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彼女はハウエル家の人間なのでした

作者:

初投稿作品です

少しでも楽しんでいただければ幸いです

微編集(内容は変わりません)

 ふと視線を遣った先に凶手を見つけてしまった。


「マリベル様っ!」


 とっさに体は動いていた。


 お茶会の最中、放たれた弓矢は私の背中に刺さった。

 痛みとともに感じるのは安堵。

 自身に刺さったということはつまり殿下は無事だということ。

 令嬢たちの悲鳴とともに、駆けつけた騎士たちの指示を出す声が聞こえる。

 もう大丈夫だ。騎士が来たのだから。

 震えている小さな肩を抱きしめる手から少し力を抜く。


「マリベル様。大丈夫ですか?お怪我は?」


 殿下はふるふると首を振る。

 泣くのをこらえている彼女はきっと声を出せば我慢しきれなくなってしまうのだろう。

 そんな殿下に笑いかける。


「ご無事で何よりです」


 襲撃から立ち直った侍女に殿下を引き渡す。


「アイリーン……」


 が、今度は殿下から手を伸ばし、わたくしの腕をつかんだまま離れようとしない。

 その手をつかみ、もう一度気力で笑いかける。


「わたくしは大丈夫ですわ」


 侍女に目配せすれば、彼女は力強くうなずき、「さぁ、殿下。彼女は医師に任せ、お部屋へ戻りましょう」と促した。

 殿下は一瞬ためらったものの、自身の立場をよく理解していたため、騎士たちに囲まれながらも部屋へと戻っていった。

 すれ違いざまに駆けつけてきた医師にしっかりと診るよう命じて。


「失礼いたします」


 医師はそういって私の背中の処置をし始めたのを最後に意識を失った。





 寝苦しさを覚えて目が覚めた。

 見覚えのない寝具に、とっさに起き上がろうとするも背中に痛みが走り断念した。

 起き上がるどころか腕を動かそうとするだけでも痛む。

 じんじんと鈍く痛み続ける背中に大人しくしているしかないかと一つ息をつく。

 しばらく大人しくしていれば痛みは遠のいていき、それに従い、やっと頭が回りだした。


 寝苦しかったのはうつぶせに寝かされていたから。

 きっと背中の傷に配慮してのことだろう。

 ここはおそらく王城内のどこか。

 侯爵家令嬢であるわたくしが怪我を、しかも王女殿下をかばって怪我をしたのだから手厚く治療させなければならない。

 しかも殿下が医師にわざわざ命じたのだから。


 という建前の下、実際は怪我をしていてなおかつ意識のない人間を屋敷へと運ぶのは手間であるし、先ほど襲撃があったばかりで護衛にしろ何にしろ手が足りないのであろう。

 屋敷のものに迎えに来させるという手もないわけではないが、邪魔だからと追い出しているようにしかみえないだろう。


 たかが臣下の一令嬢とはいえ、わたくしの曾祖母は王族から降嫁してきていた人間であり、名門といってもいい家柄なのだ。

 面倒も見ずに屋敷へ帰すのはあまりにも体面が悪すぎる。

 治るまでとはいわずとも起き上がれるまでの数日は王城で過ごすことになりそうだ。


 一通りの建前やら思惑やらしがらみやらを考え、ふっと息をつく。

 鈍い痛みが再び走った。

 だがまぁ

 痛むということは生きているということだ。

 とっさに動いたにしては上出来だ。

 と前向きに考えることにした。


 それからうとうととしていれば、ノックがされた。

 その音にはっと目を覚ませば意識を失う前に見た医師が入ってくるのが見えた。


「これは。失礼いたしました。お目覚めでしたか」


 そういいながら近づいてくる医師に対してうなずく。


「えぇ。先ほどね。処置してくださったのは先生でしたわよね?ありがとうございました」


 寝そべりながらの感謝でごめんなさいとちょっと茶目っ気をつけていえば、年嵩の医師はかまいませんと笑う。


「少し見せていただきますよ」


といった彼は手際よく傷口の確認をし、ガーゼを交換した。


「背中、しかも肩甲骨の辺りでしたので命にかかわるような傷にならずにすみました」


「あら、運がよかったですわ」


「しかし、申し訳ありません。傷跡は残ってしまうでしょう」


 悲痛にゆがんだ医師の顔を見ながらそうだろうなと思う。

 王女を狙った襲撃の矢を受けたのに生きていた。

 多少の傷跡を気にするような人間は家にはいない。


