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それは、学校帰り。鮮やかな夕焼け空が広がる、ある秋の帰り道のことだった。
学祭準備の委員会に参加した彼女───秋ヶ瀬碧奈は、いつもより少し帰る時間が遅くなっていた。
いつもならば、まだまばらに下校中の同級生が歩いているのだが、今日は時間も時間。学生どころか人っ子一人もいなかった。
学校からすぐそばの中央市街へ。そしてその裏を抜けて住宅地へ向かうというのが、一番の近道だった。少し不気味な場所だが、仕方ない。別に幽霊の存在を信じている訳でもないし、変質者が出ればすぐに逃げる。その道を通らない理由は無い。
秋ヶ瀬が通う天月高校は、自宅から少し離れていた。普段は自転車で通っている。そんな彼女は先日、運の悪いことに自転車で釘を踏んでしまい、ここ二日ほど徒歩で通学していた。
パンクしたとはいえ、修理もせず歩いて登下校しているのは。
学校が学祭期間で浮かれている間、そのテンションに任せて、歩いて学校に行くのも悪くないと思ったからだ───というのは建前で、実はただ両親に自転車のことを言い出せずにいるだけなのかもしれない。
「はぁ……」
重い溜め息をひとつ。自転車のパンクくらい修理に出せばすぐなのだが、今は学祭期間中でどうしても学校の準備から手が離せない。そうして、ここ数日は自転車屋が閉まるこの時間にしか帰れなかった。親に頼んでもいいが、言い出しづらい。
自分で言うのもおかしな話だが、しかし。秋ヶ瀬は確信を持って言うことができた。
「───あたしって、とことん運が無い」
学校周辺から、明るい市街地へ。街はすっかり夜の顔となり、赤や青のネオンがキラキラ輝いていた。
今まで、運が悪いばかりに親に散々迷惑をかけてきた。迷惑をかけるのが子というものだが、彼女の気にするそれは少し普通とは離れていた。
分かりやすい違いを一つ挙げるとするならば、そのほとんどが彼女に非がないということだ。つまりは巻き込まれやすい体質だった。また、秋ヶ瀬の面倒事を引き寄せる性格もその悪運を助長させていた。その結果としての自転車のパンクであり、学祭の委員会であり、この時間の一人歩きである。
「それにしても」
秋ヶ瀬は周囲を見渡す。飲み屋や古い屋台、安っぽいキャバクラが建ち並ぶ通りの裏。それでもホームレスの一人くらいいてよさそうなものだが、誰一人いない。静まり返り、大通りのざわめきが遠く聞こえてくるようだった。
その不気味さに耐えかね、秋ヶ瀬は知らず知らず早歩きになっていた。
「こんなことなら委員会なんてサボっちゃえばよかった」
その呟きに返事する人なども当然いない。
だから彼女は気兼ねなく、流れで入ってしまった学祭の実行委員会に対して文句を言うことができた。
そもそも秋ヶ瀬は実行委員なんてする性格ではない。
「ほんっとに……ついてない」
クラスの皆がやりたがらない委員会のメンバーに入ってしまったのは、運というより自分のドジによるところが大きいのだが。
「だいたい、最後の議題は必要無かったし……」
一般生徒が下校する時間帯に行われる委員会。
今日も今日でいつも通り行われた。話し合い自体は必要不可欠らしい。
でも、と秋ヶ瀬は思う。
最後の議題───『当日に不審者が来た場合の対応・措置』。これをわざわざ解散予定時刻を延長してまで話し合う意味が分からない。結局、最後には例年通りってなるだけの話なのに。
それで今日も帰りが遅くなる。
つくづく運が悪い、と秋ヶ瀬はボヤいた。
そして、薄暗い路地を進み、人気の無い道に掛かる道路橋の下に入った時。秋ヶ瀬は不運にも遭遇してしまった。
ゾッと鳥肌が立つような。
───人殺しの現場に。