君の名は
転移者の数は規定数に達した。
長く無駄な時間だったと言えるのかは悩ましい。
実りある時間だったと言えれば良かったのやも知れない。
“飼い主”の選択は間違いないようだ。
“ペット”の選択も間違いない。
だが、この変わりもしない転移者はなんだろうか。
切っ掛けが足りないのか、それとも力が無いのか。
“飼い主”の素質はたり得ている。足りないのは“ペット”だろう。
彼の存在は死に慣れすぎた。
もはや、生は切っ掛けに成り得ない。
試練。
そう、試練だ。
ほんの少しの試練さえあれば、“ペット”は“飼い主”に集うだろう。
なれば、私は悠久の時を賭けて切っ掛けを与えよう。
全ては私のために。
全ては貴方の為に。
一筋に光る炎のように。
一時の煌めきを求める害虫のように。
求め、求め、求め。
さすれば、私はきっと―――
◆◆◆◆
・時刻:ポショポチョ氏の六回目の死亡から一日前(訂正)
・場所:サルでも入学できる魔術高等学園・蘇生の教会
…………なんだ、今のクッサイ中二が考えそうな中身の欠片もないポエムは。
まるでスキルのように頭に過ぎりやがった。
つまり、転移者の脳内だけに送られたメッセージと考えて、まず間違いないだろう。問題なのは、誰が送ったのかと言う点だ。
えっ。まさか、これ定期的に来たりする? 定期的に誰か知らない人が考えたポエムが頭の中に流れたりするの? どんな拷問だ。ノートに認めて王都にばらまいてやろうか。
俺はどっこいしょと棺桶の蓋を蹴り開けながら、外へと飛び出た。気になるが、あんなクッサイポエムだけでは情報が少なすぎる。とりあえず、他の転移者と情報共有してからの考察が安全だ。
「ポショポチョ氏」
一日一死のノルマを終えた俺を待っていたのは、ポショポチョの性癖擬人化。ワフゥ軍師だった。教会のテーブルに無数の紙を広げ、普段は掛けないメガネを付けて何かを書き込んでいる。
昨日とは違う髪型。ポニーテール。いいねっ!!
「ポショポチョ氏のそう言う細かい気遣い、僕は好きだよ」
流石はワフゥ軍師だ。
何処かのアニメのように毎日毎日同じ服に同じ髪型しかしないヒロインとは違う。今日はホットパンツにポロシャツ。靴はサンダルと正直に言って魔術学園を完璧に舐め腐ってる格好だが俺は好き。ワフゥのそう言う周りに流されないスタンスが好き。
そういや、お前はオニニ氏の家で台帳を書いてるんじゃ?
「ん? あぁ、オニニ氏に聞いたのかい? それは嘘だよ」
悪びれる様子が一ミリも無くワフゥは言い切る。だから好き。
「僕の行動を探られたくなかったんだ、オニニ氏はまだ信用出来ないから……仲間とも言えないしね。別に根拠がなく言ってるんじゃないよ」
ほう……
ワフゥは保守的なリアリストだ。
人は常に疑っているし、本当の意味で信じている仲間と言えば付き合いが無駄に長い“最悪の転移者達”くらいだろう。まぁ、全員が平気で人を裏切ることに躊躇いがないクソ野郎共だがな。ちなみに俺は違う。人を裏切る時は常に心を痛めている。
「それより、昨日の夜にちょっと学園を調べてみたんだ。僕なりのやり方でね。まぁ、どこも警備が厳しくてさ。あまり回れなかったけど……幾つか情報を見付けたよ。闘技大会に役立つ情報をね」
淡々と言い、ワフゥと俺は和やかに笑みを交わし合う。
なんて使える仲間なんだろう、此奴は。俺が頼むまでもなく先読みで動いてくれる。やはりワフゥは良い。
俺はゆっくりとワフゥの隣に腰を下ろし、バックから薬草の数々を取り出すと日課のポーションクラフトを始めた。コツは薬草をコネコネすること。
それで?
