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2……目を覚ましたら、まさに異世界

 ギシギシと床は音をたてる。

 祖父はもっと家の、家具の手入れをすれば大丈夫なのにと、浪費癖の両親を嘆いていた。

 祖父は堅実家で、マリアが生まれる前までは爵位を持ちながら王宮に勤めていた。


 何をしていたのかは祖父は余り語らなかったが、時々、


「はぁ、リーは困ったものだ。いい加減仲直りをすればいいものを……」


とぼやいていた。

 ベッドは、祖父が生前使っていた大きなものだった。

 しかし歴年の使用がたたったのか、こちらもギシギシと音をたてていた。


 祖父が遺してくれていた土地を上手に運用すれば、もっと家を綺麗に手入れできるのに……。

 父はギャンブルにのめり込み、母は他の家にお茶会だなんだと新しいドレスを着て出ていく。

 双子の弟は勉強をして奨学金でもいい、学校に通い、家の為、地域の民衆の為何とかして欲しかった……。

 私が男だったら……そう思ったことだってある。


 街にはギルドと言う組織がある。

 この国だけではなく、この大陸のほとんど、そして海を隔てたシェールドにも広がる組織体。

 10歳から入ることができ、小さい頃からギルドが掲示板に貼り出している近所のお店の買い物の手伝いや、近くの森で薬草を採って来るなどから始まるらしい。

 成長していくと武器を持ったり治療師として勉強をして遠方に外交に出向く貴族や商人に付き従う。

 最初はお小遣い稼ぎであり、それと共に文字の読み書き、算数等を最低限無償で教えてもくれるらしい。

 そこで、上級者向きの学問を学びたい場合は、仕事をしながら専門的に学べる。




 モンスターと言うものはこの国にはいない。


 シェールドにはドラゴンがいる。

 マリアは小さい頃、祖父に連れられシェールドに行ったことがある。

 その時に、一度だけ森に迷い込み、泣いていると漆黒の巨大な生き物を見た。

 ビックリしたが、その周囲には小さい……でも、マリアよりも大きかったが……そっくりなものがいた。

 食べられるとは思わなかった。

 優しい瞳をした獣は愛情深かったし、逆に、その生き物たちに囲まれ、泣き止むまで頬をなめられ、スリスリと頬を刷り寄せられた。

 それも本当に嫌ではなく、くすぐったく、最後に泣き止んでキャハキャハと笑った。

 それからは小さい子供たちとおいかけっこをしたり、樹に実っている赤い実をとって貰い、わけっこして食べた。

 そして、目を擦って、親だろうか大きな獣にしがみつき、そのまま眠ってしまった。




 次に目が覚めると祖父と誰かが抱き締めてくれていた。


「大丈夫?」

「あれ?お母さんと黒ちゃんは?」

「あの子達は探していたおじいちゃんやお兄ちゃんたちが迎えに行ったら、またねって帰っていったよ?」

「おい、リー。お前、自分をお兄ちゃんって良く言えるな?」


 祖父は童顔のお兄ちゃんを睨む。


「はははー。ルイス。おじいちゃんじゃない。僕なんてまだまだお子さまだから」

「息子もいるくせに!」

「そうそう。琥珀ちゃんに似たら良かったのに、どうしてか僕に似ちゃってさぁ。ママーだって。琥珀ちゃんは私のなのに!」

「息子に嫉妬するな!全く」

「おじいちゃん。ねんねする」


 祖父に甘えて抱きつく。


「はいはい。ねんねしなさい。おやすみ。お転婆娘」

「可愛いなぁ……いいなぁ……。僕の家ももう一人位、娘欲しいなぁ……。それよりも頂戴!」

「リー!抹殺するぞ?」

「物騒だなぁ。僕の息子の嫁に頂戴って言ってるの」


 マリアは睡魔に飲み込まれつつ、祖父の声に驚いた。


「無理だ。子爵家の、しかも末端の元近衛の家が、お前の息子の嫁に孫を出せるか……それでなくとも愚息のお陰で、死ぬに死ねん……」

「だからさぁ……」


 マリアはそのまま寝入ったのだった。


 シェールドは幼い頃一回行っただけなので、ほとんど忘れてしまったものの、漆黒の巨大な生き物を忘れることはなかった。




 ただ、帰りに、翡翠色の瞳をしたお兄ちゃんが、おじいちゃんが持ってきていたあの箱を示し、


「マリアちゃん。もし何かあったら、これをお兄ちゃんのところに届けてくれる?」

「おじいちゃんの宝物?」

「ルイスの宝物はマリアちゃんだよ。これはね?お兄ちゃんがルイスに預けてるんだ。もしね?大変なことがあったら持ってきてね?」

「えっと、お兄ちゃんのところに?」

「そうだよ。約束してね?」


手を握るとごつごつとしていた。

 でも、優しい眼差しをしていた。


「小さいマリアちゃん。きっとだよ」

「うん!お兄ちゃん。約束するね?」




 意識がフワッと浮き上がるようにゆっくり目を開けた。

 祖父の部屋はゴツゴツとした祖父らしい持ち物が並び、マリアはあえてそのままにしていた。

 目を開くときっと……。


 まぶたを開けると、古ぼけた堅苦しい部屋ではなく、パステルブルーの清楚な印象の天井が見えた。


「えっ?」


 何度かまばたきをして、はっ!と身を起こす。


「こ、ここは……」

「ここは私の叔母の夫であるミューゼリックさまのお屋敷、ラルディーン公爵家のお屋敷。ゆっくりお休みなさい」


 微笑むのは深紅の髪とはちみつ色の瞳の美女……。

 いや、解る。

 この方は……。


「本当に大丈夫?熱があったから医師に診て頂いたのよ。栄養失調だって……」

