41 運動する男子はかっこいいがそれを眺める女子は姦しい
「まだまだ!
踏み込みが甘い!!」
「はい!
もう一本お願いします!!」
剣術の授業を講師役としてなんとなしに見物中。
こんな時に己の五枚葉勲章が恨めしい。
で、見ているのはケインとアルフレッドの剣術訓練だったりする。
正確には、アルフレッドがケインに遊ばれているのだが。
「よし。
少し休憩だ。
休憩ついでに話をするから息を整えながら聞いてろ」
このあたりケインの話は傭兵の昔話なだけに大変興味深い。
私やアルフレッドだけでなく周りの人間も聞きに入っている。
「前衛職は体力が勝負だが、実際どれぐらいの体力が必要か?
大雑把に言えば、戦場を駆け回れるだけの体力が必要なのは分かるな。
じゃあ、問題だ。
このメリアスを戦場と想定した場合、どれぐらいの体力が必要になるか?」
ケインは中々意地悪な質問をする。
メリアス制圧を考えたらこの世界樹を登らないといけないからだ。
ケインみたいな軽装備はともかく、戦闘用の重装備だと登る前に体力が尽きてしまうだろう。
「想像のとおり、そんな体力は作れない。
で、補助職に体力を回復してもらう訳だ。
それを踏まえた上で、どのあたりまでの体力が必要か?」
「戦場だから、城壁で暴れまわる程度ですか?」
アルフレッドの答えにケインは少しだけ笑う。
微妙な答えだったらしい。
「まあ、合格点はやろう。
だが、お前、自分の装備を前提にその答えを出しているんだろうな?」
まだまだ発展途上のアルフレッドは決まった型ができていない。
その為、どの職かどころかどの装備かも完全に固まっていないのである。
「正解は城壁にたどり着くまでだ。
そこまでの戦の流れを簡単に説明しよう」
ケインの話は、戦場の流れが『世界樹の花嫁』ではなく『ザ・ロード・オブ・キング』の方だという事を印象付けるものだった。
それをまとめるとこうなる。
まずは、遠距離・空中戦が始まる。
空を飛ぶユニットによる攻撃と防衛、魔術師による魔法攻撃とそのカウンター。
攻城兵器がある場合もここで処理される。
そして近接ユニットの接敵と戦闘が行われるのだが、その時生き残った空中・遠距離ユニットが支援攻撃を行うのだ。
だから、敵側の魔法攻撃や空中ユニットからの攻撃をかわしながら城壁にたどり着かないといけない。
ファンタジー系SLGだと、魔術系ユニットは空中系ユニットに強く、空中系ユニットは直接攻撃系ユニットに強い。
そして、直接攻撃系ユニットは魔術系ユニットに強いなんて事が良くあるが、『ザ・ロード・オブ・キング』でも同じだったりする。
更に、空中系ユニットおよび魔術系ユニットは雇用と維持コストがとにかくかかる。
うちのぽちみたいに変化魔法を使ってとかげ生活してくれるドラゴンばかりではないのだ。
で、コストから必然的に直接攻撃系ユニット主体に部隊は編成される。
軍の中核をなす対騎兵ユニットの槍兵。機動力の要で歩兵を蹴散らす騎兵。剣を装備して槍を潰せる歩兵。
更に間接攻撃ゆえにどこにも属さない弓兵が続き、これに魔法適正があれば魔法戦士としてそれぞれの兵種の上位種にクラスチェンジできるという訳。
「さてと、兵士ならばこの話はここまでだが、冒険者となると少し話が変わってくる」
ケインが私の方を向く。
正確には、私の後ろで控えているアンジェリカの方に。
「お嬢様。
アンジェリカをお借りしてよろしいか?」
ケインの声に私はアンジェリカの返事を待たずに了承した。
少なくともこの手の知識を出し惜しみする気はない。
「構わないわよ。
アンジェリカ。
あなたの経験を貴方の後輩たちに伝えてらっしゃいな」
何か言いたげなアンジェリカだが、ため息ひとつついてケインたちの方に向かってゆく。
新参者は譜代の忠臣は居ないが代わりに主従の距離が近く、信頼関係が築けるならば融通が利くというメリットもある。
「冒険者と兵士の違いに目的の不明瞭さがあります。
ケインの話を引き継ぎますが、城攻めなど明確な目的が見えやすいのに対して、冒険者は迷宮だとその先がどれぐらいかかるか分からない。
依頼系だと解決までの段取りから構築しないといけない等、兵士以上に持久力が求められるのです……」
ケインとアンジェリカの講義を聞いていたらいつの間にか足音を消してアマラが傍にやってきた。
アマラが暗殺者でぽちが気づいていなかったら、今頃私はぐっさりだろう。
「ずいぶん丁寧に育てているのね。彼」
アルフレッドの事だろう。
まあ、こちらの恋心は伝えているのでアマラとはぶっちゃけトークができるのがありがたい。
「ふふん。
将来いい男になるわよ。彼。
あげないけど」
「その割には、なんか踏ん切りがつかないというか、ためらっているというか?