俺はワフゥの顔を見ずに薬草をコネコネしながら言う。
「まず、フジサンとコイノボリの足取りが分かった」
「何処に居る?」
喰い気味に聞いた俺にワフゥ軍師は周りに誰も居ないことを注意深く確認しながら小声で話し始めた。
「………フジサンは、“TS組”を連れて学園に紛れ込んでる」
俺はコネコネしていた薬草を無意識に破いた。
転移者はこの異世界にて徒党を組むことが多い。“異世界回帰組”や“スキル検証組”等が良い例だ、他にも“異世界ネットワーク技術者組”や“異世界営業組”など、現実から逃げれていない社畜共もいる。恐らく何百組という徒党がこの異世界にて組まれているだろう。
その中でも、特に権力と力を持っている組は数組に絞られる。
“異世界回帰組”は言わずもがな、徒党の中でも最大規模だ。高レベルの廃人共しかいない上、資金力もずば抜けている。確かに恐ろしいが、基本的に“異世界回帰組”は転移者の保護など積極的に行っている甘ちゃんしかいない。
真に恐ろしいのは、“異世界回帰組”の次に巨大な徒党、
そう、“TS組”だ。
俺とワフゥ軍師の仲間である一人、フジサンはホモだ。
【ユニークスキル:性転換】という自分や他者の性別を転換させるという恐ろしいスキルのデメリット効果は、「自らがホモになる」ことだが、フジサンはスキルを得る前からホモだった。
ネトゲーで男のケツを眺めながらゲームしたくないとか言って女キャラを選び、ネトゲの男共にモテる喜びを感じる隠れホモとは違う。フジサンは常日頃から女装して高校に通っていた猛者のホモ。高校の奴等からは、鷹高のママで知られていたらしい。恋の相談から人生相談まで何でもござれとか。
そんなフジサンだが。此奴は異世界にて他者や自分の性転換という極悪なスキルを手に入れると恐るべき行動に出た。いや、出てしまった。
異世界転移したら、美人になって男共にモテたいと妄想していた隠れホモ達の願いを叶えたのだ。
それが“TS組”
組員約八千人。
見た目は男のドツボを着く美人だけしかおらず、男が一人も居ないように見える。料理上手で炊事洗濯などの家事は完璧。男の我が儘にも完璧に答え、三歩後ろを歩く大和撫子からギャル、元気なスポーツ娘など多種多様のジャンルに答える。
組員全員が元男だと知らなければ男のパラダイスだろう。
TS組は全員、TSした男共で構成されている徒党だ。
元男なのだから、男の喜ぶ仕草や行動は全て分かっている。だが、いくら見た目が美人であろうと良妻賢母を体現していようと、此奴等は皆、ホモだ。
足を踏み入れたら最後だ。数多の男共が「男の子なんかに負けるモンかっ!」とTS組に足を踏み入れ、即墜ち二コマの如く、ホモの魔の手に引っ掛かり、婚約していた。
俺が最も恐れている徒党だ。
「……その情報は確かか?」
「間違いないよ。この学園に入学した女性の二割は“TS組”だ」
「……二割……二割か……」
この学園の女の二割がホモ………しかも見た目や性格は完璧に美人。ティンコも無い……これがどんなに恐ろしい話か……
そこで俺は気付いた。
「まさか……オニニ氏が……?」
信じたくない気持ちを抑えつけ言うと、ワフゥは神妙に頷いた。
「オニニ氏はあざとすぎる……京言葉に広島弁……方言美人を兼ね備えながら、和服を着崩した巨乳。更には鬼っ娘……あざといよ。女の僕から見ても、属性が童貞オタクを狙い撃ちしている……」
否定出来なかった。
オニニ氏はまさにアニメの世界から飛び出てきたヒロインの鬼っ娘だ。
いや……でも、あの子、連続殺人犯だよ……? 連続殺人犯のホモでTS済みとか、もう救いが無さすぎない……?
