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二刀物語 第一部『無を切る音』  作者: 伊部 九郎
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第六章 試作 その2

「待て! それじゃお前は、その刀を持って帰って来たというのか!?」

 和人は、孝雄の話が終わるか終わらないうちに、激しく孝雄に食ってかかった。

「ああ、今、隣の部屋に置いてあるよ」

 孝雄はぶっきらぼうに言った。

「バカヤロウ!なぜ先にそれを言わないんだ!じゃあ、早くここへ持ってこい!」

「俺はイヤだ。あんたが自分で持って来ればいいだろう。俺はもうアイツを見るのだってイヤなんだから」

「なにっ!」

 和人はそう言ってふたたび孝雄を怒鳴ろうとしたが、ふと、孝雄の感じている、嫌悪感とも恐怖ともつかぬものがただならぬものであるのを感じ、立ち上がると隣りの部屋へと入っていった。


 部屋のほぼ中央に、明らかに細長い物をくるんでいるという感じで無造作にジャンパーが転がっていた。

 和人は期待に胸を踊らせ、そのジャンパーの方へ歩み寄った。

 掴もうとした瞬間、僅かに背中を冷たいものが貫いた。一瞬、ギクリとして手を止めたが、それよりも中身を確かめたい衝動が上回り、右手で柄と思われる部分を掴み、手元に引き寄せると反対側の端を静かにめくった。刀身がちらりと目に入った瞬間、凄まじい悪寒が体を貫いた。


 気がつくと、反射的にジャンパーを戻していた。

(なんだ、今の感じは!この中になにが入っているというんだ!)

 無意識にそう考えていた。しかし、その形といい、大きさといい、どうみてもそれは日本刀以外の何者でもなかった。

 先程までの期待感がうそのように、和人はすっかり尻込みをしていた。

(しかし、俺はこの中身を確かめる必要があるんだ!)

 自分自身にそう言い聞かせ、覚悟を決めてもう一度ジャンパーをめくった。

 再び、激しい悪寒が走った。

 和人は、まるで勇気でも絞り出すかのように、力を込めてその刀をジャンパーの中から引き抜いた。

(これは何だ!?時王の妖気などとは比べ物にならないぞ!これは魔だ!)

 改めて刀身を眺めた瞬間、そう心の中でつぶやくものがあった。

(これは、この世に存在してはならないものではないか?しかし、俺は、これを試してみなければならないのだ)

 和人は自分でも意識せずにそれを使命と感じ、はねるように立ち上がって庭に面した障子を開けると、素足のまま庭へ飛び降りた。

 目の前には直径一メートル、高さ七十センチほどの庭石があった。

 その石が目に入った瞬間、和人の頭に「切れる!」という思いが駆け抜けた。

 ゆっくりと近寄ると、その石の前に左膝をついてしゃがみ込み、刀の切っ先を左に倒して水平に構えた。それから、切っ先が真後ろに来るほど思い切り振りかぶると強い気合いの声と共に石目掛けて右へ薙ぎ払った。


 シュン!

 空気を切り裂くような鋭い音がその刀からほとばしった。しかし、それとは逆に、手には豆腐を切ったような感触すら残らなかった。

 だが、和人は「切れた!」という手ごたえを確実に感じていた。

 しかし、石は微動だにせず、そこに鎮座したままだった。

「孝雄!」

「何?」

「この石を向こうに押してみろ!」

「えっ?」

「いいから、やれ!」

「はい・・・」

 刀がなにかに当たる音はおろか、切った音すら聞こえなかった孝雄には、なにを言われているのだか全く判らないまま、渋々と庭に降りると石の傍らに立った。

(こんな石を動かしてどうしようってんだ?)

 そう思いながらも、石を押すために、まず、その上に軽く手を乗せた。


 その途端、まるで、その石の上半分がローラーの上に乗っているかのように、静かにすべって行き、向こう側へ落ちていった。

「やっぱり!」

 和人は、そうつぶやくと縁に飛び上がり、ジャンパーに駆け寄ると、急いで刀をそれにくるみ、部屋の隅に投げ捨てるとドッカと座り込んだ。

「そんな、そんなばかなことがあるか!」

 和人は吐き捨てるように言い放った。全身から冷汗が滲み出て来るのを感じた。

「何が起こったんだい!その刀があの石を切ったとでも言うのかい?」

 孝雄はまるで分けが判らず和人に問い掛けた。

「そんなはずは、そんなはずはない・・・」

 和人は、まるで焦点の合わない目で、視線を落としたまま、孝雄の言葉が耳に入らなかったかのように、独り言をつぶやき続けていた。

 それから和人は、ジャンパーにくるまれて部屋の隅に転がっている刀に視線を移し、

(これは何だ!これは刃物か!?これは刀か!?違う!絶対に違う!そんなものであるはずがない!これは、もっと他の、もっと他の何かだ!)

