77 王室法院定例会 第一議題 前半 3/23修正版
王室法院議事堂には議員として座っている貴族達のざわめき声が止まない。
ひそひそ話だが、その話題が私達である事は間違いがない。
何しろ、王子二人が花嫁候補生と共に議事堂に並ぶというのはそれだけの話題の価値があるからだ。
「どうやってセドリック殿下を引っ張りだしたんだ?」
「あの方は王位に興味がなく、騎士として過ごされていたはすだ。
メリアス太守就任で野心に火が着かねばよいが」
「セドリック殿下の下につく人材は知っているか?
カルロス殿下にもう一人の花嫁候補生だそうだ」
「カルロス殿下の火遊びを消したら、セドリック殿下が出てきた。
アリオス殿下は何を考えているのやら……」
「そのアリオス殿下は立太子の申請をするかもしれぬ。
今日の法院は荒れるぞ……」
貴族たちのざわめき声が途絶えたのは法院議長であるベルタ公が木槌を叩いたからに他ならない。
もう一人の議長だった義父であるヘインワーズ侯は引退して既に執政官の椅子が一つ空いている。
もう一つの執政官の椅子については、こういう時の慣例として王妃グロリアーナ様が摂政という形でつき、その代行という形で誰が選ばれるかに焦点が集まっている。
アリオス殿下が権力を掌握する為のプロセスは、立太子の申請が通った後で摂政代行の座につくのが一番手っ取り早い。
まずは掌握できる権力を掌握すべきという私の説得に従ってくれたアリオス王子には本当に感謝するしか無い。
ベルタ公とアリオス王子は内々に話をつけたらしく、執政官人事は一番最後に回すことになった。
その理由の一つをベルタ公が厳かな声で開会の宣言と共に告げた。
「それでは、王室法院定例会を開催します。
第一の議題は王家直轄都市メリアスとエルスフィアの太守人事について。
メリアス太守代行のアリオス殿下、花嫁候補生でエルスフィア太守代行のエリー・ヘインワーズ子爵、メリアス太守候補者のセドリック殿下に来てもらっています。
ここでの議事は紋章院にて記録され、公開されることを先に申し上げておきます」
現在アリオス王子はメリアス太守代行である。
未成年だけどこんな事が許されるのは王室直轄都市だからこそで、最終責任が王室(と補佐する文官達)が取るからこその荒業である。
これがオークラム統合王国全体を差配する摂政代行ともなると、そんな荒業は使えない訳で公認人事を決めてアリオス王子を身軽にする必要があった。
私とアリオス王子とセドリック王子が立ち上がって挨拶をする。
この時点ですでに法院内に根回しは済ませているのであとはしゃんしゃんと片付けるのみ。
けど、そううまくいかないのもまた政治である。
「では、エリー・ヘインワーズ子爵のエルスフィア太守就任に異議のある者は挙手を。
異議なしと認め、子爵の太守就任は承認されました」
私が再度立ち上がって、一同に優雅に礼を返す。
まあ、世界樹の花嫁候補生でアリオス王子と繋がっている状況で、私に手を出す勇気のある輩は少ないだろう。
あえて拒否して私というかアリオス王子の機嫌を損ねたくはないという訳だ。
「では、一時休憩とし、その後セドリック殿下のメリアス太守就任の審議を行いたいと思います」
ん?
ここでの休憩?
元々は一括議題のはずだが?
セドリック王子の方を見ると何も知らないらしく首を横に振るばかり。
アリオス王子の方もこの休憩は聞いていないらしく、一度奥に引っ込んでグラモール卿を呼びに走る始末。
さてと、ここで抜けてもいいのだがと気を抜いたときに、ぽちが何かを咥えてこっちにやってきた。
「手紙?」
私の守護獣であるぽちに害意なく近づいて、この手紙を託す輩はそう多くはない。
封を切って手紙を読むと、そこには厄介な人物からの招待が書かれていた。
「お待ちしておりました。
エリー子爵。
エルスフィア太守就任おめでとうございます」
「ありがとう。
手短に用件をお願いするわ。
サイモン卿」
近衛騎士控え室の一室。
周囲に近衛騎士は居ない。
人払いをしたと見るべきで、警戒されているはずなのにそれができる才能とコネを持っていると嫌でもわかってしまう。
「セドリック殿下ですが、少し問題が」
おいおい。
権力闘争につきもののスキャンダルかよとこめかみに手を当てながら、サイモンに話の続きを促す。
「あの方、歓楽街で遊んでいたからなじみの娼婦の一人や二人居た訳で」
権力者によくある女性問題である。
このままでは問題はないが、あるとすればと先回りして、私は話を遮った。
「孕んで、認知を求めてきたと?」
「その前に、殺されました。
犯人は現在の所不明だそうです。
で、その件が法院衛視隊に漏れました」
何?