「かまいませんわ。命を救っていただいていただけで十分ですわ」


 未婚の、しかもまだまだ若いといわれるようなわたくしの背に傷が残ってしまうことをこの医師は存外気にしているようで、そう言ったわたくしの言葉にさらに顔をしかめた。

 ならばと思い続ける。


「毒、でしょう?死ななかっただけでも重畳ですわ」


 にっこりと笑えば少し驚いたように目を開き、次の瞬間にはため息とともにしかめていたその眉を垂れさせた。


「……お分かりでしたか」


 我が家といえば武門として名を馳せてきた一門である。

 多少の怪我やら血やらで倒れたりするような繊細な造りにはなっていない。

 そんなわたくしが気を失う?

 出血量もたいしたことがなく、正直興奮していて痛みも薄かった。

 そんな状況下で考えられることは毒以外考えられなかった。


 それを伝えれば、一寸言葉につまり、深く深くため息を吐かれた。

 失敬な!ため息をつく要素がどこにあったというのだ。


「なるほど。あなたはハウエル家のお方でしたな……。確かに毒が塗られておりました。幸いにも早く処置をすることができ、血で流れだしておりましたので、何とかお助けすることができました」


「そう。重ね重ね、ありがとう」


 未だ不調であるからだろう。少し疲れとともに眠気が襲ってきた。


「怪我をなされたばかりですからな。ゆっくりと静養なさってください」

こくりとうなずき、医師が出て行くドアの音を聞いたのを最後に眠りについた









 怪我をしてから4ヶ月半ほど。

 回復は順調だった。


 すでに痛みはなく、少しばかりの跡が残るだけだ。

 体力も戻り、今シーズンも問題なく過ごせそうである。

 医師からもお墨付きをいただいた。


 が、精神的には過去類を見ないほど弱っていた。

 度重なる王女殿下からの謝罪やお見舞いが容赦なく私の心をぐさぐさと抉っていった。

 本人は全く問題としていないことを、他人があまりにも気に病んでいるという事実は人の心をこうも容易く抉っていくものなのか。

 わたくしは気にしていないので―強がりとかではなく本当に、微塵も、かけらも―気にしないでいただきたいのだが…。


 何度そう手紙を送ってもそれでもと送られてくる品々。

 怪我をしてから数日後にはシーズンの終わりが近くなったこともあり、静養のためにもと少し早めにマナーハウスに戻って来てしまったせいなのかもしれない。

 治療後、王城から屋敷へと戻る直前に一回お会いしたきりでマナーハウスに戻ってしまったため、殿下の中でわたくしは怪我をしたままの姿から記憶が更新されていないのだろう。


 普段、騎士たちに守られてはいても目の前で怪我をするというような事態に陥ったことがないのかもしれない。

 いや、怪我をしたのが職務中の騎士であれば殿下もここまでは気にしなかっただろう。

 わたくしは一応一般的な令嬢である。

 職務に縛られたものでないものが自身のせいで怪我をするということは衝撃だったのだろう。


 殿下だけならばまだしも、陛下からもお見舞いをいただき、正直わたくしとしては大事になりすぎているという感はいなめない。

 両親もお兄様も騒ぐほどの傷でもないのにと若干、困惑している。

 家が武門の流れを引いているのだ、仕方がない。









 そんな日々を過ごし、早幾日

 今日、シーズンの始まりを告げる王家主催の舞踏会が開催される。

 それに招待され、今現在、馬車に乗って向かっている途中なのである。


 鮮やかな青のドレスは銀色の刺繍で縁取られ、胸元も背中も大きく開いている。

 金茶の髪は結い上げ、大人っぽく。

 きっと後ろから見れば傷跡が見えるだろう。


 だが、それでいい。

 馬車が止まったのを感じる。

 ドアが開き、お兄様に続きゆっくりと降りる。

 背をまっすぐと伸ばし、お兄様にエスコートされ歩き出す。


 会場へと入ればざわめきが広がる。

 引きこもって来ないだろうと思われていたのだろうか。

 それとも背中が見えないようなドレスで来ると思われていたのだろうか。

 まぁ、どちらであれかまわないのだが……。


 陛下方へとご挨拶するため、まっすぐとそちらへ向かう。

 わたくしたち、いやわたくしが通った後、その後姿を見て息を呑むもの、嫌な笑みを隠せぬもの、哀れそうに見てくるもの……さまざまな反応がされたがそんなものにわたくしもお兄様も一々反応などしない。

