オニニ・キル・ニード
・時刻:ポショポチョ氏の五回目の死亡から二日前(訂正)
・場所:サルでも入学できる魔術高等学園・第八男女共同学生寮
「とりあえず、タオルで拭けよ。部屋中をびしょぬれにされんのはごめんだ」
不良で狸の亜人さんに、捨て犬の如く拾われた俺は寮の一室へと運ばれた。投げやりにふわりと優しく投げられるタオルを受け取り、身体をゴシゴシと拭く。
怖い。ポショポチョくんは不良が嫌いだ。きっと、イジメとかする転移者の不良を見たら怖くて何も出来ないくらい嫌いだ。犯罪者に対してなら肩を組んでマブダチに慣れる自信はあるが、不良は別。ピアスとかいっぱいしててチャラチャラしてるのは怖い。このピアスって何の意味があるの。耳なら百歩譲って分かる。お洒落の範疇だろう。でも口のピアスは何なの。引っ張られたりしたら痛いよ。
「ほら、ミルクしかねぇけど吞んどけよ」
不良の亜人さんは適度に暖めたホットミルクを俺の前に置く。
俺はキュンとした。
心も体も弱り切った時に不良に優しくされる。これが不良のギャップって奴なんだろう。きゅんきゅんする。
「そのままじゃ風邪ひくか……風呂も入った方が良いな……勘違いすんなよ。オレの部屋でテメェが風邪引いてウイルスばらまくのは御免だからだからな」
きゅんきゅんした。
これが不良のツンデレなのだろう。捨て犬の俺はくぅーんと誇り高き犬の鳴き声をあげ、ぷるぷると震えながらホットミルクを吞む。もう、この亜人さんのペットになっても良い気がしてきた。
「…………チッ」
亜人さんはぷるぷると震える俺を見ると舌打ちする。
ビクッと身体を震わせた俺は、恐る恐ると亜人さんを見つめると。
「……今日は冷えんな。暖房入れるぜ。熱くても文句言うんじゃねぇぞ。此処はオレの部屋だからな。オレの自由にさせて貰うのは当たり前だ」
誰も聞いてない言い訳を良いながら、亜人さんはファンヒーターの電源を入れると、熱風を俺の方向に向けた。きゅんきゅんする。もう心がぎゅんぎゅんしてくる。不良のツンデレは凄まじい。惜しくは、この亜人さんが恐らく男だと想われるところだ。
俺は男の亜人さんにぎゅんぎゅんしていた。
「……ありがとう」
俺は恐る恐ると亜人さんに言う。
「……別に」
何処か照れ臭そうにそっぽを向いて素っ気なく言う亜人さん。
世の女共が狂ったように不良との脳内お花畑恋愛映画を見て盛り上がる意味を、俺は初めて知ることが出来た。
「……ポーロだ。ポーロ・ッチョコだ」
亜人さんがぼそりと呟く。
名字の始めに小さな“ッ”が付くのは、亜人さんによく見られる名前の一つ。亜人さんはポーロさんと言うらしい。俺はホットミルクを吞みながら、即答する。
「福山雅治だ」
「お前、ポショポチョだろ。同じクラスの顔ぐれぇ覚えとけよ、タコ」
俺の偽名は即座に見破られた。
クソ。俺がポショポチョという名前を得てから、周りに周知されるまでが速過ぎる。王都じゃ、タツナミという旧名で色々とやっていたせいで、タツナミ=俺の方程式が確立している。名前を知られているってのは動きにくくて仕方ない。名前を名乗っただけで警戒されるわ、犯罪者扱いされるわ。学園で動きやすくなるため、新たな偽名を使おうと想っていたのに、それすら無理なところまでポショポチョの名前が広がってやがる。
「……噂じゃ、転移者の道化やら呼ばれてたな。王都でなにしてたか知らねぇが、学園じゃどこもかしこもテメェの話で持ちきりだぜ」
「言っておくけど、それ全部嘘だからね。風評被害って奴よ。ありのままのポショポチョを見て判断して」
「今日のテメェを見てる限り風評被害とは思えねぇけどな」
流石は不良さんだ。言葉に遠慮の欠片もない。
くぅーんと高潔な犬の鳴き声で俯く俺を見て、ポーロは頭を乱雑にかいてそっぽを向く。
「……まぁ、オレは噂は信じねぇ質だからよ。だから、なんだ……テメェの噂はあんまり気にしてねぇからよ……あんまり、落ち込むんじゃねぇ。見ててイライラするぜ……」
キュンとした。
この巧みなツンデレは狙ってやってるのだろうか。心が荒んでいた俺の魂にラブハートアタックされているようだ。だが、俺はホモではない。ポーロが女だったら即墜ちしていただろう。
「……ポーロの兄貴」
俺は敬愛の余り、ポーロを兄貴と呼ぶ。ポーロ兄貴は頗る微妙な顔をしたが、小さく溜め息を吐くと投げやりに口を開く。
「……まぁ。好きに呼べよ。とりあえず、風呂沸くまでシャワーでも浴びてろ。飯は……ボルシチくれぇしか今は作れねぇが、文句言わねぇなら喰わしてやるよ」
そう言ってポーロの兄貴は奥の台所へと向かっていった。
家庭スキルが高くない? ボルシチくらいって、そんなに簡単に作れる物なの?
