78 王室法院定例会 第一議題 後半 3/23修正版
アリオス王子の控え室にいるのは私、アリオス王子、グラモール卿、セドリック王子、フリエ女男爵、サイモンの六人。
皆の心の中で一致していたのは、このまま何もしないとろくでもない結果になるという事だった。
「とにかく、休憩中に何らかの手を打たないと、職務上この件を法院に報告せざるを得ません」
議論の口火はフリエ女男爵が切る。
怒りとおぞましさとそれを当たり前に受け入れている私達への恐怖からセドリック王子が弱気になる。
「兄上。
辞退はできないのか?
何ならば、神殿に俺がそのまま篭って俗世を捨ててもいい」
こういう事が言えるあたり、セドリック王子はまだ人間性が残っているなぁと無くなった己に対して自嘲する。
それにアリオス王子は首を横に振る。
「それで、全てが戻るなら選ばせているさ。
先に進むしかないだろう。
既に、私のせいで迷惑をかけている人がいるからな」
そして、私の方を見る。
ろくでもない予感がしたが案の定だった。
「この一件も世界樹の花嫁争いの一環に組み込んでしまうしかない。
フリエ女男爵。
華市場襲撃の一件にこれを組み込むことは可能か?」
フリエ女男爵が答える前にサイモンが横から口を挟む。
元々華市場に強いコネを持つ彼だ。
それを狙っていたとしか思えない。
「でしたら、私をお使いください。
あそこについては色々知っていますので、どうとでも罪を作り上げられます」
「それならば、エリー子爵襲事件に絡めます。
あの事件による華市場への介入に対する報復と。
犯人についてはどうしますか?」
「あの一件でエリー子爵を襲って、首を切られた馬鹿どもが居ます。
彼らの残党に罪を背負ってもらいましょう」
サイモンとフリエ女男爵の言葉を肯定する形で私がセドリック殿下に話しかける。
表向きはでっちあげの罪への謝罪だが、本心である彼への巻き込みが口にできないのがつらい。
「セドリック殿下。
どうか私をお恨みください。
私のせいでセドリック殿下の身内に被害が出てしまいました」
「それこそ筋違いだ。
けど、その心遣いに感謝させてもらう。
ありがとう」
こういう茶番こそが政治の本質。
けど、その茶番はまだセドリック殿下は見抜けない。
それが素直にうらやましい。
「では、私は根回しに動きます。
諸侯でこの一件に口をどう挟むか様子を見ましょう。
感のいい連中は気づいていますよ」
スパイマスターであるフリエ女男爵の一言が部屋を凍りつかせる。
父息子の確執に有力諸侯は気づいているというのならば、この後のアリオス王子立太子の一件も確実に揉める。
顔色が真っ青になった私やアリオス王子を気にせずに、フリエ女男爵は自分の仕事をするために一礼して部屋から出てゆこうとする。
それにサイモンが続こうとして、わざとらしく手を叩いた。
「私はカルロス王子と親しくしていた諸侯に声をかけてきます。
エリー様。
あの一件口にしてよろしいですかな?」
ここが約束の履行の場所だろう。
当事者もそろっているし、己を最も高値で売れる瞬間を逃さないあたりやっぱりしたたかで有能だ。
我に返って、約束の履行のために私が淡々とした口調でそれを口にした。
「セドリック殿下がメリアス統治にカルロス殿下を使いたいそうです。
よろしいですね?」
さすがにアリオス王子が不機嫌顔になるが、それをセドリック王子が制した。
「子爵には俺から頼んだ事だ。
この一件でその気持ちは更に強くなった。
カルロスにこんな思いは味わって欲しくない。
サイモン卿。
カルロスを見捨てない程度に俺にも力を貸してくれ」
セドリック王子にそこまで言われてしまってはアリオス王子も強く言えない。
ただ、ため息をついてこの件を了承する。
ならば、私も動くべきだろう。
「では、私は法院貴族を中心に根回しを。
封建諸侯は殿下にお任せしてよろしいですか?」
私やカルロス王子の敵は、こんなにも強大で姿が見えない。
それに怯むことなくアリオス殿下はただ無言で首を縦に振ることで、私の行動を了承したのだった。
法院での根回しは、要人にどれだけ効率よく接触できるかにかかっている。
休憩時間も残り少ない今、小さくなったとはいえ影響力が残っている法院貴族達のたまり場に私は顔を出して挨拶をする。
「遅れまして申し訳ございません。
先ほど、エルスフィア太守として承認を受けた、エリー・ヘインワーズ子爵と申します。
どうぞよしなに」
頭を下げた私の耳に聞こえる拍手。
とりあえずは、滑り出しは好調。
「子爵。
お聞きになりましたか?