さすがにそれはまずい。
これでセドリック殿下に容疑がかかったら、メリアス太守就任がぶっ飛ぶ。
考え事をしながらもサイモンから目を離さない。
慎重に言葉を選びながら、私はサイモンに尋ねた。
「それを私に教えて、何を取引したい訳?」
私の言葉にサイモンが笑う。
まるで悪魔のよう……未来の魔族大公だった。こいつ。
「それはエリー子爵のお気持ち次第かと」
こいつ、カルロス王子の目が無いと踏んで、寝返りにかかったな。
で、その取り成しを私に頼むつもりだ。
潰したいが、敵のまま動かれると厄介だ。
そんな葛藤を押さえ込んで、私はサイモンに口を開いた。
「セドリック殿下はカルロス殿下をメリアスにて働かせたいとのご意向よ」
この話はまだ広がっていないネタの筈だ。
私も危険性を危惧してアリオス殿下に上げなかったのだから。
だが、このような場所での裏取引には十二分すぎる手札のはずだ。
「悪くは無いですね。
ですが、もう少し頂けたら、それなりのお返しを用意するのですが?」
こいつ足元見やがって。
セドリック王子の太守就任が流れればそれでよしで、カルロス王子に恩が売れると。
「一つだけ確認させて。
殺したのは貴方じゃないわよね?」
私の質問にサイモンは鼻で笑って見せた。
そこから見える自負と己の才能への信頼はイケメンゆえに許される。
「私なら、もっとうまくやります。
殺すなんて下策でしょう?」
その彼なりの冗談に不覚にも笑ってしまった。
憎たらしい敵だし、今でもはらわたが煮えたぎっているが、有能である事は認めよう。
そして、有能ならば使い潰せ。
それが政治のお約束である。
「ならば、貴方の上策披露してもらうわよ。
アリオス殿下に謁見します。
貴方もついてきなさい」
「子爵様の仰せのままに」
私がサイモンと共にアリオス王子の部屋にはいると、そこは修羅場になっていた。
荒れていたのだろう。
セドリック王子の顔は赤く、部屋が荒れている。
アリオス王子とセドリック王子の間にグラモール卿がさりげに入って手出しをしないようにしているし、報告のために来たフリエ女男爵もその気になれば動けるように間合いを取っていた。
「兄上。
お恨みしますよ。
貴方が引きずり出さなかったら、彼女は死なずに済んだ!!」
抑制した声だからこそ、セドリック王子の怒りの深さが分かる。
その姿に心が痛むし、王子を恨むのは筋違いで献策を出したのは私だと口を開こうとしてアリオス王子から目線で制された。
「こちらの失態だ。
メリアスに手を広げて、お前の周囲に回す近衛が薄かった。
法院衛視隊も先の華市場の一件で手一杯でそこを突かれた。
すまない」
弟に頭を下げるアリオス王子の姿に一同声も出せない。
これができるから、この人は凄いのだ。
これができたから、この人はミティアと結ばれた時に国を捨てたのだ。
アリオス王子は、最終責任者としてすべての罪をかぶる覚悟がある。
これを王の器として何と呼べばいいのか。
誰一人声を出さずにセドリック王子の短い慟哭が終わると、彼も王家の一員。
涙をハンカチで拭いて、王子の仮面をかぶり直す。
「取り乱して申し訳なかった。
で、子爵の連れている騎士を紹介してもらいたいのだが」
私が頷いて、サイモン自身に自己紹介をさせる。
「近衛騎士団に属し王家の盾にして剣、サイモン・カーシー騎士と申します。
カルロス殿下について色々やっておりましたが、この事態に寝返りを計った次第で」
言い切りやがったよ。おい。
露骨に顔色を変える私やフリエ女男爵だが、アリオス王子は顔色一つ変えずに己の配下の自己紹介を聞く。
「君が弟に何か吹き込んでいたのは知っているよ。
で、今回は我々に何を吹き込んでくれるのかな?」
「セドリック殿下の愛しい人を殺した犯人を」
その一言にセドリックが激昂する。
王子の仮面をかなぐり捨てて、セドリックはサイモンに掴みかかった。
「誰だ!
誰が彼女を殺した!
言え!!」
掴みかかられてもサイモンは顔色一つ変えずに、続きを口にした。
それは、この王都の闇の最奥にある邪悪なものの燐片。
「……お答えすることができません。
それが、答えです」
それに気づいたのはアリオス王子と私とフリエ女男爵の三人。
何を言わんとするのか気付き、その理由も理解できるがゆえに、アリオス王子は額に手を当ててうめき、フリエ女男爵と私は視線を逸らすことしかできない。
「兄上!
分かっているのだろう!
言ってくれよ!!」
気づいていない。
いや、気づくことのできない位置に居たセドリック王子にアリオスは重い口を開く。
「王室には王室を守る近衛騎士団の他に、汚れ仕事をする暗部の存在が囁かれていた。
その暗部は父上直轄で、組織および構成員は私でも把握できない」
セドリック王子が一歩下がる。
何を言っているのか分かったがゆえに。
おめでとう。セドリック王子。
これで貴方も立派な王室の一員だよ。
「あ、兄上。
何を言っているのです?
父上が……!?」
「そのとおりだ。
ついでに言っておくと、父上は諸侯と組んで私の排除を目論んでいる。
セドリックを激高させて、私とセドリックの仲を裂き、私を追い落とす為の策がこれだ」
私達が言わなかったことを、アリオス王子は淡々と言う。
開幕早々の先制パンチにこっちは早くもノックアウト寸前だが、そのまま倒れる私やアリオス王子ではない。
そうして、王室法院を舞台にした陰謀劇の開幕は閉じ、私達の反撃という次の幕に移った。
3/23 設定変更に伴い加筆修正




