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25……最悪なデビュー

 侯爵家の一家が登場し、周囲は話している。

 先程の話は忘れたことにして、話題はラルディーン公爵家の養女になったという少女の話である。

 噂が流れ、適齢期の息子を持つ貴族はその話を聞いてすぐ、ラルディーン公爵家に、そしてラーシェフ公爵家、国王陛下にもお伺いを立てたが、ラルディーン公爵家は書簡の受け取りを拒否。

 それは、


『体調を崩し医師にかかっている娘の体調の方が優先。良くなり、デビュタントに出席できるようになってからにして貰いたい』


とのことで、ラーシェフ公爵は、


『従姉妹はまだデビュタントにも出席前の子供です。それに、ラルディーン公爵閣下が言われることが正しいと思います』


と告げ、最終的に送り込んだ国王は、あっさり、


「サインする書類の中に紛れ込ませた者は減俸、書類ごと焼却した。公私を分けるように。二度目は紙を切り刻んでゴミを送り返した。それでも送ってきた者は、そんなに私に見合いの仲人をして貰いたいんだね。お相手を紹介しておいたよ」


と口調は軽いが、かなり皮肉げに言い放った。


「まだデビュタント前だというのに暇なものだね。ついでに、私の姪に危害を加えたり無理強いをすることは許すつもりはないから、それを胸に刻んでおくように」


と念を押した。

 だが、隠されていた令嬢の登場に周囲は気になって仕方なかった。

 特に、同じ年の少年や、数歳上の息子のいる貴族は何とか縁を繋ぎたいと思っていた。

 ラルディーン公爵家は、それだけの力を持つ国王の片腕であり、筆頭公爵家だった。




 すると、王族に近い公爵家の人間が姿を見せるカーテンが持ち上げられ、


「ラーシェフ公爵閣下、公爵夫人、お出ましにございます」


 ちなみに、二人には第二王子ラディエルよりも年上の息子と、同じ年の娘がいる。

 2年後には息子のデビュタントである。

 二人は優雅に姿を見せると微笑みながら歩いて行く。

 そして、


「ラルディーン公爵閣下、公爵夫人、そしてご子息のサー・デュアンリール、ご令嬢のファティ・リティさま、お出ましにございます」


 ざわついた。

 がっしりとした筆頭公爵がエスコートするのは夫人アリア、そして近衛隊長である青年がエスコートするのは、ちんまりとした少女。

 長身の兄に隠れる程小さく、姿が余り見えない。

 父親に促され、デュアンは少し前に妹をエスコートすると、姿が見える。

 身長は140センチ弱、多分ハイヒールを履いていて、この身長ということはかなり華奢な少女だろう。

 髪は艶やかな赤紫色、大きな瞳はブルーの、同じ年の子供たちの中でも極端に童顔で、ほっそりとしている少女である。

 デュアンに声をかけられると、背伸びをするように見上げ、キラキラと嬉しそうに笑う。

 そして、ちらっと離れたところに集まる貴族たちに、優雅にお辞儀をした。

 その愛らしい姿にますますざわつく。

 デュアンは守るように抱きしめ、定位置に近づく。


 それを確認して、


「国王陛下、妃殿下、ティフィリエル王太子殿下、お出ましにございます」


国王はティアラーティアをエスコートし、ティフィリエルは一人で姿を見せる。


「デビュタントおめでとう。今日は楽しんで貰いたい。そして……」


 近くにいる姪を見て微笑む。


「素敵なダンスを楽しみにしている」

「では、皆さんお楽しみになってね」


 ティアラーティアの言葉に、音楽が流れ始める。


 デュアンは、手を差し出す。


「じゃぁ、可愛いリティ。一緒に踊ってくれるかな?」

「はい。お兄様よろしくお願いします」




 侯爵令嬢や、侯爵の令息たちと一緒に踊り出した公爵家の令嬢に、打算をする家族たちをちらっと見、クシュナは、


「全く、リティの可愛さよりも、叔父上の娘であることしか見ていないようですね。反吐がでる」


と穏やかな表情のまま吐き捨てる。


