84 子供の悪戯の謝罪
王室法院枢密会が始まる前に話を詰めておこうと思って、アリオス王子の所に出向いていたら、いきなり抱きつかれる。
小柄な抱きついてきたものを離すと、涙目のカルロス王子がいた。
「た、助けて……」
あの生意気そうな顔はどこへやら。
すっかり怯えて、抱きつかれた体から怯えの震えがこちらにも伝わる。
彼が何を言おうとしたのか、そこから先の台詞をあえて手で止めさせる。
ここは王室法院で、どこで誰に聞かれているか分からない。
それに気づいたカルロス王子が怯えた目で私を見つめている。
「セドリック殿下の所に行きましょう。
それでいい?」
私の手を掴みながら、カルロス王子は小さく頷くのみだった。
「で、俺の所に来たと」
王室専用の控室。
アリオス王子は専用の部屋を持っているから、ここにいるのはセドリック王子とカルロス王子の二人。
事が事だけにサイモンを呼びに行かせて、セドリック王子に事情を説明してカルロス王子の話を聞くことに。
「僕、聞いてしまったんだ。
物陰だから姿は見えないけど、僕をさらって南部に行くって」
「で、逃げてきたと。
何で私を?」
ここだけは聞いておかないといけないだろう。
それによって、私の立ち位置とカルロス王子の運命が決まる。
そして、彼の運命は生存と出た。
「サイモンが言っていたんだ。
何があっても、エリー子爵を落とせって。
彼女はきっとこの国の重鎮になる。
味方にすれば、見捨てないだろうって」
私の目が細くなるのが分かる。
額に手を置いて、本人に確認を取ってみよう。
「そんな事言ったの?
サイモン卿?」
「ええ。
私は貴方を買っていましたから」
「!?」
気配を殺して現れたサイモンにカルロス王子が怯えるが、お互いカルロス王子の事は蚊帳の外。
本人は寝返りを公言しているけど、わざわざここでばらしてカルロス王子を更なる人間不信にする必要もないだろう。
「こうなる事を知っていたわね」
「まさか。
最悪の事態を想定したまでの事」
目線と語気を強める。
有能であり野心家であり、自分しか信用していない男だ。
使い潰すというか飼い殺す事ができるか?
確かめてみよう。
「セドリック殿下は貴方を信用するみたいだけど、私はどうも信用できないのよね。
だって、出会いが最悪でしたし」
「ご容赦を。
卑怯な手とは自覚していますが、悪魔の囁きに乗ってしまいました」
あんた魔族のハーフやん!
そのツッコミが口に出せたら……出せたら……
「もういい!
エリー子爵。
俺は彼も信用すると決めている。
それで騙されたらそれまでの男だ」
楽しい腹黒会話に横槍を入れてきたのはセドリック王子だった。
ここから更に楽しくなる所なのだがと思っていたら、セドリック王子がいきなり拳骨をカルロス王子の頭に叩きつける。
「!!」
「!?」
成り行きについていけない私達腹黒二人に対して涙目のカルロス王子と同じ目線に腰を下ろす。
そして、涙を貯める彼の目をじっと見つめて諭した。
「カルロス。
お前はまずしないといけない事があるだろう。
悪いことをしたならば、謝る」
カルロス王子の顔が崩れ涙が止まらない。
それでも精一杯の虚勢を張って、カルロス王子は私に頭を下げた。
「エリーおねぇちゃん。
ごめんなさい……」
そして泣きだしたカルロス王子をセドリック王子が抱きしめてあやす。
結局、彼も傀儡で子供だった。
彼が本当に欲しかったのは、悪戯を叱ってくれる身内だったと。
叱って欲しいが王族故に叱れず、更に悪戯が過激になり、それを悪い大人達につけこまれて陰謀に深入りしたあげくの果てがこれだ。
私もサイモンも冷めた目でこのホームドラマを眺める羽目になった。
「で、どうします?」
あえて何をと聞かない所がサイモンの有能さで、切り捨てているカルロス王子を誰に売るかという相談に他ならない。
ここで南部諸侯にわざと突き出して弱みを握るというのもありだが、その手は私の流儀ではなくサイモンの流儀だ。
「アリオス殿下に頭下げるしかないでしょう。
セドリック殿下。
私がとりなしますから、この二人しっかりと使いこなしてくださいよ」
私の投げやり声に、セドリック王子は毅然として拒否した。
立ち上がって、こぶができたらしいカルロス王子の頭を撫でながら、私に茶目っ気のある笑みをみせる。
「駄目だ。
これは俺の仕事だろう」
この人もまた王室の一員としての責任を持っている人間だった。
いや、この一連の件で自覚が出てきたと見るべきか。
ならば、手を差し伸べるべきだろう。
「アリオス殿下にこっちに来てもらいます。
善後策を協議しないと。
それと、アリオス殿下に一つだけ効果のある言葉をお教えしますわ」
「で、この騒動という訳ですか」
一部始終を聞いたアリオス王子の総括である。
フリエ女男爵は話の途中で手配に追われて去り、サイモンもフリエ女男爵についていって南部諸侯の情報提供をしているはずだ。
売れる時に最高値で売り払えるからこそサイモンは手強い。
アリオス王子のカルロス王子を見る目は冷たい。
事実、良くて幽閉、悪ければ殺害までいきかねない火遊びだった訳で。
だが、カルロス王子をかばったセドリック王子は惜しげも無く頭を兄に下げた。
「すまなかった。
カルロスは俺の下できっちりと監視させ、迷惑はかけないようにする」
「正直、先の事より今の不始末だと思うのですが。
エリー子爵に迷惑をかけ、南部諸侯の跳ねっ返りに火をつけたカルロスを処断しない理由がない」
グラモール卿がわざと出す殺気にカルロス王子が怯える。
だが、元騎士としてセドリック王子は押されてはいるが一歩も引かない。
「理由が必要か?兄上。
ならば、それを作ろう」
セドリック王子の顔色が変わったのを私は見逃さなかった。
なお、この策を献策して激怒しかかったのを知っているだけに、彼にとって苦渋の決断であるのは間違いがない。
「兄上には貸しがある。
私をこの場所に引きずりだしたという貸しが。
それを返していただきたい」
セドリック王子の声を抑えた言葉にアリオス王子が息を飲む。
セドリックの王子の言葉の意味に気づいたアリオス王子があえて踏み込んだ発言をする。
「いいのか?