其所で俺はハッと気付く。
これ、アレだ。先にシャワー浴びてこいよって奴だ。まさか、一度は言ってみたい台詞を先に言われる日が来るとは想いもしなかった。
どうしよう……っ……
俺は脳内お花畑恋愛映画に出て来る危機管理皆無ヒロインのようにドキマギしながら、タオルを持って恐る恐るとお風呂場に駆け込んだ。
「おい、ポショポチョ。濡れた服は洗濯籠にぶち込んどけよ。死ぬほど面倒だが、纏めて洗ってやる。ドライヤーは適当に使え」
暑い夜が始まりそうな予感っ……
◆◆◆◆
・時刻:ポショポチョ氏の六回目の死亡から一日前(訂正)
・場所:サルでも入学できる魔術高等学園・第八男女共同学生寮前
何もなかった。冷静に考えたら有る訳ないだろ。
シャワーを浴びて普通に風呂に入ってのんびりしていたら、ポーロの兄貴から飯が出来たの声。ワクワクで風呂を出た俺に待っていたのは普通に美味しそうなご飯。おかわりまで許してくれた兄貴は、さっさと暖かくして寝ろと告げ、別の部屋に移動して寝てしまった。とりあえず、寝ることにした俺は、のび太くんのように深い眠りへと落ち、目が覚めると既に翌朝。
俺の寝起きは悪くない。
ゴッコルさんに追われていた頃は直ぐに目を覚ましておかないと死ぬ環境だったからなのか、今では目覚めると無意識にナイフを握っている。
ポーロの兄貴手作りの朝ご飯を食べ、ポーロ兄貴手作りのお弁当を手渡された俺は、修業していくから先に学園に行けというポーロ兄貴のお達しに従い、寮の外に出た。
詳しい登校時間は知らないが、俺は遅刻を嫌う清潔な男。七時に寮を出て、あらかじめ蘇生の教会に言っていれば大丈夫だろう。
「お? ポショポチョか? おんし、死んでなかったんじゃの」
そんな俺に声をかけてきたのは、鬼の亜人さんであるオニニ氏。転移者を狙う連続殺人事件の真犯人だ。俺は即座にナイフを引き抜いて構えた。
やるか?
「いや、殺らん。わっちが殺るのは夕暮れだけじゃ」
その謎の拘りがあるサイコ特有な決まりはなんなの? 此奴、転移者より頗るヤバい奴なんじゃないだろうか。
まぁ、危害を加えるつもりがないなら良い。俺はナイフを締まって、オニニ氏に言う。
一緒に行こ?