 社交界を渡っていく術としての笑みを浮かべたまま、ただまっすぐに進む。


 同情も嘲りも反応する必要すら感じない。

 今、ここに立っているのは背中に傷の残る哀れな娘ではない。

 王女殿下をお守りした勇気あるハウエル家の人間なのだから。


 陛下方の前に立ち、


「ハウエル侯爵家が長子ルーファス・ハウエルと長女アイリーン・ハウエルがご挨拶させていただきます」


 優雅にお辞儀をする。


「あぁ、よくぞ参った。アイリーンよ、王女襲撃の折には世話になったな。感謝しておる」


「もったいないお言葉にございます」


「今日は楽しんでいくがよい」


 その言葉を合図として陛下方の前を辞した。





 挨拶をして回るお兄様についてしばらくすればゆっくりと音楽が流れ出した。

 ダンスが始まったようだ。


「さて、アイリーン。今日のエスコート役は僕だからね。きっちりしっかり踊ってもらうよ」


 ひらりひらりといつもならかわすのだが、お兄様にがっちりと腕をつかまれ引きずr…エスコートされてダンスに混じる。

 くるり、ひらりと優雅に見えるように顔には笑みを浮かべて。


 お兄様はきっちり武人の血を引いた人間らしく体を動かすことが好きである。

 ダンスも得意であり、いつもできる限り踊らないわたくしとは大違いである。

 最も好きなことは剣であるだろうが。


 わたくしはといえばダンスが嫌いなわけではないが、舞踏会ではちょっとした自分だけのゲーム――いかに相手に避けていると思わせず男性をかわすかというもの――があるのだ。

 そちらに時間を割いているため、あまり踊らない。

 その上、お兄様のダンスの合格基準が高く、無様な踊りをするとすぐさま教師をつけられてしまう。

 しかしなんだかんだといいつつも、わたくしのダンスレッスンに付き合ってくれたのはお兄様なのだ。

 正直なところ一番踊りやすく、気兼ねせずに踊ることができ、お兄様はとてもうまいからただ身を任せていればいいので楽でもある。


 そんなわたくしとお兄様のダンスは周りからの評判も上々である。

 息が合っているし、身長もバランスがよく、武官ではあるものの、筋骨隆々としたというよりかしなやかな筋肉のつき方をしているし柔和な顔立ちをしているお兄様と華やかなと表現される外見をしたわたくしが踊っている姿はお似合いの見目麗しいカップルに見えるらしい。

 実際は兄妹でしかないのだが。


「アイリーン?今日は僕と以外で2人以上は踊ってね?」


 目が笑っていない。

 ダンスは嫌いではないのだが、得意でもないものをやらなければいけないのは正直苦痛である。

 しかし、お兄様がこう言う以上、仕方がない。


 わたくしも侯爵家の人間として結婚相手を見繕わなければならないのだ。

 両親がいくら自由恋愛推奨派な変わり者であったとしても、それを理由に嫁き遅れになるわけにはいかないのだ。

 あと5年もしないうちにお見合い相手を見繕ってきてしまうだろう――お兄様が。

 わたくしのあまりの男っ気のなさに嫁き遅れてしまわないか心配なようだ。


 お兄様にはすでに婚約者が―きっちり自身で見つけてきた―いるのだ。

 今回は前シーズンの事件のこともあり、わたくしとお兄様で挨拶したほうがいいということでパートナーを譲ってもらったが。

 とてもいい方なのだ、婚約者であるお義姉様は。


 伯爵家の方で多少おっとりとはしていらっしゃるものの、芯のあるお方だし、多少のことでは動じない。

 そして、社交界でご友人を多く持つお方でもいらっしゃる。

 意外とそこは重要なのである。

 わたくしのこともかわいがってくださるし、本当の姉のようなお方だ。


 閑話休題


 しばらく逃避していたものの、どうがんばっても現実というものはそこにいるものである。

 幸い、体はしっかりと動いていたようだし、表情も崩れていなかったようだ。

 この曲が終わった後はどうしようか。

 適当に相手を見繕わなければいけなくなってしまった。


 1人はお兄様の友人であるジェラルド様でいいだろう。

 体を動かすことが好きな根っからの武官で、兄とは対照的にこれぞ武官といったような筋骨隆々とした体格のいいお方で、多少粗野な部分はあるが気のいい人物である。

 1曲ぐらい付き合ってくれるだろう。


 問題はもう1人。

 女友達はそれなりにいるのだが、男友達はそれほど、というかいない。

 ぼうっとしていればそれなりに誘われるだろうという程度にはいい物件――顔はそこそこ、侯爵家の令嬢であり、今は王女様の命の恩人という付加価値がある――であるという自覚はあるが、だからといって適当に選ぶわけにはいかない。