「今の地球はヤンデレがブームらしい」
「マジかよ、進んでんな、地球は……」
「僕達が異世界転移してからもう十年だ。まだ、僕達が異世界転移してから数年しか経っていないと想ってるのはシスターを除いた転移者だけだよ。偽る為にも地球の情報は集めているんだ、間違いない」
最近の地球は連続殺人犯の鬼っ娘が流行ってるのか。
……本当に? すっごい胡散臭いんだけど。オニニ氏、亜人だぜ? TSしたからといって其所まで容姿が変わるか?
「其所は分からないね……正直、SSRスキルの凡庸性は広い。僕の【観察眼】だって、観察と名前付いてるけど、実際は未来予知に近い。やろうと想えば過去だって見れる。ポショポチョ氏の【魔薬】だって薬と言いながらも、その実はあらゆる物質を毒性に変えられるだろう?」
「……フジサンの【性転換】も、人間の男を亜人の女に変えられるかも知れないか……」
「まぁ、ここまで言ってなんだけど、フジサンは敵にはならないと想う。今は身を隠してるけど、その内にゴッコルさんに殺されて捕まるよ」
ゴッコルさんは最強だからな。チートの生き字引はゴッコルさん。
「厄介なのはフジサンがコイノボリと手を組んでるかも知れないって事だ」
コイノボリか……
正直、コイノボリは“最悪の転移者達”の中でも頗るにヤベー女だ。
悪魔と契約して自分に人体改造したり、楽しいからと言う理由で二三回は魔王軍について転移者を虐殺したり。挙げ句の果てには俺を至高などと呼び、俺をいかに残酷に殺すかを考えている。
此奴の厄介なのは、ゴッコルさんと渡り合えるほど戦闘に特化した女でありながら、ワフゥと同等の智力を持っていることだ。
「コイノボリの目的は……本当に分からない……散々と掻き回したあと、飽きたとか言って辞める時もあるからね……シスターが居るから、いくらコイノボリでも派手にやらないと想うけど……」
「コイノボリは今どこに?」
「学園に居るのは間違いない。僕の【観察眼】は確かにコイノボリの痕跡を見たからね」
ワフゥの【観察眼】は誤りが無い。此奴が意図的に嘘を付いていないかぎり、コイノボリはこの学園の何処かに居るのだろう。
ここは確証を得ておきたい。
「ワフゥ」
「ッ……」
俺はワフゥにそっと一万を見せた。
「偽りは?」
「コイノボリは保健室の先生に変装してる。会いに行けば直ぐに分かるよ。コイノボリからは口止めに五千貰ったけど、ポショポチョ氏の方がくれたお金が高いから言う。僕はポショポチョ氏のそう言うとこが好き」
クソが。コイノボリに買収されてやがった。
仲間面しておきながら平気で裏切るからワフゥは分からねぇ。危ねぇ、危ねぇ。ここで素通りしてたらコイノボリに良いようにされるところだったぜ。
ワフゥは御満悦な顔で一万を懐に仕舞う。
「あ、ポショポチョ氏。これ」
あん?
ポーロ兄貴のような返事でワフゥを見ると、ワフゥは懐から数万円の束を取り出して俺に差し出してくる。
「今月のお小遣い」
………やはり、俺はワフゥが分からねぇ。
今、俺から一万受け取った意味ある? 結局は俺に返ってきてない? この行為はなんなの?
「……僕はお金が好きだからね。ポショポチョ氏にお金を上げると安心する。こうすればポショポチョ氏は僕の傍からいなくならないから」
怖い怖い怖い怖い怖い。なにその発想? 付き合い長いけど初耳なんだけど。えっ。そんな病んだ理由だったの? 悲しすぎない? 嘘でしょ? 地球のヤンデレブームに乗っかったの?
