80 王室法院枢密会緊急開催 前編 3/23修正版
「それでは、王室法院枢密会を開催します。
今回の議題はセドリック殿下の王家直轄都市メリアス太守就任に関し、緊急に討議しなければならない事案が発生した為です。
メリアス太守のセドリック殿下、花嫁候補生でエルスフィア太守のエリー・ヘインワーズ子爵、現場担当のフリエ・ハドレッド女男爵に来て頂いています。
ここでの議事は秘密を守ってもらい、漏らすと罰せられることを先に申し上げておきます」
王室法院枢密会。
表に出来ないいろいろな事を、少数の有力者だけで片付けるために作られた慣習的な組織で、その法的正当性はないのに法院定例会の議事が先にここで議論されるという法院の暗部中の暗部。
また呼ばれるとは思わなかったが、ここで時間を拘束する事を考えたからこそ私とセドリック殿下の太守就任を邪魔しなかったという訳だ。
その議長であるベルタ公が片手をあげて私達を含めた全員が宣誓の言葉を述べる。
「女神と王国に誓い、真実を語る事を誓います」
席に座ると、フリエ女男爵がその緊急案件を説明する。
彼女は現場責任者としての参加だから、この枢密会を開催する権限を持っていない。
「枢密会参加者の要望に伴い、セドリック殿下の事件についてご説明します。
また、この事件はエリー・ヘインワーズ子爵の事件とも関係があるので、そちらも含めてご説明させてください」
やっぱり、枢密会参加者から真相追求の声が来たか。
こっちが苦々しい顔をしているのを扇で隠してフリエ女男爵の説明を聞く。
「先日、王都歓楽街近くの一角、通称華市場にてエリー・ヘインワーズ子爵が何者かに襲撃されました。
睡眠ガスで彼女とその護衛を眠らせようとして失敗、その後殺人人形を投入して彼女の殺害を意図。
エリー子爵と護衛は防戦しながら逃亡し、地下水道にて殺人人形の停止に成功。
この一件によって、華市場に法院衛視隊の捜査が入って、現在も捜査中です」
まずこれが第一の事件。
この事件ですら既に事実がでっちあげられているのだが、王都有力者の下半身に直結する華市場の事件は誰も触りたがらない。
本来はここで終わるのだが、セドリック殿下の件がここで絡んでくる。
「で、今回の議題であるセドリック殿下の事件です。
セドリック殿下は歓楽街に関係のあった佳人が存在しており、その佳人が務めている館内で殺されている所を発見したとの事。
セドリック殿下と関係があった事から法院衛視隊が捜査し、エリー子爵襲撃事件で介入した華市場一部勢力の報復という見方を強めています」
聞けば聞くほど強引な話の持っていき方だ。
あと、さすがにこの場で娼婦という言葉を出したくないのかうまく言葉を選んでいるフリエ女男爵の説明に感心する。
改めて状況から推理するに、セドリック殿下の付き合っていた娼婦は華姫ではない。
華姫ならばここで名前が出せるからだ。
で、安い女でもない。
それならば、フリエ女男爵は彼女を佳人と表現しない。
おそらくは高級娼婦で、アマラと同じ花姫なのだろう。
「フリエ女男爵にお尋ねしたい。
こちらの掴んだ情報だと、その佳人は殿下の子を妊娠していたとあるがいかがか?
それと、この事件とエリー子爵の事件が関係する根拠を教えていただきたいのだが?」
参加者の一人からの発言にフリエ女男爵が答える。
サイモンからの情報提供によって、このあたりのつじつま合わせは完璧にしているのが素敵。
「彼女が妊娠していたのは事実ですが、誰が父親かまではまだ分かっておりません。
エリー子爵の事件ですが、最初は彼女を誘拐して、そのまま調教し売り払うつもりだったみたいです。
で、それがバレたので口封じのために殺人人形を投入したと。
この誘拐犯の一人ですが、佳人が殺された館に出入りしていたのが確認できました」
うまい言い方である。
嘘は嘘として言うよりも、あえて真実を足りないように言う方が現実味が増す。
向こうもそれは分かっているのだろう。
追求の手が私の方に向く。
「エリー子爵にお尋ねしたい。
そもそも、なぜ貴方があの場所に居たのかお聞かせ頂きたい」
私が立ち上がって、すらすらと理由を説明する。
これは先の枢密会でも言った事だ。
「ご存知かと思いますが、私はタリルカンドの奴隷市場出身の華姫です。
我が母は、元はヘインワーズ侯の花姫として囲われていたのですが、彼の子を産んだ際に関係を精算。
その後に知り合った男とできた子供が私で、母を探していたヘインワーズ侯は私を引き取り、ヘインワーズ一門と扱う事にしたのです。
母のことを知ろうとあの場所に行って事件に巻き込まれてしまいました」
私達のやりとりをじっと眺めているセドリック殿下の目が痛い。
私達も参加者も、セドリック殿下が佳人を殺したという可能性を封じているその気づかいは分かっているだろう。
死者をある意味ここまで貶めてなお権勢を求める政治というものに絶望しているか、それともそんな絶望すら弄ぶ私達に恐怖しているのか。
「今回の一件といい、先のメリアス襲撃といい、今回の世界樹の花嫁争いは不審な点が多すぎる。
何が起こっているのか、徹底的な調査を求めたいがいかがか?」
その声が参加者から出るのはある意味当然だろう。
けど、それ最大級の地雷って分かっている?
