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タウン・アクター  作者: タブル
序章 アンハッピー
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5

「じゃあ、見事にお前は巻き込まれたってだけだな」

 俯く秋ヶ瀬は静かに頷いた。

「……まあ、巻き込まれたとはいえ、死ななかったのは不幸中の幸いってとこか」

 この子はとことん運が無い、と村雨は思う。しかし、同時に運があるとも言えた。精神的に疲弊している少女には言えないが、彼女を救うという点において、村雨の行動が功を制した。

 その行動とは、一言で言えば、敵を一掃したことである。

 このお陰で秋ヶ瀬のことを知っている人間は今、この場にいる柚森と自分自身だけだった。つまり、こちらが黙っていれば、秋ヶ瀬は晴れて自由の身なのだ。

 当然、好き好んで秋ヶ瀬の殺人への関与や、目撃情報を公表する気は更々無い。

「よかったな。これで、お前は自由だ。夜遅くまで引き留めて悪かった」

 そう言って、村雨は椅子から立った。

 蛍光灯の光で妙に明るい事務所の中、腕を伸ばして深呼吸をした。それから、飲みかけのコーヒーカップを手に取る。柚森が会社に戻ってから淹れてくれたコーヒーだ。

 見ると、秋ヶ瀬は一口もつけていないようだった。置かれた時は湯気が立っていたコーヒーも、今は冷めてしまっていた。

「……あの……」

「ん……?」

 秋ヶ瀬が顔を上げた。

「あなた方は一体何なんですか。その……この街の犯罪者……とか」

「んー……」

 何と答えたものか。難しい質問だった。

 柚森が村雨を肘で押し、小声で囁く。

「ちょっと、狼憑き(ウルフ)。もしかして聞くだけ聞いて、こちらのことは何も話していなかったんですか?」

「言えるわけ無いだろ。余計に警戒される」

「嘘でもいいから、言ってあげた方が安心するでしょう。正体不明の人間を信用しろと言う方が無茶な話です」

「無茶も何も、信頼して全て話してくれたじゃないか。実際、ずっと気が動転していたのか、状況の半分くらいしか把握できてないが……」

「まったく。こんなことならもっと早く会社に戻っておけばよかった」

「ま、そういうなよ」

 村雨が敵を殲滅し、秋ヶ瀬を背に乗せた後、村雨は真っ直ぐ誰もいない会社に向かった。その間、柚森は村雨が殺した刺客の死体処理をしていた。

 毎回、死体処理は柚森に任せている。燃やしているのか、埋めているのか、はたまた海に沈めているのか───村雨の知ったところではないが、わずか二時間程と、割と短時間で済ませてくれる。こういう仕事を生業としている人間としては、よくできた部下である。

「───とにかく、何か言ってあげたらどうですか。この子を元の生活に戻してあげるのでしょう? あなたがどんな人間か知らないままだと、とても不安なままになってしまいますよ」

「分かったよ……」

 部下からアドバイスというより説教がましいことを言われ、ムッとした。だが、何も間違ったことは言っていないので、反論もできない。

「俺たちは、まあ、お前の想像通りかもしれない。所謂、殺し屋……みたいなやつだ」

「殺し屋……」

 秋ヶ瀬が息を飲んだのが分かった。

「いや、ちょっと待て。殺し屋っつっても好きで殺しまくってるわけじゃない。そんなナンセンスなことはしない。プライドとクールさを持って、仕事をしているだけだ。いつもああやって人を殺しているわけじゃない。人を救うために敵を倒すことの方が殊更多いくらいだ。人を救う……そう、人を救うことも多い。今回のように」

「……」

「少し真面目な話になるけどな、殺さないといけない時もある。例えば、間接的にでも、意図的にでも、人を多く殺そうとしている奴がいるとする。その犠牲を受けようとしている人がいて、その人が助けを求めていれば、俺たちはその首謀者を打ち倒し、多くの人を救う。一人の命で多くの命を救えるんだ。こんなこと、普通に暮らしている人にはできない。でも、必要なことなんだ。必要とされている仕事だ。別に俺は悪人でありたいわけじゃない。こんな仕事っつーか……まあ……会社なんだが、こんな会社に就いているけど、俺は俺の考えで動いている。だから───」

「わかりました」

 秋ヶ瀬が言った。

「あたし、あなた達に助けられたんですね」

「そうだ。さっきも言ったが、あいつらはタチの悪い殺人集団だ」

 たぶん。

 正直、状況が掴めていないので、確証も何も分かったものではない。

「あのままだったら、お前は死ぬまでこき使われるか、すぐに殺されるかのどちらかだったからな。こうやって、ここまで来たらもう大丈夫だ」

「……あなた方は、どうして私を助けてくれるんですか」

「なんとなく」

 即答だった。

 これ以外に明確な答えはない。

「あなた方は私を殺したりは」

「しない。絶対に」

 でも……

 秋ヶ瀬の顔が曇る。

「どうした。まだ不安なことがあるのか」

「いえ、こんなことがあって、その……あの人達の仲間が突然襲ってきたりしないか心配で」

「そうか……」

 軽く腕を組んで考える。

「じゃあ、しばらく様子を見て、守ってやるよ」

「え?」

「言ったろ。俺は悪い奴じゃないって」

「でも…………いいんですか?」

「ああ。勿論だ」

 秋ヶ瀬に微笑む。

 村雨から見ても、やっと秋ヶ瀬は元気になってきたようだった。

「コーヒー、温め直してきました。よかったら、どうぞ。これくらいしかないので」

 柚森がコーヒーポッドとカップを持ってきた。

「い、いえ。ありがとうございます」

 秋ヶ瀬のコーヒーカップを下げて、新しいカップに温かいコーヒーを注ぐ。

「お菓子もあっただろ」

「ありませんよ。ここには、そんなもの」

「いや、ほら。ミノタウロスのデスクの中に」

「……殺されますよ、狼憑き(ウルフ)

