43 ミノタウロスの迷宮 二日目
迷宮攻略というのは本来数日ぶっ通しで行われる。
日帰りで最深部まで行けるのならばともかく、大迷宮ともなると迷宮内宿泊が必須となるからだ。
で、そんな時に今回のボスみたいに迷宮最深部から出張ってくるのは鬱陶しい事この上ない。
ゲーム内では、攻略キャラの最小編成で第一層で待ち構えていれば撃破可能だったが、それができない以上数で押すしかなかったのである。
「第一層攻略パーティ第三陣が帰還しました。
重症二。軽症四。
死体を全回収して、全パーティ撤退しています。
行方不明者はまだ見つかっておりません」
「ご苦労様。アンジェリカ。
第四陣を投入するわ。
任務は、第一層の『偵察』と『制圧』。
今夜中に第一層を制圧するわよ。
それとキャンプの準備をして頂戴。
第二層の軽症者を中心に見張りを決めておいて。
盗賊の死体は明日埋葬しましょう。
騎士団の死体は神殿に送って蘇生呪文をかけるように」
上の仕事とは責任を取る事と準備をする事でほぼ占められる。
迷宮の中に入る必要はないが、迷宮外の仕事は全部やってくるのが上というものなのだ。
「お嬢。
ちょっといいか?」
アンジェリカが離れるのを見計らって、シドが声をかける。
シドはどうもアンジェリカが苦手らしい。
「とりあえず、漁ってきたが目ぼしい物はなし。
村人に話を聞いたが、この遺跡は出入り口はここだけらしい。
軽く周囲を見たが隠し出口みたいなものは見つからなかった」
さすが攻略キャラ。
こちらの意図を汲み取って、ちゃんと命令外のことまでしてくれるのだから。
「十分よ。
貴方は明日から迷宮に戻ってもらうわ」
「了解。
……お嬢。
これはお節介だが、ギルドに手配書を回したらどうだ?」
ケイン経由で私の話を聞いたなこいつ。
盗賊ギルドに行方不明者の任務不履行を報告すれば、盗賊たちはギルドから追われる身になる。
ギルドの影響力をはじめ色々と例外もあるが、彼らが盗賊として生きてゆくには十二分過ぎるペナルティを私は首を横に振ることで意思を示した。
「逃げただけましって所よ。
こっちに、戻ってくるならばそれ以上の追求はしない。
色々不義理はあるけど、自分の命は大事でしょ」
「お嬢がそう言うならば仕方ないか。
だが、覚えていてくれ。
あんたをはめた下種だけが盗賊じゃないって事を」
そういう事を真顔で言えるのが攻略キャラなんだろうなぁ。
ゲームの中ならばときめいたりもしたのだけど。
だから私は、笑ってこんな言葉をシドに返してあげたのだった。
「覚えておいてあげるわ」
「第一層攻略パーティ第四陣が帰還しました。
重症一。軽症三。
一パーティーが『維持』の為中に残り、三パーティのみの帰還となっています」
生物系モンスターは24時間戦い続けられる訳が無い。
ゴーストやスケルトンみたいな24時間戦える連中も要るが、それをのぞいてもこうやって手薄になる時間というのが必ず出てくる。
ミノタウロスも奥に帰ったらしい今が、第一層制圧のチャンスだった。
現在までの損害が累計で、死亡四、行方不明三、重症17人。
軽症者はヒール等で回復して前線復帰できるが、重症だと回復させてもどこかに無理が出るので戦力外という事にしている。
ゲームでは遠慮なくヒール連打で回復させていたが、現実だとそうもいかないという例の一つである。
用意した100人近くの内、既に二割が戦力外にさせられている現状は良いはずがない。
軍隊が作戦行動が行えなくなる損害の目安は三割と言われている。
だからこそ、私は勝負をかける事にした。
「第五陣を投入します。
一パーティはケインにうちの連中を率いらせて『維持』。
残りは『探索』と『回収』と『維持』で、残っている連中も撤退させて。
第一層を制圧するわよ」
一つの層に投入できるパーティの数は四つで24人。