まるで幼馴染みヒロインのような誘い方に、オニニ氏は少し驚いたような顔で俺を見てくる。
「……おんしは変な奴じゃのー。普通、わっちを遠ざけるじゃろ。わっちは殺人犯じゃ。分かっとるのか?」
分かってるわ。
俺はすっと自然な動作でオニニ氏の肩に手を回した。
「お、おぉ? な、なんじゃ、いきなり……」
軽いセクハラを警戒されないよう、引っ張るようにして歩き出しながら言う。
良いから、遅刻するから話ながら教会に行こうぜ。俺は遅刻ってのが大嫌いなんだよ。分かるだろ。そう言う小心者なの、ポショポチョはね。まぁ、それはどうでも良いか。で、なんだっけ。そうそう、俺が殺人犯であるオニニ氏を避けないってか? あのよ、良く聞いとけ。人間ってのはな、亜人さんと違って切り替えが出来るんだよ。ソレはソレ、コレはコレってな。大体、転移者は不死じゃねぇか。死んでないからセーフじゃねぇの? まぁ、傷害事件にはなるかも知れないがな。俺はよ、別に死ななきゃ良いと想う。俺がもしオニニ氏に殺されたら思い付く限りのセクハラを仕返すけどな。それにな、転移者には名言があんだよ。聞きたい? 聞きたくなくても言うけどね。美人は正義ってな。ようは可愛ければ許されんだよ。これでオニニ氏が不細工のオークだったら俺は許さないね。敵と言わんばかりにお前を遠ざけるよ。その魅惑の身体を維持してれば転移者の男共は全てを許すよ。間違いね。あ、あとね。着物ってのもポイント高い。そういや、この学園は制服無いの? まぁ、転移者の年齢はバラバラだからな。三十過ぎのおっさんが学生服ってのもキツいか。
「長いっ! 情報量っ!! 女子かっ! おんし、滅茶苦茶喋るのっ!?」
会話は俺にとって武器だからな。そりゃ喋る。
俺のマシンガントークに困惑しながらも、オニニ氏は目線を空に向けて想いに耽る。何をやっても絵になるおっぱいだ。このおっぱいに騙されて幾人の転移者が殺されたのだろう。
男の夢が詰まった部位をじっと見つめていると、流石のオニニ氏も気付いたのか顔を赤らめて恥ずかしそうに口を開く。
「そう胸に熱い視線を受けると殺したくなるんじゃが……」
「そういや、ワフゥはどうしたんだ?」
俺はすっとぼけて言った。これ以上、深く突っ込むと本気で殺される。なんで顔を赤らめて言うんだ、此奴。意味が分からなさすぎて逆に冷静になる。
「む? ワフゥか。ワフゥは金銭の整理をするとかいっとったな。毎日の日課なんじゃと」
あぁと納得する。
ワフゥは金の亡者だ。毎日毎日、稼いだ金を数えては冷静な使い道と投資を考えるのが趣味の女。転移前は中々の借金があった名残らしい。
「しかし、金か……おんしは、その、ワフゥの金銭感覚を……?」
窺うように言うオニニ氏に俺は薄らと察した。
見たのか? ワフゥの管理帳を?
「うむ……一晩共に過ごして分かったが、まさに金の亡者じゃ。コーヒー缶一つにしても奢らせることを模索しよる。百円一つに純利益を考え出した時は軽く引いたわ」
オニニ氏はそのまま言葉を続け、頗る微妙な表情で俺を見てくる。
「……おんしとワフゥは……聞いて良いのか分からんが、恋仲の関係……?」
いや、違う。もし、そう見えていたなら、彼奴が俺の性癖擬人化だから仲良くしているだけだと思ってくれ。
「……おんしらの仲はよう分からんのー……ワフゥの金銭管理帳にポショポチョ代とかいう意味分からん項目があったんじゃが、アレはデート代とかじゃ……?」
「アレは俺のお小遣いだ」
自信満々に言い切ると、オニニ氏は更に困惑した表情で眉を潜める。
「……お小遣い」
全く分からないと言った感じだな。
俺はやれやれと肩を竦めて言う。
俺は一山当てる男だと自負してる。実際、王都に居た頃はこち亀の両さんみたいに稼ぎまくってたからな。まぁ、ゴッコルさんに捕縛されて全部没収されてたのは聞かないでくれ。兎に角、俺はやれば出来るんだよ。ガチャを引けばSSRを引き、パチンコをやれば八万発を出す男。ワフゥはそんな俺に投資してんだ。まぁ、そんな新庄の如く持ってる男の俺でも、一山当てるってのは相応の金がかかる。俺のお小遣いが多い理由はそれだ。そう考えると、ワフゥはやっぱり良い女だ。俺のことを良く分かってる。真の出来る男はな、人に金を借りて倍に返すんだよ。
「…………それで、実際はワフゥに金を返しとるのか?」
返してるよ。
俺は素直に嘘を付いた。
実際のところは返してない。いや、もっと詳しく言うなら返してる時は返している。借りてる期間が少し長いってだけだ。
「…………ワフゥに幾ら借りてる?」
「………千円……くらいかなぁ……」
「……………」
オニニ氏は俺の嘘を即座に見破り、ドン引きしていた。
流石の俺も自分で言っててクソニートのヒモ野郎にしか感じなかったが、其所はグッと堪え、身体を無意味に伸ばして口笛を吹く。
「……ポショポチョ。わっちとアルバイトせんか? これも何かの縁、ワフゥに少しでええから、わっちと金を返そうぞ……な?」
俺はそっと目線をオニニ氏から背けて言う。
いやぁ……一万稼ぐのに一日使うのも、ね……ほら……パチンコ当たれば、一時間で数万稼げるし……
「統計は?」
え?
