3 王子様、司祭様、魔術師
オークラム統合王国第一王子アリオス。
『世界樹の花嫁』にて主人公と恋に落ちて駆け落ちをした結果、オークラム王室に御家争いを引き起こした元凶であるが、彼が王位を継いでいればオークラム統合王国は崩壊しなかっただろうと言われるほどの傑物でもある。
容姿はまさに王子様で、肩まで波うつ黄金の髪は日の光に鮮やかに煌き、高い身長とマントの下にあるだろう肉体は鍛えられているはずなのだが、バランスが取れて華奢な印象すら受ける。
そして何よりも怜悧な顔から現れる優しい笑顔が美しいことこの上ない。
さすが乙女ゲー。完璧超人しかいない。
「シボラの街の君主に連なる者の娘、エリー・ヘインワーズと申します。
どうぞよしなに」
礼法に乗って殿下に挨拶をする。
称号つき自己紹介が私の今の身分でもある。
未成年なのでまだ爵位はないが、シボラの街というのがヘインワーズ家が統治している商業都市。
前に貴族と新興貴族の違いは領地を持っているかどうかと言ったが、もう少し補足すると、貴族特権の一つに領地内の統治を委任される──つまり好き勝手できる──というのがあるが、土地の無い貴族、具体的には諸侯の次男・三男坊に与えられる子爵位や、成り上がり商人が最初に買う男爵位にもこの特権が与えられる。
しかし、彼らには土地が無いのでどうしたかというと、己の屋敷にその特権を当てはめたのだ。
その為、屋敷を境に法律が違うなんて事も起こり、土地持ち貴族からは『屋敷貴族』や『部屋貴族』なんて陰口を叩かれたりする。
法院貴族と同じではあるが、成り上がりで金を持っているやつが法院貴族、諸侯の分家筋で領地無しが屋敷貴族・部屋貴族と覚えるといい。
話がそれた。
直系ならばここが『君主の娘』になるが、『連なる者の娘』という事で一族の娘という扱いな訳。
「オークラム統合王国の君主の息子、アリオス・オークラムだ。
こちらこそよろしく」
爵位を省いたがこれも王家の特権。まぁ、一番上だからというのもあるが。
これでゲームよろしく駆け落ちしたとしても、臣籍に落ちて大公になるあたり、身分制度はかなりしっかりしている。
この人の駆け落ちがまた凄く、臣籍に落ちて主人公と己の財産を船に積んで西の新大陸目指して旅立つエンドという浪漫たっぷりものだが、その後の『ザ・ロード・オブ・キング』をすると何で帰ってこなかったとプレイヤーから罵倒されるというヘイトぶりがまた。
まぁ、私もそうだったのだが。
「それで、殿下にこのような事をさせたご学友の方は自己紹介なさらないので?」
私の言葉にアリオスの目が細くなり、その後ろの茂みからアリオス王子と同じぐらいの年だろう男性が姿を見せる。
「見破られておいででしたか。
近衛騎士団に属しアリオス殿下の盾にして剣、ユーリ・グラモール騎士と申します。
どうかお許しを」
ユーリ・グラモール卿。
アリオス殿下の幼馴染にして護衛騎士。
その若さで統合王国トップクラスの実力を持つ。
彼も従者としてアリオス殿下の出奔についていったものだから以下略。
王子が絵になる男ならば、グラモール卿は戦に映える武人。
鎧はつけていないのに、その服からも分かる筋肉は敵から恐れられ、戦場では多くの味方の歓声を浴びるだろう。
兜をつける為だろう。
丸刈りに近い青髪がまた清潔感を出すし、謝罪している顔にも愛嬌があった。
「こちらの盾も紹介しましょう。
エクター卿。
ご挨拶を」
「はっ。
ヘインワーズ騎士団に属しエリーお嬢様の盾にして剣、ケイン・エクター騎士と申します」
グラモール卿に比べれば、こちらのケインはおっさんである。
とはいえ彼も長く傭兵家業をした上で『あがって』騎士まで成り上がった男。
互いに手を握る時にガン飛ばしていたのを私は見逃さなかった。
オークラム統合王国にはかなりの数の騎士団がある。
先に話した貴族が持つ自前の兵力につけられる名前がこの騎士団なのだ。
ヘインワーズ家はシボラの街を領地として持ち、家門の騎士団を抱えるから既に新興貴族の枠をはみ出ているわけだが、それゆえに成り上がりと今でも叩かれている。
胸の勲章を見ればどういう経歴を持った騎士かというのは分かるようになっている。
グラモール卿もケインも従軍章がつけられており、実戦参加経験者(そしておそらくは剣を血で染めた)であるという事が分かる。
貢献章も二人ともあるから大手柄を立てたと。
なお、この手の勲章をあげるのはその騎士団の持ち主、ケインならばヘインワーズ侯であり、グラモール卿は国王陛下という訳で、当然グラモール卿の方が評価されるという訳。
「あら?
