53 深夜のお茶会という名の襲撃イベント その三
ミティアをお茶会に誘ったのは良いが、もはや穏便に済ませることができないぐらい事態が進展している。
何しろ魔術学園内で世界樹の花嫁候補が襲われたのだ。
庶民寮に警備の兵が集まっている。
なお、壁に吹き飛ばされたアサシンは事切れていた。
「きゅ?」
「ぽち。いいわよ。
元に戻りなさい」
「きゅ」
ぽちがトカゲの姿に戻る。
いろいろ手札晒しすぎだと思うが、向こうが動いてきた以上出し惜しみはするつもりはない。
というか、ぽちに露骨に敵意向けてるし。警備陣。
「何があった!
……失礼しました!」
騎士と共に駆けてきたのはグラモール卿。
この大騒ぎでまずアリオス王子のいる貴族寮を固めてからこっちにやってきたか。
アンジェリカから渡された魔力回復ポーションに、向こうの世界の栄養ドリンクを一気飲みして空き瓶を返す。
「見ての通り、世界樹の花嫁候補が襲われたわ。
私とミティア両方。
私達はそのまま貴族寮に避難するわよ」
この後転移ゲートを開けて、エルスフィアから法院衛視隊を呼ばないといけないのだ。
我を忘れて最大治癒魔法をかけたのは失敗だった。
反省。
戻るまでポーション漬け確定である。
「護衛します。
前方に前衛を走らせろ!
潜んでいるかもしれないから警戒を怠るな!
メリアス騎士団に連絡を入れろ!」
「はっ!」
ミティアとキルディス卿を連れて、周囲を兵と騎士に囲まれての貴族寮へ帰還。
戻ると、行きとは違ってスムーズに私の部屋に戻れた。
アリオス王子が掌握したらしい。
兵に担がれたアルフレッドを寝室に寝かせると、私は更にポーションを一気飲み。
既に五本目。
さっきの騒動で血がついたドレスを着替え、動きやすいジャージ姿に。
悪役令嬢の威厳もあったものじゃないが、今は時間が惜しい。
ミティアも返り血がついているから風呂に入れて着替えさせておこう。
「ゲートを開いてエルスフィアから法院衛視隊を連れてくるわ。
ケインは私と一緒についてきて。
この部屋とメイドはアンジェリカに預けるけど、キルディス卿の指示に従って頂戴」
「あ、あのっ!
エリー様!
わたしにできる事はありませんか?」
言うと思ったよ。
ミティア。
そんなに決意した瞳をこっちに向けられても困る。
貴方の政治センスの致命的な足りなさで動かれても、火に油を注ぐだけだなんて言える訳も無く。
にっこりと笑顔を作って私はミティアにできる事を伝えた。
「ミティア。
貴方にとっっっっっっっっっても大事な用事を言いつけるからちゃんと守ってね」
「はい!」
いい返事が返ってきたが、その返事が疑問系に変わるのは、彼女が私の言葉を聞いてからだった。
「着替えてお風呂入って、おとなしく座って、ここでケーキを食べて頂戴」
「は、はい?」
「何かあったの?
絵梨」
エルスフィア太守館にゲートを開いて飛んだ後ケインにフリエを呼びに行かせると、こっちに滞在していた水樹姉様が顔を出してくる。
太守代行と魔法学園学生の二重生活については何とかやれているのだが、問題は私がメリアスにいる間エルスフィアで好き勝手されることだった。
で、お目付け役として時々姉弟子様をエルスフィアに送っていた。
伊達に向こうで権力者に囲われているだけあって金の流れと命令の流れの掌握が速く、何か悪さをする前にその芽をこっちに教えてくれる姉弟子様の存在は統治にかかせないものになっている。
なお、報酬よろしく辺境のたくましい男達といちゃらぶしているのだろうが、そこは目をつぶる事にする。
「私とミティアが襲われました。
魔術学園内だけでなく、メリアスは今大混乱ですよ」
こっちがジャージ姿というのに、姉弟子様は肢体を惜しげもなくさらす色気のあるネグリジェ姿だから、誰か男をひっかけるつもりだったのだろう。
が、私の言葉を聞いて即座にそっちの顔になり、ガウンを羽織って真顔で私に尋ねた。
「やばくなってこっちに逃げてきたって訳じゃないわね。
ミティアもアルフレッドもいないし」
「やられたままでは性に合わないので、これから逆襲を。
法院衛視隊の力を使います」
その一言でこっちの状況を把握する姉弟子様。
この人がこっちにいる事を本当に感謝したい。
「所轄争いで、現地の人間全部信用できないって訳?