こちらが用意した人員が100人程度だから、大雑把に全員一回は迷宮に入った計算になる。
隠し通路がなければ、第一層と第二層を繋ぐ階段で決戦予定。
ボスがわざわざこっちにやってくるのだから、それを待ち構えられる場所でボコるのが目的である。
そして、その戦場確保の為にはどうしても第一層を完全に制圧しないといけない。
「シド。
貴方にも出てもらうわ。
今回の探索で第一層を『探索』してちょうだいな。
行方不明者は見つけたら助ける事。
いいわね」
「了解だ。お嬢」
不承不承ながらもシドは命令に従ってくれる。
他のパーティーだが、エルスフィア騎士団の連中は貸すという形で皮装備を押し付ける。
これ以上の重症者を出したくないからだ。
「第六陣には私が出ます。
そのためにも、みんながんばってちょうだい!」
大将出陣の前の露払いという意義に出陣パーティーの士気は高い。
軽症者も回復・休養しているので予備兵力はまだ豊富にあるが、奥で疲弊して決戦をするよりもわざわざ敵が出てくれるのだから出迎える方が楽ができる。
さっさとけりをつけてしまおう。
待つ時間というのは思った以上に長い。
ましてや、新兵に近いアルフレッドなんかはその待ち時間の使い方を知らない。
押し付け師匠のケインが出陣しているので私のテントの警備を彼がしているのだが、テント越しに聞こえる風切り音。
せっかくなので覗いてみる事にした。
「あ。
お嬢様すいません!
音がうるさかったですか?」
「いいわよ。
その訓練で流れた汗の分だけ、戦場での血が減るんだからそれに文句をつけるつもりもないわ。
続けて頂戴」
ぽちを肩に乗せたまま、アルフレッドの素振りを眺める。
もう昔だが、こんな言葉のない時間も私は好きだった。
「そういえばさ、アルフレッドはこの仕事終わったら何になるつもりなの?」
なんとなく語りかけた言葉は昔と同じ質問。
その答えは昔と違っていた。
「お嬢様に雇われて魔術学園に身を置かせてもらっていますが、学ぶって楽しい事ですよね。
お嬢様が卒業なさるまでいろいろなものを学んで、それから考えようかと思っています」
アルフは学者になりたかったと言っていたっけ。
国が荒れて傭兵として生きて、ついにその夢は叶う事無く戦場の露と消えた。
アルフレッドには、そんな未来を選んで欲しくはない。
「いろいろ考えなさい。
私は寛大だから、雇った以上は卒業まで面倒をみてあげるわよ」
「ありがとうごさいます。お嬢様」
かりそめの平和。
数年後には崩壊する平和。
その時、傭兵でないアルフレッドはその戦乱を生きてゆけるのだろうか?
「そっか」
「?
……どうしました?お嬢様?」
「なんでもないわ。
じゃあ、がんばって。
適当に休みなさいね」
素振りを止めたアルフレッドの疑問の視線に手を振りながらテントに戻る。
凄く簡単な事を忘れていた。
オークラム統合王国を崩壊させなければいい。
そして、私はそれができる場所の近くにいる。
いろいろ詰んでいるし、やらないといけない事は無駄に沢山あるが、まだ手遅れではないし、足掻ける時間はあるのだ。
「きゅ?」
肩に乗せていたぽちをおろして私は絨毯の上で横になる。
第五陣帰還までの短い間だが、少し横になって休ませてもらおう。
「失礼します。
第一層攻略パーティ第五陣が帰還しました。
第一層制圧成功。
軽症三。
行方不明者はまだ見つかっておりません。
『維持』の二つはそのまま残り、『探索』と『回収』のパーティが帰還しています」
さあ。
出陣しよう。
やりたい事ができた。
変えたい運命が見えた。
ならば、前に進むしかない。
「ご苦労様。アンジェリカ。
第六陣を送ります。
第六陣は私が直接指揮します。
アンジェリカ。アルフレッド。
ついてきてくれるわよね」
「もちろんです。お嬢様」
「はい。お嬢様」
アンジェリカもアルフレッドも、私の決意に即答で答えてくれたのだった。




