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タウン・アクター  作者: タブル
序章 アンハッピー
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7

 今回入った仕事は、とある暴力団からの依頼だった。暴力団と言いつつも、小さな組織ではない。この業界においては大きい方で、海外にも進出している団体だ。普段は様々な中小企業を隠れ蓑として利用し、公にできない取引などの仲介や、薬物などの販売を行っている。

 あまり褒められた集団ではないが、村雨には関係無い。どれほど悪事を働こうと知ったことでは無いが、彼らが村雨の勤める会社のお得意様である以上、依頼を無視するわけにはいかない。

 会社を出てからコンビニで買っておいた栄養ドリンクを取り出し、一気に飲み干した。これで眠気が失せるかどうかは別として、気持ちの問題である。

「さてと……」

 重い(まぶた)を無理矢理上げて、これから乗り込む二階建ての事務所を見上げる。一見、特に何ということもない普通の営業所。しかし、実状は裏金が横行する無法地帯だ。法の目の届かないこの場所で金がやり取りされる。が、全てが自由というわけでもなく、ここを金が通り抜けるには、一定の割合の通行料が必要となる。例えるなら、昔の関所のような場所だ。

 ───詳しくは知らないが、そう聞いていた。

 依頼内容によると、近年、その中身がガラリと変わったらしい。内輪揉めなのか、外部の介入なのか定かではない。しかし、その結果として、元締めが違う人間になった。それが発端で、今も抗争が続いているという。

 依頼は、その抗争の決め手の一打とのこと。

 ここの二階にいる、喪川という人間を一人殺すのが今回の仕事だ。

 喪川はその元の組織の幹部だ。何がどういった流れで命を狙われているかは不明だが、依頼は依頼。俺はただ、喪川を殺すだけだ。

 三十分ほどの張り込みと情報収集で、喪川がいるかどうか、それと中の人間の数くらいは把握できた。それだけで乗り込むには充分だ。

「銃弾、装備、書類、逃走用バイク……」

 全て確認した。用意周到。

 後は実行するだけ。

「……そんじゃあ、まぁ……」

 ───クールに行くか。

 大きく息を吸い、颯爽と村雨は中へ入っていった。




 村雨には美学がある。それは音楽、スポーツ、料理など多岐にわたるが、この仕事もまた例外ではない。鮮やかに仕事をこなし、それ相応の報酬を受け取って、その金で打ち上げをする。そのサイクルが、村雨の幸せだった。

 気持ちのいい仕事の終え方をしないと、そのあとに待つ達成感も良いものにならない。

 その点においては、今回の仕事は完璧だった。

 郵便物の配達に見せかけ中に侵入し、煙玉で視界を奪った。状況が掴めていない中の人間を余所に、電気系統を即座に破壊。明かりを落としてから、音もなく目標(ターゲット)───喪川に背後から近寄り、刺殺。

 誰にも顔を見られないうちに、窓ガラスから飛び出した。上手く着地し、あらかじめ、外に出しておいたフルフェイスのヘルメットを被り、バイクで現場から去る。

 標的(ターゲット)以外は殺さずに仕事を終え、依頼を完遂した。今回は、喪川の顔が初めから分かっていたのが功を制した。依頼主と自分の調べた情報のお陰で、仕事の情報収集に穴が無かった。

 一度、会社に戻り、依頼の成功の旨を伝えてから帰宅することにした。仕事に使ったバイクを会社の地下駐車場に停め、自分のデスクに戻ったところで電話がかかってきた。柚森からだった。

『ちゃんと仕事はしましたか?』

「ああ」

 村雨は満面の笑みで頷いた。

「今回も、スマートな仕事ぶりだったと思う」

『随分と上機嫌ですね』

「完璧にこなしたからな。非の打ち所がない出来だった。これで今日は気持ち良く眠れそうだ」

『どうせ、また打ち上げとか言って夜遅くまで飲むんでしょう』

「かも、しれないな。その時は柚森も来いよ」

『はいはい、分かっています。……ところで報告はちゃんとしました?』

「それは今からするところだ」

 いちいち、一つずつ確認して……これでは、まるで子供扱いだ。

 柚森は俺の付き人であって、保護者ではない。

『忘れないうちにお願いしますね』

「だから、今からするって。お前は心配し過ぎだよ。もしかして、俺が仕事をするか気になって、あまり眠れていなかったりしないか?」

『……別に、そんなことはありませんが』

 にべもなく否定する。

 しかし、仕事の終了予定時刻丁度に電話をかけてくるあたり、柚森らしかった。

「とにかく、今から連絡───」

『監視カメラやその場に居た人物から見られませんでしたか? 殺し方は? 確実に殺しましたか? 死体はどう処理しましたか? 尾行や盗聴には注意を払いましたか? 標的(ターゲット)標的(ターゲット)らしからぬ行動や言動を取っていませんでしたか?』