ったく……それは仕舞っとけよ、ワフゥ……
「えっ………?」
俺は渾身の決め顔でワフゥが差し出してくるお金を止める。信じられないという表情でワフゥは俺を見てきた。確かに普段の俺なら悪いっすねとか言いながら素直に受け取っただろう。だが、オニニ氏にアレだけ言われた後では受け取れるのが頗る気まずい。
それに何より……
俺はワフゥにバレないようにチラリと教会の入り口を見た。
「……………」
オニニ氏が入り口の脇に隠れながら此方をスッゴい見てるんだよね。
これアレでしょ? ワフゥから金受け取ったら、今日の殺人ターゲットは俺になるんでしょ?
「……う、受け取らないの? た、足りない? どれくらい欲しいの? い、言ってみてよ。僕はポショポチョ氏の為なら頑張るよ?」
ワフゥはまだ信じられないのか更に財布を取り出す。
ワフゥはたまにこうなる時がある。多分、地球にいた頃に何かあったのだろうが、過去は過去。ポショポチョくんは今しか気にしない男だ。
俺は入り口のオニニ氏の熱視線を受けながら、ワフゥの肩を叩く。
金は大丈夫だ。大金を稼ぐ当てがあるからな。お前にも借りた金を返すよ。
「………お金稼ぐ当て……?」
あぁ、少し荒っぽいし、ちょっと転移者の不評を買うような案だが、闘技大会で大金を稼ぐ方法がある。少しばかり転移者は魔物に殺されるかも知れないがな。
「……魔物に殺される……荒っぽい……大金………ッ!?」
ワフゥは突然目を見開き、全てを分かったような神妙な顔つきで辺りに誰も居ないことを注意深く確認しながら小声で話し始めた。
「……魔王軍に?」
着かないよ。いや、裏切らねぇよ。確かにやろうと想えば金も稼げるし、荒っぽいし、転移者を殺すことになるけど、違うからね。ポショポチョくんは人間と亜人の味方だから。
「……うん。分かってる。裏切るタイミングになったら僕に合図を」
何一つ分かってねぇじゃねぇか。いや、マジで裏切らないからね。勘違いしないでよねっ!
ツンデレ風味にぷんぷんと怒りながら、ワフゥに言うと、ワフゥは苦笑しながら口を開く。
「そうなると、闘技大会に話を戻そう。何か策はあるみたいだから、僕からは闘技大会での注意人物だけを教えるよ」
注意人物。確かに、数多の転移者や亜人がいる学園だ。一筋縄ではいかないだろう。
誰かいるのか?
「一人、亜人と転移者のハーフがこの学園に入学している。スキルは転移者から受け継ぎ、身体能力や魔力は亜人そのもの。王国の剣技は達人……それに、とある“称号”を国王から授けられている」
誰だ?
俺は即座に聞き返す。転移者を差し押さえて王道モノの主人公のような成り立ちをしてやがるいけ好かねぇ野郎の名前が知りたい。あわよくば殺したい。
ラインハルトか、ジークフリートか。はたまたディルクか、それとも……
「“ユウシャ・エラバレシー”」
え?
「ユウシャ、エラバレシー。本名だ。正直に言って、僕は親近感を感じずにはいられない」
サトウ・テンシ・ミカエルちゃん……
「ポショポチョ氏以外にその名前で呼ぶ奴がいたら僕は其奴を絶対に殺す。この人も、きっと同じだろう……名前からは分からないかも知れないが、この人は……」
此奴は………?
ワフゥは最終的に敵となる男を思い浮かべたのか、重々しい口調でゆったりと口を開き、息を吐く。
「―――勇者なんだ」
えぇ…………
とある異世界観測者の一言
:いや、ポエムじゃないですから。貴方は、本当に。一発咬ましてやりますからね。準備は出来てきてるからな。お前、本当に覚悟しとけよ。【アバズレ】とか名前付けたのお前だろ。忘れてないからな。