39 せいじの時間だああああ
「準備はいい?」
「はい!
エリー様!!」
私の合図にミティアが元気良く答える。
私の後ろの馬車から降りるのはアルフレッドにゼファンとヘルティニウス司祭の三人。
王都オークラムの王宮『花宮殿』より少し離れた所にある壮麗な建物こそ私達が目指す場所。
封建諸侯および法院貴族の楽しい遊び場、王室法院である。
さあ。
楽しいたのしい政治の時間だ。
「世界樹の花嫁方か。
よろしくお願いします」
「こちらこそお手柔らかに」
法院サロンにて貴族たちの挨拶を受けながら、今回の目的である神殿喜捨への関所税課税阻止に向けた根回しを行わねばならない。
儀礼的挨拶をしながら相手の心理を探ると、ヘインワーズ侯の引退は薄々知られているらしく、ミティアの方への声かかりが多い。
とりあえず、数を作る。
ヘインワーズ侯を旗印にしていた法院貴族たちに連絡を取ると状況は思った以上に悪い。
「ヘインワーズ侯の引退だけでなく、ミティア嬢襲撃事件の犯人がこっちではないかと法院衛視隊が探りを入れています。
おかげでこっちの派閥はぼろぼろ。
何かできるような力は残っておらず、生き延びるだけに必死ですよ」
ミティアが挨拶攻勢をうけている間に接触したヘインワーズ侯側の法院貴族の一人はこう言ってため息をつく。
そういえば、実行犯は片付けたが黒幕についてはまったく分かっていない状態だったな。あれ。
「うちは襲撃前に降伏したから難を逃れたけど、アリオス王子あたりはうちのはねっかえりの仕業と疑っている節があります」
あくまでヘインワーズ一門の人間としての会話である。
成り上がりゆえに法院貴族は才能のあるやつが多いが、それゆえに譜代的家臣団の形成ができていない。
勢力の衰えは即座に派閥離散に繋がるのだが、ヘインワーズ家もその法則に当てはまる。
今話している相手はヘインワーズ家分家の娘と結婚して婿養子に入った子爵で、元はヘインワーズ商会の大番頭だったりする。
数少ないヘインワーズ家の忠臣というやつだ。
「我々もあの時点で彼女を潰すメリットなどありませんよ。
確実にこっちに疑いがかかるのですから。
こっちは、向こう側の自作自演を疑っています」
向こう側、つまり封建諸侯の襲撃未遂という線か。
ありえない訳ではない。
「私にタリルカンド辺境伯が粉かけてきたのは知っていますか?」
「ええ。
貴方の処遇については、我々も頭を痛めていた所です。
旦那様が降伏した以上、貴方が張り合って我々一門までとばっちりが来るのは御免ですからね。
エルスフィア太守という所に押し込められたのは喜ばしいのですが……」
そこまで言って子爵の顔色が曇る。
ちらりと視線をミティアに向けてまだ彼女が話しているのを確認して重々しく口を開いた。
「我々と言う敵が居なくなってから、封建諸侯同士で鞘当てが始まっています。
新大陸に投資している西側諸侯と、交易路で生計を立てている東側諸侯で利害対立が始まっているのです。
貴方が声をかけたタリルカンド辺境伯は東側諸侯の重鎮。
街道交易で富をなした法院貴族の取り込みに積極的なのも彼らです」
頭が痛くなってきた。
我々と言う敵が居なくなったら今度は仲間割れときたか。
とはいえ、この諸侯間対立はそのまま関所税が絡むだけに放置する訳には行かない。
「ここ近年の不作傾向で穀倉地帯を抱える南部諸侯は力を失い、新大陸から穀物を輸入する西部諸侯と対決する為に東部諸侯側についています。
山岳地帯で森林も多く、食料を他所からもってこないと生活が成り立たない北部諸侯は西部諸侯の言いなりです。
まだ、法院貴族という敵が居た時は一致団結していましたが……」
「我々の敗北でタガが外れたと」
二人してため息をつく。
そういう背景から察すると、間違いなく旗印としての王家関係者がいる。
アリオス王子の体制は磐石と思っていたのに、ここでカルロスが出てくるフラグがあった訳だ。
「ヘインワーズ家の取り込みもはじまっています。
法院貴族で一番の成り上がりでしたから、腐ってもというやつです。
貴方の取り込みもその一環かと」
「私はしばらくは泳がされるわよ。
ミティアを世界樹の花嫁に仕立て上げる為のあて馬としてね。
本格的に処遇が決まるのは、早くて来年だと思うけど」
私が私の未来を語ると話していた子爵が露骨に渋い顔をする。
あ、これは本気でやばい話のやつだ。
「アルフレッド。
お花を摘みに行って来るわ。
まぁ、私とした事が!
