第一章 1話『俺のバーが異世界に繋がってるなんて』
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第一章 1話『俺のバーが異世界に繋がってるなんて』
「マスターおかわり」
「私はカシオレ欲しい」
「ちょっと、待ってね。すぐ作るから~兄さんの方はビールで良いっすか~?」
俺はビールサーバーの方に歩きながら、頭がチクチクする感覚に教われた。
開店準備を終えてから幾度となく繰り返す痛みに、一瞬だが顔をしかめかけるが、営業中にそんな顔をお客様に見せる訳にはいかない。
(週末なのにツイてないな。)
そう思いながら笑顔でビールを注ぎカクテルと共にコースターの上に並べた。
「ありがとー」
ニコニコしながらキャバクラのおねーさんはグラスを手に取り。
「やっ君は一緒に飲まないのぉ?一人だけ素面じゃつまらないでしょ~?」
と、アフターで連れて来たおじさんに、売り上げの為に飲ませてあげなさいよと言う意味のアピールをしてくれた。
「そ、そっ、、そうだよね。マスターも好きなの飲んでよ。」
おじさんは慌てながら俺の売り上げに貢献してくれる。
(ねーさんにはいつも助けてもらってばかりだな。)
「ありがとうございます。では兄さんと同じビールを頂きます!」
俺は人懐っこい笑みを浮かべながら有り難く売り上げの為にビールをグラスに注ぎ、
「「「カンパーイ」」」
と、グラスを傾けながら泡を口に含んだ。
「部長さん!聞いて!やっ君はねっ!失踪したお母さんの代わりに弟と妹の面倒を見ながらこの店をやってるの!お母さんが残してくれたこの店を一人で切り盛りしてるの!」
ウルウルと、瞳に涙を溜めながらねーさんがおじさんに語る話は、正に不幸な話の様に聞こえるが、事実はそんなものじゃない。
実際は、母親のいつもの旅行好きが爆発してしまい、3ヶ月前に世界一周の船旅に旅立っただけだ。
また、いつものように、帰ってきたら新しいパパを紹介されてすぐに別れる………。
(この前、毎月生活費が振り込まれてるから失踪した訳じゃないって説明したのになぁ、ねーさんは昔からすぐ突っ走って勘違いする。)
カウンターに座り豊かな双丘を強調した黒のドレスに身を包み、しっかり化粧した綺麗なキャバ嬢。
でも俺はこの人の本当の姿を知っている、と言うより小さい頃からこの人の勘違いから起こす様々なトラブルに巻き込まれて正直苦手だ、悪い人じゃ無いんだけどね。悪気が無いから更に悪いのだけど。近所を中学時代の時のジャージを着て未だにウロウロしたり、近所の小さい子供を見つけては、鼻息を荒くしてお菓子を買い与える変態ってのは、隣のおじさんには黙っておこう。
(でも、誤解は解いておいた方が良いな。)
「ゆみちゃん!母ちゃ」
「ブモォォっ……若いのにそんな苦労してるのかぁぁ。ボグが童貞って悩んでるのが何て小さいことなんだづでぇぇっ…思えてぇぇ」
シーーーーン
店の中が静まり帰る。さっきから空気の様に一言も発してなかったカウンターの端の一人客までこちらをチラチラ見てる。
「ぼぐでよがっだら、なんでもぢがらになるよっ、そうだ、今日はシャンパンを入れよう!ゆみちゃんの弟くんみたいな者って事はボクの弟じゃないかぁぁぁ」
おじさん、改め童貞さんはカウンターに財布を出し、バンバン財布を叩きながらカウンター越しにシャンパン!シャンパン!って急に機嫌良くリズムに乗って唸りだした。
「キャー!部長さんカッコいい!」
ゆみちゃんはそう言いながら俺に向かって小さな舌をペロッと出してウインクしながら
「私ドンパリが飲みた~い」
「良いよ~ゆみちゃんが飲みたいの入れよう!」
童貞さんは何の迷いもなく高級シャンパンのドンパリを入れて何故かご満悦。ゆみちゃんは俺達兄弟の生活費が稼げたと思いご満悦。俺は………シャンパン入ります!ありがとうございましたっ!
皆がWINWINな気分でその日の営業も終了した。
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「それじゃ!この潰れた豚をタクシーに乗せたら私は始発で帰るわ、やっ君は片付けてから帰るんでしょ?」
「うん、俺は洗い物とか残ってるからね。」
「あんまり無理しちゃダメよ~」
そう言いながらゆみちゃんは、熟睡してる童貞さんの背中をバシバシ叩いて起こし、帰っていく。
(童貞さんが財布をバシバシ。ゆみちゃんが童貞さん(財布)をバシバシ。世界はそうやって回ってるんだな~平和ダナー)
そんな事を考えながら、掃除用具を出すために、店のクロークの中に入った時に不自然な、そこには今まで無かった物を見つけてしまった。
(ドアノブ?なんでクロークの奥にこんな物が?昨日は無かったのに?)
