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タウン・アクター  作者: タブル
序章 アンハッピー
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18

 今日は早めに家を出た。

 最近、物騒なことばかり起こっていて、一人歩きは危険だと自分でも分かっているが、そうも言っていられない。この不幸癖は、この頃他人まで巻き込むようになっている。

 いや、正確に言えば私が巻き込まれているのだから、私が巻き込んでいるのではない。あくまで他人の起こす何かの巻き添えに遭っているだけだ。ただ、ここ最近、私に関わった人ばかりが結果的に不幸になっている。

 そう思えば、私にできることは、極力私の不幸に他人を巻き込ませないようにするだけだ。

 だから、今、人通りの少ないこの時間に学校へ向かっている。

「……はぁ……」

 ため息ばかりが出る。

 どうして、こんなことになってしまったのだろうと。

 私の不幸癖は今日や昨日の話ではない。少しだけ昔、数年前からだ。自身の運に対してこんなことを思うのは変だけど、自分の運が急激に悪くなった時期はおおよそ見当がついている。

 それだけに、どうしようもなく解決策も思いつかなかった。

「……あれって」

 大きな河辺の道を歩いていると、一人、ジャージ姿でウォーキングしている人がいた。

 走り寄って、肩を叩く。

「村雨さん?」

「———っ」

 村雨さんがまた驚いたように振り向いた。

「奇遇だな。また会うなんて」


「———ウォーキング? 村雨さん」

 時間もあるので、河川敷に座って話す。

「ランニングだ」

「え、でも歩いてたし……」

「これから走るところだったんだ」

 こう言っちゃ、なんか悪いけど。

「……嘘くさ」

「なっ、嘘って」

「嘘はいけないよ、村雨さん」

「嘘じゃねぇし。……まあ、どっちでもいいか」

「そうですね」

 村雨さんの話に笑う。

「それはそうと、秋ヶ瀬。学校にしてはえらく早くないか? まだ6時半だぞ」

 ほらっ、と村雨さんが腕時計を見せる。

「それは……あの……」

 言い淀む。別に話してもいいように思ったが、何も昨晩考えたことを素直に話すことで、まるで村雨さんに悩みを相談しているみたいになるのも躊躇われた。それではただの迷惑だ。

「そう、もうすぐ学校祭なの。天月高校の。それも、今日は木曜日だから、あと三日後で。それで、準備のために早めに学校へ向かってたってこと……」

「まったく、秋ヶ瀬」

「……」

「嘘はいけないと言っておきながら、自分が嘘ついてるじゃないか」

「え、そんなこと……」

 ない。少なくとも、学校祭のことは本当だ。嘘じゃない。

「なんかあっただろ。話してみろよ」

「……別に……ない」

 何もないはず。だって、自分の不運さはいつものことだから。

「巻き込まれ体質のお前が何もないってこと自体あり得ないだろ」

 ———そこまで言われると、自分でも悲しくなる。

「あの……」

「ん、なんだ」

「色々、ちょっと怖くなっちゃって」

 昨日のことを思い出す。私を追いかけていた誰か。

 あれがすごく怖かった。

「そりゃあ、そうだ。この短い期間に何度も危険な目に遭ったんだから。感覚が麻痺していたならともかく、普通ならビビって一人で登校なんてできないさ」

 普通なら?

 昨日、似たようなことを速島という人からも言われた気がした。

「私って、普通じゃないのかな?」

「……んー、まあ、そうだな。普通じゃない。とんでもない悪運の持ち主だ」

「そんな……」

「でも、それが原因で人を避けることは無いんじゃないか」

「えっ、どうして……」

 ———どうして、私が考えていたことが分かったのか。

「お前は怯え過ぎだ。確かに運の無さは半端じゃないが、それはお前のせいじゃないんだろう? どうせ、秋ヶ瀬のことだ。自分が他人に関わるせいで不幸になるとか考えて、人が少ない時間から学校に行っていたんだろ」

