63 多分家族の団らん(貴族編) 0320加筆
王都オークラムの中枢である王宮こと『花宮殿』。
そのほど近い一角にヘインワーズ家の屋敷がある。
今、この屋敷は結婚式に向けて色々と慌ただしく動きまわっていた。
「お帰りなさいませ。
エリーお嬢様」
立場上義娘という事になっている為、屋敷のメイドがズラリと並んで私に頭を下げる。
アンジェリカみたいな冒険者上がりではなく、専属教育をうけたプロのメイド達。
メイド長と家宰が並んでいるあたり、一応歓迎してくれるのだろう。多分。
「王室法院定例会の為に、こちらの屋敷をお借りします。
そちらには迷惑は掛けるつもりはないので、先に連絡したとおり、離れを貸してもらえないでしょうか?」
法院でのロビー活動の為にはどうしても近場に拠点が必要になる。
その為、この屋敷の一角を拠点にと手紙を出していたのである。
で、その返答はこの屋敷を差配する影の実力者である家宰から重々しく伝えられた。
「お嬢様。
その出自はどうであれ、今の貴方はヘインワーズ家の娘。
ましてや、エルスフィア太守代行という重責を担っておられている。
離れなどと慎ましい事をおっしゃらないでくだされ。
お嬢様のお部屋は本館の二階に用意させて頂きました」
「こちらにご滞在の間は、我々をお呼びくださいませ。
もちろん、身の回りはお嬢様のお付をお使いになられて構いませぬが、少々メイドとして至らぬ点もある様子。
お嬢様を不快にさせないように、幾ばくかの指導をしたいと思っております」
離れでなく本館二階。
屋敷の当主一族のプライベートスペースに部屋を用意してくれている意味は、私をヘインワーズの娘と扱うという事。
全面降伏して王家に尻尾を振るが、孤立無援にはしないというメッセージだろうか?
メイド長の言葉にカチンときたらしいアンジェリカを始めとしたこちらのメイド達。
そうだよなぁ。
私に付けられたメイドは、『メイドもできる護衛』なのに対して、ここは『護衛もできるメイド』なのだろう。
この言葉が逆になっている意味は結構重たいし、成り上がりだからこそヘインワーズ家は無視できないか。
「わかりました。
アンジェリカ。
良い勉強だと思って、いろいろ学んで頂戴」
「……かしこまりました」
ここにいるのは、私と私の付き人(ケインと護衛、アンジェリカとメイド)の13人と、姉弟子様にアルフレッド、そして私とミティアの襲撃事件の為にメリアスから一時離す事にしたアマラとシド。
まあ、この程度の人数を軽く収容できるからこそ大貴族のお屋敷というのだろうけど。
「それとお嬢様。
侯爵様がお会いになりたいと申しております」
「わかりました。
夕食後にそちらに参りましょう」
さて、私をこの地に召喚した元凶であるヘインワーズ侯は私に何を語ってくれるのだろうか?
「貴方がエリーね。
本当に私によく似ているわ。
私の名前はエレナ。
貴方の姉という事になるのかしら?