「あー、だから大丈夫だって!」

『冗談ですよ。……ふふ』

 クスクスと柚森の笑う声が聞こえてくる。今日は柚森の方も上機嫌のようだった。

 全て、完璧。柚森から言われたものも、全て……全て。

「いや、ちょっと待て……」

 ───標的らしからぬ行動や言動。

『どうかしましたか』

「そういえば」

 なんだったか。標的の喪川が死に際に何か言っていた。それ自体は、ごく自然な台詞だった。ドラマとかでも、よくあるような台詞。


『───お、お前……エフェクトの者か……?』


「柚森……」

『はい』

「エフェクトって、何だ?」

 エフェクトの者、と確かに喪川は言った。

 恐らく、自分の命を狙うグループを指した言葉なのだろう。だが俺は勿論、エフェクトなどではなく、まして聞いたことすらない。

 依頼主の団体もそんな珍妙な名前じゃなかった。

効果(エフェクト)……?』

 電話越しに柚森が繰り返す。どうやら、柚森も知らないようだ。

 柚森も知らないエフェクトと云う集団。

 俺はその問いかけに応えることなく殺した。だから少なくとも喪川の中では、そのエフェクトとやらの刺客に殺されたと思い込んだまま死んでいってのだろう。

「分からないままじゃ気持ちが悪いな」

『調べてみますか?』

「……柚森は今日は有休のはずだ。調べろとは言わないよ。まぁ……あれだ。どうしても暇で仕方がなかったら、その時は軽く調べてみてくれ」

『分かりました』

 効果(エフェクト)───マフィアか、暴力団か、テロリストか、無名のギャングか。

 例えば、仮にそのエフェクトとやらが喪川の暗殺を試みて、それに失敗すれば、彼らは喪川の組織を相手取ることになる。だから、敵対するということは、戦う準備もできているということだ。喪川の属していた組織の規模もそれほど小さくはないし、戦うにはそれなりの戦力が必要となる。そして、その喪川自身の台詞から察するに、彼自身もエフェクトを敵対する存在として警戒していた。そんな奴らの名前を俺も柚森も聞いたことがない?

 どうにも腑に落ちなかった。

「どんな奴らか気になるな。……俺は、このまま少し調べるが、今、柚森は何をしているんだ?」

『シャワーを浴びようと、バスルームの前にいますが』

「そ、そうか。じゃあ、悪かったな。それじゃあ、また」

『はい、また……と、狼憑き(ウルフ)

「ん、どうした」

『私のことは、ケルピーとお呼びください。では───』

 そこで電話が切れた。

 半分プライベートの電話でくらいいいじゃないか。柚森のいつもの台詞に、少し頬が緩んだ。

 ケータイをポケットに仕舞うと、村雨はすぐに依頼主へ仕事を完遂したことを伝えた。それから、振込先、指定された額を振り込まれなかった際の対処を説明した。

 電話を終え、深呼吸する。

 今日も職場には村雨しかいない。普段から、どの同僚も付き人がいるため、会社に通う必要がない。気分で訪れる者もいれば、月に一度の会合の日にしか来ない者もいる。

 今日は、誰もいない日のようだ。

 なんとなく、その静けさが気になり、天井から掛かっている大きめのモニターのスイッチを入れた。

 会議を円滑にすすめるためだとか、仕事柄で情報が必要だとかで、同僚の一人が設置したものだ。だが、実際はほぼそいつの趣味で設置されたと言ってもいい。このモニターには、充分過ぎるまでの機能が装備されている。

 村雨は、そのモニターでテレビをつけた。

 そろそろ、昼番組が始まる時間だ。


『───次のニュースです。F市、天月高校に通う高校生、寺草(てらくさ)元春(もとはる)君が現在、行方不明となっており、警察が捜索を続けています。寺草君は家族を早くに亡くし、身寄りもいないため一人暮らしをしていましたが、昨日、学校を出てから連絡が取ることができない状況となっています。最後に寺草君を見たという彼の同級生は、寺草君が不審な人物と共に車に乗る姿を見たと言っており、警察は近辺で起こっている無差別連続殺人事件との関連も視野に入れ、慎重に捜索を行っていくと共に───』


「へぇ……この辺りで連続殺人事件。これは俺らじゃないな。それに加えて、高校生が行方不明か。まったく……物騒なもんだ」

 村雨はため息混じりに呟いた。





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