灯籠の手前1メートル半ほどのところを通って行った。
「なるほど、この感触か」
にやりとしながら大二郎は言った。
「手ごたえがありましたかな」
庭に面した廊下に立ったまま、笹山は、大二郎に問いかけた。
「ああ、はっきりとな。お前、そこから庭に飛び降りてみろ」
「は?・・・・・かしこまりました」
笹山は、勢いをつけ、ドスンと大きな音を立てて庭に飛び降りた。
その途端、何かが軋るような音がした。
(もしや!)と思って笹山が石灯籠に目をやると、その灯篭の火を灯す部分の真ん中が不連続になり、その部分から上部が、やや下になっていた左に滑り落ちて行った。
「わはははは、これはスゴい!スゴいぞ!まさに魔の切れ味だ」
「なんと!今、切っ先が届いていないのに切れましたな!恐るべき刀・・・。しかし、後ろの桜の木は切れなかったようですから、石灯籠の距離までが限界ということでしょうか」
「そうではない。俺は今、石灯籠だけを切るように念じて刀を振ったのだ。見ていろ」
そう言うと、大二郎はそのまま右に移動し桜の木が正面に来る位置に立った。桜の木まではおよそ3メートルだった。
また、刀を正眼に構えると、今度は右上から左下に向かって振り下ろした。
間髪を入れずビシッ!という音が響いた。しかし、その音は桜の木からではなく、もっと先の方から聞こえたようだった。
笹山が、その音がしたと思われる方向に目をやると、先月補修したばかりの塗り壁に、大二郎が刀を振ったのと同じ方向の亀裂が入っていた。
笹山は、その場でジャンプすると、わざとドスンという感じで着地してみたが、桜の木には何も起こらなかった。
笹山は小走りで塗り壁に近寄ると、その亀裂を調べてみたが、まさに今出来たという感じの亀裂だった。
それから振り返り、桜のほうに走り寄って肩からかなり激しく体当たりをしてみた。
桜の枝と葉は大きく揺れたが、幹には何の変化も起こらなかった。
「なんと!」
笹山は驚嘆の声を上げた。
「この刀は、構えていると自分の素性を俺に語りかけてくる!これぞまさに、我が掌中の珠だ。でかした笹山!これで必ず奴らに対抗できる!よぉし、行くぞ!」
大二郎は、力のこもった足取りで自軍主力のいる二の丸の方に進んでいった。
笹山次利は、大二郎の後を小走りに追っていった。
その刀が、大下刀悟が納得した出来の作品ではなかったということに一抹の不安を覚えながらも、戦場での戦いぶりが見たいという強い思いにとらわれて。
第一部 完
この小説は、20年以上前から少しずつ書いていたもので、自分にとっては一番思い入れがある作品でした。
しかし、20年以上もかかってしまったせいで、文体、内容とも、今の時代にからすれば少々古臭い気がしています。
それでも、やっと完成にこぎつけたので肩の荷が下りたという感じはあります。
元々は、序章と終章はなく、昭和と平成の部分だけで構成されていたのですが、刀悟の刀が造られる意義がぼんやりしていると感じたため、あとから追加しました。
そうしたら、この戦国の未来の部分を書くのも面白いかな~、という気になって来たので、そのうち書いてみようと思います。
ただ、まだ、ほんのちょっとしか書いてないので、いつのことになるのやら(笑)
まあ、20年はかからないとは思いますが。
次回作は、また、現代を舞台にした、コメディタッチの小説に戻る予定です。