シボラの街の君主の娘、エレナ・ヘインワーズよ。
よろしくね」
夕食後に出向いたヘインワーズ侯の部屋で待っていたのは、本来悪役令嬢になる予定のお方だった。
エレナ・ヘインワーズ。
成り上がりゆえに、お嬢様たらんと努力して、それ以外の政治の部分で没落の引き金を引いた女。
美しい金髪とそれを魅せつける薄色のロココ調のドレスが良く似合っている。
こちらが黒髪なのに対してエレナが金髪なので見た目の違いははっきりしているが、顔つきとか目元とかのパーツがよく似ているのだ。
お互い髪も腰まで届き、お揃いと献上した華やかな飾り紐がつけられ、姉妹らしさを醸し出している。
なお、こちらも挨拶するというので、向こうで作った赤のお姫様ドレスを着込んでいたり。
「エルスフィアを一時的に預かる者で世界樹の花嫁候補、エリー・ヘインワーズ太守代行と申します。
ヘインワーズの名前を汚さぬよう努めてまいります。
あと、これと同じものをエレナお義姉さまの為に用意して参りました。
お受取りください」
「ありがとう。
頭の回転が早い妹を持って私は幸せだわ」
「ほほほ」
「うふふ」
お互い腹の底では何を考えているかわからないが、表面上破綻しない姉妹関係というのを作ることに成功。
今回のお呼ばれは彼女との顔見世もあったのだろう。
「姉妹どうし仲が良い事だ」
「お父様。
ずるいですわ。
わたくしに隠れてこんな可愛い妹を作るなんて」
こっちの様子を伺っていたのだろうヘインワーズ侯爵が姿を見せると、エレナ義姉様がヘインワーズ侯爵に甘える。
待てよ。
ヘインワーズ侯の年で、この年の娘ができるって事は……
「さてと。
エレナは向こうに行っていなさい。
エリーと少し難しい話をしないといけないからね」
「ええ。
おやすみなさい。お父様。エリー。
今度一緒にお茶しましょうね」
エレナが笑顔で部屋から出てゆく。
ドアが閉められて、その音が聞こえてから空気がすっと変る。
「頭の良い娘だ。
うちの没落を理解していたからこそ、ベルタ公の次男との婚約に反対すらしなかった」
「失礼ですが、お義姉様のお母様は……」
三十前後で私と同じ年ってそれいろいろとまずいと思います。日本では。
とはいえここは異世界、ましてや貴族ともなると御家存続が第一であるので、いろいろと考え方も違う。
「そう。
父が囲っていた花姫だった。
花姫と華姫の違いなんて知らなかったからな。
憧れていたあの人に筆おろしに行ったら当たってしまって、父は笑うし母はカンカン。
できたのが俺の娘か俺の妹なのかまでは知らん。
ただ、産後にそのまま姿を消した。
母の怒りを買ったから娘に害がないようにという置き手紙を残してな。
カンのいい女だったよ。
あの子を守るのは俺しかいないと覚悟を決めると、不思議と力が湧いてきた。
で、ここまで突っ走ってきた訳だ」
そして、ここで引いたのもエレナの為なのだろう。
なお、彼はその後落ち目の諸侯の娘と結婚して嫡男を始めとした子供たちを作っているが、彼らはまだ幼い。
だとしたら、アリオス王子の嫁にという下心は、政治的野心の他に彼女への親心もあるのかもしれない。
私の存在で己の野心の末路に気づいた彼は、躊躇うこと無く野心を捨て保身へ走った。
その覚悟こそ彼が一流の証。
「だから遠慮するな。
少なくとも、俺はお前を娘として扱うからな。
もっとも、エルスフィアを掻っ攫ってくるとは思わなかったけどな」
その笑顔は良い成績を取った娘を褒める父親に見えなくもない。
全く血が繋がっていない偽物の親子関係だけど、ほのかに感じる暖かさをどう表現すればいいのだろう?
「おまけに、タリルカンド辺境伯末弟のエリオス殿の嫁にとこの間辺境伯から誘われましたよ。
ヘインワーズの名前も捨てたものじゃないですね」
「間違いなくお前を評価したんだろうよ。
こちらも辺境伯から正式に申し込みがあった。
本人に任せると逃げを打ったが、向こうは本気らしいぞ。
エルスフィア太守代行殿。いや、次期エルスフィア太守殿」
それを聞いた私のしかめっ面を見てヘインワーズ侯爵が楽しそうに笑う。
彼の耳にまで入っている以上、もはや太守就任は既定路線という事か。
「次の王室法院定例会にて俺の引退が受理される。
で、お前の太守就任に合わせてエルスフィア家門としてお前に子爵が叙爵される。
息子が成人するまで、ヘインワーズ家門を引っ張る事になるだろう」
え?
それ初耳なのですが??
「何を驚いている?
俺が引退した後の高位貴族で、しかも太守位持ちで、世界樹の花嫁候補。
おまけに、俺の娘だ」
「周囲が納得しないのでは?」
「じゃあ、俺の妹でどうだ?」
うわぁ。
好色だとこのあたりつっ込みが追いつかない。
そういう事か。
成り上がりで、急いで信頼できる一門形成の為になりふり構わず子供が必要だったと。
という事は……
「……私の母をお義母様の叔母にするつもりですか?」
途中から考えている事を口に出したら、ヘインワーズ侯はニヤリと笑うのみ。
このどS系イケメンも大概チートである。
「否定する材料が探っても何も出てこない以上、本人の意志を尊重しないといけないだろう?
