66 秘密の華園のお茶会 お誘い編
アリオス王子の華姫であるリアーヌ・ホルトゥルスから王宮でのお茶会の招待状が届いたのは、王都に着てから数日後の事だった。
その招待状を手で弄びながら、ため息をついていると暇をかこっていたアマラが声をかけてくる。
「行きたくないお茶会ならば断ればいいのに」
「いや、気乗りはしないのは事実なんだけどね。
このお茶会、多分華姫の集まりなのよ」
華姫にあこがれるアマラがとたんに食いつく。
アマラは己の立ち居地がどれほど幸せなものか分かっていないが、それを口にするのも躊躇われるわけで。
「そうよね!
王都社交界の飾りとして、この都にはたくさんの華姫がいるのよね
あこがれるわぁ……」
うん。
否定はしないし、実際に最盛期の王都の華姫を知らない私がとやかく言う事もできない。
気乗りしないのはそれ以外の理由もあった訳で。
「私のお師匠様がどうも、花姫みたいでね。
そのあたりの情報も仕入れられるから行かないといけないんだけどね」
「え!?
絵梨、お師匠様の情報入手したの!
どうして私に言わないのよ!!!」
お師匠様がらみと聞いてぽちをかわいがりしていた姉弟子様まで出てくる。
そういえば、言ってなかったな。この話。
「ヘインワーズ侯の長女が、どうもお師匠様の娘っぽいんですよ。
まだ未確定ですが、お師匠様が花姫としてヘインワーズ侯に囲われていたみたいで」
「じゃあ、何で絵梨は浮かない顔をしているのよ?」
探していたお師匠様の情報の手がかりである。
嬉しい事は嬉しいのだが、それ以上に気になる事があった。
「水樹姉様。
お師匠様、『どこまで見えていた』と思います?」
アマラは首を傾げるが、姉弟子様は私の懸念を的確に見抜いて顔を青ざめさせる。
優れた占い師は未来を紡ぎ、現実を未来に近づける。
それは未来予知というよりも未来確定という魔法に近い。
「私が飛ばされた時、薬学や自己制御等魔術師の基礎が完成していて、逃げ込んだパトリには魔術の勉強ができる魔術書が置かれていた。
そしてこいつ」
私は姉弟子様から逃れてきたぽちを抱きかかえる。
ぽちとの出会いも考えてみれば不思議でいっぱいだ。
何で懐いたのか?
そもそもどうしてあそこに居たのか?
未来が見えていた人が居たのかもしれない。
「『未来は決まっていない。だからこそ占いは現在を望む未来に近づける作業だ』。
お師匠様の言葉よね。
貴方の事を思っていたのならば、悪いようにはしてないのでしょう」
姉弟子様の慰めに少しだけ心が軽くなるが、実は懸念はそこではない。
実は、実の娘であるエレナが受ける苦難を見越して別の生贄を探したなんて邪推もあったりするが、それを含めてもお師匠様には感謝しているのだ。
あの時、一人ぼっちだった私に声をかけてくれたお師匠様に、私は運命を与えられたのだから。
私のこの思いまで見越している事もありそうだが、お師匠様ならばそこまで見えているかも知れないと今はもう笑うしかない。
無理やり笑顔を作って、私はその懸念を口にした。
「私もそこは疑っていませんよ。
未確定の未来の為に、師匠は精一杯手を差し出してくれたのでしょう。
その善意は疑っていませんし、感謝もしています。
ですが、ここまでするほど私を強化しないといけない事って何だと思います?」
「……」
「……」
私の懸念に姉弟子様とアマラが黙り込む。
ゲームの場合、レベルを上げることでクリアする事ができる。
裏返せば、クリアする為にはレベルを上げなければならない。
つまり、ぽちという聖竜を守護獣に持ち、占い師でもなく、華姫でもなく、宰相兼魔術師という極まった果てにいきついた私が相手にしないといけないものとは?