大丈夫?」
「今の姉弟子様よろしく、法院衛視隊を監視として使います。
それで、現地勢力の浄化を狙おうと」
「十分時間を頂戴。
着替えてくる。
魔術学園の教師の椅子があるから、そっちは私も動かせる」
私の話を聞いて、その後に起こる終わりを意識して根回しを買って出てくれる姉弟子様に本当に感謝。
私の返事を待たずに姉弟子様が部屋から出ると、入れ替わりでケインがフリエを連れて入ってくる。
フリエは鎧姿の完全武装。
ケインが何か漏らしたか、こっちの動きを見て察したか。
うん。
時間が無かったからといってジャージはちょっと恥ずかしい。
「さっき、私とミティアの世界樹の花嫁候補二人がメリアスの魔術学園内で襲撃されたわ。
犯行を行った盗賊ギルド及び、メリアス騎士団に内通者がいる可能性が高い。
で、フリエに与えられている命令--私の補佐--を拡大解釈させます。
私と一緒にメリアスに来て護衛を手伝ってください」
悪巧みは最初に堂々と言うのがコツである。
さらに政治的に言えない事もフリエクラスならば察してくれるだろう。
案の定、私が言えない事を平然と口に出した。
「黒幕が諸侯の誰かだったら、近衛騎士団とて信用できませんか。
完全武装の手の者が十人。
メリアスにも手の者が十人ほど居ますので、お使いください」
ちょっとメリアスの件は聞いていないと言おうとして、思いあたるケースを一つ思いつく。
口調きつめに私はそれを口にした。
「法院からの命があったら、メリアスでも私を捕縛するつもりだったわね……!」
「何のことでしょう?
先ほどエリー様がおっしゃった、『命令』の『拡大解釈』を『前もって』やっていたにすぎませんが?」
大事な所を淡々とわざとらしく言葉を区切って言ってのけるフリエ。
ぽちが乗っていない方の肩にぽんと手が置かれる。
振り向くとケインが首を横に振った。
「お嬢様。
ここは、大事の為に小事は捨て置く事が大事かと」
さっきの一戦で血の気が多かった私も我に返る。
いかん。
色々ありすぎて平常心を失いかけていた。反省。
「そうね。
あくまで貴方の主は法院だったわね。
じゃあ、この騒動における働きは期待して良いのね?」
私の語彙を抑えた口調にフリエは淡々とその質問に答えた。
ちょうど着替えた姉弟子様にも聞こえるようにまるでタイミングを計ったかのように。
「もちろん。
諸侯の監視及び利害争いの仲裁こそ、我々法院衛視隊本来の仕事ですから」
転移ゲートを再度開いてメリアスに戻る。
さすがに魔力は既にゼロに近く、ぽちの魔力を借りてのゲート転移である。
「それでは、状況を把握してまいります。
しばしお待ちを」
フリエはそれだけ言って手勢を連れてさっさと出てゆく。
頼もしいと思う反面、敵に回すと恐ろしい。
秘密警察と陰口を叩かれているのは伊達ではないと思い知る。
「私も教師連中に話を聞いてくる。
何かあったら戻るから」
「状況が状況なんで、ケインを連れて行ってください。
ここはアンジェリカだけでなく、キルディス卿もいるので大丈夫です」
「わかった。
ケインを借りるわね」
そう言って、魔術学園教師服に着替えてケインとメイド二人を連れて姉弟子様も部屋から出てゆく。
とりあえずは、状況把握まで時間を……見ると接客室にケーキがちょこんと。
「おかえりなさい。
エリー様が来るまで待っていたんですよ。
ケーキ。一緒に食べましょう!」
ミティアよ。
君はどこの忠犬ですか?