「あ、そうですか、お恥ずかしいです……」


身を縮める。


 少しでもお金の足しにとハーブなどを摘んだり、野菜を植えて賄っていた。

 しかし、贅沢を求める両親や弟は肉を要求し、自分の分を減らし、作っていた。

 自分はサラダだけで過ごした。

 パンは、固いパンは安いが柔らかいパンを求める。

 固いパンを4つは買える値段で、3人のパンを買い、じいやとばあやには歯が弱っていることもあり、固いパンをスープに浸してグラタン皿に詰めて焼いた。

 そうすると熱いので時間はかかるが、その分満腹感を得られる食事を取れるのだ。

 本当なら、上級の使用人である二人にこんな食事は絶対にあり得ない……自分だってあり得ない……それ程困窮していた。

 それなのに……。


 瞳を陰らせたマリアに、美女はゆっくりと横たえる。


「おやすみなさい。熱もあったわ。もう少ししたら食事が来ると思うのよ」

「あ、あのっ!ティアラーティアさま。も、申し訳ございません。わ、私は、ラミー子爵家を出た、ただのマリアでございます。じいやとばあやは本来、執事とメイド頭……ですが、私は身分を捨てた者でございます。ここでは身分不相応かと……」

「あら、ティフィが自分の客人だと連れてきたのよ?」

「ティフィさま……えっ?もしかして、あの方は、王太子殿下ティフィリエルさまですか?えっ?確か、未婚でもう30歳におなりの……?」

「そうなのよ……本当に困ったわ。従弟のデュアンリールは30過ぎているけれど、婚約者の姫様がまだ幼いから良いのだけれど、息子は、恋人も見せてくれないし、結婚も……本当に困ったわ」


 外見17歳程にしか見えない美女は、30の息子を筆頭に、2男3女の母である。

 ちなみに、末っ子の次男はまだ8歳である。

 間の娘はすでに結婚している。


「本当に、リーに似ちゃって……もう、こんなところまで似なくても良いのに」


 嘆く。


「母上。マリアどのに愚痴らないで下さい。まだ熱も下がっていないんですよ?」

「ティフィ。お願いだから早く結婚して頂戴。孫の顔見たいわ、私は」

「妹たちの子供がいるでしょう?それに、マリアどのは熱があって、急きょ叔父上の屋敷に来たのですよ。休ませてあげて下さい」

「可愛いんですもの。綺麗な子よね」


 うふふ。


可愛らしく微笑む。


「母上。そろそろ父上がじれて、使いが来ますよ?帰って下さい」

「えぇぇ?嫌よ」

「母上!帰らないと王宮の機能がストップですよ。父上、母上がいないと生きていけないから」

「あぁ、残念だわ。じゃぁ、マリアさん。元気になるまで、叔父様やおば様にお願いしているから安心してお休みなさいね?」


 スッと立ち上がった美女は、マリアの頭を撫で、部屋を出ていったのだった。




 母親の背を見送ったティフィリエルはため息をつく。


 自分を17で出産した母は、何故か時が止まったかのように、年を取らない。

 それ以前に、50過ぎでティフィリエルを授かった父は、現在80代だが17、8位の年齢で時を止めた。

 ごく普通に生まれた自分の兄弟だったが、年の近い妹たちはそれ相応の年齢を重ねたが、ティフィリエルだけが15歳位から成長がピタリと止まった。

 原因は不明だが、父に瓜二つの容貌のせいで呪いにかかったかとも噂されている。

 遅れて生まれた末弟のラディエルは、母に似て端正で愛らしく周囲には人が集まってくる少年である。

 年を取らない不気味な呪いを受けた第一王子よりも、好奇心は旺盛だが素直な第二王子を王位にと言う意見すら出始めているのをティフィリエルは知っていた。

 自分としては王位の重圧を知らない家臣や弟に何が解ると言いたいが、まだ8歳の弟に言うべきことではないと黙っていた。


「あ、あの、申し訳ございません。ティフィリエルさまとは思いもよらず、目の前であんな……」


 顔を赤くしたり青くしたりする少女に微笑む。


「良いよ。あの手紙は父が友人の先代子爵に宛てて書いたものでね。ギルドにあれと原石を持って現れた人がいたら、すぐに父にと連絡がされていたんだよ。女の子が来るはずだからって。でも、男の子で、男装してるのかな?と思ったら違うらしいし……で、ギルドのこの大陸の支部長代理から命令が来てね?」

「えっ?王太子殿下にギルドの支部長代理からって……」

「ん?あぁ、もう70年も前かな?有名な戦いがあっただろう?あの前から細々とはギルドがあったんだけど、あの前後から一気に範囲を広げているんだ。支部長は父で、代理はラルディーン公爵。私も一応経理とか任されてます」

「王が、ギルドに?」

「父は、ギルドの本部のあるシェールドでギルドに正式登録したんだよ。父は留学しても普通に留学するのではなく、シェールドを放浪したかったんだ。でも、異国の者がふらふらできないでしょ?ギルドに登録して仕事を請け負いながらあちこち転々としたって聞いたよ」


 布団を直し、ティフィリエルは微笑む。


「もう少し寝たら、ご飯だから、休もうね。お休みなさい」

「あっ……元気になったら、仕事……」

「しばらく静養だよ。じいやさんとばあやさんも隣の部屋で休んでいるから安心して」

「でも……」


 不安げにティフィリエルの袖をつかんでいた少女は、睡魔に負けたのかコテンと寝入る。


「お休みなさい」


 ティフィリエルはもう一度優しく囁いたのだった。

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