36 街道巡回と見張り台再建 その二
見張り台は煉瓦によって重ねられた城壁と一体化した小さな砦みたいな構造になっており、本来ならば一つの見張り台に30人程度が駐留する事になっている。
で、そんな規模でしかないから1000人近い人数が泊まれる訳も無く。
天幕を張る騎士階級はともかく、兵士の多くは野宿である。
「井戸は問題ないみたい。
念のため、水質浄化の魔法をかけておいたわ」
去り際に井戸に汚物や毒を投げ入れるなんてのは戦乱時には結構あったりするわけで、この水質浄化の魔法のありがたい事といったら。
日も落ちてきて、見張り台の周囲には無数の焚き火が照らされて幻想的ですらある。
見張り台の塔の一室を会議室にして私は集まった面子と今後について話し合う。
「一番近くある街道から外れた見張り台には人が居た形跡がありましたが、どうやら去った後みたいです」
マリエルが物見の報告を言うと、それに私が反応して地図に×をつける。
残りは二つ。
「この見張り台には明日にも兵を入れましょう。
ほかに報告はある?」
私の質問に今度はケインが口を開いた。
「お嬢様。
困った事が起きた。
われわれの到着後に大規模な商隊がここに着いている。
兵士相手の商売の許可を求めてきやがった」
そうきたか。
商魂逞しいものだ。
街道に盗賊が出て商隊が出られなかったが、我々が街道巡回を再開したからタリルカンドに向けて商隊を出してきたと。
ついでとばかりに、1000人の消費者相手に商売をか。
見事だ。
「ちなみに、何を売ろうって訳?」
私の言葉にケインが苦笑して続ける。
傭兵だけに、彼らが何を売るかおおよそ察しているのだろう。
「戦場において足りないものです。
酒・煙草・女。
薪はタリルカンド向けを少しまわすつもりみたいですね」
「それは断れないわね。
はしゃぎ過ぎないように釘だけ刺しておいて。
あとはケインに任せるわ」
戦場で飲む・打つ・買うは高値商品であると同時に、士気高揚の効果がある。
生きる死ぬで刹那的な戦場においてそれを止めさせるのは無理だからだ。
「薪か……。
タリルカンドは薪が不足しているってあの場所じゃ仕方ないか」
かつていた草原の大都市タリルカンドの風景を思い出して呟いたら、それにエリオスが口を開いた。
どちらかといえば、ぶっちゃけた感じなのは彼の政治経験の甘さからか元からなのか。
「我々がこの街道の巡回について乗り出してきたのは、実はこれが理由だったりします。
エルスフィアから運ばれる薪と塩はタリルカンドの家庭を直撃しますからね」
東への交易路の要衝タリルカンドは同時に巨大な消費地でもある。
そこに北の大森林地帯からの木材を加工した薪と、王都経由で川を上ってきた塩をタリルカンドに運ぶ事でエルスフィアの経済は成り立っているのだった。
タリルカンド側からは王都への河川交通を利用したショートカットに利用する経由地としての価値しかないが、それでもこの二都市の経済はそこそこの依存関係にあると言ってもいいだろう。
「街道の管理もそうだけど、定期便を作りましょうか?」
「定期便?」
私の言葉にエリオスが反応する。
こっちは世界規模の物流網で生活しているから当たり前の事だが、ここではそれがないと思い出すのは話し終わってからだったり。
「エルスフィアからタリルカンドまで六日。
何かあった時の予備日を一日入れて、一週間に一便双方から商隊を出すの。
商隊はそれぞれの街の商人に委託させて、それにあわせて巡回を出せば巡回の費用も軽減できるわ。
エルスフィアはタリルカンドに薪と塩を安定供給する用意があるわ。
それに対して、タリルカンドが何を持ってきてくれるかなのだけど」
「私の一存では返事ができませんね。
父上には話をしておきますので、後で書簡にしていただけないでしょうか?」
このあたり自分の権限をちゃんと理解しているか。
将来の国王陛下は良い教育係が居たのだろうな。
「わかりました。
明日にでも書簡は書いておきます」
翌日。
駐留する兵士とここから外れた見張り台に向かう兵士と分かれて、私達は次の見張り台に向かう。
代わりに商隊がついてきているので全体の移動速度は低下している。
まあ、一日かけて歩ける距離ではあるので若干の遅れは問題がないのだが。
「エリー様。
タリルカンド騎士団の物見からの報告です。
敵の盗賊団の拠点を発見。
タリルカンドとエルスフィアの中間に位置する街道から外れた見張り台を拠点にしており、敵戦力の規模は100人ぐらいと」
わざわざこっちにやってきたエリオスからの報告に、私は安堵の息をついた。
さすが騎兵の偵察隊なだけあって、足が速い。
隠れる場所が残り二つしか無かったからというのもあるが、これでおおよその方針は固まった。
逃げられるかもというのもあったが、この時点で逃げないという事は東方騎馬民族ではない。
まだ一日あると踏んで、荷造りに忙しいと見た。
確実に潰す。
「次の見張り台に到着後に敵討伐の編成を行います。
タリルカンド騎士団は先行して見張り台を確保してください。
敵の篭る見張り台は朝駆けで潰します」
要するに、次の見張り台到着後に街道から外れて一気に敵の砦を叩こうというのだ。
だから、見張り台到着後は宿泊ではなく休憩にして夜通しで歩いて一気に叩く作戦にエリオスが感心する顔をした。
「堅実のように見えて、なかなか危ない橋を渡りますね」
翌日の街道中間部の見張り台到着の後の攻撃が最初の方針だっただけに、急の方針変更に何か言うかと思ったが、こちらの積極方針に賛成みたいだ。
まあ、逃がすと進撃方向からタリルカンド側に逃げるのが目に見えているからというのもあるのだろうが。
「そうでもないですよ。
タリルカンド騎士団が居るからこその博打です」
騎兵の圧倒的移動力があるのが最大の理由である。
街道沿いの見張り台に送る兵力300を分離させると私が使える兵力は歩兵300に騎兵300。
歩兵の荷物を騎兵に少し乗せて、ぽちに飛んで往復するだけで、到着予定は大幅に繰り上がる。
竜をはじめとした大型魔獣は直接戦力にする事が多かったが、移動にこそ彼らの真価が発揮されると主張したのは私が最初である。
「わかりました。
面倒な事はさっさと片付けてしまいましょう。
先に見張り台で待っています」
そう言って、エリオスは馬を翻して隊列の先頭に戻ってゆく。
ふと見ると、アルフレッドの顔が緊張で真っ青になっている。
「もしかして、初陣?」
「はい。
こんな大規模なものは初めてで……」
人は最初から達人になった訳ではない。
後に傭兵将軍と呼ばれた彼も初陣はきっとこんなのだったんだろう。
それが何だか嬉しい。
「大丈夫。
死なないならば私が治してあげるわ」
笑顔を見せた後で真顔に戻って、私は呪いをかける。
先の未来を否定する呪いを。
「だから絶対に死なない事。
ちゃんと帰ってくる事。
それができるならば、あとは私がなんとかするわ」
「きゅきゅ」
ぽちが鳴き声で自己主張する。
ああ。そうね。
私とぽちが揃えば無敵なのだから。
「わかりました。
エリーお嬢様のご命令ならば」
彼を死なせたくない代わりに、彼の栄光への道を私は塞ごうとしている。
それが良いことなのか私は今でもその答えを出していない。