その戦争従軍章は何処で?」
グラモール卿につけられた戦争従軍章が気になって、私はグラモール卿に質問する。
たしか、統合王国内において王家が認定した戦争はこの時期無かったはずなのだ。
「殿下の初陣であった東方騎馬民族との小競り合いで頂かせてもらいました。
殿下の武勲のおこぼれをもらっただけです」
「よしてくれ。グラモール。
敵騎馬のほとんどを焼き払った君に言われると私の立つ瀬が無い」
そこで、彼につけられていた兵種章に目がいって唖然とする。
竜騎兵。
という事は殿下も竜騎兵って……なんであんたら(天丼禁止)。
なお、ケインの兵種章は傭兵家業が長かった事もあって剣士である。
「きゅ?」
そういう事か。
竜騎兵ともなると擬態しても竜を感じずにはいられない訳だ。
ぽちの気配で何事と隠れて様子を見ていたと。
「かわいいりゅ「とかげのぽちです」……え?」
よじ登ってきたぽちを見つけたアリオス殿下の言葉を無礼だがぶったぎる。
ここで神竜なんてばらしたら、後々厄介事に巻き込まれるのが目に見えているからだ。
どうせ既にばれてるとは思うが、上流階級ではこの手の建前は凄く大事。
「とかげのぽちです。
ほら。挨拶しなさい」
「きゅー。きゅきゅ」
無邪気に手と尻尾をふるぽちと笑顔で圧力をかける私にひとまず諦めたのだろう。
苦笑とため息でそれ以上この話題を振る事はなかった。
「殿下。
こちらにおられましたか?」
そんな声と共に神官の法衣服をつけたイケメンがまたこっちにやってくる。
あ、こいつ攻略キャラだ。
「すまない。
ヘルティニウス。
こちらがかのご令嬢たるエリー殿だ」
アリオス殿下が話を振って、私が自己紹介をした後にヘルティニウスと呼ばれた青年が私に自己紹介をする。
「白き女神イーノ神殿に属し奇跡の使い手、ヘルティニウス司祭と申します。
噂の姫君に会えて光栄です」
この大陸にはいくつかの宗教が存在しているが、その中で最も大きいのがこの白き女神イーノを崇める神殿、通称女神神殿だ。
神殿に入ると苗字を捨てて名前だけですごす事になるのだが、奇跡の使い手つまりプリースト系魔法使いが彼に与えられた役割である。
この若さで司祭という階級持ちなのだから、いかに神殿内で期待されていたか分かろうというもの。
美しい銀髪にかけられている眼鏡は知的キャラの印で、背の高さと神官服が華奢な印象を与えるが、精神的には攻略キャラ中一番大人だったりする包容力もある。
おまけに人の話を良く聞いてくれるから悩んだら彼の元になんて事もよくある話。
ダンジョン探索に彼の回復魔法がどれだけ役立ったかは言うまでもないが、彼とくっついた場合、神殿内穏健派次期当主を失った神殿は強硬派が独占。
世界樹の花嫁がいない為に不作と物価高騰で信者が急増。
更に過激な行動が王家に目をつけられて、弾圧の後蜂起というルートを辿り統合王国は内戦に突入して崩壊の道をたどる事になる。
このゲームの開発陣の悪意をいやでも感じずにはいられない。
「こちらが図書館です」
「大きいわね」
「世界樹の花嫁の為に古今東西の知識をかき集めましたから」
アリオス殿下やヘルティニウス司祭と別れて、私はケインの案内でこの学園の図書館に足を向ける。
私が最初に来た時は既に廃墟と化していたこの地の図書館を発掘して知識をかき集めたものだが、整然と並ぶ本棚に私は感動せざるを得ない。
全部読むのにどれぐらいの時間がかかるのやら。
「それにしては、人が少ないわね」
これだけの大きさの図書館の割には見渡すと閲覧している人は多くない。
思った以上に声が届いたのだろう。
近くで本を読んでいた一人が、軽蔑するまなざしで私に質問の答えをくれた。
「それはそうさ。
お貴族様はここをサロンと勘違いしているのだろうからな。
これだけの知識があるのに活用しようともしない」
私のなりと控えていたケインを見てそのお貴族様と察したのだろう。
私を見る視線に敵意がこもる。