 昨年までの家同士の関係、社交界での評判、御当主様の性格などを鑑みて選ばなければ後々面倒なことになるのは目に見えている。


 下手に親しくしてしまえば周りがそういうもの、つまりカップルだと認識してしまう可能性があるからだ。

 家の両親の自由恋愛推奨精神は有名なので、そういった誤解は受けやすい。

 誤解させるように仕向けさせるような人間だっている。

 それもあってあまり親しい人間に見えないよう、そして相手に勘違いされないよう、男性と関わりを持つときには気をつけている。


 さて、今回はどうしようか。

 あぁ、本当にめんどうくさ「アイリーン?」


 意識を戻せばお兄様の笑みがますます深まった。


「なんでしょう?お兄様」


「そろそろ終わるけれどお相手は決まったかな?」


「そうですわねぇ。とはいいましてもわたくしが申し込むわけではなく申し込んでくださるような殿方が居りませんとどうにもなりませんわ」


 ほほほほと笑ってごまかす。


「そうだね。だから、僕の知り合いなら繋いであげるよ?」


 見透かされていたようだ。

 お兄様ったらお優しいと白々しく言えば、お兄様はそうだろう?演技掛かった様子で言いつつ尋ねてくる。


「で、誰にする?」


「そうですわねぇ……そういえば先ほどジェラルド様をお見かけしましたわ。お兄様、まだご挨拶されていないでしょう?そのついでといっては何ですが、お願いしていただけますか?」


「ジェラルドかぁ……うん、いいよ」


 わたくしの方を眺めた後、一つ頷く。

 やがて1曲目が終わりを告げる。

 いくら途中がうまくいっていても最後が決まらなければ印象というのは悪くなるのだ。

 きっちりと決めにいく。

 ぴったりと最後までお兄様に合わせきることができたのを感じ、ほっと一息。

 お兄様のほうを見れば、合格点だったのだろう、機嫌がよさそうだ。

 機嫌がよいうちに、と次のお相手となるジェラルド様探しに移る。





 探し始めれば、すぐに見つかった。

 武官らしく、体格がよいジェラルド様はこの人数の中でも探しやすい、目立つ御仁である。


「やぁ、ジェラルド。遅かったじゃないか」


 気軽に声をかけに行くお兄様についていき、おじぎをする。


「おぉ、ちょっと出掛けに捕まってな。アイリーンも久々だなぁ」


 にかりという言葉が似合うような笑みで迎えてくれたジェラルド様。


「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。先日はお見舞いの品、ありがとうございました」


「ん?まぁ、気にすんな」


 手を出しそうになりふいに引っ込めた。

 おそらくいつもの調子でがしがしと頭を撫でようとしたのだろう。

 しかし今日は舞踏会

 しっかりと整えられた私の髪をみて撫でるのを止めてくださったようだ。


「しっかし、まぁ、さすがハウエル一門の人間だな。あぁいうときにとっさに動けるんだからよ」


 わたくしは苦笑でもって返すしかない。


「僕としては複雑なんだけどね。武官としてもハウエル家としてもよくやったといいたいところなんだけれど」


 とそこで切ったお兄様は少し悲しげに、その柔和なお顔を歪め、わたくしの顔を見る。

 はぁとため息を吐くと軽くかぶりを振り。


「兄としてはこんなお転婆を誰か引き取ってくれる人がいるのか心配で」


 ……先ほどまでのシリアスな表情との整合性がつきませんわ、お兄様


「がはは。アイリーンは美人なんだ、大丈夫だろう」


 とばしばし兄を叩きながら励ましているが……ジェラルド様?あなた、わたくしの性格に関して一切否定しなかったどころか外見でカバーしろとおっしゃいました?