容姿はにていて髪の色ぐらいしか違わない。
二人を並ばせて『種違い』と言えば、誰もが納得するさ」
華姫という高級娼婦情報流して私への敵愾心を下げたと思ったら、それを手にとって一門組み込みの裏ワザかましてくるとは。
ああ。懐かしき権力闘争のドロドロさ。
「で、我が娘は法院で何を企むつもりなのかな?
まだ、執政官なので、物分りの良い父親役を演じても構わないぞ」
お願いですから、その笑みやめてください。
アットホームな父親でなく、獲物を目にした餓狼にしか見えません。
「大賢者モーフィアスの世界樹の花嫁に関する報告は届いていますか?」
「読んだ。
手を引いて正解だったと思う。
だが、あれは荒れるぞ」
予想通りの言葉を吐いてくれる義父に私は爆弾を投げつける。
アリオス王子から暴露された、王家の血にまつわるあれこれを。
もちろん、魔法で音消しをした上だが、あのヘインワーズ侯ですら顔色が悪い。
「なるほどな。
俺が未来において潰される理由はこれか」
そこに行き着けるのだから、本気でこの人こわい。
なお、この若さだから隠居とは名ばかりで、ヘインワーズ商会の方で活動して商業に力を入れるつもりらしい。
この情報を持っているならば、巨万の富を掴めるだろう。
「エルスフィア太守は世界樹の花嫁でミティアに負ける出来レースの褒章です。
そして、ミティアの王妃が既定路線な今、諸侯が激しく争っています。
アリオス王子は優秀すぎるので、手頃な頭に替えたいのが諸侯の本音。
私にカルロス王子を担ぐ勢力が接触してきました。
彼の背後には南部諸侯がいます」
まあ、黒幕の一人はサイモンなのだがそれを言っても理解できないだろう。
彼のスポンサーの南部諸侯を黒幕にした方が話を進めやすい。
「我が世の春を謳歌する西部諸侯への対抗か。
そして、南部諸侯だけでは勝てないから東部諸侯を巻き込んだ。
世界樹の花嫁襲撃事件の黒幕は、南部か東部か?
俺の引退を使って背景の捜査をうち切ったらしいが」
なお、我がヘインワーズ家は法院貴族の出世頭で、今回の婚姻で西部側についたと見られている。
そして、私に粉をかけてきたタリルカンド辺境伯は東部諸侯の大物。
ああ。楽しき権力闘争。
「そこまでは私にもわかりません。
ですが、今回の王室法院定例会で、女神神殿神殿喜捨課税問題が議題に上がります。
そこの動きで見えてくるものがありましょう。
私が潰されても、ミティアは花嫁請願まで使ってこれを阻止するでしょう。
それぐらいは、私とヘルティニウス司祭でミティアに教え込みました」
我々の絶対的な切り札である花嫁請願。
将来においてこれが使えることが確定しているミティアをこっちは取り込んでいる。
だからこそ、反対派はこの局面を打開するための大技を繰り出さないといけない。
その大技が何なのかまだ私にはわからない。
「わかった。
どうせ、エレナの結婚式は諸侯を招待するから、集まる法院定例会の最中だ。
お前も出席しろ。
その場で、血筋がらみを根回ししておく」
何か色々と絡め取られていると感じざるを得ない今日このごろ。
話も終わりとばかりに部屋を出ようとしたら、ヘインワーズ侯がぽつりと過去を思い出す。
「しかし、こうやって見ると、本当に血がつながっていないのが不思議に見えるな。
エレナの母も、宮廷魔術師を嘱望された才媛だったらしいが、お前から教えてもらった王家のごたごたに巻き込まれて花姫に落ちざるを得なかった。
占いが好きで、未来を見通せるのではと俺は不思議に思っていたさ」
あれ?
もしかして、これ凄く私的に重要な情報だったりしない?
2/20 設定変更に伴い加筆修正
3/20 設定変更に伴い少し加筆