「おんしがパチンコするのを妥協したとするじゃろ。月にどれくらい稼いでいる? ワフゥに借りた分は毎月稼ぎ、その分は上乗せして返してるんじゃろ? 毎月の統計は幾らになっている。お? 本当に返しとるのか? お?」
返してるよ。
俺は身体を更に伸ばして、後頭部で手を組み口笛を吹いた。
「く、屑過ぎる………っ」
オニニ氏は戦慄していた。ぐうの音も出ない俺は太陽へ顔を向けて身体を伸ばす。
「い、いかん。いかんぞっ! おんし、さっきから聞いてれば、完全にミュージシャンを目指してるクソヒモ野郎の言い分じゃっ!! ワフゥが金の亡者になっとるの、半分はおんしの性じゃなッ!? おんしを養う金のために彼奴は金に五月蝿いんじゃなッ!?」
い、印税が入ればワフゥに贅沢な暮らしをプレゼントするから……俺の音楽は世界に通用するから……
「有りもしない未来を盲目的に見るな戯けっ!! 努力もしてない奴が稼げるほど甘い世の中ではないわっ!! ワフゥのために曲作るとか言ってクソみたいな曲奏でてるだけじゃろっ!!」
いや、そもそもミュージシャンなんか目指してないけどな。
その言葉にオニニ氏はワナワナと震えだして俺の肩を万力の如く掴みだした。
「縁じゃ」
はい?
「これは縁じゃ。人との繋がりは人を成長させる。わっちとおんしの縁にかけて、このままではいさせんッ!! 授業はサボるぞッ!! おんしはわっちと今からアルバイトに行くんじゃッ!!」
えぇ……
よく分からない決心を抱いたオニニ氏は足を止めると、俺の腕を万力の如く握り締める。まだ出会って一日なのに、なんなんだ此奴。何がお前を其所まで駆り立てるの。
「知り合いの酒場が近くにある。せめて、十万じゃ。十万稼ぎ、ワフゥに返すまで、わっちはおんしを見張るぞッ!!」
ちょっと待って下さいよッ!!
俺は叫んだ。
俺だって出来る男なんだよッ!! 実際、王都に居た頃は裏社会のトップに立ち、ワフゥに数億投げ渡したこともあるッ!! 確かに俺はワフゥに数億ほど借りているが、それはいずれ返す予定なんだよッ!!
「数億とか頭腐っとんのかおんしッ!? 借りてる金額の桁が予想を超えたぞッ!? わ、分からん。分からんぞ、ワフゥ……このクソヒモの何処に惹かれるんじゃ……」
ちゃんと聞けよッ!! 俺はワフゥに数億渡して数億借りてんだよッ!!
「結局、数億借りたままじゃろうがクソヒモ野郎ッ!!」
確かに。
俺は素直に認めた。なんだろう、こう考えるとかなり屑な事をしてるんじゃないだろうか。そもそも、数億を渡して数億借りるって意味分からない。
俺はオニニ氏を窺うように見る。
そうなると……バイト、した方が……?
オニニ氏は腕を組み、力強く頷いた。
「堅実じゃ。もはや、数億なんぞ返す返さないの領域ではない。堅実に稼ぎ、堅実に返す。誠意。そう、ワフゥに人生を賭けた誠意を見せるのじゃ」
……じゃあ、バイト先を……
「任せろ。行くぞ」
意気揚々と俺の腕を鷲掴み、バイト先へと向かおうとするオニニ氏。此処から始まるのはパッとしないミュージシャンが現実を受け止めて真っ当な社会人へと変わるハートフルストーリーだ。
其所で俺は立ち止まる。
それはどうなんだろう……
やはり、数万稼ぐのにアルバイトはしたくない。正直、つまらない。異世界にいるのに、アルバイトして女に金を返そうと努力する男のヒューマンドラマを繰り広げるのはどうなの。そんな魔術学園ラノベ、誰が望むのよ。需要あるか?
