40 誘う者誘われる者
王都に滞在すると、必然的にお誘いというものがやってくる。
それを嫌って転移ゲートでメリアスにとんぼ返りしたかったのだが、それをさせてくれない客というのが間違いなく存在する。
「こんにちは。
法院からの帰りですか?」
子供っぽくない笑顔で待ち構えていたカルロス王子は私にこう語りかけてきた。
「ここは僕のお気に入りの店でね。
好きなのを頼んでいいよ」
「殿下の奢りならば遠慮無く。
このケーキとお茶をお願い」
当然、こういう触れ込みならば頼まない方が失礼にあたる。
もちろん、周囲の客から店員まで、カルロス王子の側近もしくは支持者の紐つきなのは言うまでもない。
上からのお誘いに護衛をつけるのは失礼になるので、アンジェリカやアルフレッドは帰しているので、護衛はポケットの中で丸まっているぽちのみ。
「この間の舞踏会の席では申し訳なかった。
兄に色々無作法を叱られたよ」
「あらあら」
お茶とケーキを片手に日も落ちだした黄昏時。
意味のない会話を楽しみながら、まずはカルロス王子が動く。
「ところで、もう一人の世界樹の花嫁候補生はどうかな?」
「どうかなと申されましても、仲の良いクラスメイトで、競い合うライバルとしか申し上げられませんが」
「相変わらず太守代行は賢いなぁ。
けっして僕に言質を掴ませないんだから」
「王宮や法院で生きるための必須知識ですので。
いずれ殿下も習得されて磨いてゆく事になります」
ティーカップを持ち上げてお茶のおかわりを要求する。
店のメイドがお茶を注ぐ間は双方短いが休戦という訳で、ここで手札を確認して攻撃と防御を決める。
新しく注がれたお茶に口をつけてわざとティーカップを置く時に音を立てた。
第二ラウンドのゴングだ。
「わざわざミティア嬢ではなくて、私を誘った理由をお聞かせ願ってもよろしいですか?」
「他意はないよ。
舞踏会で先駆けしたのが太守代行だから。
僕は意外と義理堅いんだよ」
「嬉しいですわ。
けど、いずれ負ける私に肩入れするのはあまり関心はしませんわ。
早々に手をお引きになるべきかと」
お互い笑顔で会話しているが、目はまったく笑っていない。
最初の殴り合いは様子見からの牽制のみ。
切り札は決めるからこそ切り札になりえるのだ。
「暗くなってしまったね。
話が長くなりそうだから、このまま夕食はどうかな?」
「いいですわね。
乙女の体重を気にしていただける料理を出していただけるのならば」
「おいおい。
僕は育ちざかりなんだよ」
「あら、乙女の体重を軽く見ると、女の敵と罵られますわよ」
軽口を叩きながら、互いに笑顔を作る。
外は暗くなって、街灯に明かりの魔法をかける魔術師が店の前の街灯に灯りを灯してゆく。
魔法というものが街のインフラと雇用にかかわっている良い例だ。
なお、夕食の準備時にテーブルに燭台が置かれ、蝋燭が灯されている。
魔法の灯りでは出ない優しい光が店内を包む。
「じゃあ、軽いものにしよう。
この間の狩りで鳥を仕留めたんだ。
その鳥の燻製を食べてもらいたくてね」
「じゃあ、それをメインにあとはサラダを。
お酒は、控えておきますわ。
殿下のために」
「子供扱いしないでほしいな。
子供の時から王族たれと躾けられたんだよ。
兄上と同じように」
「だからですわ。
そのまま朝、二人裸で寝ていたなんて大変ですから」
下ネタがらみの危険球だ。
これをどうするかで彼の技量が分かる。
「構わないよ。僕は。
君とだったら朝まで語り合いたいな」
ちっ。
向こうも一筋縄じゃないな。
子供面を押し出しての『おはなし』でこっちの『裸』を消しやがった。
そのくせ、ここだけ太守代行ではなく君ときたか。
ただ操られるだけではないな。
「お戯れを。
果汁水を2つ。
よろしいですわね。殿下」
「ああ。
太守代行のお好きな通りに」
料理が運ばれてくる。
前菜のスープに、メインの鳥の燻製と野菜のサラダとパン、デザートは果物のヨーグルトあえ。
軽めの食事を肴に、政治という名の殴り合いは続く。
「では、太守代行の勝利を願って」
「こちらは、殿下の健やかなることを願って」
「乾杯」
「乾杯」
かちんと果汁水の入ったグラスが鳴る。
さあ。第三ラウンドだ。
「美味しいですわね。
この燻製」
「だろう。
ベルタ公の狩場を貸してもらってね。
僕が一番を仕留めたのだよ」
切り札を切ってきたな。
自分のバックにベルタ公がいると思わせるか。
だが、そこから先が甘い。
カウンターで返させてもらおう。
「それはすばらしいですわね。
いずれは殿下も王族として諸侯を率いる身の上。
後々の成長が楽しみです。
今度、タリルカンド辺境伯の狩場に一緒に行きませんか?
私、辺境伯の末子との縁談の話が持ち上がっていまして」
「え、縁談!?」
この驚きはどっちだ?
タリルカンド辺境伯との縁談の方か?
それとも、元華姫が諸侯末子とくっつくという方か?
