23
柄にもなく説教がましいことを言ってしまった。
人生設計など、まったく俺も人のことを言えない。明日には死んでいるかもしれない仕事に就いている時点で、将来など言えたものではない。まだ二十二だというのに、先が見えないという意味でもお先真っ暗だ。
自分が秋ヶ瀬に言った台詞を思い出す。
———一体、何様のつもりだ。
己の愚かさについ笑いがこみ上げてきた。何を言っていたんだ。らしくもない。そんなことだから、俺は———
「……」
携帯電話が鳴っていることに気がついた。相手を確認すると、非通知だった。
不審に思いつつも電話に出る。
「……はい」
『……狼憑き』
たった一言、聞いて思い出す。声の主は村雨の旧い友人だった。
「宗か! 久しぶりだな」
『ああ』
「どうした、急に。お前、今、どこにいるんだよ。宗」
『さあ』
「さあって、おい。三年前に消えたっきりで、死んだんじゃないかとも思ったぜ」
『……』
「ところで、今、何をやってるんだ、宗」
『……秘密———』
そこで電話が切れた。
かけ直そうかと思ったが、非通知だったからそれもできない。結局、何故電話してきたのか分からず、釈然としないまま携帯を閉じた。
まあ、なんにせよ音信不通だった友が生きていたということを確かめることができた。それだけでも一つの収穫だったが。
「秘密ってなんだよ……」
宗は昔からそうだ。表面では何も考えてないように見せて、頭の中では常に物事の核心に迫っている。ヘラヘラしている風に見えて、案外それが最善の立ち振る舞いだったりする。いつも、そうだった。宗は洞察力もさることながら、それからの考察、判断力がある。
それに、宗は誰よりも勘が鋭い。
その宗が数年振りに電話をかけてきた。この街のバランスが崩れかけている今、この時に。
「……何かあるな」
そう考えていいだろう。
こう言っては悪いが、宗が関わると碌なコトがない。 あいつは善人でありながら、性格に難がある。普通の事件か何かには首を突っ込む奴じゃない。
普通の、何かには。
翌朝、ここ最近の出来事を整理しながら会社に向かった。クールに、そしてドライに考える。
思えば、立て続けに何かが起こっている。始まりは———分からない。きっかけになっていそうな自分の行動は思いつくが、その候補があまりに多過ぎて絞ることもできない。
例を挙げるなら、喪川を殺したことか。依頼だったとはいえ、確かにこれはその火種になり得る。喪川は業界の中では重要はポジションにいた。しかし、すぐにそれが原因と決め付けるわけにもいかない。喪川が他のことにどう繋がるかが分からない。それに、その前にも小さな出来事自体は身の回りで起こっている。そう、俺の身の回りだと……俺自身の命が狙われたりしていたか。
二回程、殺し屋を向けられて返り討ちにした。その死体処理も柚森に任せた。そして、三度目に襲われた時、秋ヶ瀬を助けた。その後、仕事で喪川を殺して、次に万國という探偵を殺した。秋ヶ瀬によれば、銀行強盗も起こったらしい。その秋ヶ瀬は何者かに尾けられていた。また、秋ヶ瀬や俺の身の回りだけじゃない。死ヶ崎の周辺でも部下が殺されたり、俺らのような人間をターゲットとして無差別殺人が横行している。
無差別殺人といえば。
ニュースでも言われていた、街で起こっている無差別殺人事件。凶器は鋭い刃物と推測されている。その犯人はまだ捕まっておらず、依然逃亡中だっけか。
鋭い刃物の殺人鬼。この街で、通り魔的に人を殺す。そんなことを好む人物など、村雨の知る内では一人しか思い付かなかった。昔、『不死鳥』と呼ばれた村雨の元同僚。
だが、奴は都心の地下に追放したはずだ。この街には二度と来ない、と。
そこまで考えた時、携帯電話が震えた。
仕事か?
そう思って、差出人を見ると、秋ヶ瀬だった。
「———ふぅん」
秋ヶ瀬によれば。
噂によると、警察関係者も殺害されている。白布の言っていた通りだ。
白布の言うには、被害者は一部の上層部らしいが。情報はそれだけじゃない。白布の情報だと、犯人はもうすぐ何か大きなことをしでかす。学生を狙った何かだと言っていた。
急過ぎると村雨は感じた。元々、この街には俺らのように裏社会で生きる人間が集まりやすい。しかし、そんな中でも暗黙の了解があり、均衡をあえて破ろうとする者など現れない。
突然街中に現れた無差別殺人。裏の人間を狙った殺人。それに加え、警察上層部殺し。一連の事件に関連性は無いようにも思える。だがら考えようによれば、一つ一つに違う見方ができる。そう、例えば、この事件の起こった時期。この街で起こっていることに意味があるとするなら、誰かにとっての利害があるはずだ。対象が明らかに散らばっているが、共通して、ここ最近行われている。
今までの過去でもなく、これから先の未来でもなく、った今。ならば、今起こっていることに理由があるはずだ。
誰かの思惑。誰が、今、笑っている。
「……目的が見えない」
白布が言っていた、殺人犯が学生を狙うというのも気になる。
今のところ、学生の被害者は殆ど出ていないはずだ。可能性としては、あの寺草とかいう学生が依然行方不明らしいが。
今の段階での大きな被害は、街にいた一般人、警察上層部、俺たち裏稼業の人間。ここまでならば学生など無関係に思える。
「……どう、繋がる……」
頭を抱える。この殺人犯、何が目的だ。
金———ではないようだ。どう考えても、儲かるようには思えない。
じゃあ、何だ。私怨か……?