 と、考えていた。

 孝雄は切られた庭石のほうを振り返りしばらく呆然とそれを眺めていたが、やがて和人のいる座敷のほうに視線を戻し、さらに呆然となった。

 今まで勢い良く怒鳴り捲っていた和人が、部屋の中央に座り込み、体を小刻みに震わせていたからだ。その目は大きく見開かれており、落としぎみの視線の焦点が畳の表面よりはるか先を見つめていた。

 しかも、その唇は細かく動いており、何やら独り言を言っているようであった。


 しばらくの後、孝雄は我に返ると自分が刀悟の刀から感じていた恐ろしげな雰囲気を思い出し、その和人の変貌ぶりが納得できるもののような気がしてきた。

 孝雄は、その時点で、和人の様子を見て逆に冷静さを取り戻していた。

 そこで、ジャンパーにくるまれて部屋の隅に転がっている刀を見たが、それに対して激しい悪寒を感じるのは相変わらずだったので、恐る恐る近寄ると、和人が来る前に孝雄が置いていた隣の部屋に戻して襖を閉めた。

 もう一度和人を見たが、先ほどと同じようにブツブツと独り言を言い続けていたので、居間を出て玄関へ向かって行った。


「和人、昼ご飯よ」

 その呼びかけで和人は目を開けた。

 視線を周りに向けると、どうやら、いつの間にか居間の畳の上に胡坐をかいたまま眠ってしまったようだった。

 ふと自分の姿を見ると、パジャマの上にカーディガンを羽織っただけであるのに気づき、なぜ、こんな格好のまま居間で寝ていたのかしばらく分からなかった。


 しかし、孝雄が刀悟の刀を持って帰ってきたことと、自分がそれを試したことが急に思い出されてきて、あわてて部屋の中を見回したがテーブルと座布団以外は何も目につかなかった。

 目の前の襖が視界に入った時、その先からただならぬ雰囲気が漂ってくるのを感じ、襖をあけてその部屋の中を見た。

 そこには、明らかに長いものくるんでいるという体でジャンパーが転がっていた。

 そこで和人は母親の方を振り返って聞いた。

「母さん、孝雄は?」

「孝雄くんならとっくに帰ったわよ。でも、顔面蒼白でちょっと普通じゃなかったわね。それと、さっきから何か寒気がするんだけど、何かしら?」

「親父は出張だっけ?」

 和人は、母親の問いには答えず、再び刀を見てから母親に視線を戻して聞いた。

「ええ、鑑定の仕事で富山に行ってるから、明日まで戻らないわよ」

「そうか・・・」

 和人はそう言うと、居間を出で玄関にある電話のところに行き、大下家の電話番号を回した。


 電話には、直接、猪ノ介が出た。

「和人です」

「おお、和人くんか!待ちかねたぞ!」

 猪ノ介は、興奮したような声で言った。まるで、電話の前で待っていたかのようだった。

「で、刀悟の様子と、刀悟の刀はどうだっんだね?刀は造られていたのかね?」

 猪ノ介は、さらに興奮した声で聞いてきた。

「刀は・・・・・孝雄が1本持って帰ってきて、今、ここにあります」

「なに!?本当かね!で、出来はどうなんだね!」

「どうって、ちょっと説明が難しいです。実物を見てもらった方がいいと思います」

「なに?・・・・・そうか、わかった。すぐ、そっちに行く」

「え?俺がそちらにお持ちしますよ」

「いや、構わんよ。こっちは車があるからな。その方が早いだろう」

 確かに、和人は自分の車を持っておらず、家に1台だけある車は蔵人が富山に乗って行っていたので、移動手段は電車しかなかった。しかし、よく考えてみれば、こんな恐ろしげなものを持って電車に乗るわけにもいかないので、やはり、猪ノ介に来てもらうしかなかった。


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