お前の殺された愛人とそのお腹に居た子を貶める事になるんだぞ」
このタイミングだからこそできた取引があった。
セドリック王子の愛人をある意味貶める、彼女を華姫とでっち上げることで、セドリック王子の政治的スキャンダルを切り離すという裏取引は、この後の法院枢密会でそこが問題になりかねないからこそ取引の材料にできるのだ。
アリオス王子の確認にセドリック王子が静かにキレた。
「いいわけないだろう!
あいつは誠実なやつで、俺との愛も本物だった。
けど、それを貶める事でカルロスが助けられるのならば、そうするさ!!」
セドリック王子の目から涙が溢れる。
この人はまだまともだからこそ、ここでの取引は破壊力があるのだ。
「もう沢山だ。
恋人を失ったり、父を疑ったりするのは。
愚か者と呼ばれようが、泣きながら助けを求めてきた弟すら見捨てるなんて俺にはできない!」
声をつまらせて嗚咽を堪えるセドリック王子にアリオス王子がため息を吐き出してこっちを見る。
この裏取引のたね元が私であることを理解して、アリオス王子は無言で私に説明を求めた。
「この後の法院枢密会で、世界樹の花嫁が問題になるのですが、佳人がクローズアップされるとまずいんですよ。
華姫と花姫の違いは調査報告書に書かれているので省きましょう。
枢密会では大賢者モーフィアス様が直々に説明するでしょう。
ここで、誰かに佳人が花姫ではと勘ぐられたら……」
私はあえて説明をそこで止めた。
華姫ならば子供はできない。
花姫だと世界樹の花嫁になる資格が発生する。
そうして、世界樹の花嫁が『花嫁請願』を行ったらどうなるか?
アリオス王子が、私にクーデターをもちかけたように。
こうなったら、カルロス王子の火遊びが誘爆してセドリック王子が『花嫁請願』で王位を狙ったと密告されかねず、この小火が炎上したら二人共粛清しないといけなくなる。
だだでさえ、世界樹の花嫁はビッチでないと豊穣の加護が得られないという爆弾発言が出るだろう枢密会の場だ。
先の定例会でしくじった南部諸侯は元が穀倉地帯なだけに私とミティアのビッチ調教を求めるだろうし、本物の王位継承者であるミティアをビッチに調教なんてアリオス王子とベルタ公が認められる訳がない。
そこだけに議題を集中させたかったのだ。
私の説明にアリオス王子は苦笑する。
「わかった。
こちらの落ち度もあるし、我が弟が王室の一員として最初の仕事をしたのを祝福しよう。
セドリックにカルロス。覚えておけ。
この場所はこんな事を常にせねば生きていけぬ魔窟だと」
それだけ言って、アリオス王子はグラモール卿を連れて部屋から出てゆく。
私も一礼してアリオス王子達の後を追った。
背中越しにアリオス王子が私に声をかけてくる。
「甘い人ですね。
貴方は」
「ええ。
ですから、悪役なんてやっていますのよ」
アリオス王子の肩が震えたような気がしたが、私は見なかったことにしてあげた。
アリオス王子の『ありがとう』という呟きも、聞こえなかったように。
「いたいた。
お嬢。報告だ」
背後に気配がしたと思ったらシドが現れる。
このあたりさすが盗賊と感心したり。
アリオス王子の控室にそのまま入って、アリオス王子にも聞かせる事を目で告げるとシドは報告を口にする。
「フリエ女男爵からだ。
ケインのおっさんが伏せていた兵に誘拐しようた連中が捕まった。
流民出身の盗賊崩れで人さらいとして雇われたそうだ。
どうも何を攫うか聞かされていなかったらしい」
うまく言葉を隠しながら大事な要点だけをシドは告げる。
思わぬファインプレーに私は両手を握りしめる。
同時に、カルロス王子に接近して人さらいに渡す接触者がいる事を示唆している。
「セドリック殿下の警護を強化します」
「シド。
一緒に行って頂戴。
そのまま、ケインの所に戻って法院周囲の警護を。
法院衛視隊の邪魔にならないように、何か言われたらアリオス殿下の名前を出して頂戴」
アリオス王子が無言で頷いたのを確認して、シドとグラモール卿が部屋から出て兵を呼びに走る。
まだまだ騒動が続くが、せっかくのチャンスだ。
アリオス王子に確認をとっておくことにしよう。
「陛下の暗部。
その中枢にいるのは大賢者モーフィアスですよ」
アリオス王子の言葉はある意味予想していたものだった。
「知っていたさ。
あの方は私の師でもあるのだから。
むしろ私が尋ねたいところだよ。
『なんで師を裏切るのか?』と君が尋ねない事を」
むしろ、王位後継者の養育に大賢者が関わっていない方がおかしい。
そこから離れる葛藤や対立の苦悩は踏み込むべきではない。それも王となる試練だからだ。
私はそうやって王になった人を知っているからこそ、あえてそこに踏み込まずに適当な理由を口に出すことにした。
「子が親を超える。
弟子が師匠を超える。
それは最高の孝行でしょうに」