見た目は堅物秀才君だが、背は私と同じぐらい。
目から出る敵意は迫害の裏返しで、色々いじめられたのだろう。きつめの眉と合わせて顔から出る警戒感を隠そうともしない。
褐色の肌は南部の方多く、首あたり銀髪が簡素にまとめられている。
こういうやつの扱い方は簡単だ。
ふさわしい実力を見せ付けてやればいい。
昔、弟子相手にやった事を思い出しながら、少し笑みを浮かべて彼が読んでいる本のタイトルを確認する。
「上級魔術概論。
その年でよくそんなもの読めるわね?」
「貴族のお嬢様には理解できないだろうけどな」
「上級魔術使用についてはいくつか解決策があるけど、あなたの年じゃあそれは解決できないのよね」
「……何が言いたい?」
喧嘩売っているのかこらと目で言っているので、売っているのよ当たり前じゃないと微笑で返してあげよう。
「上級魔術の呪文は詠唱が長くなるから、儀式などでそれを省く必要が出る。
その為に魔力溜まりこと霊脈を抑えて恒久的魔方陣を展開して維持する事でやっと省略できる。
つまり、金がかかるって事よ」
「もう一つある。
使い魔システムで使い魔から魔力を融通する事だ。
大型魔獣等はひと以上の魔力を持っているから、奴等と使い魔契約をする事で使う事が可能になる」
うん。
こっちの思惑に乗ってくれてありがとう。
だから、チェックメイトよ。
「そうね。
たとえばこんな風に」
「きゅ♪」
「…………」
見事に顔が固まってやがる。
ざまぁみろ。
才能に自負があるからこそ、ぽちの擬態は見破れるだろう。
そこから導き出される結論で自滅しろ。
「あんた。
名前は何て言うんだ?」
剣に手をかけたケインを手で制す。
この世界において、格下が先に格上に挨拶をするという不文律があったりする。
貴族と分かっていてなお己を格上と定義しているのが、この図書館の設立者である大賢者モーフィアスの教え、
「魔術を学ぶものに身分の上下はなし」
にしたがっているに過ぎないからだ。
その為か、魔術師志望というのはどうしてもこのような場所では少なくなる。
私も魔術師のはしくれ。
それは尊重しよう。
「師無き魔術師、エリー・ヘインワーズよ」
「大賢者モーフィアスの末弟子。
ゼファン・ベルモッドだ」
「あら、あの大賢者の。
もしかしたら、兄弟子様になっていたかも知れぬ方に失礼を」
私の言葉に彼のこめかみがぴくぴく動くのが分かる。
基本魔術師というのはひねくれ者だからだ。私もそうだし。
「モーフィアス様の門下に入るのか?」
「どうでしょう?
私は、世界樹の花嫁にならねばいけないらしいので。
では失礼」
軽く手を振って私は図書館を出てゆく。
思い出したが、あいつも攻略キャラだった。
大賢者モーフィアスの後継者とまで噂され、その攻撃魔法の破壊力は他者を圧倒する大魔術師。
その代わり、唯我独尊でプライドも高いがデレの破壊力がもの凄いという強力なファン層がいる彼だが、主人公が彼とくっついた場合も素敵な末路が待っている。
基本、主人公と攻略キャラがくっつく場合、西の新大陸への旅立ちエンドになる訳で、彼がいなくなると何が発生するといえば、魔術師への弾圧だ。
大賢者モーフィアスが研究資金目的でヘインワーズ侯とつるんでいたのは知っていると思うが、ヘインワーズ侯の反乱とその粛清の後大賢者モーフィアスの名前は歴史の舞台から消える。
おそらく失脚したか粛清されたかなのだろうが、その微妙な空気を残された魔術師達は読めていなかった。
不作と物価高騰による怨嗟が王家に振り向けられる前に、王家は新たな生贄を必要とした訳で、その生贄が魔術師だったという訳だ。
かくして魔術師狩りが各地で発生し焚書坑儒ならぬ焚書坑魔によって多くの知識や技術が歴史に消え、その後の戦乱と復興に長い長い時間をかける事になる。
開発陣、絶対に何か恨みがあるだろう。これ……
11/11 容姿描写を加筆
11/27 設定変更に伴う加筆修正