1:唐突な始まり
生温い目で見てやって下さい。
久しぶりの休日で買い物に行こうと玄関から出た私。
でも今、目の前に広がる景色は見慣れた街の景色ではなくて薄暗い洞窟になるのだろうか。ゴツゴツとした岩場に何処と無く重く感じる空気、遥か遠くに見える外らしき光、私の脳が全くもって機能しない、いや出来ない位には現状が分からない。意味不明。
一体、私は何処に来てしまったのか?ここは何なのか?玄関を開けた格好のまま混乱して微動だにしない私はさぞ間抜けに違いない。近くに私以外の生物が居ないから確認は出来ないけれど。
「‥‥‥‥‥‥‥、取り合えずここ、出てみるべき?」
動かない頭を無理矢理動かし、薄暗いここにいつまで居ても何の情報も得られないよなと光の方へと向かう事にした。
ゆっくり慌てず慎重に、知らない場所に訳の分からない現状かつてない体験に心臓が嫌にバクバクと音を立ててしまう。何度も何度も深呼吸で自分を落ち着かせて、じわりと汗が出始める頃にはもう光は目前で眩しさに目を細めて徐々に見えてくる洞窟の外の景色に驚愕した。
そこに広がっていたのは、見渡す限りの花畑だった。風に小さな花達が波のように揺れてとても綺麗で赤、青、黄、緑、白、黒、紫と入り乱れる色の光景は一瞬自分の置かれた不可思議な現状を忘れさせる程。
「綺麗だなぁ。なんか良い匂いだし‥‥‥」
「貴女様の魔力の恩恵を受けているのですよ」
「っだだだ誰!?」
急に聞こえる声にびっくりしてどもりながら周りを見渡したけど、花が揺れるのみで誰の姿も見えなくてさっきまでとは違う意味で心臓がバクバクし出して、何度も辺りを見回すけれど姿はなくて恐くなってきて手が震えてきた。
「驚かせたようで申し訳ありません。此方でございます」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥わ、猫が喋ってる、‥‥‥‥猫が‥‥え、猫?」
「ネコ?これはキート種の姿にございますよ」
震えてきた私の目の前に、艶の眩しい真っ赤な毛並みの猫が急に出現したのだ。何もなかった空中から、スッと現れ静かに着地して頭を下げていた。
急に現れた事も普通に猫が喋ってる事も心臓が飛び出るかと思う位ビビっているけど今はそれよりも、ゆらゆらと揺れる三本の尻尾が私の視線を釘付けにする。
「尻尾三本もある‥‥‥」
「キート種の特徴でごさいますれば」
「そう、なんだ。‥‥‥‥‥えっと、その申し訳ないんですがここは何処ですか?」
「此処は東の魔大陸リバルデール、そして貴女は千年振りの新たなリバルデールの統治者としてこの地にお生まれになったのです。」
「え、いや、はっ?!何を言って‥‥‥‥」
「混乱なさるのも分かります、ですが先程申し上げた事は変えようのない事実にございます」
じっと鋭い視線を寄越す深紅の瞳で見つめられ、これが紛れもない事実で受け入れる以外の選択肢は無いのだろうと悟った。私としても、空を見上げた時点でもう此処は地球ではないと分かっていたから‥‥‥‥‥太陽が三つピラミッド型にあるのだもの。
ぎゅっと目を閉じて息を吐く、頭では受け入れる気になっても心がどうも上手く付いていけなくて苦し紛れに目の前の猫の背を一撫でした。
急に手を向けたにも関わらず大人しく撫でられてくれた事に小さく苦笑して、ありがとうとへにゃりと不格好に笑った。
「申し遅れました、私はサイランスディリスと申します。サイラスとお呼びください」
「あ、はい。私は田中翠と言います、ええっとスイって呼んで下さいサイラスさん」
「スイ様ですね、可愛らしいお名前です。しかし、私の事はサイラスと。臣下に敬称など不要ですよ」
「臣下、ですか」
「はい。私だけではありません、城にも到着を待ちわびている者達が大勢おりますよ」
「それは、また‥‥‥胃が痛くなりそうな情報ですねサイラスさん」
「スイ様、サイラスとお呼びくださいと申し上げましたでしょう」
「いや、その、流石に会ったばっかりの人を呼び捨てなんて、社会人やってた人間的には、えーとハードルが高過ぎると言いますかなんと言いますか‥‥‥」
歩き方すら品性が漂うサイラスさん(猫)に先導されて花畑を進みながら呼び捨てを促されてタジタジだ。日本人としてでもそこそこ小心者な私に初対面の人‥‥?いや、方を呼び捨てとか無理だと思う。そんな事出来る奴は相当常識はずれもいいところだろう。
それにしても、歩く度に揺れるサイラスさんの尻尾が未だに私の視線をがっちり掴んで離さないのは気付かれているのだろうか‥‥‥‥‥。