「はい。
さすがに釣り合いが取れないと断るつもりでしたが。
ご近所付き合いは大事ですので、付かず離れずを心がけようと」
「うん。そうだろうな」
はい。
チェックメイト。
貴方のその返事で、元華姫の情報がそっちに流れているのは確信した。
そして、エルスフィア太守代行についた私を取り込みに来たのだろうが彼の失敗は2つ。
一つは、ただの華姫が太守代行なんて地位につけない事を見誤った。
太守代行は上級文官職で銀時計組が担うエリート官僚でないとつけないのを失念している。
太守代行が太守になって勤め上げられたら法院から爵位がもらえるのを失念しているだろ。
元華姫の情報があったから、私の拒絶理由を肯定したのだ。
ここは、『釣り合いはとれますが?』と疑問を投げかけるべきだったのだ。
そしてもう一つは、この王都で声をかけた事。
政治的策謀を表に出さなかったあたりは褒めてあげるが、それでもこの王都で声をかけるという事のリスクを彼は理解していない。
だから、彼が来た。
「おや、こんな所にいらっしゃいましたか。
ヘインワーズ家の者から探してくれと頼まれていましてね」
「申し訳ありません。
アリオス殿下。
乙女というのは甘いモノに目がなくて、ついつい時間を過ぎてしまいました。
カルロス殿下とは前にこうやってお食事をと私が誘ったんですのよ。
ですよねぇ。カルロス殿下?」
「あ!
……うん。
兄上……」
いたずらがバレた子供のような顔をしてるが、実際そんなものなのだろう。
彼は才能はあるが子供で、その子供の甘えと王族の特権をまだ混同している。
あなたに比べて、兄のアリオス殿下はそのあたりを徹底的に分けられる。
貴方の未来の為にそれを知ってほしいと他人事のように願う。
「では、お送りしましょう。
ここは私が払っておくよ。カルロス」
「兄上!
ここは……」
そう言いかけたカルロス王子が初めて怯える顔を見せる。
アリオス王子の視線は冷酷なまでに冷たい。
彼が弟の政治的火遊びに怒っていることは明白だった。
「では失礼。
太守代行。お送りしましょう」
「ありがとうございます。アリオス殿下。
カルロス殿下。
お食事美味しかったですわ。
この御礼はいずれ」
こちらへの返事もできないぐらい俯いているカルロス王子を後にして私とアリオス王子は店を後にした。
出ると周囲から感じる護衛の視線。
おそらく、あの後あの店にいたカルロス王子以外の人間は調べられて、その後の糸の操り主までたぐり寄せるつもりなのだろう。
そして、その操り主にまで圧力がかけられる。
私ならばそうするし、アリオス王子もそれを考えているだろう。
「まったく、貴方もひどい人だ」
歩きながらアリオス王子がわざとらしくぼやく。
全部知った上でこの茶番に乗って、カルロス王子に取り付こうとする有象無象の権力亡者達の動きを止める即興の策謀に協力したのだから文句は言われる筋合いはない。
「失礼ですわ。
殿下ほどではありませんもの」
「はっはっは」
「おほほほほ」
乾いた笑いが王都の街路に響く。
周囲にこの笑いを聞く者はいない。
王子の連れて周囲に隠れている護衛以外は。
「確信しました。
彼はまだ子供です」
「囁いた奴がいると?
引っかかるかな?」
「無理ですね。
手繰っても、糸の先まで。
その先は途切れていますよ。
あの即興舞台ならば」
生々しい政治的評価だからこそ、互いに言葉を省略する。
カルロス王子を操っている諸侯の更に背後に黒幕がいる事をアリオス王子に匂わせる。
これを匂わせるだけでもここで三文芝居をしたかいがあったというものだ。
「貴方はそれを知っている」
「ええ。
ですが、確信はありません。
殿下も気づいているのでしょう?」
出てくる言葉は舞踏のように。
紡ぐ言葉は小川のように。
ただ歩くだけなのに、演目の格が違う。
それが権力闘争。
アリオス王子が立ち止まる。
そこはヘインワーズ家の屋敷の玄関前だった。
「一つお聞きしてよろしいですか?」
「答えられる事でしたら」
別れの挨拶とばかりに、アリオス王子は私に尋ねる。
まるで、泳がせている犯人から言質を取るかのように。
「貴方はこの茶番に何を望むのですか?」
だから、わざと犯人っぽく白々しく微笑んでその答えをアリオス王子に告げた。
「乙女の秘密です」
「ただいまって、待っていたの?
アルフレッド?」
ヘインワーズの屋敷内で転移ゲートを開いてメリアスの部屋に戻った私が見たものは、本を読みながら私を待っていたアルフレッドだった。
その顔を見て、色々な疲れがぶっ飛んだのだが内緒。
「おかえりなさい。お嬢様。
待たなくていいとの話でしたが、一人でお戻りになるのに待たないのは失礼だろうと。
あと少ししたらアンジェリカさんに交代する所だったんですよ」
アルフレッドの言葉に頬が緩みそうになるのを我慢する。
せっかくだ、アンジェリカやケイン達も呼んでお茶会をしよう。
「ありがとう。アルフレッド。
どうせ起きているだろうアンジェリカとケインを呼んで頂戴。
お茶会をしましょう」
寝る前のほんの少しの時間に行われたちょっとしたお茶会。
それがどれだけ私の心を癒してくれているか、あの三人は知らない。
3/1 投稿挿入話 色々足りない所の補強目的。
3/7 ナンバー修正




