6 チュートリアルダンジョン 攻略編 その一
「それじゃあ第一層を攻略するわ。
これだけ人間が居るからあぶないと思ったらすぐに出てくるように。
出撃!」
私の掛け声と共に第一層攻略が始まった。
出撃した4つのパーティの命令は『偵察』『制圧』『制圧』『維持』。
チュートリアルダンジョンだから敵のレベルは3-5、ボスで10という優しいものである。
このダンジョンならば一日で攻略可能だろうが、日をまたぐ長期戦もゲームを進めればあるので、『維持』があるのとないのでは攻略の難易度が変わる。
装備についても今回は皆の自腹装備だが、それだとモブの装備更新が追いつかないのでこっちが装備を用意しないといけない為に、後半になればなるほど加速度的に金が必要になってくる。
私は天幕の中で敷かれた絨毯の上で待機中。
ゲームをしていた時は賃金が安いからとレベル1のモブを育てて育成したのを思い出す。
「ひまー」
「きゅ」
大将ともなると仕事というのは待つ事と決断をする事と責任を取る事ぐらいしかない。
特にこの手のダンジョンで私が突っ込んで迷子になろうものならば、後方はどう動けばいいか分からなくなる。
とはいえ、そこはゲームの世界。
ラスボスを倒して攻略キャラに振り向いてもらう為には、女子力を磨かないといけないのだが、敵を倒して磨かれる女子力は物理に違いない。
そんな訳で、ぽちと遊びながら結果を待つ事に。
せっかく世界樹の杖が直ったので使おうと楽しみにしていたのだけど。
「ケイン。
突っ込んでいった連中の結果が出るのはどれぐらいかしら?」
「二時間。
長ければ三時間という所でしょうかね。
制圧組はエリー様のご命令どおりに、一番技量の劣る面子を配置しましたので」
なお、安くこき使うために育成するという私の主張で一番レベルの低いやつらを第一層攻略組に送り出したが、その面子の中にアルフレッドが居たりする。
どんな名人とて最初から上手かったわけではなく、修行してそこに辿りついたのだ。
ならば、十分なサポートをつけて彼を鍛えるのに何の不都合があろうか。
惚れた弱みともいうが知らぬは本人ばかりなり。
「エリー様。
万全を期するというのお考えは理解できますが、この規模で迷宮を攻略すると……」
「言わなくても分かっているわよ。アンジェリカ。
次からは自前の財布でするつもりだから」
モンスターが出てきてこんな迷宮があちこちにあるこの世界、当然だが治安はあまり良くはない。
トラブル解決や治安維持には騎士団が動く訳だが、騎士団が動くと金が派手にかかる。
だからこそ騎士団を頼むより安い傭兵や冒険者の需要がある訳で、私の手法みたいに彼らを騎士団規模で雇うならば騎士団を投入したほうが確実だったりする。
だが、自前の戦力確保という観点を入れるとこの話ががらりと変わる。
ケインもアンジェリカもヘインワーズ侯から与えられた人材で、雇い主はヘインワーズ侯である。
という事は、ヘインワーズ侯の意向に逆らう命令は聞けない訳だ。
ヘインワーズ侯と手を切るつもりは今の所はないが、私の命令を聞く私の手足の確保は早急にする必要があった。
で、彼ら低レベル冒険者な訳だ。
育てて忠誠心を養って私の手駒にする。
アルフレッドがそこにいるからこのロジックを考え出したという訳ではないので。多分きっとメイビー。
「少し寝るわ。
第一陣が戻ってきたら起こして」
待っている間に体力気力を充実させるのは、この手の仕事の最低条件。
彼らが戻るまでの間、少し寝て気力体力を回復させようと私は毛布をかぶって横になる事にした。
「エリー様。
エリー様。起きてください」
「きゅきゅきゅ」
アンジェリカの声とぽちがぺちぺちと頬を叩いたので私は目を開ける。
という事は、突入させていた第一陣が帰還したらしい。
「おはよう。アンジェリカ。
で、結果は?」
「第一層制圧は成功です。
しかし、偵察および制圧に多大な被害が出ています。
死者は出ませんでしたが、重症4、軽症3で維持以外のパーティはこちらに戻っています」
アンジェリカの「多大な被害」という言葉に心臓が一瞬どくんと震えたが、死者が無しなのを聞いてほっとする。
これらの被害の理由は簡単で、こちら側の技量と装備の不足だ。
廃材から作り出した棍棒と板から作った盾が彼ら初心者冒険者の初期装備なのだから。
だからこそ格安で雇えるとも言う。
これが傭兵ともなると同じくレベルは低いが、装備はショートソードにレザーアーマーぐらいをつけてくるので格段に負傷が少なくなったりする。
「待機させていた2つのパーティを『維持』で投入。
『維持』しているパーティは交代で帰還させて。
負傷者は私が回復させます」
「エリー様!
