56 メリアス大捜査線 その二
世界樹の花嫁襲撃直後にアリオス王子がメリアス太守代行に就任。
それに伴い、メリアス騎士団の捜査の動きが格段に落ちたのは、この急激なトップ交替に戸惑ったからに他ならない。
異民族だけなく魔物なんてのもいるこの世界において、騎士団をはじめとした体制側武力にとって治安維持は大きな問題になっていた。
そこまで手がまわらないし、まわすだけの費用もないのだ。
だから、下層をまとめてくれる盗賊ギルドというのはある意味無くてはならないものになっていたりする。
ギルドの方も美味しい汁を吸うためには体制にしっぽを振る必要があった訳で、その癒着は世の東西どこにでも転がっている。
では、そんな盗賊ギルドが私達世界樹の花嫁を襲う理由はなんだろうか?
この場合メリアス騎士団と繋がっていないとこんな大規模な事はできないし、背後には間違いなく諸侯の影がある。
そのため即座にアリオス王子はメリアス太守を更迭したのだ。
そして、それが騎士団の動きを止める事になる。
ギルドと繋がっている連中が大量にいるから連座で粛清される可能性を恐れたからだ。
アリオス王子が手駒の近衛騎士団を投入しただけでなく、私の進言を受け入れて法院衛視隊を投入した事もこの件では裏目に出た。
組織の掌握と、ギルドへの捜査という真逆の方向に人手不足が露呈するのはある意味当然だったと言えよう。
法院衛視隊を率いるフリエ女男爵は即座に増員を法院に求め、法院から転移ゲートを使って数十人の法院衛視隊が到着。
同じく、近衛騎士団もさらなる介入を決意して、百人以上の人員をメリアスに送り込んだ。
一方、アリオス王子はメリアス周辺都市に伝令を走らせ、街道を封鎖すると同時に増員を待ってギルドの捜査に乗り出すことを決意。
この捜査側が混乱せざるを得ない僅かな時間だったが、地の利を得ている盗賊ギルド側はそれで十分だった。
ギルドマスターをはじめ、主だった幹部が雲隠れしたのである。
彼らが逃げただろうと推測されているのが、地下水道。
世界樹の迷宮にも繋がる、それ自体が広大迷宮である。
「で、地下水道の出入口は抑えたの?」
私の質問にアンジェリカが返事をする。
ケインは近くで私が転移ゲートを開いて連れてきたエルスフィア騎士団数十人の編成をしているはすである。
人手が足りないのを察した私がアリオス王子側に提案、了承した形になっている。
その為、一番危険でまだ手がとどかないこの地下水道の先陣を任されることになった。
「いいえ。
まだ抑えきれない所がいくつかあるらしく……」
「私達が駆り出される訳ね」
ため息をつきながらマジックポーションをがぶ飲み。
中毒にならないのが救いであるが、栄養ドリンクのがぶ飲みと結局は同じなので必ず反動がどこかでやってくる。
絶対に休みを作ろうと決意しながら捜査情報が書かれた地図を眺める。
メリアスの城門は大きなのが四つと小さい城門が四つの計八つ。
大きな城門は街道に接しており、小さい城門は見張り塔に組み込まれた軍事用である。
近衛騎士団と法院衛視隊は城壁と城門の封鎖に成功していたが、それゆえに手が足りなくなっていた。
地元で仕事をよく知っているメリアス騎士団が動かないと、結局業務が滞ってしまうからだ。
秘密警察こと法院警護隊の尋問で白になった連中は現場に戻しているが、やっかいなのは灰色小悪党。
この手の輩は現場指揮官クラスでもあるから、全部捕まえるとメリアスの治安そのものが崩壊しかねない。
「フリエに伝令お願い。
手紙を今から書くから」
今回の騒動で重要なのは、ギルドマスターだけである。
小物捕まえて点数稼ぐならば、逃して大物とりに動けという政治文学の装飾をつけた書状を書きなぐってアンジェリカに押し付ける。
「かしこまりました」
アンジェリカがそれを持って出てゆくと、今度はケインが部屋に入ってくる。
私達が居るのは地下水道出口である見張り小屋で、ここから出た下水はそのまま川に流れていっていた。
なお、世界樹そのものが山みたいなものなので、その樹液が水としてメリアス市民を潤すし、雨や霧で葉にたまった水が街の下に落ちてくるために水には困っていない。
そのため、このメリアスを供給源に水道が周辺都市に走っており、メリアスの収入源の一つになっている。
代わりに、街の作りは落ちてくる水に対処するために石造りの堅牢なものが主流で、下層民は地下水道内部にスラムを形成していた。
で、この地下水道出口はそんなスラムのメインストリートに当たり、この見張り小屋はメリアス騎士団のものではあるが、管理は盗賊ギルドがしていたというものである。
もちろん、この騒動で金目のものと一緒に詰めていた人間も消えている。
人手が足りないここの掌握に私が駆り出された理由の一つである。
「お嬢様。
連れてきた連中の編成は終わりました。
半分はここで詰めてないとまずいでしょうな」
「でしょうね。
彼らにとって私達はよそ者でしか無いから。
親玉が逃げないならば、それでいいわよ」
私が出張ったのは下水。
他都市に流れる上水道は水道橋で城壁をまたいでいるので、近衛騎士団のお仕事である。
「地下水道に突っ込むのはなし。
地の利もなしに兵を逐次投入なんて、考えただけでも嫌だわ。
出入口の完全封鎖に徹して。
近衛騎士団および法院衛視隊の増援を待って突入します」
「お偉方はこの騒動についてどうケリをつけるんで?」
ケインの質問に私も宙を仰いだ。
それが一番の問題だったからだ。
世界樹の花嫁の公的身分は統合王国の閣僚クラス。
その候補といえ、未来の王妃・側室候補という所を考えれば、アリオス王子の激怒という見方もできなくはない。
あの王子が激怒なんてするたまではないのだが、そういう見方を世間がするだろうというのが問題である。
「メリアス太守をはじめ大粛清は確定。
法院の権力闘争も絡んでどこまで広がるか想像もつかないわ。
気づいてる?