「ぁ…………うん」

「違うよ。そうじゃない。悪いのはお前じゃないんだ。お前の周りで災難に遭った奴らは、そいつら自身の運が悪かっただけなんだよ。だから、お前が責任感じて無理する必要は無いんだ。考えてみろ。別にお前の周りだけじゃなくても、不幸なことはたくさん起こっているし、お前にとって幸運なことも身の回りで起こってるんだ。何も気にすることじゃない」


「ありがとう、村雨さん」

「どういたしまして。これで少しは元気が出たのなら幸いだ」

 村雨さんは砂を払って、立ち上がった。

「どうだ、これからどっか寄っていくか? でも、この時間じゃ、コンビニ程度しか開いてないな」

「いや、いいよ。このまま学校に行く」

「そうか」

 私も砂を落としてから、村雨さんの隣に立った。

「もう平気か」

「うん」

「……ま、お前は何かと運が無いからな。何かあったら俺に言え」

「わかった」

 頷いて、村雨さんに手を振って別れようとした時、妙な台詞が頭を()ぎった。村雨さんといえば、だ。村雨さんの名前……というか、コードネームとやらをどこかで聞いた覚えがあった。それは銀行強盗に巻き込まれた時のことだ。

 あの時、確か刑事さん達が話していた。あんまりよく聞こえなかったけど、狼憑き(ウルフ)とか言っていたのは覚えている。

 それと、もう一つ。

「バジリスク……」

「どうした、秋ヶ瀬」

「バジリスクって、何?」

 村雨さんはしばし困った顔をしてから言った。

「バジリスクってのは神話の中の妖怪みたいなもんだろ。蛇と鶏が混ざってて、両目を見ただけで人を殺せるとか———」

「———人の話だよ、村雨さん。バジリスクっていう通り名の人、いるよね」

 村雨さんが一瞬驚いたように目を見開いた。

「……そいつが、どうかしたか」

「いえ、ちょっと偶然、会っただけ」

「いや、……偽物かもしれない。でも、どうして奴をお前が知っているんだ。……それよりも、そいつ、どんな感じだった」

 明らかに村雨さんが動揺している。

「見た目は普通だったけど、顔に般若のお面をつけてた。あと、警察の人が撃った弾を簡単に()けてたように見えたけど」

「……偽物だとしても、常人じゃないな。バジリスクか。何故、今更……」

「村雨さん?」

「ああ、すまん」

 我に返ったように頭を振る。

「秋ヶ瀬、これからそいつを見かけることがあったら、絶対に近寄らずに俺に連絡しろ。いいな?」

「……うん。わかった」

 ポケットの中のケータイを握りしめる。

 事の重大さが今頃になって分かったような、そんな気持ちだった。




 ***



 バジリスク。それは昔、この地方で最強と謳われていた男だ。俺たちと共に仕事をし、裏の世界の第一線で名を轟かせていた。

 基本的に般若面で顔を隠して暗殺を行う。それが彼のスタイルだった。その姿に憧れ、一時期、面をつけて行われる暗殺が流行したほどだ。顔さえ隠せば誰に見られてもいいとばかりに、大胆な行動ばかりをとる。そして、その姿を見た者が噂をし、それが都市伝説になる。そんな彼を厄介者と見る社員もいれば、危険視する社員もいた。しかし、皆、分かっていた。

 彼に手を出せば殺される。なにせ最強の男だ。そんな彼に恐怖し、共に働くことから逃げる者すら現れた。事実、仕事中に巻き添えで殺された者も少なくなかった。会社からしてみれば、奴は百人力。しかし、そのせいで会社側も大きなコストを背負うことになる。本来百人ほどいた社員は次々と減少していき、最終的にこの街で会社に残っていたのは、ほんの数人となってしまった。

 そんな男をそれでもなお会社側は使い続けたが、ついにある事件が起こる。奴を使い続けるということは、つまり爆弾を抱えることと同じ。人々に恐怖を与える代物。そして、火がつけば爆発する。