ハンカチを忘れてしまいましたわ!!」
実に白々しい声で芝居をする私。
法院内での魔法使用は警備上の理由で原則禁止されている。
だから、やばい話をする場合は何だかの仕掛けを作る必要があった。
当然、私はハンカチを忘れていない。
「それはいけない。
私のでよろしければお貸ししますよ」
「すいません。
後で洗ってお返ししますね」
子爵からハンカチを受け取ってトイレに駆け込む。
さすがにここまでは監視がされていないだろうけど、ぽちを使って対魔術解除を行っておく。
で、ハンカチには、彼が本当に前々から伝えたい事が書かれていた。
「……大嵐で新大陸からの穀物輸送船団が全滅……
嘘でしょ……」
思わずあげた声を抑えるために私は手で口元を抑える。
ハンカチを持った手が震えてハンカチを握り締めているのに今頃になって気づいた。
船を使った交易は初期投資と維持コストが大きいが、あたればそれを払えるリターンがくる。
その為に最終的には海洋交易には陸路は勝てなくなるのだが、造船技術および航海技術の未発達のこの世界では難破遭難の可能性も低くは無かった。
商会出身で、内部に金融部門を持つヘインワーズ家の極秘情報だ。
西部諸侯がひた隠しにしてごまかしているだろうこれを突き止めるあたり、ヘインワーズ家は負けたとはいえ侮られる相手ではない。
けど、この情報で一つピースがはまった。
ゲームどおりならば穀物価格の掌握を狙ってヘインワーズ家は更なる突込みをする訳で、それは大嵐で大損害を受けた西部諸侯の逆鱗を踏んづける事になる。
ゲーム内でヘインワーズ家が信じられないほどスムーズに潰されたのは多分これだ。
で、穀物輸送船団の再建を考えると船の建造に早くて一年、船員の訓練にやっぱり一年はかかる。
再建される穀物が入ってくるのは三年後。
もちろん、穀物輸送船団が一つしかない訳が無いので途絶える事はないだろうが、穀物価格の高騰はどう足掻いても避けられない。
何よりも痛いのは、大打撃を受けた西側諸侯が再度穀物輸送船団を再建する資金を用意できるかという点。
初期投資がでかいから、その償却が済んでいない状態だと再建どころか破産一直線である。
頭を壁に押し付ける。
そうか。関所税課税の声はこのあたりから出てきたか。
そうなるとこれ、押し返すのはきついぞ。
頬を両手で軽く叩いて気を引き締める。
何事も無いようにサロンに戻ると、相変わらずミティアがサロンの花になっていた。
「どうしました?
お嬢様?」
戻るとアルフレッドから声をかけられる。
まだ顔に出ていたか。いかんいかん。
「何でもないわよ。
ヘルティニウス司祭を呼んできてちょうだいな」
「はい。
お嬢様」
アルフレッドがヘルティニウス司祭を呼んでくる。
まずは空気をかき乱す事から始めるか。
「お呼びでしょうか?
エリーお嬢様」
「お呼びも何も、貴方が私にさせたい事の確認をしたいのよ。
で、私は何をすればいい訳?」
ぴくりと、周囲の貴族の耳が動いた。
そりゃ聞こえる為にやっているのだから。
あくまで、私は何も知らないお嬢様として振舞い、黒幕はヘルティニウス司祭(とその背後に居る神殿)という訳だ。
銀時計が揺れているが、そこはそれ、政治というやつでして。
「ああ。
すいません。お嬢様。
お嬢様にお願いしたいのは、神殿喜捨に関所税を課税する事を阻止して欲しいのです」
はっきりと、私の周囲は時間が止まった。
うん。
期待していたけど、ここまでドストレートに地雷を踏み抜いてくれてありがとう。ヘルティニウス司祭。
あと、その笑顔悪巧みしているみたいだから控えて。
「神殿喜捨の関所税課税阻止ねぇ……
まぁ、こんなのがあるし、世界樹の花嫁候補だから法院の貴族に訴える事はできるわよ。
けど、話を聞いてくれるのかしら?」
で、首を傾げながら馬鹿殿よろしく銀時計をぶらぶら。
政治の真髄は三文芝居と心得よ。
それでも、利権が絡むだけに観客である貴族はいやでも私達に視線が集まる。
「大丈夫ですよ。
エリーお嬢様には『花嫁請願』という伝家の宝刀があります。
貴方の話は国王陛下ですら無碍にはできません」
周囲の貴族から血の気が引く音が聞こえる。
ここまで神殿が本気で神殿喜捨課税を阻止してくるとは思っていなかっただろう。
同時に、私の新たなスポンサーが女神神殿だと勝手に勘違いしてくれると楽しいのだが。
「だって。
ミティア聞いてた?」
ここでミティアに話を振るが、当然ミティアに答えられる訳がない。
「え!?
何か言いました?
エリー様」
手を腰に当ててわざとらしくため息をついて、私はミティアをたしなめる。
それは、私が潰されても、ミティアは既に洗脳済みだと貴族連中が思わずにはいられないこの三文芝居の核心。
「しっかりしなさいよね!
私と貴方のどっちかが世界樹の花嫁になっても、ヘルティニウス司祭から託された神殿喜捨の関所税課税阻止は花嫁請願で通すって話!
まぁ、私が花嫁になるから忘れてもいいわよ」
「私だって負けませんから!
ちゃんと、ヘルティニウス司祭から託された事はします!!」
最後は女の子のかわいいじゃれあいにてこの三文芝居は終了。
なお、周囲の貴族の顔は青白くなっていたそうな。




