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昨日宰相今日JK明日悪役令嬢  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
英雄に成る条件

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70 ターニングポイント セーブなし

 スラムにも場所によって住人が違うのを知っているだろうか?

 たとえば王都オークラムの場合、城壁外に広がるスラムは当然王都から遠ざかれば遠ざかるほどに住人が新しく貧乏である。

 流民の増加で絶えず人口の流入が激しく、その治安の悪さもスラムの住民も気をつけないといけないぐらい悪い。

 で、そんな住人が一攫千金を得て、次に住むのがメリアスにもあった地下水道。

 地面の中という居住性の悪さより、進入方向が限定される安全性と汚れているが浄化すれば十分飲める水と、汚水で育った鼠等の食糧確保から、実はここに住むためにはかなりの資産(貧乏人にとって)とコネを必要とする。

 で、そこで更に金とコネを得たスラムの住民は、市民権を買って城壁内のスラムに移り住む。

 元は庶民街の一角で利便性の悪い場所だったがゆえに、住まなくなった場所に居ついた訳だ。

 そんな城壁内のスラムを私はアルフレッドに抱きかかえられて闇夜の中駆けている。


「ちょっと!

 大丈夫だから、止まって!おろして!!」


 さすがに息が上がってきたアルフレッドを見かねて、私がアルフレッドを止めさせて私を地面に降ろす。

 もそもそとぽちが這い出てくるが、例の殺人人形の気配は感じないらしい。


「ご、ご無事ですか……お嬢様……」

「うん。

 ご無事だけど、あなたの方がご無事じゃないじゃない」


 私を抱きかかえ、ライオットシールドを背負っての逃走である。

 明らかに疲れているアルフレッドに持っていた回復ポーションを渡して立ち上がる。

 ここの住民は基本外の連中に冷淡だ。

 もうしばらく立ち止っていたら、きっと身包みはがされて裸の死体二つが下水に浮かぶなんて落ちになるだろう。


「とりあえず、この近くで休むわよ。

 屋敷に戻るのはそれから」


「ですが!」


 自分の事は構わないでとでも言おうとしたのだろう、アルフレッドの口を人差し指で黙らせる。

 その疲労困憊で殺人人形に襲われたらひとたまりもないだろうに。

 そんなこっちの本音は告げるつもりも無く、私は理由をでっちあげる。


「あれを貴族街まで連れて行って戦闘なんて起こしてみなさい。

 法院で集中砲火を食らうわよ。

 あれを止めないと私達は屋敷に戻れない。

 いいわね」


「でしたら、皆と合流しては?」


「その皆が殺人人形を引き受けたからからこうやって逃げられたんじゃないの?

 安全を確認するか、突破してこっちに殺人人形が向かってくるか知らないけど、戻るのは下策よ。

 とにかく休むわ。

 こっちよ」


 アルフレッドの手を取って、城壁の一角へ向かう。

 その昔、精神が壊れかかってこのあたりを裸で徘徊していたから、勝手知ったるなんとやらである。

 そんな私を見るに見かねて救ってくれたのが、あのちっぱいじゃなかったマリエル。

 精神をもとに戻すためという理由で、通り魔よろしくレイピアの突きを全力でかましてくれた彼女の心遣いに感謝と怒りを今でも忘れない。

 当然言える訳がないが。

 さすがに危険度が高いので、たれぽちを頭に載せて臨戦態勢なのだが、われながら緊迫感がない。


「おっと。

 ここはお嬢様みたいな高貴なお方が入る場所じゃないんだが?」


 地下水道入り口で見張りをしていたスラムの住人が卑下た笑みを浮かべてとうせんぼをする。

 私は白々しく猫をかぶって見張りの手に銅貨数枚を握らせる。


「お願いします。

 ここを通していただけませんか?