さすがにお茶は冷めるから飲んでいるけど、ケーキにまったく手を出していないとは。
「その前に着替えさせて。
さすがにこれだとちょっと……ね」
十分後。
ドレスに着替えてやっと椅子に座ったと思ったら、アンジェリカがアリオス王子の来訪を告げてきた。
嫌な予感しかしない。
「追い返すって選択肢出ないかしら?」
「後で色々言われると思いますが?」
疲れた私の皮肉を真顔で返さないで頂戴。アンジェリカよ。
まだケーキも食べていないというのに。
「お通しして頂戴」
グラモール卿を連れて部屋に入ってきたアリオス王子は、私達二人に対して当然のように頭を下げた。
「すまなかった。
裏で何かしている連中に嫌がらせついでに手を出した結果、君たちを危険にさらしてしまった。
申し訳ない」
内々とはいえ、非があれば我々にすら頭を下げるか。
さすがアリオス王子。
で、謝罪だけでこっちにやってくる訳もなく、間違いなくこっちに厄介事を振るために来たのだろう。
「で、エリー嬢に頼みがある」
「お断りするって選択肢は?」
「あるけど、代わりにミティア嬢が苦労すると思うよ」
こうやって、周囲を囲んでから詰み手を打ってくるからこの王子は嫌いだ。
で、何の厄介事が来るのかと無言で促したら、ある意味当然でこっちが綺麗に忘れていた事だった。
「この一件でメリアス太守が更迭されるのは間違いがない。
その後任を貴方にお願いしたい」
「ちょっと待って。
私、殿下のお願いでエルスフィア太守代行をしていて、その報告書を昼間に出したばかりじゃないですか!」
メリアスはオークラム統合王国有数の大都市でもある。
その太守代行なんて、厄介事以外の何物でもない。
だが、アリオス王子は淡々とその厄介事の理由を述べる。
「事態の沈静化に法院衛視隊を入れた以上、メリアス太守の監督不行き届きは問わないといけない。
で、事態を把握していて私が一番信頼できる銀時計持ちが今ここに居る」
太守の死亡などで代行を置く場合、ある程度の融通がきくが同時に好き勝手を防ぐために法院が介入する。
私の太守代行に法院衛視隊が出張るのもそれだ。
とはいえ、ある種根回しが済んでいただろうエルスフィアに比べて、このメリアス太守代行は火中の栗を拾うに等しい。
「エルスフィア太守代行は?」
「君が連れてきたフリエ君に再度任せる。
で、その下にミティア嬢を入れさせる」
「私ですか!?」
そうきたか。
ミティアにも政治経験を積ませる腹で、エルスフィアは私が最低限の立て直しをしている。
問題は少なく、補佐がつくならばミティアも経験が積めるだろう。
だが、それは悪手だ。
「問題が二つ。
メリアスは統合王国有数の大都市。
降伏したヘインワーズの娘が代行とはいえ太守につくのは目立ち過ぎます。
更に、エルスフィアは太守就任前の離任になって、民が動揺します」
とはいえ、アリオス王子の理由も理解できる。
だから、妥協案を提示しよう。
「で、殿下自らメリアス太守代行におつきになられたらと。
諸侯も殿下が代行ならば文句を言うとは思えません。
太守代行で私達花嫁候補に陳情していただければ、諸侯もそれ以上は文句は言ってこないでしょう」
「つまり、私を隠れ蓑に裏で働くと?」
アリオス王子と私の視線がぶつかり合う。
おろおろしながら見ているミティアを他所に、
(後始末お願い)
(あんたも泥かぶれや。こら)
という言下の闘争に勝ったのは私の一言だった。
「メリアス騎士団にはかなり近衛から人を送り込まないといけませんよ。
盗賊ギルドの内部抗争が絡んでいるので」
「その理由は?
貴方は随分確信がある物言いだが?」
アリオス王子が私の確信を尋ねる。
まさかシナリオ知っていますからなんて言えないので、私は理由をでっちあげる。
「私達を襲ったのは訓練を積んだアサシンでした。
警備の厳しいメリアスの魔術学園に彼らを忍び込ませる。
それをこの街の盗賊ギルドに知られずに動かせるとは思えません。
ならば、この街の盗賊ギルドが絡んでいると見るのが当然でしょう」
情報を逆算して理由をでっちあげる。
即興でするのは結構難しいが、正解なだけに王子も口を挟めない。
「法院警護隊のフリエ・ハドレッド女男爵が状況把握のために動いています。
彼女ならば、ギルド側の黒幕が誰か突き止めると思いますよ」
しばらくしてフリエが部屋に戻ってくる。
アリオス王子がこちらに居る事はアンジェリカから聞かされれていたらしく、フリエは私が伏せていた黒幕の名前をあっさりと告げた。
「こちらの調査の結果、盗賊ギルドは黒と言わざるを得ません。
アサシンの死体を調べた所、腕利きで四人居たことから正規のアサシン編成。
となると、正規命令を受けたと見るべきでしょう。
現状では、現盗賊ギルドマスター、ベルディナッドの関与を考えざるを得ません」