 爆弾は抑止力として生まれるのでは無い。そんなものは生んだことへの後付けの言い訳だ。爆弾は、初めから爆発するように作られるのだ。

 そんな彼の起こした事件は、どこにでもあるようで、どこにも無い。

 ———バジリスクによる大虐殺事件。

 業界全体を揺るがしたその事件を収束に導いたのが、現在のユニコーンこと死ヶ崎であり、またファントムこと霧霜だった。


「秋ヶ瀬、これからそいつを見かけることがあったら、絶対に近寄らずに俺に連絡しろ。いいな?」

 念を押すつもりで言った。

「……うん。わかった」

 頷く秋ヶ瀬を見つめる。

 不安だ。その面の男に襲われはしないか。連絡しろと言っても、殺されそうになってからじゃ遅い。

 だからといって、毎日秋ヶ瀬のそばにいる訳にもいかない。

 ———そもそも、現時点でどうして俺が一人の女子高生に固執しているのかも分からない。

「他に……」

「ほか?」

「他に不安なこととか無いのか」

 どうして、守ろうとしているのか。自分には無関係の子供に過ぎないのに。話している時に感じる秋ヶ瀬からの憧憬の目がそうさせるのだろうか。

 ……たぶん、そうじゃない。もっと単純な答えだ。

「不安なこと……ある、かも。実は昨日、誰かから追いかけられたんだ」

「追いかけられた……どういうことだ」

「そのままの意味で。下校中、人通りの無い道で気付いたんだけど、顔をマスクとかで隠した人から尾行されてて、走って逃げたら、追いかけて来たの」

「それで、どうしたんだ」

「走って逃げてる時に、たまたま速島さんって警察の人と会って、助けてもらったの」

「そうか……」

「うん」

 いかにも運が良かったように話しているが、怪し過ぎる。まあ、ストーカーか分からないが何者かに追われていたのは、何か原因があるのだろう。目的は金か身体かそれ以外か。しかし、その人通りの少ない道に偶然、警察が通りかかって助けるだと?

 そんなことあり得るのか。

「その速島って奴は……どんな人なんだ」

「えっと、言葉の訛りが強い人で、長身でボサボサ頭で……剽軽な人。でもスゴい腕だと思う。銀行強盗に遭った時も、すごかったから」

「それで、その銀行の時と尾け回されていた時のそいつについて……つーか、両方の事の顛末について教えてくれ———」


 いつまでも引き止める訳にもいかず秋ヶ瀬と別れてから、冷静になって情報を整理した。今、彼女を守ろうと思うなら、まず初めにすべきことは彼女を尾行していた人間の排除だろう。

 組織的であれば、事は簡単ではない。秋ヶ瀬と初めて会った時のあの一件もある。それ関連だとすれば、一組織を相手取ることになる。

 ———そういえば、俺はその組織について知らない。

 俺を殺そうとした奴ら。あいつらは一体、何に従って動いていたのだろうか。一人くらい生け捕りにしておけばよかったと今更後悔する。

 だが、後悔先に立たずというものだ。そんな後悔は意味もないし、仕方がなかったとも思う。ここ最近の間に秋ヶ瀬たちで既に幾度目かの襲撃だったのだ。村雨の命を狙う雑魚。職業柄、命を狙われるのは日常茶飯事で、あまりに慣れた作業だった。それゆえの誤算だ。

 誤算だった。奴らの仲間の存在を面倒に思うのも、秋ヶ瀬を守らなければと思うのも。


 何故だろうかと不思議に思っていたが、今やっと答えが出つつある。

 これは過去の自分を戒めているのだと思う。無力で愚かだった己を今もどこかで意識していて、それが秋ヶ瀬を守る意思に繋がっている。きっと秋ヶ瀬の境遇が自分と似ていたから、助けたいと感じたのだ。

 昔、俺を救ってくれたあの人のように。

 これは自分の運命なのだと、そう村雨は信じた。

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