「顔は父上の凛々しさと母上の色を上手に継いだおかげで中々に華やかだけれど、性格はねぇ。流石ハウエル家というべきかちょっと変わってるしねぇ。行動派だし。はぁ。やっぱり兄としては嫁き遅れないか心配だよ」


お兄様がひどい。


「まぁ、昔っからアイリーンは猫かぶりがうまいし、何とかなるだろ!」


ジェラルド様もひどい。

というか


「嫌だわ。猫をかぶっているだなんて評価されていただなんて……」


「何言ってんだ?事実被ってるだろう?」


「違いますわ!猫を30枚ほど被った上にかわいらしく弱々しい兎を着込んでさらに猫を30枚被ってから虚勢に見せかけたちょっと怖い子虎を挟んでさらに猫を40枚ほど被ってあるだけですわ!!」


「……アイリーン。それはたぶんおそらくちょっととかだけとは言わないし、そもそもそこまで行ったら化け物だよ……」


「ひどいわ、お兄様ったら。うら若き乙女を捕まえて、言うにことを欠いて化け物だなんて」


 少し怒ったように見せればお兄様がひきつった笑みを浮かべ、ジェラルド様は大笑いしている。

 お兄様の笑みが引きつるだなんて、なんと珍しいことだろうか。

 今日はいい日である。


 それにまだまだ修行が足りないと日々思っておりますのよ?と付け加えればお兄様は頭を抑えつつ深く深くため息をつく。

 頭痛だろうか?

 心配である


 ジェラルド様は笑いすぎで過呼吸になりかけているのか、ぜはぜはと息も切れ切れである。

 こちらはこちらで大丈夫であろうか?


「はーっはーっ。こんなに笑ったの久々だぜ」


 涙目になりつつ何とか立ち直ったジェラルド様と何かを振り切るように頭を振り立ち直ったお兄様。


「まぁ、全部剥ぎ取った後、化け物は出てきませんが、わたくしがでてきますわ」


 にっこりと微笑み、追い討ちをかければ再び噴出すジェラルド様。

 もういっそ失礼を通り越してすがすがしい。


「あのねぇ」


「だってお兄様?殿方を飽きさせないためにはさまざまな工夫が必要なのだとご令嬢方の間では有名ですのよ。ですので、わたくしもと思いまして準備いたしました」


 ちなみに参考はかつて社交界の華と呼ばれたお母様ですわといえば今度こそ言葉をなくしたようである。

 笑いの止まらないジェラルド様と頭を抱えたままのお兄様を楽しく観察していたが、その背後に明らかにこちらに向かってくる方々を見つけてしまった。


「お兄様、ジェラルド様」


 何も気づいていません、2人の観察ty…歓談中ですよーという雰囲気を保ちつつ、少し落ち着いた、よそ行きの声で呼ぶ。

 変わったわたくしの声音に気がついた2人はゆっくりと平静に戻っていく振りをしながら姿勢を正す。


「失礼いたしますわ」


 少し甲高い、未だ子供と言う部類に分けられそうな声で話しかけてきたのは、まだデビュタントしたばかりであろうという幼さの抜けない少女――王女殿下である。

 3人で殿下方へと向き直り、お辞儀をする。

 驚いたことに王女マリベル様の兄上、王太子マクシミリアン様も一緒である。


「アイリーン、怪我はいかがですか?」


「はい、もうすっかり治りましたわ」


 眉を下げいつもならきらきらとしている目がくもっている。

 ほらと後ろを見せれば益々曇ってしまう。


「傷跡が……」


「あぁ、その程度、問題ありませんわ」


「でも……。本当にごめんなさい」


 すっかり肩を落として沈んでしまったマリベル様。

 どうしましょう?とお兄様を見れば肩をすくめてわたくしの変わりに返事をしてくれる。


「マリベル様。本当にお気になさらないでください。我が家の誰もが気にしておりません。それよりも御身がご無事であったことのほうが重要でございます」


「だって、未婚の女性に、いいえ、既婚だったとしても女性に傷が残ってしまいますのよ?!」


 マリベル様自身も女性の身であるし『女性』に『一生傷が残るであろう』ということがどうしても気になってしまうようだ。

 まぁ、傷物などと気にする人間もいるだろうが


「マリベル様。結婚相手のことでしたら心配なさらないでくださいませ」


 にっこりと、元々華やかだと言われる顔がよりいっそう美しく見えるような笑みを浮かべて。

周りで聞き耳を立てている人間をも魅了するような表情を意識して。


「そんな小さなことを気にするような男はこちらから願い下げですわ」


 と言い切る。

 わたくしの表情に驚いていたマリベル様、王太子殿下、魅入っていた周りの有象m……方々は、わたくしの言葉にぽかんとした表情となった。

 わたくしは多少芝居がかった大仰な振る舞いをしつつ続ける。


「これはマリベル様をお守りしてできた傷ですわ。殿下をお守りしてできた傷をどうして恥とすることができましょう。むしろ誉れですわ。そんなことも分からないような、しかもこんな些細な傷跡を気にするような器の小さな方…失礼いたしました。繊細なお方ではハウエル家と縁戚関係を結ぶことなんてできませんわ。わたくしの父を皆様ご存知でしょう?わたくしの夫となる方はあの豪快な人を義理の父にすることができる程度にはしぶt……強靭な精神をお持ちの方でなければ」


