81 世界樹の花嫁候補生表敬訪問
世界樹の花嫁候補生たるミティア・マリーゴールドが議場に入った時に、万雷の拍手が送られる。
それは、次期王妃候補者でもあり次期有力諸侯夫人候補者でもある彼女の品定めという下心がたっぷり含まれた拍手でもあった。
護衛のキルディス卿、急増貸出メイドのアマラ、ヘルティニウス司祭を従えての入場はとりあえず合格点を与えられたという所だろう。
「しかし、何で彼女が世界樹の花嫁に選ばれたのか?」
「聞けば、ベルタ公とも縁の薄い庶民だという話だが?」
「まだ華姫を公言しているエリー子爵の方がましなのではないか?」
「顔とかは問題なさそうだが、才はあるのか?」
「女神神殿の紐付きだろう。
この後の神殿喜捨課税阻止に動いたという訳だ」
拍手の中に隠れた貴族のヒソヒソ話も同じ席だからこそ聞こえる訳で。
世界樹の花嫁争いは、私のエルスフィア太守就任とこの表敬訪問を持って、明確にミティアの有利という形で見られることになるだろう。
「不満かね?
自分があの場所に居ないことが?」
横で囁かれた声に振り向くと、ベルタ公がおっさんじみた笑みを私に向けていた。
卑下する笑みではなく枯れた笑みは混じっている白髪と相まって、彼が老境に入りつつあることを明確に表していた。
「別に。
家門が守れただけでもよしとするがヘインワーズの総意ですわ」
わざわざ法院議長である彼がこんな所に来るのは、私が枢密会で示唆した世界樹の花嫁の報告書が狙いなのだろう。
懐から取り出したそれを差し出したら、思った以上の力でそれをベルタ公はつかみとった。
さて、これを読んだ後にどんな顔を見せるかと顔色を伺っていた私を気にせず、みるみるうちに彼の顔が青ざめてゆくのが分かる。
なるほど。
アリオス王子もこの話を漏らしていなかったか。
「こ、これは……」
「アリオス殿下もおなじ質問をしましたわ。
その時と同じように返事をさせていただきます」
周囲の貴族にどうばれるか分からないので注意深く言葉を選んでの発言である。
さすがに統合王国の重鎮たる彼もそれを理解してあえてそれ以上の言葉を避けた。
世界樹の花嫁がビッチでないと豊穣の加護が得られないという理由は、現在の世界樹の花嫁候補生二人の理由になる。
ミティアにせよ私にせよ、ビッチにしてもいい人材だという理由が作られるのだが、これはミティアのバックグラウンドを知っていると致命的にまずくなる。
何しろミティアが王室の一員で正当な後継者であり、アリオス王子を含めた三人の王子達に王位継承権が無いなんて大スキャンダルが暴露されたらそれぞどうこの国が転ぶのかわからなくなるからだ。
「!?
……これはベルタ公の差金ですか?」
「さぁ?
失礼させていただきますよ。
私も彼女に挨拶しなければならないので」
この場に居た貴族全員の総意を代弁して私がベルタ公に尋ねるが、ベルタ公はただ笑顔を私に向て去ってゆく。
場に現れたアリオス王子がミティアの手を取って、議場内を案内しだしたからだ。
ここまで踏み込むと、アリオス王子がミティア側についたとも取れるし、世界樹の花嫁はミティアで決まりだという空気が醸成される。
アリオス王子の案内でミティアに有力諸侯が挨拶してゆくのを尻目に、ベルタ公が議長席に戻ってゆく。
私の報告書を読みたいがためにアリオス王子を引っ張りだしたのかもしれないな。
あの驚き方は本物のようだが、この魔窟の主だから腹芸もできるしわざと驚いたふりをしているのかもしれない。
そこまで考えて、深く息を吐き出して苦笑する。
やめよう。
あの手の連中の手札を探るのは大事だが、深淵を覗いて取り込まれかねない。
登壇席を見ると、晴れ舞台とばかりにミティアがそこで笑顔を振りまいていた。
「今日、この場にお集まりの皆様の歓迎に感謝を。
急な訪問にも関わらず、アリオス殿下やベルタ公をはじめ尽力して頂いた方に感謝を」
ミティアがまずは皆への感謝を口にする。
ここまでは台本通り。
私はそこから先の台本にはタッチしていない。
ヘルティニウス司祭の脚本だろうが、語るのはミティアだからだ。
だからこそ、ミティアの真価がこの演説で問われる。
「私は、何者であるかわかりません」
え?