 柚森が冷たく笑う。

 やはり、冗談でも手を付けてはいけないらしい。

「いえ、そんな、お気遣いなく……」

 秋ヶ瀬が焦って、二人の間に言葉を挟む。

「あー、悪いな。まったく、この俺の部下の頭が悪いから」

「あなたが全ての責任を負うのであれば、お取りして来ますが。狼憑き(ウルフ)

「上司の尻拭いは部下の務めだろう」

「何,当たり前のように言っているのですか。普通は部下の尻拭いを上司がするものです」

「常識に囚われている間は、凡人から脱することはできないぞ」

「ふふっ、その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 ……。

「ま、まあまあ……」

 秋ヶ瀬があたふたしていた。

 柚森と険悪ムードになっていると感じているらしい。

「……で、話を戻しましょうか」

「ミノタウロスの菓子の話か?」

「この子を守るという話です」

 ピシャリと柚森が言った。

 もう冗談の言い合いも終わりということだった。

「そうだな。……ずっと近くで見てやるにもいかないからな。じゃあ……携帯電話。持ってるか?」

「ま、まあ……はい」

「俺のアドレスを教えておく。何かあれば、すぐにメールを送れ。できる範囲でなんとかしてやるよ」

「あ、ありがとうございます」


「───あの」

「なんだ?」

「今更なんですけど、名前は……」

「村雨だ。村雨浩紀」

「ちょっ───」

 一瞬、柚森が反応したが、すぐに素知らぬ顔で他所を向いた。

「村雨さんですね。……よろしくお願いします」

「ああ」


 それからしばらく秋ヶ瀬と話した。

 秋ヶ瀬はこの街の天月高校に通っているという。同じ高校の出身ということに少し愛着も湧いた。念のため、住所なども聞いておいた。場所さえ聞いていれば、爆破されたりした時に対応できる。

 余談で、友人、部活、趣味、その他諸々を聞いた。話すことで元気になることもある。村雨はまるで古い友人のように秋ヶ瀬と話した。帰りはタクシーを呼び、必要分の金を運転手に渡して、秋ヶ瀬を車に乗せた。

 帰っていく秋ヶ瀬を見送りながら、柚森が言う。

「これでよかったのですか」

「……ああ。手間かけさせて悪かった」

「それは構いませんが、狼憑き(ウルフ)

「今は村雨でいい。別に盗聴とかされてないだろ」

「…………狼憑き(ウルフ)。他人に村雨と名乗るのは良くないですよ」

 結局、そう呼ぶのか。

「なんだよ。秋ヶ瀬に村雨って言ったところで、何か変わるわけでもないじゃないか。あいつも俺の呼び方とか、せいぜいケータイのアドレス帳の名前くらいにしか考えてないと思うぜ」

「後々、こういう小さなことが響いてきますよ」

「そのくらい、なんとかしてやるさ」

 柚森に微笑みかける。

 会社に来た時間が遅かったということもあり、もう瞼が重かった。あと一時間かそこらで夜明けだ。飲み会に、殺し合い。それに続けて初対面の女の子のケア。村雨の疲れもピークに達していた。

「じゃあ、俺たちも帰ろうぜ」

「……こんな時に言いたくはないのですが」

「ん、なんだよ」

 柚森は黒い手提げのバッグから、手のひらサイズのタブレットを取り出した。いつも、このタブレットでスケジュール管理や本部とのやり取りをしている。当然、機密情報を取り扱うため、情報漏洩に対しては万全の対策を施してある。

 よくメールを受信するが、迷惑メールなどは一切無い。全て仕事関連と決まっている。

 そのタブレットが目の前で震えた。

「また、来ましたね。……仕事です。狼憑き(ウルフ)

「はぁ……、いつ?」

「今日の午前中に行動を始めるように、と。期限は特には指定されていませんが、なるべく早い方がいいでしょう」

「まったく。こっちは徹夜明けだってのに」

 眠たさもそろそろ限界だ。

 本部からの指定は午前中だからな。一旦仮眠を取ってから仕事に向かうか。それからでも遅くはないだろう。そして、詳細を読んでから、暗殺用の道具を揃えて───

「代わりに殺っておきましょうか」

「え?」

「お疲れでしょう? 私は平気ですし、次の依頼は私でも容易に終えられる内容なので」

「いや、いい」

 あくびを堪えて、涙が出てきた。

「俺がやる。お前こそ、帰って寝ていてくれ」

「いえ、私は」

「今日はお前は有休を取れ。今回は、俺が付き合わせちまったからな。たまにはゆっくり休んで、また明日元気に来い」

「私は───」

「上司の命令だ。今日は休め」

「……はい」

 ここまで言われて、食い下がる柚森ではなかった。

「あ、上からの依頼のデータ。俺のスマホに転送しておいてくれ」

「あれ、狼憑き(ウルフ)。スマホでしたっけ」

「昨日、機種変したんだ。スマホデビューだ」

「使いこなせるんですか?」

「分からん」


「では、データを送っておきます。暗殺、よろしくお願いします。ちゃんと死体の処理までしてくださいよ」

「あー、分かってる。分かってる」

「それでは……」

「ああ」

「お気をつけて」

 柚森は背を向けて、去っていった。

「さてと。じゃあ、俺も……寝るか」

 もう一度、大きく腕を伸ばして、村雨は再び会社の中に戻った。




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