そういう事なのだ。
最強の矛であり盾であるぽち、魔術を極めた私、そしてある意味孤独な隠者でないと大成しない魔術師では防げない組織や政治的攻撃を防ぐ銀時計をはじめとした勲章の数々。
これらが無いとクリアできない敵の存在を暗に言っているようなものである。
で、それに私は嫌でも心当たりがある。
「ヘインワーズ侯は『宮廷魔術師を嘱望されながら花姫に落ちざるを得なかった』と言っていました。
そして、その落ちざるを得なかった理由ってのが、現王の絡む王位継承のごたごた」
その言葉を聞いてアマラの顔色が変わる。
秘密警察こと法院衛視隊が今の話を聞いたら、不敬罪がらみでお話を聞きに来るレベルである。
「つまり、そういう所からのお誘いな訳です。
私が気乗りしないのも分かるでしょう?」
この状況で何かを仕掛けてくる。
それが王室なのか、諸侯なのか、またサイモンやカルロス王子なのかわからないが、それだけは確信があった。
ついでとばかりに聞いている二人に絡む話をしておこう。
「せっかくなので、ちょっとぶっちゃけますね。
ここに居る三人が実質的な世界樹の花嫁候補な訳ですが、誰がなります?」
私の言い方に疑問を持った姉弟子様が首をかしげて、ぽんと手を叩いた。
私の言っている世界樹の花嫁が本来の世界樹の巫女の方を指していると気づいたからだ。
つまり、ビッチでないとなれない聖娼……まてよ。
「どうしたの?絵梨。
そんなに必死に設定資料集を見つめて?」
「何か、エリーの目が血走ってて怖い……」
二人にドン引きされながら、私は設定資料集の探していたページを見つける。
世界樹の花嫁の儀式の部分だ。
世界樹に認められる場合、前提としてビッチになっていないといけない。
儀式そのものは神殿ぽい一枚絵で、文章が流れるだけ。
『まず裸になって世界樹の雫によって身を清め、世界樹の巫女となる。
巫女はその後奥にある世界樹の蕾と呼ばれる部屋に行き、七日七晩世界樹に加護を求め、世界樹の種を『産む』』
産む。
そうだ。
世界樹の巫女は、加護のアイテムである世界樹の種を『産む』のだ。
つまり、巫女が雌しべで、雄しべは?
「最低だ。ここの開発陣。
たった一言にここまでの悪意を込めていやがったとは……」
最初誤植だと思っていたが、これが正しいならばここはファンタジーである。
あきれ果てて天井を眺めて嘆いた私の頭からぽちが落ちるが気にしない。
私の嘆きがわからない姉弟子様とアマラの為に、私はその悪意を教えることにした。
「豊穣の加護のアイテムである『世界樹の種』。
これを巫女は『産む』。
何処で?」
私は自虐的な笑みを浮かべて、自分の下腹部--つまり子宮--を指さす。
ファンタジー出身のアマラの方がその意味に気づいて顔を青ざめる。
「え?
苗床にされるの?
面倒だなぁ」
軽い口調でアマラが口にするが、それはこの世界の娼婦のある意味登竜門でもある証。
ここはファンタジーでそんなものも需要があったりする訳で。
また、この手のモンスターとの行為は見世物の一つとしてこっちの世界では定番で、男を喜ばせる芸の無い女達が蔑まれながらも金を安定的に稼げる職でもあったりする。
更に、穀倉地帯だった南部は不作続きで人身売買で南方魔族との交易に依存しきっている。
で、輸出された人間--若い娘達--は、輸入される食料の代償に魔族を孕む家畜として一生を終える。
「いいじゃない。
やってない訳じゃないでしょうに。
どうせモンスターとするのは華姫修行でも徹底的に…………」
何かが繋がる。
華姫……花姫……世界樹の花嫁……苗床……調教……世界樹の種……
「最低だ」
つながった結論に思わず罵倒がこぼれる。
たしかにこれならば筋は通るだろうが、それを乙女ゲーの背景にぶちこむか?
そうか。
元々はシミュレーションゲームだったな。これ。
ならばsenkaは隠し味か。
私は二人に向けて、つながった真実らしきものを告げる。
最初から花というモチーフで繋がっていて、それを暗示していたというのに気付かなかったというか気づけという方が酷いと思う。
とりあえず、向こうに戻ったら開発陣を探しだして、シナリオライターはぶん殴る。
「世界樹の花嫁は、その豊穣の加護である世界樹の種を産むために世界樹か世界樹の守護獣か知りませんがそんな化け物に犯されなければならない。
触手苗床か異種姦か知りませんが、七日七晩犯されてなお豊穣の加護を求めるためには、その身と精神が壊れないように巫女自身がそれに慣れていないといけない。
その巫女の調教プログラムが多分花姫です」
そこで一旦区切る。
己の運命と世界の現状を呪いながら、己の身につきつけられた華姫と花姫の呪いに必死に耐えながら、私はその続きを口にした。
「それが失伝し、子が産めぬ体にされた出来損ないである華姫がこの王都で咲き誇っている」
しばらくの沈黙の後、空気を変えようと姉弟子様が話を変えにくる。
さすがにこの空気のままは私も嫌だったので、私はそれに乗ることにした。
「そういえば、お師匠様はこっちの名前って何?
私達の所では瀬羅って名乗っていたけど」
神奈瀬羅。
それがお師匠様の名前だった。
こっちではセラだったのかと思ったが、漢字を使ったことで濁音が消えてしまったらしい。
「ある意味同じ名前でしたよ。
セラじゃなくて、ゼラが正しかったんでしょうね。
華姫は源氏名に花の名前が与えられます」
なお、廃れてしまったが私にもアニスって源氏名があったり。
薬師もできるから、薬草系の源氏名がつけられたのは内緒。
「ゼラニウム。
それがお師匠様の源氏名です」