「で、叔父上、どうするんです?2、3曲で終わりですか?」

「デュアンが二曲、そしてティフィが二曲で、その後はここでティアラーティアさまと妻たちとお茶会だ」

「じゃぁ、私も一緒にいましょう。嫌な予感がします」

「同じだ、俺もだよ」


 ミューは娘から目を離さないようにする。


 まずは二曲兄とのダンスを終えたリティは、お辞儀をして、兄の元に近づこうとした。

 すると、カークがリティの前を塞ぐようにデュアンに近づき、


「隊長。少しお話が……」

「カーク。私は非番。妹をエスコートする役目がある。向こうに行くように」

「隊長。ロビンソン副隊長がどうしてもと」

「だから、今日は仕事の話をしたくない!向こうに行くように!リティ……」


カークを押しのけ妹を探すと、リティの姿がなかった。


「リティ……?カーク!お前……」

「何ですか?」


 ヘラヘラとした顔があざ笑っているようで、デュアンはカークの襟元を掴み引き寄せる。


「リティに何をした!」

「何もしてませんよ〜、私はね。それにしているのは隊長じゃないですか〜」

「黙れ!」


 普段おっとりしたデュアンの怒声に、音楽が止まり、次のダンスの相手であるティフィリエルや家族が近づく。


「デュアン兄さん。何があったの?」

「ティフィリエル殿下!リティを!リティを見失った!近くにいないか……」

「見失った?何で?」

「ダンスの後、この者が私とリティの間に割り込み、邪魔をした!」

「邪魔じゃありませんよ〜。迷惑なんです」


 カークは隠し持っていたナイフでデュアンを刺そうとし、とっさに、デュアンは騎士の館で習った体術で投げ飛ばし、手からナイフを奪い取る。

 もみ合いの際に、何度か切りつけられたが、


「誰か!この者を捕らえよ!」


デュアンは切りつけられた手を押さえつつ、声を張り上げる。


「妹を!他にも害そうとする者がいる!捕らえよ!……で、殿下!」


 何かに気がついたのか走り去るティフィリエルに気がつき、声をかける。

 クシュナがティフィリエルを追いかけ、リスティルとミューが駆けつける。

 リスティルが、押さえ込まれたカークを見下ろす。

 冷たい瞳で……告げる。


「お前のことは、前々から目を光らせていたのは分からなかったかな?父親がパルスレット公爵と近くなっていたね。実家の借金?それともトラブル?」

「……っ!」

「お前には、これまで一応信頼していた。残念だよ、本当に」

「……一応ですか。貴方は、無表情で断罪する。冷たい国王、春の国の、氷の王……」

「お黙りなさい!」


 二人の間から姿を見せたのはティアラーティア。

 王妃だというのに拳で、カークを殴りつけた。

 血が飛び散り、一瞬唖然とするが、


「ティアラ……王妃殿下!怪我を!」


という声に、歯をかすめていたのか、ティアラーティアの手から血が溢れる。


「ティアラーティア!」

「陛下は黙っていてくださいませ!」


 怒鳴りつけ、カークを睨みつける。


「国王陛下を氷の王と言うのなら、私は炎の王妃と呼ばれているわ。無表情?どれだけ貴方は陛下を見てきたと言うの!どれだけの重責を担い続けてきたと思っているの!先代のクズの国王は、国王陛下をどれだけ苦しめてきたと思っているの!あの男とその母親は、先代ラーシェフ公爵陛下に何をしたか、まだ若いお前には分かっていないでしょう!あの男は、私の母を犯し私は生まれた。そして、再び犯そうとしたのを拒絶した母は、その塔の」


 血がポタポタと落ちる手で、封印の塔と呼ばれている塔を指差した。


「あの3階から投げ落とした。死体が見つかると困る。見ていた私も馬車に押し込まれ、国境にまだ息のある母と私を捨てさせた。私はね……その時7歳だったけれど、痛みに苦しみながらも、私には幸せになってとうわごとのように繰り返していた母の死を看取ったわ。母の墓をと、国境をあてもなくさまよっていたら奴隷商人に連れ去られ売られそうになった。その時、偶然にその市を見た陛下に助けられた!」


