3:暫くは泣きながら過ごしたい
泣き出してからどれくらい経っただろうか。何時間にも感じるし、僅かしか経っていないようにも感じる。こんなに泣いたのは小さな時以来な気がする、目も鼻も赤くなってみっともない顔になっている筈だ。それでも、泣かないよりは落ち着いてきたように思う。
「泣かないでとはいいません、スイ様。ただ、貴女様がお怒りでも悲しんでいても‥‥‥‥‥それでも、我等にはスイ様が必要で大切なのです。どうか、お心に留め置いて下さいませ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥、勝手‥‥です」
「分かっております、それでもやはり貴女様がお生まれになって我々リバルデールの者はとても、嬉しく思っているのです。その想いに偽りはございません」
ぽふ、とお気に入りの黒のスニーカーの上に置かれたサイラスさんの前足が可愛いな、なんて考えられる位には涙も収まってきてはいた。
まだ、燻るように何故と思う想いも有るけれど、こうして私を必要としているのだと頭を下げる人が居るのだ。ゆっくり、ゆっくり、少しずつでも前を向かなければと、どうにか自分を納得させた。
「‥‥‥‥まだ、全然整理が出来ないですけど、行くしかないんですよね」
「どうぞ、お心のままに歩んで下さいスイ様。私はそれをお傍で支える所存です。お疲れでしょう、そろそろ城への転移範囲内に入りますので私の横へおいでください」
「転移‥‥ですか?」
「我々の移動手段の一つにございます。スイ様も使えるようになりますよ、もっとお聞きしたい事もあるでしょうが今はゆるりとお休みになられるべきでしょう。さあ、では城へ参りましょう」
「あ、はい。よろしくお願いします」
淡く私とサイラスさんの足元が光ったと思えば、次の瞬間にはもう違う場所に立っていた。こんな芸当を私が出来るようになるのかな?疑問だ。
「何て言うか、広い部屋ですね」
「スイ様の自室になります。家具などは最低限しか用意出来ておりませんが、スイ様が落ち着き次第入れ替えますので」
「ええっわ、私の部屋ですか?!ちょ、贅沢過ぎますよ!家具も十分過ぎるし‥‥」
なにサイズだと思う大きなベットに、白いサイドチェストは細かな植物の彫刻が施されていて見るからにお高いと思われて正直、とてもじゃないが不用意に触れない。
一般庶民には、ちょっとどぎまぎしてしまう。私は量産品のリーズナブルなやつで満足なんです、部屋もまだあの大きなベット二つ位余裕で置けそうだし‥‥‥‥。うわ、胃が痛くなってきた。
「服などはあちらの衣装部屋に用意していますので、お好きな時に確認してみて下さい」
「あ、はい。何から何までお手数をかけます‥‥‥」
「スイ様は遠慮が過ぎますね、もっと、望まれても宜しいのですよ。私の事も呼び捨てで十分なのですから」
「サイラスさんを、よ、呼び捨てはちょっと、その敷居が、私には高いと言いますか‥‥‥。部屋も家具も正直、良すぎて逆に落ち着かないと言いますか‥‥‥その、これでも充分ですからっ。お願いですから、増やしたりとかいいんで!余分に頂いても持て余してしまいますからっ」
「‥‥‥存外、スイ様は頑固でいらっしゃる」
サイラスさんこそ頑固だと、私は言いたい。そこまで呼び捨てに拘らなくても良いと思う。
ともあれ、これ以上家具が増えたりグレードが上がったりと一般人の意識的に胃に悪い事にはならなくなって一安心だなぁ。 お高い物に囲まれるのは、なんだか気疲れしてしまう小さな自分が情けないのは秘密だ。
「スイ様、本日はこれにて下がらせて頂きます。明日に頃合いを見て参りますので、ゆっくり体を休めて下さいませ。湯殿は衣装部屋の隣になります」
「あ、はい。‥‥‥‥‥えと、色々ご迷惑をかけました。また明日、お願いしますサイラスさん」
「スイ様‥‥‥‥‥。はい、また明日。よい夢を」
「っっ!!?」
静かに私の肩へ登ってきたと思ったら、ペロリと頬を一舐めしてサイラスさんは優雅に出て行った。
猫とは言え、あまりの衝撃に私は暫く無駄に大きなベットの前で真っ赤な顔で立ち尽くした。