クロークの奥の壁。ドアなど無いただの壁に、レバータイプのドアノブが付いている。下に下げるとドアが開くドアノブが。だが、ただのドアノブでは無い事が人目みただけで分かる。美しく職人が彫金したで有ろうそれには時計の図柄が立体的に彫ってあり鍵を模した秒針が何故か動いている。
(ドアノブに時計が付いて動いてる?飲み過ぎたのかな?)
そう思った時には既に左手が出ていた。何も考えずにドアノブに手を掛け下に下げる。
カチリ
と鳴ったと同時に左手の手の平に「バチンっ」と電流が流れ、腕を伝い先ほど頭痛が有った左目の奥で何かが小さく弾けた。
一瞬、漏電?かと思ったが、クロークの中は電気など無かったはずだ。
そして今のこの状況が普通では無い。
「暗闇」
何も見えず何も聞こえず、自分が立っているのか寝ているのかさえも分からない。
何かに触れようとしても床すらない。
(俺、死ぬのかな?)
(何も感覚ねえや)
(弟と妹だけで母ちゃん帰って来るまでやっていけるかな)
(いや~これは死んでるんじゃないかな……)
(まだ死にたく無い…)
(死にたくねえよ!まだ!しにたくねぇっ!)
どれくらい時間がたっただろうか。時間の感覚も無くなり、精神も崩壊しかけた時にそれは起こった。
左手の手の平、電流が最初に走った場所から体が捻れる感覚。何時間も何日もそれ以上かも知れない間、五感が無かった体に現れる初めての刺激。その捻れは体全てに行き渡るが不思議と痛みは感じない。
そして痛みが無い事で自分が死んだで有ろう事を悟ったのだった。
(一条 泰志20歳
自身が経営するバーにて謎の変死とか新聞に書かれるのか…短い人生だったな)
捻れが止まり覚悟を決めた瞬間、左手の手の平の中に自分の体が吸い込まれて行く感覚に襲われる。
(死後の世界とか無かったんだ。死んだらこうやって無に帰るんだな)
吸い込まれ、螺旋状に捻られ、その先に光が差す。
視界が戻り自分が光の穴の中を回転しながら進んでいるのか、または穴の中の光が捻れてるのか分からなく、流れに身を任せた。
ここでもさっきの暗闇の様に時間の流れがはっきりしない。
だけど、暗闇と違い心地よくて、暖かい光に包まれ、何だか少しホッとした気分になった。
(もし生まれ変われるなら、次は長生きして見たいな。子供とか孫とかに囲まれて。)
そんな事を考えながら光の中を漂って居たとき、不意に誰かの声が聞こえてきた。
「え~っと、ごめん!君は死んでないよ。むしろ簡単には死ねないと言うか…」
その声は子供の様な大人の様な、男なのか女なのかも分からない、特徴が無いと言えば理解できる様な声で俺に話しかけて来た。
「ちょっと…何言ってるのか…分からないです」
俺はTVで良く見るお笑い芸人みたいな返しかたをしながら今の状況を考えてみた。
(俺は死んで、真っ暗になって今は光の中で包まれてる。この状況で話しかけてくるって事は神様って事かな、それとも幻聴?)
「幻聴とは失礼だな~。僕は確かに存在するし、今の君の考えも間違ってないヨ。」
「って事は神様ですか??」
「そうだね。ただ、たくさんいる神の中の一柱に過ぎないけど。」
そう言葉を発しながら小さな光が目の前に漂って来る。
「僕はクロノス。時を司る神様さ、えっへん!!」
小さな光もとい、クロノスは、その小さな光をヒトガタにして腰に手を当てたポーズをしてくる。その様子は、小さな子供がすごいでしょってやってる様にしか見えない。神の威厳など頭のてっぺんの尖った部分の先程もない。
「君には時間の加護を与えたよ。死んでも体が死ぬ前に回帰するから死なない様に。ただ、複雑な契約になってしまったから多少面倒臭い事になるけど、死なないから良いよね?」
クロノスはVサインを出しながらとんでもない事を言い出した。神は永遠を生きる、故に気まぐれとはよく知られた存在だ。
「神様、俺はっ」
「詳しいことは今からたどり着く場所で会う神に聞いてヨ!今回の原因を作った張本神だからさぁ!そろそろ時空の穴の出口も近いし僕はまだまだやる事が有るからさぁ!」
そう言うと小さな光は、光の穴の壁の中に吸い込まれる様に消えて行った。ヤスシはそのまま光の穴を飛んでいるのか、又は落下しているのかも分からないまま進んで行き。
一瞬閃光した時に目を瞑り、再び目を開いた時にはファンタジーの世界に有りそうな神殿の中にいた。




