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翌日、午前九時。
会社でエフェクトについて調べていた村雨のもとに一件の仕事が舞い込んできた。
「今回も、ある人物の暗殺です」
正しくは、柚森の持つタブレットに依頼内容が届いたのだが。
「暗殺か。最近はそういうのばっかだな」
「仕方がありませんよ。そういう社会ですから」
「いやさぁ、俺はもっと」
「で、依頼内容ですが」
「───無視かよ」
「今回の標的は、とある探偵です」
「探偵だと?」
また珍しい。でも、まあ、探偵という職が稀有なだけであって、その仕事をしている人間が命を狙われること自体はさほど珍しくもないのかもしれない。
なんであれ、探偵などしたことのない村雨には分かるはずがなかった。
「探偵って、どこの誰なんだ」
「桜神街に最近、探偵事務所を構えた万國宗鷹という名の男です」
言いながら、村雨にタブレットを見せる。
「依頼人は匿名。依頼理由も非公開となっています」
「ま、この男を殺ればいいんだな」
タブレット上の男の情報を見直す。画像が荒れていて確証は無いが、年齢は二十代前半か。写真も添付されていたが、痩せぎすで、どこにでもいそうな男だ。村雨には、とても強そうには見えなかった
「この男で間違いありません」
「変だな……」
「どうかなさいましたか」
「いや、今回は匿名で、理由も非公開なんだろ」
「はい」
「じゃあ、いつもの依頼よりも金は多く貰っているよな。ほら、こういう時の前金がさ」
向こうの情報は一切なし。そういう場合、依頼だけを残して依頼人が逃げることがある。
そのため、匿名の依頼者には、依頼に見合った金を前金としてあらかじめ支払ってもらい、更に依頼に成功した時点で成功報酬を払ってもらう。
「そうですね。前金が振り込まれているのは確認済みです」
「でも、おかしくないか」
「何がですか」
村雨は画像を指さした。
「こいつ、弱そう」
「なに言っているんですか。ちゃんと仕事をしてください」
「俺は真面目に言っているんだ。考えてもみろ、こんな簡単に殺せそうな奴を他人に大金払ってまで殺してもらおうとするか、普通」
「それは……依頼主が一般人とか」
「ないな」
きっぱり否定する。
「一般人が段取り良く大金を払って殺しの依頼をしてくるかよ。しかも、本部からの指名が『ミノタウロス』ならまだしも、俺にだ」
「ですから、何が言いたいのですか、狼憑き」
「こいつの写真、変装しているんじゃね」
「……まさか」
「本当にこいつが標的だとするなら、これは弱そうなフリしていて、依頼人が迂闊に手を出せないような裏があるとか。実は、無茶苦茶強かったりしてな」
「しかし、人を見かけで決めつけても」
「こいつ、どう見ても変装して、その上弱そうな演技をしている。だとすりゃ、探偵ってのも仮の姿かもな。こいつ、できるぞ」
「だったら、どうするんです?」
「調べる」
「なるほど。この探偵についての下調べですか。狼憑きにしては、慎重ですね」
「何言ってんだ」
「え」
違う違うと首を振る。
「調べる対象は依頼主の方だ」
それを聞いて、柚森も珍しく目を丸くした。
「正気ですか、狼憑き。そんなこと本部に知れたら、ただじゃ済みませんよ」
「上等だ」
「どうして……」
「だって、こっちの方が面白そうじゃないか。さあ、楽しくなってきたぞ」
「もう……好きにしてください」
ため息をついて、柚森はそっぽを向いた。
「お前も手伝ってくれ」
「少しばかり、気が乗りませんが」
「頼む。……な?」
「…………まったく。危険な綱渡りはやめてくださいよ」
「分かってる。ありがとな、柚森」
「ケルピーです。狼憑き」