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タウン・アクター  作者: タブル
序章 アンハッピー
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6

 無事、家に辿り着いたとき、時刻は午後五時過ぎを指していた。安心からか、秋ヶ瀬はタクシーの中でぐっすり眠っていた。勿論、この時秋ヶ瀬は、帰ってからのことを全く考えていなかった。

 娘がいつまで経っても帰って来ず、連絡も無い。そんな中、親がどうしているのか考える余裕が無かった。ただ、帰ってからのことを考える以前に生きて帰れるかが不確かで、長い時間必死だった。

 しかし、それは秋ヶ瀬碧奈自身の事情であり、自分達の娘がそんな目に遇っていることなど知り得る筈もない両親は、ただ、秋ヶ瀬の心配をしていた。

 最愛の娘が帰って来ない。このような場合、普通は電話したり、自分達の足で捜したり、最終的には警察に捜索願いを出したりするもので。

 ごく普通の親である秋ヶ瀬の両親もまた、そのようにするところだっただろう。

 ───午前、一時。村雨からの電話とメールが無ければ、の話である。


「ただいま……」

 秋ヶ瀬は玄関の扉を開けた。

 正直に言えば、今、家に帰りたくなかった。何の連絡も無しに家に帰らず、もう朝を迎えようという時間に家に着いた。これではまるで不良少女だ。

 じゃなきゃ、反抗期か。

 どちらにしても、怒られるのは避けられない。まさか、本当のことを話すわけにもいかないし、仮に話したとして信じてもらえるものでもない。

 別に心の底から帰りたくないわけではなかった。むしろ、生きて帰って来れたことを両手を上げて喜びたいほどだったけれど。

 それこそ、極度の緊張からの解放で全身から力が抜けたまま、一刻も早く部屋のベッドに倒れこみたいところだったけれど。

 今は、家の中のことを思うと、玄関のドアがすごく重く感じた。

 タクシーのおじさんに会釈して、車を降りてから玄関の目の前まで走ったが、できることならタクシーの中でずっと寝ていたかった。

 だけど、そうも言っていられないわけで。

「…………」

 鍵を開けて、思い切ってドアを引いてみる。

「…………ただいま……」

 恐る恐る声を出す。

「……遅くなって、ごめんなさい」

 暗闇に向かって言うものの、返事は無い。

 ……誰もいない?

「お父さん、お母さん?」

 寝室の戸を開く。

「…………ただいま」

 お父さんもお母さんも、いつもと変わらず部屋で寝ていた。拍子抜けしたとまでは言わないが、構えて損した気分になった。

「………」

 こうして見ていると、やっと日常の中に帰って来れたのだと実感する。

 ───しかし、遅く帰ってきた私が思うのも変な話だけど、どうしてこうも普通に寝ているのか。いつも通りの光景が、あまりに不自然過ぎて仕方がなかった。

 ひとまず、お父さんやお母さんを起こさずに自分の部屋に戻って、道具を置いた。

「……」

 そういえば。

 私が殺人現場を目撃し、車に乗せられたあの場所に置いたままだったスクールバッグなどは、遅れてきた柚森さんが持ってきてくれた。少し中身を荒らされていたらしいが、幸い金目の物を入れていなかったので、特に何も取られていなかった。

 その時は、無表情のままバッグを渡してくる柚森さんがとても怖かったが、しばらく話せば本当は優しい人だと伝わった。まあ、裏社会で生きているような人だけど、でも少なくとも私はそう感じた。そうでもなければ、わざわざ拾ってきてくれたりしない。これは柚森さんの厚意だ。

 私は改めて、バッグに目を落とす。

「………………」

 バッグからケータイを取り出す。

 着信メール一件。村雨さんからだ。

「……なんだ」


『───無事に家まで帰ることはできたか? まだ帰っていないなら、寄り道せずに帰れ。それが普通の生活に戻れる一番の近道だ。それと、言い忘れていたが、帰ってからのことは心配するな。もう既にご両親には手を回してある。というか、俺がお前の教師のフリをして電話をしておいた。お前は今日、親に内緒で部活の合宿に参加したことになっている。だから、心配は無用だ。ちゃんと朝には家にいる理由も付け加えている。合宿所の都合がどうのこうのあって、合宿で泊まれなくなったと学校サーバーからメール送っといたから大丈夫だ。全て完璧に手回ししているから安心して、元の生活に戻れ。もう巻き込まれるなよ』


「もう、大丈夫」

 メールの文面に語りかけた。


 朝、いつもと同じように起きた。そして何事もなかったように学校の準備をする。

 何もかも元通り。本当に良かったと思う。

 私は運が良かった。もし村雨さんじゃなかったら、私は死んでいた。死んでいなくても、もう日常には戻れなかったかもしれない。不幸中の幸い、と村雨さんは言ったが、その幸いは奇跡のようなものだった。

 感謝してもしきれない。


 さて、そろそろ学校に行こう。そう思い、バッグを手に持ったところで、玄関のチャイムが鳴った。

 今から家を出ようと思っていた時だった。誰だろう、と少し首を傾げて、ドアを開けた。


「はい。どなたでしょうか……」

「───こんな、朝早くから申し訳ありません。警察の者ですが───」




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