セドリック殿下のメリアス太守就任ですが、どうも重大な懸念が出ている様子で」
白々しい。
私がアリオス王子の部屋に入った事は知っているでしょうに。
けど、それを知らないという建前がないとここから先の話はできない。
「はい。
アリオス王子に会って話を聞いた所、セドリック殿下の縁者が殺されたとかで。
法院衛視隊が動いているそうです」
さすがにざわめく貴族たちだが、これは情報の第一波に過ぎない。
ここからがでっちあげだ。
情報は、誰かが嘘と言わない限り、真実と想定される。
「王都某所にて法院衛視隊が踏み込み、交戦したそうです。
今回の襲撃は、その報復だろうとフリエ女男爵はおっしゃっていました」
フリエ女男爵の名前にまた貴族たちがざわめく。
法院衛視隊上がりのスパイマスターからの情報を嘘と見抜ける人間はそうはいない。
しかも、被害者がその嘘を肯定している場合は特に。
「その某所の襲撃事件には私も関わっていまして、私への報復が狙いなのではというフリエ女男爵の指摘に私は被害に遭われたセドリック殿下に謝罪。
セドリック殿下はこの謝罪を受け入れてくださいました。
殿下の寛大なお心に感謝するしかありません」
さあ、話を妙な方向にすっ飛ばしたぞ。
だからこそ、皆の意識が戻る前に一気に勝負を決める。
合いの手を出してくれたのは、ヘインワーズ家門の貴族だった。
「という事は、セドリック殿下に落ち度はないのですね?」
「ええ。
私も被害者なのですが、問題はないという事だそうで。
承認早々に皆様にご心配をかけましたこと、ここにお詫び申し上げます」
深々と頭を下げる。
謝罪はタダだが、その価値が下がらない限りは威力は絶大。
こうして、私の属する法院貴族派閥において、セドリック殿下のメリアス太守承認は既定路線となった。
「それでは審議を再開します。
その前に、この件に関して法院衛視隊のフリエ・ハドレッド女男爵より報告があります」
審議再開。
隠し事は隠すから問題であって、出してしまえるならば問題は別の方向に移る。
「法院衛視隊からの報告によると、セドリック殿下の情人が先ごろ、務めていた館で殺害されました。
この件に絡み、法院衛視隊が捜査をした所、先に王都某所に発生したエリー・ヘインワーズ子爵襲撃事件の報復との線が強く、現在でも捜査を続行しております」
ざわめく議事堂内。
もちろん、先の休憩のうちに情報そのものは行き渡っているはずだが、改めて公にされることで再確認している貴族も多いだろう。
「議長。
発言を求めます」
「エリー・ヘインワーズ子爵」
私が手を上げて議長であるベルタ公が私の名前を呼ぶ。
そして登壇して一礼した上で口を開いた。
「今回の一件は、法院衛視隊の捜査の為に口に出せる所が多くないのですが、私への襲撃事件が背景にあるらしく、セドリック殿下の身内を巻き込む形になってしまいました。
内々のうちに謝罪はさせていただいたのですが、改めてこのような場所で謝罪させていただきます」
ゆっくりと静かに私は頭を下げた。
日本人不祥事の見本よろしく深くゆっくりと、つむじが見えるまでに頭を下げた時にセドリック殿下が議事堂内に聞こえるように声を張り出す。
「ヘインワーズ子爵も被害者だ。
謝られる理由はないが、その心遣いに感謝しよう」
これで勝負がついた。
後から子供云々が出てきてもそれは残虐性のアピールにしかならず、セドリック殿下の太守就任を妨げるようなものではない。
何よりも、私の背後にいるアリオス王子がこの芝居をさせている事を有力諸侯は感づいている。
アリオス王子とセドリック王子の仲を割くのは失敗したと悟るだろう。
「議長。
発言を求めます」
「セドリック殿下」
私が登壇台から下りると、代わりにセドリック殿下が登壇する。
セドリック殿下は一同を見渡した後で、堂々とした声で己の意思を告げる。
「諸君。
私の太守就任前にこのような不幸事が発生してしまい申し訳ない。
とはいえ、メリアス太守に就任したら、私も王族として王族の義務を果たしたいと思う。
また、昨今耳に入ってくる兄弟間の不和について兄上とも相談した結果、弟のカルロスを私の下につけて王族の義務を学ばせたいと思う。
すでに兄上の了解はとっており、法院の諸君の賛同を持ってこの不和の解消につとめたいと思うがいかに」
こういう時に声をあげるのは無粋である。
私は席から立ち上がり、ただゆっくりとセドリック王子に向けて拍手を送った。
ぱちぱちぱち……
私を見て法院貴族達も立ち上がって拍手を送り、それを見た諸侯も拍手で続いた。
議事堂に轟く大拍手になるまで一分もかからなかった。
その拍手に、セドリック王子は片手を上げて王族の仮面をかぶったまま答えた。
「では、セドリック殿下のメリアス太守就任に異議のある者はなしと認め、殿下の太守就任は承認されました」
ベルタ公の声と木槌の音が聞こえても拍手はしばらくやまなかった。
こうして前座は終わり、ついに本番に入ってゆく。
「では、昼食休憩とし、その後神殿喜捨課税問題の審議を行いたいと思います」
3/23 設定変更に伴い加筆修正




