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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

常夏をちりばめて 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 こーちゃんはどうして、ヒトが他の動物に比べて、毛が少なめになったのか知ってる? 

 一説によると、体温調節のためなんだって。森から草原に出て獲物を追うようになってから、身体が熱くなりやすくなった。熱を帯びすぎると脳を始めとした内臓がやられるんで、毛皮を取り去り、汗をかくようにして冷やすようにしたんだってさ。大したおりこうさんだよねえ。

 実は、そのおりこうさんな体に関して、僕も昔、不思議な体験をしたことがあるんだ。今考えると、ますますおかしいことだったよ。


 小学生の頃。僕の平熱は37度だった。おかげでプールの時は、緊張したよ。

 先生方の間だと37度の体温は、微熱を持っていると判断されたみたい。すこぶる元気なのに「心配だから見学していなさい」と言われた時には、ちょっとむっとした。親からハンコまでもらってきたプールカードを信用してくれないなんて、屈辱だったなあ。平熱高めの人専用の、事前申請書とかもなかったし。

 大事をとる慎重な先生のおかげで、僕はたいてい見学コース一直線だった。

 

 毎日毎日、30度越えを記録する、6年生の夏のこと。授業が始まって間もなく、保健の先生がプールにやってきたんだ。

 学校にいる先生の中では若めグループに入る、かわいめの女性。白衣をなびかせながら、担任の先生と少し話をした後、見学している僕に保健室までの同道をお願いしてきたんだ。

 本気で病気を疑われているのか。そう思うとうんざりしたけど、このままとどまったところで、どうせみんなの様子をボケっと見ていて時間が過ぎるんだ。なら若い女の先生と一緒の方が、まだ少し華やかさがあるってもの。

 僕は釣られるままに、保健の先生についていったのさ。

 

 保健室に入ると、いくつもの眼差しがじろりと、僕と先生に向いた。何人かの児童がベットに寝転がったり、丸椅子に腰かけていたりして、こちらを見てきたんだ。

 知った顔も混じっている。そして誰もが、体温計を口にくわえていた。

 僕は、すぐに丸椅子に座らされて、先生に口で測る体温計を渡される。今まで脇でしか体温を測ったことがない僕にとって、初めての体験。


 慣れない検温に、ストレスだらけの僕。そうこうしているうちに、先駆者たちは次々に体温計を取り出して、先生に見せていった。

 いくつかの体温計は、数字の出ている液晶部分がちらりとのぞけたよ。いずれも37度5分前後。

 口の中は脇で測るより、5分くらい高くなる、と保健の先生が話していたから、彼らは僕と同じくらいの体温を持っているであろうことが分かる。保健の先生はぺこぺこ頭を下げながら、みんなを外へ送り出していった。

 やがて僕も、彼らと大差ない数値を出す。授業途中で抜けてきたから、もうみんなが着替え出している時間。教室で合流するかと思いつつ、僕は保健室の流しを借りてうがいをした。体温計をさしていた、舌の裏の部分に嫌な感じが残っていたからだ。


「また協力してもらうかも知れないけど、いい?」


 背中から保健の先生の声。

 これが僕だけにかけられた言葉なら、少しくらっと来るかもだが、あいにく、先に出たみんなもされたご挨拶だ。


「都合が合うときなら、いいですよ」


 僕がうなずくと、先生はクスリと笑う。

「大嫌いな算数の時間とかね」とまではさすがにつけなかったけれど。

 

 翌日から、僕はたびたび先生に「召喚」された。あの時の人がいる場合もあれば、先生と二人っきりになる場合もあったけど、青春のドキドキを感じていたのは本当に最初のうちだけ。

 先生は僕の口に体温計を突っこみ、検温をして記録を取るばかり。こちらから話を振っても、最低限の応答をするばかりで、あまり突っ込んできてくれないから間が持たない。

 こうして僕たちの体温を測っているのは、統計データ作成のためだという。先生はこの学校に来てからの数年間で、健康診断の時などで生徒の体温を調べたところ、僕を含めて数十名ほど平熱が37度の生徒がいたらしいんだ。そして僕たちの体温の推移を見つつ、データを作っているのだとか。

 僕と同じように、授業をサボることができるならと考える人が多いのか、全体の8割ほどの人が手を貸してくれているらしい。

 記録が終わるたびに「ありがとう、ありがとう」と先生は頭を下げながら、感謝の意を隠さずにお礼をしてくれる。さすがにこそばゆかったけど、先生の研究に付き合い始めて二ヶ月が経つ頃に、事件が起こったんだ。


 早朝に飼育係が、小屋の中でニワトリが死んでいるのを発見したんだ。

 寿命じゃない。とさかの中心から、頭が真っ二つになっていたらしい。「らしい」というのは、僕が話を聞いた時には、すでに遺体は片づけられていたからだ。それでも他の鳥たちが騒いでいる中で、小屋の中の砂利たちが血に汚れていたのは、確認したよ。

 それから数日の間に、他のニワトリたちも同じような奇怪な死をとげるものが現れた。しかし、警戒態勢を敷いていた先生方によれば、付近で怪しい人物は目撃されていないとのこと。そして、ニワトリにも生き残りがいることから、殺された個体に何かしらの共通点があると思われたけど、彼らは数年前に一度に飼い始めた同期。