それでしたらわたくしどもが……」
アンジェリカの言葉を捨て置いて、私は世界樹の杖を手にとって天幕から出て帰還した皆の前に出る。
偵察パーティを率いていたシドが私を見つけて、憎まれ口を叩いた。
なお、彼自身は無傷だ。
「すまねぇ。お嬢。
第二層まで欲張りたかったがこの様だ」
「仕方ないわよ。
まずは無事を喜びましょう。
白き女神イーノよ。
我は願う!
この者たちに回復の加護を!!」
かけるだけで金が飛んでゆく神聖回復魔法を範囲でかけて、負傷者全員の傷を全快させてみせる。
世界樹の杖は世界樹の加護からくるHP回復が知られているが、魔石を組み込む事で、魔力枯渇に備えての魔力蓄積や、呪文を省略して低級魔法を詠唱なしで 発動できるなんて付属効果もあったりする。
魔力が戻った私の世界樹の杖にはめられているのはぽちの血より造りだした神竜石で、長い時間がかかるが儀式魔法クラスの魔力蓄積と強力な対魔・対物シールド魔法を詠唱なしで発動できるようにしているチート武器だったりする。
めったに見ることのできない明確なる奇跡にシドだけでなくアンジェリカやケインですら目を見張っている中、私は朗らかに微笑んでシドに語りかけた。
「とりあえず、あったかい食事を用意させたわ。
食べながら報告を聞きましょう」
「……もぐもぐ…やっぱり、装備については何か考える必要があるわね」
「お嬢が何考えているか知らんが、金払うならば、素人よりプロに払ったほうがいいと思うぞ」
「あら、そうなったら貴方に声かけられなくなるけど?……ぱくぱく……」
「俺も経験積んでプロになるからお嬢の方から声をかけてくるさ。
あとせめてお嬢なんだから、しゃべるか食べるかどっちかにしろよ」
「こんな場所にマナーなんてあったかしら?」
「いや、お嬢の方が正しいな」
塩と干し肉のスープに硬いパンをひたして食べる。
これでも暖かい食事なだけ戦場ではましだったりする。
私専用の食事を用意していたアンジェリカの機嫌はあまり良くないが、彼女も冒険者あがりなだけにこういう場にトップがやってくる事の意味が分かっているので口には何も出さない。
後で機嫌をなおしておこう。
食事の会話は私について物怖じしないシドが代表を務める形で話が進む。
このあたりはさすが攻略キャラと言った所か。
「まあ、装備についてはこっちで用意してもいいわよ。
前払い報酬という形になるけどね」
「お嬢。
あんた何をたくらんでやがる?」
プロを雇った方がいいというシドの意見を聞かずに、装備の提供すらこちらが口に出したのだ。
裏があると勘ぐるシドは間違っていないので、それとなく理由をでっちあげてゆく。
「簡単な話よ。
コインの表か裏か分からないのに、裏にかけてくれた人を優遇すれば味方になるでしょ」
「お嬢がそれだけ警戒するベルタ公の隠し玉って誰だ?」
このあたりに気づくのはやっぱりチートだよなぁ。シドも。
同時に、世界樹の花嫁をめぐるヘインワーズ侯とベルタ公の対立が広く知れ渡っている事に暗澹とした気持ちが沸くが、私は苦笑しながら話をはぐらかす事にした。
「ご飯を食べたら休憩を挟んで第二層の攻略に出てもらうわよ。
負傷した連中は一層の『探索』をしてもらって、お宝探しついでに残った敵を掃討。
もうひとつ『維持』をおいておくから、安心して下を調べてきてちょうだいな」
「わかった。
お嬢のたくらみはともかく支援は本物だ。
報酬分の仕事はするさ」
「突入時に言ったけど、危なくなったら即座に引き返すように!」
私の言葉で、シド達が立ち上がって準備の為に戻ってゆく。
ぽちにスープでしめらせた固いパンを与えながら、空を見上げるとお日様は中央から少しずれたあたり。
夕方前には攻略したい所だ。
「楽しそうな事をやっていますね。
よろしければ、お仲間に入れて欲しいのですが?」
後ろからかかる気品のある声に、私は苦い顔をしながらも精一杯の猫をかぶって声の主に振り向いた。
「どうぞ。
むさくるしいお遊びですが、歓迎しますよ。
殿下」
アリオス殿下とグラモール卿の乱入に、ああ、乙女ゲーだなぁと感じずにはいられない昼下がりの事だった。
11/11 少し加筆
11/27 少し修正