ミティアは何を言っている?
私と同じ疑問を持った貴族たちはミティアの次の言葉を待つ。
「私は、世界樹の花嫁候補生ミティア・マリーゴールドとしてこの場所に立ち皆様に話しかけています。
けど、マリーゴールドの姓も、世界樹の花嫁候補生も与えられたものです。
ですから、ただのミティアとしてこの場にて話をしたいと思っています」
ヘルティニウス司祭の顔を見るが、こっちの視線に気づいて肩をすくめやがった。
これは、ミティアに好きに動いていいと言ったか、台本を忘れたのでアドリブでしゃべっているか、多分後者と見た。
「私はただのミティアであった時、幸せな人生を送れたと思っています。
女神様のお導きでこのような場所に立っていますが、その幸せな人生を送れたのはここにいる皆様が尽力している。
それをメリアス魔法学園で学びました」
うわ。
地味に無垢なる善性で私を含めた貴族達の心を攻めてきやがった。
政争だの権力闘争だの腹に一物抱えている連中にはこの手のやつが実は結構効くのだ。
それで屈服しないあたり腹に一物抱えているとも言うのだが。
「世界樹の花嫁候補生として、アリオス殿下やエリー様と学び、色々な事を知りました。
いずれそれは花開いて、実をつけて、種となって残していきたいと思っています」
ミティアは微笑む。
この笑顔どこかで見たなと思ったら、ゲームのエンディングでの一枚絵だった。
「私は信じています。
今日よりも明日がきっと良くなることを。
人は話しあえば分かり合えることを。
だって、私はアリオス殿下やエリー様を側で見てきました。
あの方達がこの国を支える。
どうして、それで絶望しないといけないのでしょうか?」
ぱちぱちぱち……
最初は少数だったのに拍手は集まって音の大河となり、議場を包む。
私も拍手をしていた。
政治センスが無い事を逆手に取って、ここまで堂々と演説してみせたその度胸に。
世界樹の花嫁という大役であるにもかかわらず、厄介事を全部私とアリオス王子にぶん投げて見せた政治センスのなさに。
私は既にアリオス王子に取り込まれていると見られているから、これで諸侯は否応なくアリオス王子の動向に注意を払わざるを得ない。
「このような形で皆様のお時間を割いてしまって申し訳なく思っています。
聞けば、この後大事なことを決めなければならないとの事。
私はこの場に席を持っていないので、ただ信じるのみです。
アリオス王子やエリー様、この場にいる皆様が明日がきっと良くなる決断をする事を。
ありがとうございました」
拍手は鳴り止まない。
まあ、時間稼ぎが目的だからそれは果たしてくれた訳で、及第点は与えていいだろう。
戻ったら説教の一つでもかましてやりたい所だが、副産物もあったからなしにしてあげよう。
この後のアリオス王子立太子の絶妙なアシストだったからだ。
一礼してミティアが壇上を降りようとする時にハプニングが起こった。
よろけてふらついたミティアを側に居たアリオス王子が受け止めたのだった。
これもイベント一枚絵で見たな。
場所は違っていたが。
「あ、ありがとうこざいます」
「いや。
こちらこそ」
ふむふむ。
双方顔を赤めて離れる二人。
元のイベントではこれでお互い異性として意識をするんだよな。
ミティアの恋の行く末に幸あれ。
この国が崩壊しない程度に祈ってあげよう。
「静粛に。
議員の皆様がお集まりになっているので、この場を借りて第二議題の審議に入りたいと思います」