 今まで母親の名前以外、決して出生を口にしなかった王妃の壮絶な半生に、周囲は言葉を失う。


「その後は、皆には留学していたことになっているけれど、留学どころか、陛下といた一年だけよ、幸せだったのは。その後、先代パルスレット公爵が問題を起こして、陛下が去り、私は生きる為に隣国の王城の下働きとして働き続けた。隣国の国王の庶子だったエレナも同じ下働きだったわ。気に入らないと湯をかけられ、食事は抜かれ、風呂なんてとんでもない。離れた小川で交代で水を浴びた。年頃になると男が色目をかけるから、暖炉の火かき棒を武器がわりに眠ったわ……解るの?私の人生をめちゃくちゃにしたのはあの男!クリストファー兄さんとエレナの結婚の時に、メイドとしてついて戻ろうとした。あの男を殺すつもりだったわ。あの男は私の人生を、いいえ、たった23で、未だに遺骨の見つからない母の人生を、文字通り地獄に突き落とした。何が解るの?」

「……っ!」

「エレナもそうだったわ。でも、一応形ばかり王女として嫁ぐことになった。隣国の亡くなった人を言うのもなんだけど、 政変が起こる直前とエレナが女王となって変わったでしょう?そしてこの国も!陛下が必死に国を治め、ラルディーン公爵閣下にラーシェフ公爵閣下が陛下をお支えして、この国も変わった!違う?私は腐った国を二つも見てきた!底辺に突き落とされ、それでも諦めるものか!生きてやる!そう思った!助けてくれたのは陛下やアンジェラ様、クリストファー兄さん、ラルディーン公爵夫妻に先代のフェルナンドお兄様、クシュナ……ラーシェフ公爵家!でも、パルスレット公爵が何をしてきたか解っているの!陛下の生家を大切にしているラルディーン公爵のありもしない腹を探り、あの屋敷を奪い取ろうとしていると言うのに!自分の愚かな行為を正当化し、自分の能力も考えず、昔のこの国の腐敗を招いた者たちと同じ!その頃の暗黒の時代に戻るつもりなの?そんなことは許さないわ!それなら私の母を返してよ!おじいさまや伯父様を返してよ!何もしていないのに!私の人生を返してよ!」


 涙を流しながら叫ぶ。


「私の幸せを奪わないでよ!折角幸せになれたのに!でも、必死にこの国の為に、本当は憎くて……苦しいのを我慢して、裏を探るだけで意味のない会話をする仮面を被ったお茶会に、金にあかせて、派手派手しい香水やドレス。自分たちは着飾るのにメイドの皆は疲れ切っていたり、服が擦り切れそうになっていたり……私はそんな最低な人間とお付き合いしたくないわ!それに、私の姪を返して頂戴!」

「琥珀ちゃん……落ち着いて!」

「リー……リー!お願い!お願い!リティを!」

「解ってる!解ってる!」


 リスティルはパニックを起こしかけている妻を抱きしめ、


「ラルディーン公爵。後は頼む。サー・デュアンリール、来なさい」


駆け寄って来た部下に簡易的に手当を頼んだデュアンは、首を振る。


「妹を探すのと、近衛隊長として、今回の事件は見逃すことはできません……それと、パルスレット公爵と数年前、そして先月爵位を剥奪された者たちが何かを起こす可能性があると、密偵から聞いておりました。しかし今日とは……思っておりませんでした。しかも、陛下をお守りするはずの近衛のこの愚行……私はこの事件が終わりましたら……妹が無事に戻り安全が確認されましたら、位を返上し、謹慎致します。本当に、申し訳ございません」


 血が滲む右手を左胸に当て、深々と頭を下げる。


「後の事は私が決める。近衛隊長として、解る範囲で捜索をさせるように」

「かしこまりました」


 立ち上がり去っていくデュアンを見送り、国王は周囲を見回す。


「……今日のデビュタント。本当に残念だ。また後日……改めて別の機会を設けようと思う。ラルディーン公爵夫人、ラーシェフ公爵夫人。こちらに」


 妻を抱き上げ、国王は義妹や姪と共に下がっていったのだった。




 ミューゼリックは、行方不明の娘と怪我を負った息子を案じながら、


「……元近衛隊員、カーク・ルーベントを連れて、こちらに」


と低い声で告げたのだった。

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