 そう周囲の同意を得るようにねぇ?と笑いかければ、お兄様もジェラルド様も確かにとうなずき、マリベル様は相変わらずぽかんとあっけに取られたようなご様子で、聞き耳を立てていた人々は気まずそうに視線をそらした。

 聞いているのは分かってましてよ?

 王太子殿はへぇ?と一種感心したように笑って見せた。

 そんな周りの様子を見つつお兄様も芝居がかった口調で話し始める。


「妹の言うとおりですよ。我が一族は武門の人間なのです。妹の行動を兄として誇らしく思っております。その痕もその身が真に盾であったことを証明する、臣下として誇ってよいものだと思っております」


「確かにな。武人にとって傷うんぬんなぞ日常茶飯事。確かにアイリーンは女の身ではあるが、ハウエル家の人間だ。臣下の1人としてそういった行動を取れる人間はすばらしいと思うぞ」


「えぇ、そうですよね。むしろその傷を忌むような人間を僕は義弟とは呼べませんねぇ」


「これに関してぎゃぁぎゃぁと騒ぐとか……そいつ自分が臣下としての自覚を持っているのか心配になる話だな」


 お兄様とジェラルド様が周囲に追い討ちをかけていく。

 これで必要以上に「傷物の娘」などと噂することはできないだろう。

 騒ぐと言うこと、それすなわち我が家との関係悪化であり、そしてそれ以上に自身の臣下としての資質が疑われかねないのだから。

 周囲へのけん制ができたことを確認し、もう一度マリベル様のほうを見る。


「ですから、マリベル様もお気になさらないでください」

 といえばやっと頷いてくれた。

 それから一度顔をうつむかせ、ぎゅっと手を握り締めたマリベル様は意を決したように顔を勢いよくあげ、しかし少し不安そうに。


「ねぇ、アイリーン。またお茶会に招待したら来てくださる?」


 などとかわいらしいことを聞いてくださる。


「えぇ!もちろんですわ。ぜひ誘ってくださいませ」


 そんな健気なマリベル様を安心させようと力強く頷く。

 ほっとしたように力を抜いたマリベル様は、やっと笑みを見せてくれた。


 いつにいたしましょう?今、○○店の紅茶が話題になっていますのよなどなど話していればいつの間にやら、王太子殿下が近くに立っていた。

 わたくしが気がついたことを察知したのか、にっこりと目を合わせて笑うと、手を差し出し


「1曲踊っていただけませんか?」


 と仰られた。

 殿下の目は断りませんよね?と言ってる気がする。

 断れるものなら断りたいが、王太子殿下からのお誘いである。

 断れるわけもない。


 ここは


「もちろんですわ」


 にっこり笑って手をとるしかないようだ。

 さて、何が目的なのだろうか。

 分からないが

 とりあえずは

 これでお兄様から出された課題が達成できそうなので良しとしましょう。




誤字脱字ございましたら、こっそりお教えください


一気に書ききったら、アイリーンが大暴走

キャラが定まりきっていないですね……

無念

リベンジするかもしれないです


※訂正箇所

前:にっこりと笑えば少し驚いたように目を開く

  「……分かって、おりましたか」


後:にっこりと笑えば少し驚いたように目を開き、次の瞬間にはため息とともにしかめていたその眉を垂れさせた

  「……お分かりでしたか」



連載開始(12/5~)しました

よろしければそちらもご覧ください

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― 新着の感想 ―
[一言] プロローグとしては面白い。 ひとつの物語としては結末が何処かへ出張していて着地点が見えないのが残念。 家名を出す割に、「武門の家」などさわり程度にしか家の特色に突っ込んでいないのでいまいち…
[一言] 短くても良いので連載にして下さい m(_ _)m
[一言] 続きは…!続きはないのですか…!
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