37 街道巡回と見張り台再建 その三
次の見張り台に着いてからの休憩の後、敵盗賊討伐部隊は深夜に出陣する。
エリオス率いるタリルカンド騎士団の騎兵は馬で出発。
私が率いる歩兵隊はぽちの手に捕まれた馬車によっての移動である。
歩いて半日以上の距離など飛べば十数分で着いてしまうのが大きい。
先に派遣した物見がちょうど良い丘を見つけているので、そこを集結地に飛ぶ。
このあたり雲ひとつ無い月明かりの夜間飛行のおかげで、地面に激突もせず兵士達をつぎつぎと下ろして準備をさせてゆく。
深夜から月が隠れて暗くなるまでに往復した回数は20回ちょっと。
運べた兵は200人で残りは徒歩で歩いて後詰という形にする。
エリオス達の騎兵隊も合流して最後の休憩を取っている。
「お嬢様。
何やっているんです?」
「見張り台を眺めているの。
見る?」
丘の上から頭だけ出していた私は双眼鏡をアルフレッドに渡す。
双眼鏡によって見張り台が見える事にアルフレッドが驚きの声を上げようとしてその口を自ら塞ぐ。
見張り台の塔には見張りが暇そうに立っているところまで見えていた。
「あれだけ騒いでいるのに気づかないか。
こっちはありがたい限りだけど」
アルフレッドから双眼鏡を借りて同じく驚いているケインが私の呟きに答える。
離れた丘で隠れているとはいえ、暖を取るために火の使用を許可している。
注意して見るならば、丘向こうが少し明るくなっているはずなのだ。
「朝には逃げ出すつもりでしょうから、彼らとて真剣に見張るつもりはないでしょうな。
それよりお嬢様気づいていますか?」
私に双眼鏡を返しながら、ケインは周囲を軽く確認する。
後ろに控えていたアンジェリカを手招きして、音消しの呪文をかける。
「ここまで的確にこちらの動きがもれている。
内通者ね」
ケインとアンジェリカが同時に頷いて、私はため息をついた。
こちらの巡回の決定は準備の為に一週間の余裕があった。
その間に情報が漏れるのはある意味仕方の無い事である。
問題なのはその情報が誰から漏れたのかで、それによってこの問題の深刻さが変わる。
「まあ、逃げてくれても構わないから今回情報封鎖かけなかったけど、それでも残るのだからあいつらよほど頭悪いわね」
「そんなものでしょうよ。
街道沿いから外れているから、ここは外れるなんて思っていたのかも」
「人は見たい現実しか目に入りませんからね」
私のぼやきにケインとアンジェリカの双方から突込みが入る。
それに苦笑で答えながら、話は核心に入ってゆく。
「で、誰が怪しいと思うの?」
「俺はやってきた商隊が怪しいと。
タイミング的に足を引っ張りにきた感じがして。
盗賊の取引相手じゃないかと疑っています」
「私はエルスフィア騎士団内部が怪しいと思いますね。
借金で商人から金を借りていた連中から彼らの良心に咎めない程度に情報を集めるだけでも、組み合わせればおよそその姿は見えますから」
二人の言葉でおよその答えは見えた。
おそらく両方とも正しいのだろう。
その理由はおそらく……
「薪ね」
はなから蚊帳の外だが聞いていたアルフレッドだけでなく、アンジェリカやケインも首を傾げるので私は更に言葉を続ける。
一度丘から見張り台を眺めて彼らが道化でしかない事を見据えた上で、何も知らないアルフレッドに勉強代わりに質問を投げつける事にした。
「タリルカンドでは薪が高くなっている。
それはどうして?」
「それは、エルスフィアから薪が入ってこないからですよ。
お嬢様」
「じゃあ、どうしてエルスフィアの薪はタリルカンドに入ってこないの?」
「それは、途中の街道に盗賊が出て……あ!?」
アルフレッドだけでなく、ケインとアンジェリカも驚愕の顔をしたので私は微笑んで答えをばらす。
この手の仕掛けって時代劇でもよくやっていたなぁ。
「そういう事。
商人の自作自演よ。
適当な流れ者を雇って盗賊に仕立て上げて、街道で暴れさせる。
それによって薪が高騰したらそれを一番に卸して一気に利益をあげる。
そんな所じゃない?」
たぶん、ケインの足を引っ張りにきたというのも間違いではないだろう。
捕まってしかけがばれたら商人もただでは済まないからだ。
だが、彼らがぎりぎりまで粘る事とこっちの足の速さが計算外だったという所だろうか。
「で、どうします?」
ケインの顔に凄みが出る。
こちらを踊らせた商人に対して怒りが出ているのだろう。
見ると、アルフレッドとアンジェリカも似たような顔になっているが、私は手を振ってそれを打ち消そうとした。
「何もしないわよ。
盗賊をつぶして、それでおしまい。
何か問題でも?」
「ですが!」
食い下がろうとするケインに私はそもそもの根本的原因を淡々と伝える事にする。
私もこれが無かったら、腸が煮えくり返っている所だったのだから。
「そもそも、エルスフィアは前太守が汚職で騎士団の給料遅滞まで発生しているのよ。
商人達が、『前太守の賄賂捻出の資金を作ろうとした』なんて言ってみなさいな。
法院が出張る大騒動に発展するわ。
そうなったら確定でエルスフィアに張り付くので、世界樹の花嫁レースから脱落になるけどいい?」
「う……」
「あげくに、『前太守の指示で賄賂資金捻出の為にやりました』なんて言われてみなさいな。
タリルカンドとの間に大問題に発展するわよ。
エルスフィアに法院衛視隊が居るのを忘れてる訳じゃないでしょうね」
世の中綺麗事だけでは渡っていかない。
下手に綺麗にするとかえってろくでもない目にあう事は多々存在するのだ。
そういうものとうまく折り合いをつけるのも政治というものだったりする。
「だから、ここまでは前太守の置き土産という事で我慢しましょう。
そこから先については容赦しないけどね」
私の笑みに何かを感じたのか、アルフレッドが一歩下がる。
失礼な。
魔法を解いたのは、こっちにエリオスとマリエルがやってくるのが見えたからだ。
つまり、向こうの準備が整ったらしい。
「それじゃあ、始めるわよ。
アルフレッドはケインに預けるから、しっかりケインを見て勉強して頂戴。
この丘の裏を仮本陣にするので、アンジェリカはそっちをお願い。
エリオス殿の騎兵隊は基本そちらにお任せしますが、やつらが逃げないように後方を遮断してください。
じゃあ、始めましょうか」
「あれ?お嬢様はどうするので?」
アルフレッドの声に世界樹の杖を持って、巨大化したぽちの肩に乗る。
朝日に照らされるぽちの姿は見張り台からでもはっきり見えた事だろう。
「あとよろしくね♪」
ずしんずしんと大地を響かせながら威圧するように私を乗せたぽちは見張り台に向かって歩いてゆく。
はっきりと見張り台で動きがあったのを確認して、私はただ一言だけぽちに向かって開戦の言葉を告げた。
「やっちゃえ。
ぽち」
ぽちの口から放たれたファイヤーブレスは一撃で見張り台の城門を破壊する。
その一撃で盗賊たちの戦意は折れた。
我先にと逃げ出そうとするが、その先にはエリオス率いるタリルカンド騎士団が先回りをしている。
更に、私の背後の丘からエルスフィア騎士団の将兵が現れた事で篭城も不可能と悟った彼らは、たいした交戦もする事無く降伏したのである。