「———狼憑き」
不意に背後から呼びかけられ、慌てて振り返った。
気がつけば、誰もいない会社のデスクに座っていた。
「な、なんだ。柚森か」
「ケルピーと呼んでください。狼憑き」
「で、どうかしたのか」
「いえ、特に用は無いのですが」
「……?」
柚森がその目を見つめて言った。
「出社するなり、ずっと頭を抱えて考え事をしている風だったので。何をそんなに悩んでいるのかと」
「……悩んでる……わけじゃないんだがな」
村雨はここまでの経緯を柚森に話した。
その間、柚森はウンウンと頷きながらメモを取っているようだった。
「———それで、俺はどうしたものかと思って」
「と言いますと」
「ちょっと調査も行き詰まっててな。犯人はどこのどいつで、何をしたいのかが分からない」
そう言うと、柚森は呆れたようにため息をついた。
「まったく、狼憑き。私には、逆に狼憑きが何をしたいのかが分かりませんよ」
「俺が何をしたいのか、だと」
「ええ。ですから、この話の流れだと、狼憑きは不運な少女を救いたいんですよね。街の不幸から。彼女、巻き込まれやすい体質だから、次に学生を狙うかもしれないこの街の殺人犯から護ってあげたい。そう考えているのでしたよね」
「まあ、そうなるが……」
「で、その犯人は我々のような殺す事に関してはプロの人間を殺し、また、堅い守りであるはずの警察庁に忍び込み犯行を行えるほどの強者。だから、危険だと思っている。それと、これは私の推測ですが狼憑き。あなたは犯人が次に学生を狙うこと……もっと細かく言えば、高校の学祭で犯人が何か凶行に出ることを半ば確信しているのでしょう? 白布さんのそういった情報というのもありますが、それ以上に狼憑きの勘がそう言っている。違いますか」
「いや、全くその通りさ。柚森の言う通りだ」
「だったら、簡単じゃないですか。学祭、明日ですから、その場に行って、護ってあげればいいじゃないですか」
「…………そうだよな」
柚森が当たり前のことを当たり前のように言う。
それはそれ以上に分かりきったことで、本来なら言われるまでもないことだったが、こうして他人に言われることでやっと確信を持つことができた。
「俺は、迷ってたんだよ。どうするのが最善か。勿論、秋ヶ瀬は護るし、いざとなれば警察が相手だろうと戦う。戦うつもりでいるんだが、まあ、何が最善かと言えば未然に防ぐことなんだよな」
「そうですね」
「だから、今の俺に何ができるか……」
柚森が顎に手を据えて、暫し俯いた。
「……狼憑き。ついさっき入った情報なんですが、今、まさにタイムリーな事で狼憑きが頭を抱えていたようで」
「なんだよ、柚森」
「本当は混乱を避けるため、事態が落ち着くまで報告は控えていようと思っていたのですが———狼憑き。ユニコーンの件です。彼の周囲や我々の同業者を殺害している者のことをユニコーン達が掴んだそうです」
「死ヶ崎達が」
「はい。正確に言えば、ユニコーンとファントムの二人が、ですが」
「流石だな、あのコンビは」
「その我々のような裏社会の人間を殺しているのは、とある新興マフィアだそうですよ。割と最近できた組織で、実力者が数人いる———」
「エフェクト……だな」
全く違和感が無いと言えば嘘になるが、この一連の犯行はエフェクトの仕業ということになるのか。一般人や警察上層部をわざわざ殺して世間を騒がし、その陰で同業者を殺していた。そう死ヶ崎は結論づけているのだろう。
「確かに同業者を潰して業界の独占すれば、利益も欲しいままだろうが……そう上手くはいかないだろ」
「そうですね。少なくとも現実的ではありません。しかし狼憑き。現実問題、我々の同業者が被害者に遭っている以上、無視はできません」
「まあ、違いないが。しかし……」
「報告はまだあります。その……」
柚森が口ごもる。何かを言おうとして、迷っているようだ。
「なんだよ、柚森。ここまで言ったなら最後まで言っちまえよ」
「……今夜、ユニコーン達が作戦を決行するそうです。簡潔に言えばファントムを囮にして、その新興マフィアを誘い出し、ユニコーン達がその実行メンバーを生け捕りにするとのことです」
「なっ……」
「最小限の人数、つまり二人で行うので邪魔をしないよう連絡が来ていました。話すと逆に狼憑きは行きかねないので……」
「……柚森」
実際、放っておけばあの二人が解決してしまう。だから柚森は始めは伝える気すら無かったのだろう。
「なあ、柚森」
「はい」
