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もう一人の妹



「お帰りなさい、兄さん」


 それは見紛うことない妹――五年前と一切変わらない漆間見智(ウルマミサト)の姿だった。


「見智、なのか」

「何を言っているの、見智ですよ兄さん」


 微笑む見智。

 間違うはずもない、双子の妹。

 俺と同じ髪の色、少し吊りぎみの目、同じ高さの目線と肩。


「見智――」


 俺は右手をゆっくりと。

 その姿へと伸ばして。


 その胸を、貫いた。


「違うな、お前は見智じゃない」

「……え?」

「お前は、見智のドッペルゲンガーだ……ッ」


 己が胸を突き抜ける腕を見下ろして、掴もうとする"それ"。

 しかし、実体を持たない体では触れる事は叶わず。


「なんで、なんですか、これ」

「見智」


 何度も、何度も俺の腕を掴もうとして。

 けれども試みた分だけすり抜ける。


「おかしいじゃないですか、私は、兄さんと一緒にレストランに行く約束をして」

「それは五年前だ」

「……何を言ってるんですか、昨日ですよ、雪が降ってたから久しぶりに外食しようかって」

「今は……夏だ」

「嘘ですッ!」


 玄関から飛び出す見智のダブル。

 その瞬間、彼女は悟った。

 自らが、現世の存在ではないということを。


「あ、あ……」

「お前は、五年前の冬に、俺に殺されたんだよ」


 絶望だった。表情は歪んでいき、五年前の俺と同じ物へと変わった。

 あの時血沼に映っていた、理解の全てをかなぐり捨てた表情へと……。


「いいか、お前は見智であって見智じゃない」

「じゃあ、何なんですか……この記憶は、誰のなんですかッ!」


 玄関階段廊下を突き抜けて。

 元自室の扉を開こうとしてすり抜けて。

 そしてまた、悲壮に顔を歪めて、扉を無視して彼女は自室に篭った。


「ああああああああああッ……ぅうっ……」


 叫び声だけが、彼女の存在を残した。




 取り残された俺は、震えの収まらない右手をただ、見つめることしか出来なかった。

 もう、忘れることなど出来ない。血濡れの右手。

 逃げることなどままならぬ。倒れる見智。


 ――フラッシュバック。


 発狂の寸前で無理矢理に心臓の動機を抑え込もうとする。左手に伝わる鼓動は一向に収まらない。


「……ッぁぁぁ……」


 呼吸すら苦しく、吐いた息は呻き声となった。

 何故、今更。

 死んだ人間のダブルが、妹が現れるんだよッ!


『なぁ、スガタ……どうして世界って奴はさッ!』

『……こんなにも、優しくないんだろうな』


 本当、優しくない。人がやっと忘れて、思い出さないように何とか錠をかけていたというのに。

 その鍵はいとも簡単に目の前に現れてみせたのだから。

 

「ヤナギ、今なら答えられそうだ」


 公園で問われた時、俺は何も返せなかった。

 だが、今ならこう答えるだろう。


「怨むなんて無理に決まってるだろ……ッ」


 それが虚像であるとわかっていても。

 自分が殺してしまった妹がそこにいるというだけで許される気がしたのだ。してしまったのだ。

 けれど、俺は彼女に現実を突きつけてしまった。

 いや、そうすることで自分自身に現実を見せたのだ。

 己は殺人者であると。


「……見智……」


 時が経つにつれて、脈動は徐々に正常になった。

 それに合わせて思考も冷静に戻る。

 そもそもだ、何故今更だとかは置いておくとして……アイツ、喋っていなかったか?


「美鈴さんのダブルは微動だにすらしないが」


 通常、ドッペルゲンガーという現象と会話など不可能だ。あれはそういう存在ではない。

 だが、アイツとは明らかに会話が成立していた。

 それだけでなく、自我すらあるように思える。

 しかしその体は虚像であり実体ではなかった。

 近しいものであれば、高度なホログラム技術と音響技術の組み合わせであれば可能か。

 もしそうであれば、全く悪質過ぎる悪戯だと鼻で笑うところだ。


「けど、アイツは約束を知っていた」


 五年前の些細な約束は、俺と見智しか知らないものであるはずだ。


「ダブル、なのか」


 結局それが一番腑に落ちる結論だった。

 二階からは未だにすすり泣く声が響く。

 これが作り物であるとはとても思えない。


「向き合うしか、ないな」


 俺は、遅すぎる決心で二階へと向かう。

 それは、五年前にこそ必要なものだった。




「見智、聞こえるか」


 元々見智のものだった部屋の扉に体重を預けて、俺は語りかける。


「…………」

「まぁ、返事はしなくていい……俺が一方的に、話すだけだから」


 向かい合う決心。その為に、先ずは今迄のことを話す必要がある。

 見智に何が起こったのか、その全てを。

 俺は話した、見智がダブルを見て発狂してしまい、姿が似た俺に包丁を突きつけて襲ってきたことを。

 そして俺が、それを止めようと揉み合っているうちに見智を刺してしまったことを。

 俺が過ごしたその後の五年間のことも――。

 そうして、数時間が経過した頃だった。


「……兄さんは」

「ん」

「私が、憎いですか」


 私とは、ダブルのことか。見智の発狂の原因であるかもしれないからこその質問だろうか。


「お前は、知らないんだろう」

「……私の記憶には、殺されたなんてことは」

「そうか」


 つまりは、原因そのものなのだ。

 彼女が現れたから見智は狂ってしまった。

 結果として、俺が殺めてしまった。

 じゃあ、彼女が悪いというのか。


「憎いのかもな」

「そう、ですか」


 違う、と心は否定する。


「お前が五年前に現れなければ、見智は死ななかったかもしれないな」


 やめろ、それ以上は喋るな。

 心と相反して舌は転がる。


「けれど、違う」


 言いたいのはそんなことじゃないだろう?

 原因であったとしても、殺したのは俺だ。

 だから、俺はずっと抱えてきたんだ。

 だから、ここから精算しよう。


「あの時、止めてやれなくてすまなかった、見智」


 認めた。彼女が見智であるということを。

 認めてしまったのだ。否定なんて出来なかった。

 俺の言葉で傷ついた彼女は、紛れもなく――。


「兄、さん……っ」


 壁を通り抜けて、俺の胸の中に飛び込んでくる妹。

 触れる事は叶わなくても、例えこれがドッペルゲンガーであったとしても。

 その記憶は見智そのものであると、彼女が流す虚像の涙は、本物だと感じたから。


「わから、ないけど……止まらな、くてッ……」

「今は、泣いていいんだ」


 それが、罪を洗い流してくれる気がしたから。

 だから明日になれば、きっと晴れる。

 これは双子(フタリ)の新しいスタートだ。

感動モノみたいな風にしてしまいましたが、少し走り過ぎたでしょうか。

終わりじゃありません、ここからやっと本題です。

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