いい機会だ。
ここで炸裂させてしまおう。
私が発言を求め、許可されて立ち上がる。
「この一件については、大賢者モーフィアス様が調査を行っており、セドリック殿下を始め王家要人にその報告書が渡っております。
詳しい話をお聞きになりたいのでしたら、モーフィアス様をお呼びになればよろしいかと」
ざわめく会議室内に私は爆弾を炸裂させた。
一呼吸置いて、ゆっくりとそれを言葉に出す。
「その調査報告書ですが、私も頂いております。
控室においてあるので、よろしければ取ってきますがいかがか?」
こういう言い方で好奇心を殺せる人間は少ない。
不意に扉が開き、書記の一人が議長に何か紙を渡す。
どうやらミティアが正解にいきついたらしい。
議長は休憩を決め、私が控室から報告書を取ってくる時間を与えてくれたのだった。
「ただいま。
どうなっているの?」
控室に戻った私の目に入るのは、警備をしていたアルフレッドだった。
彼はここでは役立たずだからこそ、この部屋にしかいる事ができない。
けど、こうして私にその真面目な顔を見せてくれる。
それが、地味に嬉しい。
「お帰りなさいませ。お嬢様。
突然の表敬訪問で法院は大変そうですよ」
あれだけヒントを与えたのだから当然か。
ヘルティニウス司祭も居たから、ヒントを出しすぎだったかもしれない。
世界樹の花嫁はオークラム統合王国では、閣僚の扱いとなる。
それは世界樹の花嫁候補生でもその可能性があるという事でかなりの待遇を要求できるのだ。
で、更に私のエルスフィア太守就任がこれに輪をかける。
ヘインワーズ家の降伏と私の太守就任という格落ちが、ミティアを世界樹の花嫁と同一視させる。
だから、表敬訪問をするとなれば法院全員の参加が必然となる訳で。
枢密会が開かれているとこの訪問に参加できない。
「おかげで戻ってこれたわ。
表敬訪問はいつ?」
私の質問にゼファンが答える。
動けるのがヘルティニウス司祭と彼しか居ないから、連絡と調整で疲労が顔に出ている。
ヘルティニウス司祭が今居ないのは代わりに出ているからだろう。
「この後すぐ。
ミティアはお色直しのために、ミティア付きの侍女にでっちあげたアマラと共に着替え中」
法院なんて貴族のたまり場だから、慣例やマナー等の裏ルールが無駄に多くあったりする。
アンジェリカだとそのあたりちょっと怪しいし、私付きの侍女として登録しているから突っ込まれたらまずいのだ。
そのあたりは華姫ならばクリアできるし、それを教えてもらっているアマラならば侍女としてうってつけだろう。
「で、法院のお偉方は買収できたかしら?」
私が意地悪そうな顔をするとシドが同じような顔で吐き捨てた。
暇だったらしく、ぽち相手に遊んでいる。
「ここに来るまで尊大だった野郎が、あのケースの中を見たら目の色変えやがった。
ああはなりたくないね」
まあ、シドぐらいの気概があるならばそれもいいが、普通の人間は札束ビンタならぬ金塊で殴られたら転ぶのだよ。
ましてや、尻に火がついている連中は特に。
「あ、エリー様おかえりなさい!
どうですか?」
侍女姿のアマラを連れて、ドレス姿のミティアが入ってくる。
こういう場所でこういう姿を見るとやっぱり王族だなぁと感心してしまう。
「似合っているわよ。
がんばりなさい」
「あら?
エリー様はご一緒しないんですか?」
ミティアが首をかしげると私は机から大賢者モーフィアスの報告書を取り出して微笑む。
「おあいにくさま。
私は歓迎する方よ。
法院に席ができちゃったので」
窓を見ると、日は傾きかかっている。
今日はきっと長い一日になるだろう。
そんな事を思いながら、舞台は次の幕を開ける。
3/23 設定変更に伴う加筆修正