ベルタ公の強引な議事運営に首をひねる連中もいるが、アリオス王子とミティアがそのまま傍聴席に移ってご観覧する事でその違和感も消えた。
私の側にヘルティニウス司祭がやってきて愚痴る。
「見事に思惑を外されましたよ」
「あれに、腹芸なんて出来るわけないじゃない。
仕込まなかったキルディス卿は後で殴るわ」
「ご一緒させてください」
「あらまぁ、司祭様ともあろうお方が」
軽口を言い合って真顔に戻る。
ミティアに任された以上、この仕事はきっちりと成功させてやる。
頬を軽く叩いて、ヘルティニウス司祭に尋ねた。
「で、買収合戦はどうなっているの?」
「西部諸侯に北部諸侯、法院貴族達は固めています。
東部諸侯も日和見をしているので票読みではこちらが勝ちます」
ヘルティニウス司祭の声に不安の色が浮き出る。
ここまでしても土壇場でひっくり返るのが政治というものだからだ。
「東部諸侯の重鎮たるタリルカンド辺境伯が旗幟を鮮明にしていません。
彼を落とせたら確実に勝てるのですが」
議事が始まっている以上、ヘルティニウス司祭の接触が最後になる。
こういう時はダメ押しをしておくのが政治の鉄則だ。
あいにく手札がない訳ではない。
エリオスとの結婚だ。
ちっぱい妹相手に死闘が待っているが、あれの性格は知っているから折り合いがつけられない訳ではない。
それを口に出そうとして手で口を抑えた。
「どうしました?」
「ミティアよ。
こっちを見て手を振っているわ」
仕事が終わったからのーてんきに手をふって私を応援しているのだろう。
気分が楽になって、さっきのミティアの演説が思わず口からこぼれた。
「今日よりも明日がきっと良くなるか。
軽々しく言っちゃって。もぉ」
こっちのあきれ声にヘルティニウス司教はとってもいい笑顔で言い切ってくれた。
そういえば、ヘルティニウス司祭も鬼畜眼鏡だったのを忘れていた。
私の周りはチートばかりなり。
「でも、できるでしょう。
あなたならば」
できる。
その力も地位も手段も得た。
ならば、それを使えばいい。
「以前、貴方が口にした神殿の流民対策、東部を中心に新たな開拓地を作るやつを餌にするわ。
場所はタリルカンドとエルスフィアの間」
利益誘導でタリルカンド辺境伯を買収しにかかる。
もちろん、それで落ちるタリルカンド辺境伯ではないから、それを餌に本題を切り出す。
「開拓地の防衛の為に北東部の草原地帯に城塞都市を作るわ。
資金は私持ち、その都市の太守にエリオス殿を押すと伝えて頂戴」
元々東部辺境部は人が住めない場所ではない。
東方騎馬民族の侵入と略奪が激しかったから放棄された開拓地や都市が多数存在していた。
それらは、『ザ・ロード・オブ・キング』においても復興させる事で収入を得られるようになっていたり。
そんな都市の一つをエリオスにやると言っているのだった。
建設許可はアリオス王子からもらえるし、タリルカンド辺境伯家においてエリオスの存在が御家争いにならないようにわざわざ分家を作るチャンスを与えば、向こうは賛成しないにしても反対に回らないだろう。
資金繰りについては頭が痛くなるが、代替手段で出しうる最大限の手札を私は切ることにした。
「わかりました。
吉報をお待ちください」
さぁ。
私の戦場が幕を開ける。
ベルタ公が木槌を叩いて、その戦場の名前を告げた。
「ではこれより、関所税の課税に関する問題とその改正についての審議を行いたいと思います」
申し訳程度の乙女ゲー要素。
そしてクライマックスが何故が議会での法案審議。
己の持ち味出して、話をまとめにかかったらこれだよ。