俺はオニニ氏に向かって言う。
ちょっと待ってくれ。
「待たぬ。殺すぞ」
いやぁ……へへっ、ちょっと麗しき鬼のお嬢様にお話聞いて欲しいなぁ……なんて思って……ね。へへっ……
ピッチャー返しの切り口に俺は即座に低姿勢でゴマをすった。
この女は殺すと言ったら本当に殺しに来るイカレ亜人だ。伊達に連続殺人事件を起こしていない。
「……二言くらいは許そう。だが、長くはないぞ?」
次の瞬間、オニニ氏の右腕がビキビキと唸りを上げ始める。
これは……スキルか? いや、違うな。転移者は誰かがスキルを発動すると、脳内にスキル発動のメッセージが浮かび上がる。これに例外は無いことを異世界スキル検証組が実証していた。
だが、オニニ氏の腕に変化が訪れた時、メッセージは無かった。つまり、これはスキルではないな。転移者にはない亜人特有の力か? 実際、ゴッコルさんも転移者には理解できない力を使うときがある。だとしても、此処まで目に見える変化はなかった筈だが……オニニ氏が特別なのか、はたまた、ゴッコルさんが特別なのか。
「転移者の前でこれを見せると、皆、探るようにわっちを見るの。そんなに不思議か? これは唯の先祖帰りじゃ。おんし等にも出来るモノなんじゃがの……ようはスキルの……まぁ、そんなことはどうでもええ。なんじゃ? 喋らんのなら…」
ワフゥに大金を返す当てがある。
俺は間髪入れずに口を開いた。
危ねぇ。あと数秒話すのが遅かったらオニニ氏は俺を躊躇なく殺していた。この女に死生観の迷いは一切ない。
「なに?」
乗った……ッ
俺は心でニヤリと笑いながらも、清廉潔白な心を胸に抱き、純粋無垢な想いで口を開く。
【詐欺師スキルが発動しました!!】
「武闘大会の賞金だ、オニニ氏。コイツの賞金を覚えているか?」
「……な」
「そう、七百万だ。七百万だぜ、分かるか? この大金の数字が」
俺は両手を大きく広げ、わざとらしく天に向かって腕を上げた。言葉の抑揚は大きく、小さい声から徐々に大きな声へと上げていく。
少し驚いた様子のオニニ氏に、俺は今ほど考えついた最高の策を頭に思い浮かばせ、笑いながらも、
――俺の話を聞いてくれよ
言い放った。
渾身の決まり文句だった。ラノベなら決め台詞となって十何巻まで永遠と決め台詞になるくらい渾身だった。座右の銘にしても良い。ラノベのチョロインなら即墜ち二コマは堅い。
「二言喋ったな」
え?
「二言まで許すと言ったじゃろ。さぁ、バイトに行くぞ。大金を手に入れる当てがあるならバイトしながら実行しろ。二物を追わずと人は言うが、二物を追ってみて二物手に入れられたら儲けモンじゃ」
いや、あの……バイトしなくても良いくらいの大金を手に入れる策がですね……
「金ではないぞ、ポショポチョ」
え?
「おんしの借りた金は返す返さないの額ではない。おんしが出来るのは、返そうとする努力とワフゥに尽くすこと。それだけじゃ」
マズい。なんか想っていた流れと違う。その辺の転移者なら大金をぶら下げれば直ぐにヒットするカツオみたいな奴等なのに。オニニ氏はひと味違う。な、何故だ? 清廉潔白モードの俺の喋りは、誰もが頷いてくれる筈なのに……ッ?
ハッと気付く。
そんな俺に対して、オニニ氏はニヤリと笑う。
「さて。おんしはわっちにどんな精神汚染スキルを使ったんかのぉ……良くあるのは詐欺師か。はたまた、商人か。それまた、口説きか。いずれにせよ、無駄じゃ」
俺は脱兎の如く、ポーロ兄貴が居る寮へと走り出した。
「【鬼人スキル・粉砕】」
クソがァアァアッーーーッ!!