いまいち貴方の距離感がつかめないのよね」
ふーん。
そのあたりを探りにきたという事は……
「この学園の女子にもアルフレッドのファンができたと?」
女同士による男の奪い合いは男の女の奪い合いより辛辣で陰湿で過激だったりする。
ましてや、ファンタジー世界で貴族社会の機能しているここにおいて、それは平気で陰謀レベルにまで発展する。
「あんたの落ち目にアルフレッドに粉かけておこうって声がね。
アルフレッド自身というより、あんたがご執心だった彼を手に入れる事でヘインワーズの権威を上回ると。
そんな所じゃない」
ね。
こんな感じで、色恋も命がけである。
私は苦笑しながら扇で口元を隠す。
視線はアルフレッドの方に向けたままで。
「負ける気は無いけどね。
ただ、アルフレッドが本当に好きな娘ができたら一線は引くけど」
「意外ね。
派手に喧嘩するかと思ってた」
アマラが両腕を頭に組んで苦笑する。
二人とも学園の制服なので、私はいつのまにか相良絵梨の口調でぶっちゃける。
「アルフレッドの事は好きよ。
ただ、無理に振り向かせたくはないなって思っているだけよ」
「華姫だから?」
にやけた口調のアマラの声は真剣だった。
『娼婦だから身を引くのか?』と問いかけているアマラの目が怒っているのがなんとなく嬉しい。
「ちょっと違うかな。
姉弟子様にも言われたわよ。
『恋に恋している』って。
否定はできないな」
私はアルフの事を知っているのに、アルフは私の事を知らない。
終わったはずの恋なのに、私の前にそれが広がっている。
アルフと作れなかったもの。
私が作る事無く若さとともに失ったものがまぶしくて、愛しくて、不安になる。
だからこそ、それを水樹姉様は即座に見抜いた。
思い人に入れ込む事ができない占い師の必要条件だから。
「わかんないわねー。
さっさと押し倒したら?」
「わかんないでしょーねー。
それができなくて、いろいろ考えて、不安になって……
そんな自分が馬鹿らしくて愛しいって感じは」
私の言葉に納得していないのだろうが、私が逃げている訳でもない事は一応アマラにも伝わったらしい。
アマラが頭に組んでいた手を腰につけてため息と共にはき捨てた。
「心配して損した。
心配料払いなさいよ」
「私を誰だか分かって言っているのかしら?
倍返しで払ってあげるわ」
そして二人して楽しそうに笑う。
アマラには分からないだろうなぁ。
こんな語り合いも、私はずっとしたかったって事を。
「あんたのライバル。
あれ、本気で怖いわ。
あんたの愛しい人もあれに取られかねないわよ」
きっとこれが言いたかったのだろう。
アマラ。友達料は三倍返しね。
その忠告に私は真顔になって、ケインとアンジェリカの話に耳を傾けるミティアを眺めた。
「アルフレッドは私にずっとつけていたから。
他の男がミティアに?」
「ご名答。
善意の塊みたいな彼女に男がひかれ始めて、私を除いた女子達の機嫌は急降下中」
さすがに最初から『第二夫人で良いから』と己の最低ラインを提示したアマラなだけある。
きっと、シドとくっついても彼女は高級娼婦を辞める気はないんだろうなぁ。
「シドは?」
「取り込まれかかって、少し離れた。
曰く、『守ってあげたくなる何かがある』って。
何か変な加護かかってんじゃないの?」
その言い草が面白くて二人して笑う。
アマラ正解。ミティアにはとてつもない加護がかかっているわよ。
主人公補正っていう加護がね。