「確か、エフェクトって新興マフィア。リバーブとか、ディレイとか、ディストーションとか、すば抜けて強い奴らがいるんだったよな」
「そう言われていますね」
「だったらさ、二人じゃ危険だよな。流石の死ヶ崎でも救援が必要だと、そう柚森は思わないか?」
そう言ってニヤつく村雨に、「…………勝手にしてください」とかぶりを振って柚森は言い捨てた。
月明かりが照らす河川敷。そのすぐそばの道を村雨と柚森は歩いていた。柚森の端末に入った情報が正しければ、もうすぐ死ヶ崎達の作戦が行われる。
「なぁ、柚森」
「はい」
「従順な美少女がさぁ、悪魔のような長身金髪野郎の指示でさぁ、命を狙う獣の囮にさせられてて……あんま、いい気分はしないよな」
「さて、どうでしょうね」
「向こうに駆けつけたら、一発死ヶ崎を殴ってやりたいところだが。ここは我慢ってことか。……でも、ここで助けて、霧霜が俺に惚れちゃったりとか……」
「しませんよ」
「そこは断定するんだな」
「……えらく楽しそうですね、狼憑き」
「いいや、気が高揚しているだけだよ」
死ヶ崎の姿は見えないが、霧霜は見つけることができた。大きな橋の下。巨大な影の暗がりの中にその身を預けていた。
橋の柱に寄りかかるようにして、相手を待っている。
「どうします、狼憑き……」
「どうもこうも、そのエフェクトのメンバーが現れて霧霜を襲う前に、俺がそいつを狩る」
腰に差した拳銃に触れる。できることなら、こいつを使わずに済ませたい。
「狼憑き……あれ」
柚森が声をあげる。
橋の上部。鉄骨で組まれた柵の上に人が立っているのが見えた。月明かりが逆光で邪魔をして、その形だけしか捉えきれない。
「……まさか」
しかし、距離があるにも関わらず、村雨は向こうと目が合ったのが分かった。奴は笑い、下を向く。真下には、霧霜が無用心に佇んでいた。
「くそっ……」
間に合わないか。
「柚森!」
「はい!」
思い切りその場から駆け出す。
走りながら、拳銃を取りだし、銃口を橋の上に向ける。
「喰らえ」
二発。
村雨と柚森が一発ずつ発砲した。しかし、距離が離れ過ぎていた。弾丸は標的を貫くことなく、空を切った。
狙いは悪くなかった。少なくとも村雨の弾丸は、その腹部へと真っ直ぐ伸びていたが、その前に彼は橋から飛び降りていた。銃弾を避け、常人なら耐えられないような高さから地面へ。
「霧霜!」
銃声に警戒する霧霜の側へ駆け寄り、飛び降りてきた男へ銃を向けた。
「……久しぶりだな」
「死ね———」
更に二発撃ちこむ。
「……」
これも、金属音と少量の火花と共に打ち消された。
「おいおい、人の話くらい聞けよ、狼憑き。ぶち殺すぞ」
「何しに来た、赤間」
不死鳥。この名は伊達ではない。どうやっても死なない。どんな環境でも生き抜く。そして、殺しても殺しても蘇る。これが奴のフェニックスと呼ばれていた所以だ。
「この街に二度と来るなと言ったはずだぞ」
「承諾してねぇよ。クソ野郎」
当然、橋から飛び降りたくらいでは傷一つありはしない。
「…………狼憑き……先輩……」
霧霜が不安げな顔でこちらを見る。
そんな顔で見つめられたら、保護欲が出てしまう。
「あの…………気をつけてください」
「ああ、勿論」
「……違う…………えっと…………」
「行くぞ。———うおっ」
フェニックスこと赤間へと踏み出した瞬間、上から何かが落ちてきた。
「気をつけて……ユニコーン、いますから」
言い終わる頃には、上手く踏みつけられていた。
「邪魔だ、狼憑き」
死ヶ崎が言う。
「痛ぇよ」
どうやら、この上。橋の裏に張り付いて隙を窺っていたようだった。一撃で仕留めるのが死ヶ崎の流儀。
それに適った作戦ということだったが、相手が悪かった。やって来たのは元フェニックス。隙などあったものではない。
「どけ!」
死ヶ崎を押し退け立ち上がる。
「来るなと伝えといたはずだろ、狼憑き」
「うるせぇ。俺にも事情があんだよ」
「事情? どうせファントムが可哀想だとか言って、のこのことやって来たんだろうが」
「それもあるが、……まあ、なんだ。虎を狩りに出たら龍が出たようなもんだ」
「はあ? 意味分かんねぇぞ」
「別に分からせるつもりも無いからな」
「テメェ……お前から捕縛してやろうか」
「お前には負けないぜ」
「ほう……やってやろうか」
「上等だ」
「狼憑き、ユニコーン。久々の再会を喜ぼうと思って来てやったってのに、二人だけで盛り上がってんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ」