俺の脚は文字通り粉砕され、地面を滑り転がる。そんな俺の背中をオニニ氏はゆっくりと踏み付け、ビキビキと唸る右腕を掲げた。
「油断も隙も無い。転移者の中でもおんしは特にそうじゃな……先祖帰りと至った亜人に精神汚染スキルは聞かぬ。まぁ、わっちだけかも知れんがの」
馬鹿な……俺の清廉潔白モードである【詐欺師スキル】はゴッコルさんにすら通じる精神スキルだ……だが、オニニ氏は……お前はスキルを……?
「うむ。無効化出来る。物理的なモノ、ミュカバ・センセのソードスキルの類いは無理じゃ。まぁ、転移者達はちーとすきるとかいっておった……む。いや、ゆにーくすきる、じゃったかの。まぁ、よう分からんが、わっちは特別らしい」
なんでだよッ!!
俺は叫んだ。
お前がチートスキル持ってんのかよッ!! 違うだろぉーッ!? 逆じゃないのッ!? それは転移者が持っているべきじゃないのッ!? 素の能力でチートな亜人がチートスキルまで持ってんのかよッ!! 理不尽過ぎないッ!?
「そう言われてもの。良いことばかりではないぞ? コイツには頗る厄介なデメリットもあるんじゃ」
スキルの、デメリット……?
確かに、強すぎるスキルにはたまに重いデメリット効果がくっついている事がある。“最悪の転移者達”と呼ばれる一人、フジサンは自分及び他者の性別変化という恐ろしいスキルを持っているが、デメリットとしてスキル保持者はホモになる。考えただけでも震えるほど恐ろしいデメリットだ。
オニニ氏のチートスキルは恐らく、精神汚染スキル完全無効と身体強化が正体だ。バトル特化だが、近接の弱点をほぼほぼ補っている……このスキルのデメリットは……
「……デメリットは殺人衝動……はぁ……スキルを使わなければ抑えられるんじゃがの、使うとダメじゃ。抑えられんのじゃ」
俺に近付くなァアァーーーッ!!
どこぞのマフィアのボスのように叫んだ。完全にスイッチが入っている。恍惚としているのが何より怖い。少し息が荒くなってきたオニニ氏は俺の首を掴んでゆっくりと持ち上げる。
「ポショポチョ、わっちを嫌ってくれるな……わっちは一人は嫌じゃ。殺しても死なぬ友が欲しい。殺しても笑いかける友が欲しい。おんし等、転移者はわっちの友になってくれるやも知れん……」
イカれたラスボスみたいなこと言い始めた……
なんなの? どこぞの転移者に並ぶほど頗るヤベー亜人さんなんだけど? 誤解しないで欲しい。亜人さんはみんな、ゴッコルさんやオニニ氏みたいなのしかいないって訳じゃない。まともな亜人さんも沢山いるんだ。
「それにな。中々味わえんじゃろ。死ぬのも殺すのも……誰かを殺せば罪となるが、転移者は殺しても死なぬ。世の中でどれだけの亜人が殺しを経験しとるのかの……正直……」
オニニ氏は何故か顔を赤らめて微笑しながら、言葉を続けた。
「わっちは人生でも得難い体験をしておると想う……」
やめろやめろやめろやめろ。普通に怖いわ。完全に殺人犯の自供じゃねぇか。誰も聞いてないよ、そんなの。お前さぁ……そう言う発言をするからアニメは犯罪者を作るとか、犯罪者はアニメを見てるとか言う訳の分からない派閥が現れんだよ。逆にさ、この世の中でアニメを一度も見たことがないって奴の方が、俺は希少だと想うんだけどね。犯罪者の八割はジブリアニメ見てるよ。
「ポショポチョ、わっちは今からおんしを殺す」
聞こうよ。
「……嫌ってくれるな」
そうして、オニニ氏は俺の首を離し、地面に落ちる俺の胴体を右拳で貫いた。
即死である。
どうでも良いけど、俺のバイトの話とかどうなったんすかね? なんか話がバイトから殺人に変わってない? どんな話の変わり方だよ。有り得ないだろ。
ゆっくり消えていく意識の中、心の中で愚痴りながらも俺はオニニ氏を見つめるが。
オニニ氏はただ悲しそうに俺の死体を見つめてた。