 ヘインワーズの家から駆け落ちして、二人で生きていくんです」


 手に握られた銅貨の数を見て見張りは更に卑しい笑みを浮かべる。

 世間知らずのお嬢様が、護衛に惚れて駆け落ち騒ぎ。

 王都ではそこそこあるイベントだ。


「ふん。

 うまくやる事だな。

 淫売宿は降りてから最初の十字路を左に曲がった水路にある。

 たっぷり楽しむことだな」


「ありがとうございます。

 親切なお方。

 このご恩はいずれ」


 アルフレッドの手を引いて、私達は地下水道に降りてゆく。

 なお、この後あの見張りがヘインワーズの屋敷に駆け込んで、私達の事を密告するのまで想定済み。

 当然貴族の家からの報酬が彼らにとって莫大だからで、運がよければ貴族の屋敷で働く(当然その段階で市民権が付与される)事もできるから密告はある意味必然でもある。

 お嬢様と護衛のロマンスが成功する為には、このスラムの住人を信じない事が絶対条件なのだ。

 なお、このあたりの駆け落ちは『世界樹の花嫁』の主人公とキルディス卿のラストイベントでの駆け落ちまんまだったりする。

 この地下水道で寄り道せずに王都を脱出したらエンディングという訳で、淫売宿でのエッチシーン回収はバットエンドになるので注意。


「これで、ケイン達に私の居所が知れるわ。

 あとはみんなが来るまで篭城していればいいわよ」


 華市場に行く事はヘインワーズ侯には最初から伝えている。

 また、連絡役のメイドも残しているので、何事も無く終わってこっちの場所さえ知れたら迎えが来るのは間違いが無い。

 そのあたり、傭兵上がりのケインと冒険者上がりのアンジェリカを信頼している。

 問題は、あの殺人人形を仕留めそこなっていた場合だ。

 こっちに来られたらアルフレッドが足かせになりかねない。

 空間転移魔法が使える殺人人形を迎撃するには、移動そのものが制限される地下に逃げ込むしかなかった。


「しかし、お嬢様。

 失礼だと思いますが、スラムに慣れていらっしゃいますよね?」


 ふむ。

 極力アルフレッドの前では猫かぶってお嬢様していたからなぁ。

 アルフレッドが目を丸くしているのに苦笑してしまう。

 私が娼館でバニーではっちゃけるのも客を取らないからお嬢様のお遊びみたいな感じで受け取っているかもしれないし。


「言ってなかったっけ?

 私はもともとこっち側の人間なのよ」


「いえ。

 ケイン様やアンジェリカ様から聞いていますが……」


 慣れた手つきで地下水道を歩く。

 うっすらと松明がつけられており、地下の曇った汚臭も住民がお嬢様姿の私を見る奇異と金儲けの視線を感じながら気にせず進むと、告げられた淫売宿の看板が見える。


「『地下の花畑』亭。ここね」


 強引に掘られたらしい横穴につけられた戸を開けると、小さな待合室の端に意地悪そうなオババが座っている。

 こっちを一目見て聞こえるように舌打ちする。


「ここはあんたみたいなお綺麗な御方が来る場所じゃないよ。

 とっとと出て行っておくれ」


 奥の穴蔵から喘ぎ声が聞こえてアルフレッドが赤くなっていたりするが今は気にせずに、オハバの手に金貨を握らせる。

 さり気に業界用語を入れて反応を見るのも忘れない。


「お願いします。

 部屋を貸してください。

 華市場から逃れてきたのですが、護衛が疲れて休みたいと言っているのです」


 オババの目がギロリと光った。

 かかった。

 私を逃亡華姫と疑っている。

 密告すれば莫大な褒章が出る金儲けのチャンスをこのオババが逃すわけがなかった。


「一番奥の穴が空いているから使いな」


「ありがとうございます。

 あなたに感謝を。

 あと、よろしければささやかなお礼を」


 この暮らしで一番困るのは実は水だったりする。

 地下水道は下水がほとんどなので飲むためには浄化しないといけないからだ。

 そのため、地下の住人は流れこむ雨水を溜めて、それを浄化して使っている。

 また、火を使うのも酸欠と煙が出るので、スラム内で厳格に決められていたりする。

 何が言いたいかというと、こんな宿の商売なのに使えるのが汚れた雨水しかないのだ。

 この場所は多分事が終わって体を拭く場所も兼ねているのだろう。

 オババの後ろの大きな水瓶を眺める。


「水の精霊よ。

 我が契約に従いこの水を清めたまえ」


 浄化魔法を唱えて、水を浄化する。

 蝋燭の薄明かりでもはっきりと分かる綺麗な水にオババの顔色が変わる。

 こういう事ができるから、魔術師になると基本食いっぱぐれがない。


「ぽち。

 お願いね」


「きゅきゅ」


 ポチがトカゲの姿のまま、そばに置いている丸石にファイヤーブレスを吐く。

 石が熱せられて赤くなった所を、私が火鉢においてあった火かき棒を箸のように使って水瓶に沈めてお湯を作る。

 綺麗な水で作られたお湯はこのスラムでは、万金の価値が有るのだ。


「あんた、手馴れているね。

 出戻りかい?」


 こんな商売をやっているからオババは私が出戻り華姫だと見事に勘違いしてくれる。

 その言葉に少しの嫉妬と羨望を見つけてしまったから、察してしまう。

 オババは華姫になれずに途中で売られたのだと。


「ええ。

 これでも娼館を切り盛りしていたんですよ」


 私の言葉に嘘はないと分かったか、オババが奥の箱から薄汚れた毛布を持ってくる。

 こんな場所での毛布はボロで汚れているとはいえ、尻に敷けば男を受け入れる時に体の負担が桁違いに軽くなる。


「こんな湯で汗をふけるなんて何年ぶりだろうねぇ。

 あたしゃ欲張りだから、湯を堪能するまで動かないよ。

 さっさとやっちまって、あんたの元いた場所に帰っちまいな。

 追っ手に捕まるより、自ら戻る方がずっと罰が軽いからね」


 偏屈で意地悪なのだろうが、それは善意から出た真心。

 時間をやるから、護衛と楽しんでさっさと帰れというオババの言葉に私は苦笑するしかない。

 こっちは、その追っ手を待っているのだから。


「はい。

 じゃあ、行くわよ。

 アルフレッド」


「あ。

 はい。

 お嬢様!」


 多分アルフレッドは気づいていない。

 この奥が貴方の運命を決めるって事を。

 私が未来を決めるって事を。

 運命というのは、唐突で残酷で容赦なく未来を変えてゆく。

 その確信をアルフレッドに言うことなく、私達は奥の穴に向かった。

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