本来ご法度のエルスフィア騎士団をこっちに持ってきている時点で、メリアス騎士団がどこまで残るかわかったもんじゃない……」
他の都市の騎士団を持ってくるのは封建社会においてご法度に近い。
それをしなければいけない時点で、この街は詰んでいる。
と言おうとして閃く。
「ケイン。
メリアス騎士団に接触してスカウトして頂戴。
追放される連中、全部こっちで雇うわ」
本来、小悪党連中で罪よりも経験の方を積んでいる連中だ。
そのままエルスフィアに持ってくれば、そこそこ働いてくれるだろう。
何よりも、被害者である私の慈悲で職を与えるのだ。
相手がサボタージュをするとは思えないし、エルスフィアの連中も明確なライバル出現に手抜きができなくなる。
「騎士団だけじゃないわ。
メリアス太守含めた文官もこっちで囲い込んじゃいましょう」
ぽんと手を叩いた私にケインのなんというか唖然とした顔が。
これでエルスフィアの仕事の楽ができるとほくそ笑んでいたら、真顔でケインが忠告する。
「メリアス騎士団で追放者に同じぐらい文官も追放されたとして下手したら数百人。
お嬢様の財力で賄えますか?」
「私を誰だと思っているの。
桁が一つ足りないわよ」
「……失礼しました。
お嬢様が今までヘインワーズの財に手を付けなかったことも含めても、この支払は大きいかと差し出がましい口を挟んでしまいしまた。
ご容赦を」
頭を下げるケイン。
ヘインワーズへの忠義と私への忠誠からの進言なのだろう。
こういう事が言える人は大事にしないといけない。
「いいわよ。
耳に痛い言葉は聞こえなくなった時が危ないの。
言ってくれる貴方はヘインワーズの忠臣よ。ケイン。
じゃあ、警備を始めて頂戴」
「はっ」
ケインが部屋から出てゆくと今度はシドとアマラが入ってくる。
数少ない現地を知っている協力者だ。
この警備もこの二人が居なかったら参加するつもりは全くなかった。
もちろん、警備志願の代償はこの二人の赦免である。
赦免状はもらったが、それに値する理由をどうしてもでっち上げる必要があった。
さもないと職権乱用でいらぬ腹を探られるからだ。
「知り合いに『なんで捕まってない?』と散々からかわれたよ。
とりあえず、ギルドマスター含め幹部連中は誰も捕まっていない」
シドの淡々とした言葉にかえってプロ意識が見える。
娼婦服ではないシーフ服姿のアマラは今回シドとくっつける事で説明と警備を省いている。
「で、この後どうするつもりなの?
エリー?」
こういう状況でも、友達として振る舞ってくれるアマラは本当に感謝。
なお、原作ではゲーム終盤に発生し、シドと主人公が二人で地下水道に突っ込んでゆくシド無双だったりするのだが、当然そこまでシドのレベルは上がっていない。
そこが足を引っ張っている。
「ギルドマスターの身柄は絶対に必要。
それ以外のことは、全部私がやるわ。
だから、なんとしてもギルドマスターの身柄を抑えて頂戴」
で、ここでシドとアマラと私の顔が曇る。
二人で突っ込ませる訳にはいかない。
で、彼らにつける人間が居ないのだ。
地元騎士団や冒険者だと買収されかねない。
こっちが用意したエルスフィア騎士団をはじめ近衛騎士団や法院警護隊は地の利が無い。
ならば、その地の利を覆せる高レベルの人間がほしいのだが、私が前に出る訳にはいかない。
「人が足りない。
二人につけられる技量の高い人間が欲しいんだけど……」
「俺の知り合い、逃げたか捕まったか」
言わないでくれ。シド。
頭が痛くなるから。
「きゅきゅ」
ぽちの鳴き声で誰が来たことに気づく。
窓から眺めてその姿を確認する。
うわぁ。
こうきたか。
「エリー様!
お手伝いに来ました!!」
「帰れ」
笑顔でやってきたミティアの前でドアを閉める。
もちろん、それで帰るミティアではない。
ドアを開けて怒るが、かわいいなぁ。この生き物。
「ひどいじゃないですか!
エリー様の窮地を救おうって、ゼファン君とヘルティニウス司祭を連れてきたんですよ!!」
そこは感謝している。
ゼファンはこのやりとりに唖然としているが、ヘルティニウス司祭は苦笑だけか。
キルディス卿の達観しきった顔がある種涙を誘う。
このあたり人生経験の差なのだろう。
問題はその三人の隣にいるこいつだ。
「はじめまして。
近衛騎士団に属し王家の盾にして剣、サイモン・カーシー騎士と申します。
ミティア様が学園から出る際の護衛として付き添ってまいりました」
私だけでなくキルディス卿からも警戒されているのを気にせず、銀髪褐色の近衛騎士は私に敬礼しつつ自己紹介をしたのだった。