 謎の残る殺害に、みんなは首を傾げるばかりで、原因も犯人も分からなかった。


 更に数ヶ月後。夏は過ぎ去り、秋を迎えて空気はにわかに肌寒くなってきた。

 この頃になると、僕たちの「協力」もめっきり回数が減る。先生いわく、データをまとめる段階に入ったとのこと。僕も他の人たちも、もはや退屈な授業を抜け出すための、正当な理由を失ってしまったわけだ。

 僕と同じ学年で違うクラスの協力者だった友達も、同じようなことと、最近口内炎がひどくて辛い事をぐちっていたよ。「今まで風邪を引いたことがなかったけど、こればかりはしんどいなあ」とも漏らしてた。

 僕も平熱は高いが、これまで病院のお世話になったことは、産まれた直後くらいしかない。ある本だかに、37度というのは一番病気になりにくい体温とも書かれていたし、先生のいう統計とは、体温による疾病率の変化のことかなあ、とぼんやり思い始めたんだ。


 けど、しばらくして。忘れかけていたあの奇妙な事件と、とてもよく似たことが起こった。今度の被害者は猫や犬。やはり頭をカチ割られて、息絶えていたんだ。

 まだ野良の取り締まりが、さほど厳しくない時期。僕たちも登下校の折に、その無残な死体を何度か目にした。感受性の強い子とかは、本来の意味で保健室の先生のお世話になっちゃったり、校内はそれなりの騒ぎだったけど、僕には目下の問題があったんだ。

 口内炎だ。鏡をのぞくと、ほっぺたの内側の肉に、噛んでできたと思われる陥没が見えた。歯や食べ物、飲み物が当たると、飛び上がるほど痛む。更に舌の裏にも、カエルの卵のようなできものが出てしまい、舌を動かすたびに違和感。

 これは友達のものと同じ状態。しかも数週間たつのに、今だ治っていない。薬を試したものの、効果は現れていないようだった。


「そもそも親が、口の中は治りが早いんだから、野菜もしっかり食べてちゃんと寝れば治るはずよって考えでさあ。ラチがあかないんだよ」


 同感だった。我が家でも同じ考えだったから。

 犬猫の死体が次々に上がる中、僕たちはひたすら口の中の痛みに悩まされていたよ。


 何日にも渡って僕を苦しめた口内炎だけど、その終息は意外な形で訪れた。

 下校途中で急な雨に降られた僕は、人生で初めての風邪を引いたんだ。40度近い高熱が出たけれど、一晩経てば下がるかも知れないって言われて、水は欠かさないようにしながらもずっと布団の中で横になっていたよ。


 熱にうなされながら、僕は夢を見た。

 僕は自分の身体を、空から眺めている。目の前では、僕の頭を大きい金づちがガツンガツンと叩いているんだ。持ち手もなく、一人で空中に浮かんでさ。

 僕の頭蓋骨より大きいひらを持っているそれが、叩きつけるのに合わせて僕の頭に痛みが走る。何度も何度も猛攻が続いて、もうやめてくれと叫びそうになった時。

 僕の口から、漏れ出す細長い影があった。それは1メートルくらいの太い綱だったけど、無数の足がついていた。身をくねらせながら外にはい出たそれは、突然、向きを変えた金づちに先端を叩きつぶされて動かなくなってしまったんだ。 

 そこで夢から覚めた。時刻は真夜中だったけど、さっきまでのうだるような熱はもちろん、苦しめられた口内炎の感覚も失せていた。翌朝に鏡を見ると、きれいさっぱりなくなっていたよ。


 次の日に会った友達は、晴れ晴れとした表情をしていた。聞くと、口内炎が治ったという。しかも、熱にうなされたことも、金づちが頭を叩く夢を見たというのも同じ。

 もしやと思って、僕たちはあの「37度組」の知り合いに片っ端から当たったところ、実は同じ体験をしていることが分かったんだ……その日に学校に来なかった、ただ一人をのぞいて。

 翌日の緊急朝会で、僕たちはその人が帰らぬ人になったことを知ったよ。葬儀は身内のみで行うから、参列無用とのことだった。

 僕たち「37度組」は、うすうす感じていたよ。その死体は、頭を割られていたんじゃないか、と。


 保健の先生は、急遽、仕事をやめることになり、慌ただしく学校を去った。

 残った先生方に話を聞いたところ、実は彼女は僕たちの体温を測る1年前辺りは、ニワトリの体温を。半年前は犬や猫の体温を測っていた姿を、何度か目撃されていたらしい。

 これは僕の推測だけど、彼らと僕たちには共通点がある。それは温度を一定に保つ、恒温動物だということ。ニワトリはおよそ42度。犬や猫は39度。そして僕たちは37度。

 僕は思う。彼女は一定の体温を持つ者たちを集め、試していたんだろう。夢で見た「あれ」が恒温の環境に根付くかどうかを。

 しかし、僕たちは風邪を引き、異常な熱を身体が帯びたことで、幸運にも「あれ」の生きられない環境になれたのではないかと。


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                      近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[良い点] 不気味で好きなタイプの話です。
2018/06/09 01:28 退会済み
管理
[一言] なるほど! 熱が出るのは、免疫細胞がウイルスと戦っている証拠だと聞きますので、きっと「あれ」とも戦ってくれたのかもしれませんね。 私から見ても37度はちょっと心配だから大事を取って……と考え…
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